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トキワ 自ら危険へと身を晒すことを決意する

「トキワくん、今までお疲れ様だったね。少しの間だけ休みたまえ」


高級キャバクラでママさんたちと話したりした翌日の朝。

目をこすって朝食の席に着いたトキワにそう声をかけてきたのは、突然やって来たアルカディオだった。


「………………突然何すか?」


トキワと違い、朝から元気満点なアルカディオにぶっきらぼうに返す。

眠いため若干機嫌の悪いトキワ。

それを目の前にしても、アルカディオのニコニコ笑顔は消えることがなかった。


「いやぁ。エリス嬢の護衛のことさ」


「「?」」


トキワとそして隣に座っていたエリスもまた揃って首を傾げた。

アルカディオの言ったことの意味がわからなかったのだ。

トキワとエリスが疑問符を浮かべているのを意図的に無視して、アルカディオは畳み掛けるように話続ける。


「エリス嬢は俺の城で匿える。そうだなミーシャともう一人『七星』の護衛をつけよう。城で引きこもってる奴だから暇だろうし。これでエリス嬢の安全は確かなモノになったわけだ。………………と言うことで俺の城に居る間は一旦トキワくんのエリス嬢の護衛はお休みということにしよう!」


「え、え!? 突然どうしたのですか?」


「ま、まさか王様あんた………………!?」


アルカディオの話に、驚くエリス。そして何かを察したトキワ。

二人共が口を挟んだのだが、アルカディオは気にしない。


「いやぁ………………じゃあトキワくん暇になっちゃうなぁ。あ、そう言われれば俺世界会議に出るときの護衛役まだ決めてなかったんだよなぁ………………。『七星』の皆は忙しいみたいだし、誰か暇な人居ないかなぁ。強くて暇な人居ないかなぁ」


「俺は忙しいのでパスですよ、王様」


「ええ!? まさか暇だからってトキワくん。俺と一緒に世界会議に出席してくれるのかい!? ………………ありがとう、一緒に頑張ろうね」


「人の話聞いてくださいよ!」


アルカディオは満面の笑みで、トキワの肩を力強く叩く。

それに対してトキワの顔は苦い。

事態の飲み込めないエリスだけは未だに首を傾げているのだった。






アルカディオがトキワを世界会議に護衛として、出席させようとする理由。それは昨日の夜、ママさんとの話し合いに遡る。


「それでママ、俺は苦境は楽しめるつもりはある。だけど今は死ぬつもりはない。………………どうすればいい?」


アルカディオは真剣な面持ちでママさんに聞いた。

己が世界会議という難局を乗り切るためのヒントを。


「どんな方法を取っても死ぬ可能性が高いのは確かよ。………………でもほんの少しだけ、僅かに王様が死ぬ可能性を低くする方法ならわかるわ」


「ふむ。教えてくれ」


ママさんの言葉にアルカディオは満足したように深く頷く。

少しだけでも生存の可能性を上げることができるということが嬉しかったのだった。

一方でトキワとメアリは驚いていた。

ママさんの『確定未来(オーダー)』の能力の高さにである。未来を占うスキルのはずがまるでその名の通り確定したことのように話し、そしてそれを変えるための方法まで提示できる。

まるで運命を操っているようだ。

トキワとメアリが二人ともそう考えたのは不思議ではないだろう。

だが実のところ『確定未来(オーダー)』では占える範囲や条件が極めて狭いのだが、そんなことをトキワたちはつゆとも知らない。


「そこの彼よ」


「へ?」


ママさんがアルカディオへの返答として、指を差した先に居たのはトキワだった。

突然のことにトキワは驚き固まる。口からは思わず言葉が漏れた。

そしてとてつもないほど嫌な予感がしていた。これ以上、ママさんに話させてはいけないと。


「トキワくんか。彼がいったいどうしたと言うんだい?」


「確か世界会議は一人の代表者と一人の護衛で参加だったわよね。なら彼を王様の護衛役として連れていくべきよ。ほんの少~しだけだけど王様の、生存の可能性は上がるわ」


「今、王様だけ強調してましたよね! 絶対俺の方の死ぬ可能性とか考慮してないですよね! てか俺絶対行きませんから!」


ママさんの直後に、アルカディオが何か言う前にトキワは拒否の意を示した。

そもそもトキワは国に召し抱えられたり、危険だったりとかそういうことは大嫌いな人間である。そういうことが理由で和の国から逃げ出したのである。

確かに最近『魔狂い』のリッキーや『呪い師』のクチナワと戦ったりしたのだが、それはあくまでもエリスを守るためや成り行きだった。

危険とわかっている戦闘にわざわざ首を突っ込む程トキワの度胸は据わっていない。


「トキワくん。俺と一緒に会議に行こうよ!」


「話聞いてましたか!?」


トキワの先程の発言などなかったかのように、アルカディオはトキワを誘う。

かつてない程のニコニコ笑顔で、距離をつめてくる。膝と膝、太ももと太ももそして肩と肩がぶつかりくらいのぴったりと密着してくる。


「ちょ、近いです。近い」


トキワは嫌そうにする。

女性ならまだしも、いくら男前だとはいえども男に近づかれて喜ぶ程トキワの業は深くはない。


「いいだろ、トキワくん。実は俺は君と出会う前から君のことを買ってたんだ。『新星』と呼ばれる新人冒険者であり、最短記録でBランク冒険者になった君を。だが君と出会ってから考えは変わった。君は強い、だがそれよりも驚異的なのは伸びしろと成長速度の早さであると。実際君はリッキーと戦った時よりもかなり強くなっている。そんな君ならば、この俺が認めた君と俺ならばどんな困難にも立ち向かっていける! そうは思わないかい?」


「思いません」


アルカディオが耳障りの良い言葉ばかりを並べ立てたのだが、それでもトキワの意思は固い。

キッパリと断る。


「大体、ママさんが言うにはほんの少しだけ死なない確率が低くなるだけなんでしょ?」


「ええ、誤差の範囲くらいよ」


「トキワくん、俺と一緒に会議に行こうよ!」


「ママさんの話聞いてましたか!? 誤差のレベルですよ。なら俺よりも強い人に任せた方が良いですよ!」


アルカディオは諦めない。

トキワの顔に自らの顔を近づけて、訴えかける。

視界の端にはニマニマと笑うママさんの姿があった。完全にこの状況を楽しんでいる。

トキワは即座にママさんを切り捨てた。この人は味方をしてくれないと。

だから最後に残った仲間を呼ぶことにした。


「なぁ、メアリ! お前からも何か言ってやってくれよ!」


アルカディオから顔を背けるようにして、メアリの方に振り向くトキワ。

そこには何時も通り無表情で立っているメアリが居たが、その姿は何時も通りではなかった。


「………………メアリ、お前鼻血出てるぞ」


トキワの指摘でようやく気が付いたのか、メアリはポケットから取り出したハンカチで鼻をスッと拭く。


トキワとアルカディオの様子を見て鼻血を出すメアリの姿はトキワに一抹の不安がよぎらせた。

だが今はそれどころではないと、トキワはアルカディオと距離を離そうと押し退けることに専念したのだった。








「………………と言う訳だ」


あの後マーレーン王国の宰相がやって来て、アルカディオに仕事をしろと言いながら連れていってくれていた。

そのお陰で静かな朝食を済ますことができた。

そして朝食後、トキワはエリスに昨夜の出来事を話していた。

当然、キャバクラの女の子とイチャイチャしていたなどという自分にとって都合の悪い話はしなかったが。


「そんなことがあったんですか。教えて頂きありがとうごさいましたトキワ様」


話を聞いて困ったように笑うエリス。


最悪だぜー、などという言葉を繋げようとして、トキワははたと気付いた。

自分の不謹慎さにである。

俺は和の国出身だから、だとか常に自分のことばかり考えていて大切な人の気持ちになって考えていなかったということを。

エリスの故郷はアルサケス王国であり、大切な家族や友人がそこに居るということ。エリスは決して表に出さないし、話しをしたりしなかったがどれだけ故郷を案じていたかということを。


トキワはエリスとマーレーン王国の魔の森で出会った。それからそこそこ時が経ったが、トキワはエリスからアルサケス王国の話を聞いたことはなかった。

そしてトキワはそれを何とも思わなかったのだ。

エリスがどんな思いで口に出さなかったのか、そんな気持ちを考えないでいた。


(……最悪なのは俺だ)


あの運命の日。

トキワは月明かりの下でエリスと出会った。

美しい彼女を見て、そして言葉を交わして誓った。


この子と幸せになると。


トキワは他国の情勢に興味がない。

言葉を交わしたこともないような誰かを思う程、トキワは人間ができていない。そして何かを思っても、それを解決できるような力もない。

アルサケス王国にもまた正直興味が湧かない。エリスを傷つけた輩には必ず一発はぶん殴ってやろうとだけは漠然と考えてはいた。


(あそこには、エリスの家族と友人がいる)


だが、きっとこのままではエリスと幸せにはなれない。そうトキワは考えていた。

エリスはアルサケス王国に残してきたモノが多すぎるのだ。

取り返そうと、必死に足掻くエリス。


それを見て、トキワは何を考えていたのだろう。


自己保身に走り、エリスのためにアルサケス王国を救おうだとかそんなこと考えもしなかった。

今回の世界会議は間違えなく、アルサケス王国の現状を詳しく知ることができる。もしくはアルサケス王国に巣食う敵を倒すことが出来る可能性もあるはずなのにだ。


(国には興味がない。でもエリスのことが好きなら、エリスを幸せにするついでに国くらい救おう………………………………って一応考えなきゃいけない………………よな)


トキワは自己中心的な考えが消えない男だ。

精神的に未熟で、卑怯で、童貞でビビりだけど、けれども男として大切な所だけはまだ辛うじて残っていた。


「今のままじゃ護衛役なんて無理だわ」


「え?」


「まだ世界会議までは時間があるから。エリスの護衛が休みだし、その間に身体鍛えるよ。そんで強くなって、会議に出て、エリスの故郷を救えるように頑張るよ」


それは男であるが故の思い。

惚れた女のためなら、一度くらい死ぬかもしれない困難くらい乗り越えてみせるという男気である。


トキワが生まれてから十九年。

初めて、己から危機に飛び込もうと決意したのであった。




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