ヴィルヘルミア皇国
短いです
アルファーム大陸に存在する国。
アルサケス王国程ではないが歴史が深いことで知られる国として、ヴィルヘルミア皇国があった。
ヴィルヘルミア皇国は宗教で統治された国であり、教皇をトップとしてその下に十一人の枢機卿がついている。だが珍しく宗教によって腐敗していない綺麗な国だった。
それは権力を教皇一人が持ちすぎないようにするという昔からの制度によるものだった。所謂権力の細分化である。江戸時代では月番交代制がこれに近い。
数年、あるいは数ヵ月で要職は交代するという決まりは枢機卿でも例外ではない。だが一人だけ枢機卿の中でもこの制度に例外がいた。
権力に興味はなく、宗教にも興味がない。
ただただ腕っぷしが強い男であった。
「あ~。煙草は上手いねぇ………………」
華麗壮厳とした教会。
城であればマーレーン王国が一番大きいかもしれないが、こと教会に関してだけならばこのヴィルヘルミア皇国に勝る国は存在しないだろう。
と言わしめるほどに大きな教会。
その裏で、一人座って煙草を吸う男がいた。
男は黒いスーツに身を包み、顎に髭を少し生やしていて、顔には五センチ程の傷跡がある。さらにこちらの大陸では珍しい黒髪をオールバックにしていて、整髪料でギンギンに固めていた。
アミューズ世界では高価なメガネ、それもその中でもより高価なグラサンを着用していた。
どこからどう見てもカタギには見えない男がそこに居た。
「あ~家帰りてぇ。眠たいよぉ………………仕事しんどいよぉ」
だが口にする言葉はそのようなネガティブがことばかりで、全然見た目と合っていなかった。
「何で俺がこんな椅子に座ってばっかのくそつまんねぇ仕事しなきゃいけないんだよぉ。もっとこう、アウトドアな感じの体動かす仕事してぇ………………」
男は溜め息と共に煙草の煙を吐き出す。
誰かに聞かせるわけでもなく、ただ自らが抱える悩みを吐露している。
男にとって教会の裏は何でも吐き出せる、たった一つだけの場所なのであった。
「仕事辞めちゃおうかなぁー? でも絶対反対されるしなぁ………」
その言葉を最後に男は短くなった煙草を地面にグリグリと押し付けて消す。
休憩時間が終わりに近づいているからだった。
男は今の仕事は嫌いだが、手を抜こうとかそんなことは考えていない。給料が支払われる分、精一杯働こうという考え方をしていた。見た目からは想像もつかないくらいしゃんとしていた。
そして立ち上がる。
尻に付いた土を手で払い綺麗にする。
緩んだネクタイを正して、男は髪をもう一度かきあげた。
「うし! バッチし決まってるな俺。相変わらず格好いいぜ!」
男はナルシスト気味であった。
自分はダンディーなオジサンであることを疑っていない。容姿が怖すぎてモテていないのも、自分に時代がついてきていないだけだと真顔で語る程である。
「グレート枢機卿」
己の姿を自画自賛している男に声をかけてきたのは、神父の格好をしている男だった。息は荒く、走ってきたことがわかる。
グレート枢機卿と呼ばれたスーツ姿の男は、神父の呼び掛けに嫌そうな顔を隠そうともしない。それはこの神父が自分のお目付け役だったからだ。身分としてはグレート枢機卿の方が格段に上であるし、年齢も上だがどういうわけかグレート枢機卿はこのオカンのような神父に頭が上がらなかった。
「わかってるって。もう休憩は終わりなんだろ? すぐ戻るからさぁ」
「いえ、その話ではありません」
神父は大きく深呼吸をして、なんとか息を整える。
グレートはその様子を見て胡乱げな表情で眺めていた。過去に違う違うと言い張りながら、追加の仕事をこの神父から渡されたことがあったからだ。
「落ち着いたか?」
「はい、ありがとうございます」
「それで? 話ってのは?」
「今すぐに会議室に来いと。大事な仕事の話があると教皇様や、他の枢機卿の方々がおっしゃっています」
神父の言葉にグレートは首を傾げる。
オッサンなのでそのような動作をしても全く可愛らしくなかった。むしろ怖い。神父の男も決して口には出さないが、内心そう考えていた。
「え~と………………なんか嫌な予感がビンビンとするんだが」
顎髭をかきながら、不安そうに言うグレート枢機卿。
グレート枢機卿は真面目で嫌なことは早くに済ませたがる一面がある。
そのため終業時間よりも前に仕事を終わらせることが多いのだが、そのたびに他の者からさらなる仕事を増やされるということをされていた。
それもグレート枢機卿の大嫌いな書類の仕事だ。
「多分グレート枢機卿が考えているような書類の仕事じゃあなそうですけどねぇ。なんか旅の準備もしておけとかそういうことも言っ」
「なぜそれを早く言わない!」
神父の言葉を遮ってグレート枢機卿は吠えた。
「やったぞ! 合法的に書類の山から解放されるチャンスだ! じゃあ俺は早速会議室に行ってくるわ! 知らせてくれてありがとな」
そう言い残し、グレート枢機卿は神父の前から姿を消した。
グレート枢機卿の居た場所には煙草の吸い殻だけが残されている。神父は深い溜め息を吐きながらそれを片付けることになったのだった。
この後教皇や他の枢機卿たちから、グレート枢機卿をヴィルヘルミア皇国代表として世界会議に参加させる旨を伝えた。
グレート枢機卿は仕事から解放されるとばかりに無邪気に喜び、護衛の者も必要ないと一人で国を出た。
一人で会議に出ること、そしてそもそも世界会議に出席することを了承したことを後悔することになる。




