初めてのキャバクラとママさん 下
遅れてしまいました。
かなり難産でした。
「さっきまでの所じゃないんすね」
トキワは革のソファを撫でながらそう言った。
ママさんによって案内された席は先程までの場所ではなかった。先程までの所も高級感溢れるセンスの良いものだったが、今居る場所はそれ以上だ。
何よりも個室ということが大きい。
「えぇ。王様が私の所に来たってことは、あんまり他の人の耳に入れたくないような話をしたがるからね。誰にも入らせない特別な席よ」
「へー」
「………………心底どうでもよさそうだね、トキワくん」
テーブルに既に並べられていたツマミやお酒を眺めながら、片手で後頭部をかいて、ママさんに返事をするトキワ。そしてそれにツッコむアルカディオ。
この三人はどこか楽しげな雰囲気だが、メアリは違った。
無表情なのはいつも通りだが、どことなく機嫌が悪そうである。それもそのはず、エリスの旦那に添えようとしているトキワがキャバクラにいることが許せないからである。
メアリとしても、貴族位の人間が一人の女性だけを愛するだなんてあるはずがないことはわかっている。けれどもアルサケス王国で婚約者であったアキレウスたちから裏切られて傷つくエリスを見たことで、メアリはそういうことが大嫌いになったのだった。
そのようなメアリの心情を察したのは付き合いの長いトキワやアルカディオではなかった。
初めて会ったばかりのママさんだった。
「心配しないでメイドさん。さっきまでは楽しんでたみたいだけどこれからはただお話をするだけだから」
ウインクしながらママさんは告げる。
それを見てアルカディオも勘づいたのか、後から言葉を足す。
「そうだよメアリ嬢。これからするのは真面目な話さ。それに君にも関係がある話だ。後日言うつもりだったが丁度いい」
メアリは二人からの言葉を受けて、何も言わずただ頭を下げる。メイドであるメアリが言葉を発することはない。
またトキワは二人からの言葉を受けてあることを考えた。
(えー真面目な話かよ。なら部屋帰って寝たいんですけど………………)
トキワはどこまでも不真面目な男だった。
少しの間他愛のない話をした後で、グラスを傾けながらママさんはアルカディオに流し目を送る。
「それで? 王様が私を指名したってことは、また危ないことになりそうってことよね?」
ママさんは足を組み替えながら、言う。
それを見ていたトキワの顔がにやける。
ただでさえ裸と変わらないようなセクシードレスを着ているのだ。スケスケのそこから覗くのは、編みタイツに包まれた足と局部のみを隠す布一枚。
トキワが興奮するのも無理ないことだった。
「あぁ。また死ぬかもしれない目に逢いそうでね………………。是非とも俺の運命を占ってほしい」
アルカディオは今日このキャバクラに来てママさんを指名した理由を言う。
占い………………あまりにも突拍子もないことを言うから、メアリは少し驚いた。ちなみにトキワは鼻をほじって、ぼけーとママさんの肢体をチラ見しているため特に何の反応の見せない。
「わかったわ。じゃあ取りあえず、王様自身のことや今王様が置かれている状況やその死ぬかもしれない目って奴、他にも色々なことをどんどんと話してもらえるかしら。あ、もちろん本音でね」
「ああ、わかった。できるだけ話した方が良いよな?」
「ええ。何もかも………………と言いたい所だけど、時間かかっちゃうからできるだけでいいわ」
「まず、俺はマーレーン王国の王アルカディオだ。既婚者で子供はまだ居ない。趣味は色町巡り。得意なことは両利きで何でもこなせること。苦手なことはくすぐられること。好きな食べ物は揚げ物全般で嫌いな食べ物は魚だな」
(え!? 今なんかさらっとすごいことを聞いた気がする………)
さっきまでどうでもよさそうにしていたトキワの目がクワッと開く。信じられないことを聞いたからである。だがアルカディオとママさんの会話には入り込めず、黙る。
「どんどん言っちゃって」
ママさんはテーブルに広げた白紙の紙にどんどんと、アルカディオの話したことを書いていきながらさらに話を続きを促す。
「今アルファーム大陸にある国々の中は未曾有の危機を迎えている。ある組織の暗躍によって、国で反乱や事件が多く起きている。我がマーレーン王国もまたそのうちの一つだ」
アルカディオはさらっと言っているのだが、トキワとメアリは驚く。
「それの対策のために俺が行おうとしているのが、各国の上層部を呼び出して会議をして連携を深めるということだ。場所は色々なことを考慮して世界一話し合いの場にふさわしいガイア平原を指定している。各国から代表者一名に護衛一名を厳守でだ。俺はそれに出席するつもりだ」
「それで? そこでどんな危険が?」
「各国も反乱の鎮圧に忙しいらしくてね。四つの国しか応じてくれなかったんだが………………もう既に国が乗っ取られている可能性がある国が少なくとも一つあるということだ。」
アルカディオは四本だけ指を立ててみせる。
そして一本ずつ折って、国の名前を言っていく。
マーレーン王国、ヴィルヘルミア皇国、そして勇者の国。
最後の一本は立てたままにしている。アルカディオが懸念している国だと言うことを示していた。
「最後の一本は?」
堪らずトキワは聞く。
トキワはこのように焦らされることが嫌いだった。漫画や小説も完結してから読むタイプだったのだ。
「アルサケス王国」
「え、そこって!?」
トキワは事態に詳しくない。
聞いたところでわからないし、興味もないからだ。だが、アルサケス王国の名前が出たことには驚いた。
なぜならアルサケス王国はエリスやメアリの故郷だったからだ。
「なるほどねぇ………………。大体わかったわ。戦うつもりなのね、王様」
ママさんはアルカディオが発言を書き留めた紙から顔を上げて言う。
それにアルカディオは首を縦に振る。
アルカディオもまた、トキワと同じ考え方の持ち主であった。それはすなわち、叩ける可能性のあるときに敵を叩いておくということだ。
「あぁ、会議に出てきた相手次第ではね。ママ……どう見る?」
「人相占いなら、相変わらず死相がたっぷり見えるわね」
アルカディオの返事を聞いたママさんは、ニッコリと笑ってそう言う。
「それは不味そうだね」
釣られたように、またアルカディオも苦笑する。
それを見たママさんは、思い出すかのように遠くを見て言う。
「ええ。今まで私が占ってきた人たちは皆死んできた死相の見え方ね。でも王様だけは違う。貴方今まで生き続けてきたからね。ただの人相占い程度じゃあ、貴方の運命は見えそうにない。………………だから『確定未来』を使って貴方が生きるか死ぬか占ってあげる」
『確定未来』。その単語を聞いて、トキワの地の底に近かったテンションは一気に上がる。
(『確定未来』だと!? もしかして『占い』のユニークスキルか!? 初めて聞いたぞ………………俺の『強制覚醒』にも勝る程のイカす名前だぜ)
トキワは『確定未来』というスキルの名称のセンスに震えていた。中二的な物を好むトキワにとっては大好物の名前だったのである。
途端にわくわくした表情になるトキワ。
その瞳はママさんに固定されており、これからの一挙一足を見逃したくないという意志が見てとれた。
「じゃあ………………イクわよ」
ママさんが眼を閉じて、宣言する。
(なんかイントネーションがエロい………………)
それを聞いたトキワが顔を赤くして、鼻の下が伸ばす。
トキワはだらしない顔になりながらも目は決して胸や下にはいかない。
ただこれから何が起こるのか、ということだけに注目していた。
先程わざわざ書いていた紙を使うのだろうとか、そういうことに想像を膨らませながら。
だがとりわけ何も起こらない。
(いや、これからか………………)
そのままトキワは黙って待つ。
だが何も起こらない。
そして室内の誰もが喋らず、身動き一つ取らずに数分が過ぎた頃だろうか。
突然ママさんの閉じていた目が開く。
(ようやく始まるのか!?)
「よし、終わったわよ」
「お疲れさま、ママ」
大きく息を吐き、額を拭うママさん。
そして労いの言葉をかけながら、果実水を差し出すアルカディオ。
その姿を見て、トキワはずっこける。
(今本当にスキル使ってたか!? 何も起こってなかったぞ。あと何のためにさっき紙に色々書いてたんだよ!?)
トキワのこの疑問は特段おかしなものではない。
トキワの『強制覚醒』しかり、人がスキルを使う時にはとにかく何らかのエフェクトがかかるのが常識であるのだ。一般人にはわからないモノも多いのは確かだが。
こけたトキワはメアリの手を借りて起き上がったのだが、アルカディオとママさんはそんなトキワには目もくれず二人で話し合っている。
「で、ママ。結果はどうだっただろうか?」
「ええ、出たわよバッチリね。世界会議だけど、王様出るべきじゃあないわ。死ぬ可能性の方が高いから」
キッパリとしたママさんの発言に、一瞬固まるアルカディオ。
すぐに再起動するが、顔はうつむくように下を見ていた。
「高い………………か。なら生き残る可能性もあるには、あるということだよね」
アルカディオの表情は、トキワやメアリからはわからない。
「死ぬつもりはないよ。だけど、死ぬかもしれないっていうのはやっぱり辛いな。不安で胸がいっぱいになるし、悲観的な考え方になる。怖い怖い。死にたくはない。だけど、俺は世界会議に出るつもりだ。例え死ぬかもしれないという運命にあったとしても、俺は国を守るために………………世界を守るために戦う」
アルカディオが途切れ途切れになりながら、自分の考えと決意を口に出していく。
トキワの顔が歪む。アルカディオの思いにあてられたのだ。
そしてそれは表情こそ変わらないがメアリも同じだった。
いつもふざけているアルカディオの真摯な思いを聞いて二人が感動している中、ママさんだけはニヤニヤと笑うのを止めない。
「あら。良いこと言ってるつもりかもしれないけど、そのわりには随分楽しそうよね王様ってば」
ママさんは足を組み換えて、そして自らの唇を舌で舐める。
キャバクラのママ、ではなく一人の女の顔をしていた。
「貴方って昔からそう。他の人とは違う。いつもいつも死ぬかもって言う修羅場の時………………すごく嬉しそう」
ママさんはアルカディオを見つめている。
その視線の先にあるアルカディオは口が裂けるのではないかというほどまでに口角をつり上げて、獰猛に笑っていたのだった。




