初めてのキャバクラとママさん 上
お待たせしました。
夜もすっかりふけてしまった頃。
普通の人は明日に備えて、もう寝るかしている時間だった。きっと野生の動物や魔物だって同じだろう。
そんな中でトキワは起きていた。今居る場所は、アルカディオの好意で住まわせてもらっている王宮の空いている一室だった。あくまでもトキワは今日だけで明日からは城下町の宿でも借りるつもりだったが。
こんな時間まで起きているだなんて早寝が常であるトキワにしては随分と珍しい。
トキワは窓の外をただ眺め、物思いにふけっていた。
昼間にアルカディオから言われた世界会議とやらが気になっているのだろうか? マーレーン王国で起きた謀反のように今各地で起きる様々な事件、その背後にある組織についての話を共有することで各国の連携を深めたいというアルカディオの提案らしかったのだが。
いや、そんなことをトキワが考えているはずがない。
トキワにとってしてみれば、国の動きなど気にすることもない。そしてそんなことを考えようということさえ思い付かない。
ではトキワは今何を考えているのか。
それはトキワの視線の先を見てみれば良くわかることだった。
城下町のある箇所の光だけは未だに消えない。
トキワの信じがたい視力はその場所に歩く人を正確にとらえていた。
胸の開いた、すぐに脱げるドレスに身を包んだ女性たち。そしてその女性たちに腕をとられて、ニマニマとした顔で歩く男たち。
そう、アルカディオが大好きであったが故にかなり発展している色町がそこにはあった。
風俗店やキャバクラなどが軒を連ねるそこをトキワは見ていた。
(俺も………………いい加減童貞を………………だが俺にはエリスが!)
トキワは唇を噛んでそこを見ていた。
トキワの年齢は十九才。
日本ならまだこの年で性交渉の経験がない男性も多いだろう。だがここアミューズという世界ではそうではない。
そもそも成人や結婚適齢期が十六や十七であるため、十九で童貞などと知れたら笑われるレベルであった。日本で言うならば三十八才で童貞クラスである。
早く童貞を捨てたいという思いと、また愛した人に全てを捧げることこそが純愛ではないのかという思いとの葛藤に苦しむトキワ。
そんなトキワは背後、正確には部屋の外に気配が近づいているのを感じた。
見事な隠行である。
カタリベに居た頃のトキワならば気付かないままに背後を取られているだろうその相手の気配に、トキワは一瞬だけ警戒するがすぐに止めた。
それはトキワがよく知った相手の気配だったからである。
トキワの部屋の扉がゆっくりと物音たてずに開く。
そこから入ってきたのは、この王宮の主である男だった。
「腕を上げたね、トキワくん」
「どうしたんですか王様。こんな真夜中にそんな格好で」
アルカディオの服装は外行きの格好だった。
タヌキの柄のパジャマを着ているトキワとは大違いのソレはトキワに違和感を感じさせた。
「ああ、トキワくん。是非君もと思ってね………………行こっか!」
「あら、お兄さん。カワイイー」
「照れてるのー? こういう所初めて?」
「あっえっと………はい」
艶やかなドレスで着飾った女性二人に挟まれながらトキワは固まっていた。時折腕に当たる胸の感触と、近くから薫る女性の香水の匂いにドギマギしているのだ。
「トキワくん。今日は奢るから楽しんでよ!」
アルカディオもまた、トキワとは別の女性二人を側に置き腕に抱いて豪快に酒を食らっていた。
そう今トキワとアルカディオが居る場所は、マーレーン王国の城下町にあるキャバクラだった。
それも高級キャバクラである。
一流階級の者しか通えないだけあってかなり容姿のレベルが高い女性が集まっている。さすがにエリスやメアリ程とまではいかないが皆キレイである。
「そうそう。王様の言う通りだよー。楽しも!」
「王様のお友達だし、たーぷりサービスするね!」
トキワの横にいる女性たちは、今まででも相当近かった距離をさらに埋めてきた。
と言うよりも一方は既にトキワの太ももの上にのっかかり、胸をトキワの側頭部にあてていた。もう一方はトキワの腕を自身の胸の谷間に挟んでいる。
トキワの顔をどうしようもない程までに歪んでいる。
もちろん嬉しさにである。
「そ、そうだよなぁー。楽しまなきゃ………だよね」
そうしてトキワは少しだけ大人になるのだった。
「ねぇ。ママはまだかな?」
アルカディオがそう言ったのは、店に入ってからしばらくした頃のことだった。
その頃にはトキワの頬と首筋にはたくさんの口紅の跡がついていた。手には女性のお尻と、そして控えめにだが確かに胸を触っていた。要するに充分楽しんでいる頃だった。
と言ってもさすがに触る、そして頬にキス程度のことまでしかしていない。ここはキャバクラなのだから。
(ママ………………?)
トキワが首を傾げる。
いくら何でも、アルカディオが口にしたママという言葉が母親のことを指していないというのはわかる。
だがアルカディオのワクワクした顔を見ていると、そのママとやらがどれ程美人なのかが気にかかったのだ。
「あら~。やっぱり王様は私たちじゃ満足してくれないみたいね」
「ママさん呼んできますから少しだけ待っててくださいねー」
アルカディオの言葉に若干寂しそうな顔をしたのは、アルカディオの傍に居た二人の女性。
「そんなことないよ、ありがとう。楽しかった今度も君たちを指名するよ」
アルカディオが笑顔でそう言うと、女性たちは二人とも笑う。
そしてそのまま席を立って、手を小さく振ってお別れの言葉を口にして店の奥に行く。
ママを呼んでくるのだろう。
「ママさん来るみたいだし、私たちも行こっか!」
「そだねー。トキワちゃんありがとうね。また来てね、トキワちゃんならサービスするからさ」
「えっ!? 二人も行っちゃうの!?」
トキワの傍に居た女性二人もまた席を立ち別れを告げる。
そのことにトキワは顔を歪める。今度は悲しみでだ。すごく楽しかったこの時が終わってしまうのが嫌だったのである。
悲しそうにするトキワの頬に二人はキスを落として、店の奥に引っ込んでいく。
「楽しめたみたいで良かったよ。トキワくん」
笑いながらアルカディオは落ち込んでいるトキワに言う。
それに対してトキワは若干うらめしそうな目を向ける。奢ってもらっておいて理不尽な話だが、トキワとしても気持ちのぶつけどころがなかったのである。
「そんな風に睨まないでくれよ。また一緒に来よう」
「本当すか!?」
「現金な奴だね。君も………………。まぁそういうところが君の良いところなんだろうけどさ。」
笑うアルカディオ。
いつになく楽しそうである。それにトキワは敏感に気付いていた。
「そのママさんって言う人………相当美人さんみたいですね。俺、王様がそんなに嬉しそうにしてる所みたことないっす」
「美人は美人だよ。でも彼女には顔やスタイル以上の魅力があるんだ………………と言うよりトキワくん。後ろ、気付いてないよね?」
「へ?」
後ろを指差すアルカディオ。
トキワは振り返って見てみるとそこにはメアリが居た。
いつも通りのメイド服を着て、いつも通りの無表情だったがどことなく冷たい感じがした。
(………………ヤバイ)
トキワは先程までから一転。だらだらと冷や汗が額から流れる。
トキワはメアリの接近に全く気が付いていなかった。それは女の子とイチャイチャするのに、集中し過ぎていたからである。
ということは………………だ。
「途中からですが、全て見ておりました」
「もう二度と来ないんでエリスには黙っててください!」
手を合わせてトキワはメアリに頼み込む。
その必死な様子を見て、メアリの纏う不穏な雰囲気がだんだんと霧消していく。
「わかりました。行きますよ」
そう言うと、メアリはクルリと翻って店から出ようとする。
トキワは何度かアルカディオに頭を下げながらそれを追おうとする。
今のトキワに出来ることはただメアリの後ろについていくことだけだったのである。メアリが出ていくのをただ見ているだなんてことをすれば、きっとメアリはエリスに密告すると確信していたのだ。
「あっ二人とも待ってよ!」
アルカディオが声を張り上げて言うが、メアリは止まらない。
正確には、失礼に当たらないように聞こえていない振りをしていた。
トキワは何度もアルカディオの方に振り返り頭を下げるが、その歩みを止めることはない。
「まぁ、待ちなさいよ。せっかくなんだからお話しましょうよ」
今にも店を出ようとしていたトキワとメアリの前に立ちはだかりその歩みを止めたのは、一人の女性だった。
真っ黒のドレスは、ほとんどの肌を晒している。大切な箇所だけしか隠せていない、もう服と言ってよいのかわからないような物だった。
トキワはそれを見て、顔を真っ赤にする。それほどの色気だった。
顔もまた段違いに良い。それこそ、エリスやメアリに匹敵するかもしくは上回ってしまう程に。
「申し訳ありませんが、道を開けてください」
「嫌よ。これから四人でお話しましょうよ」
トキワは、目の前でニッコリと微笑みながらいるこの女性が誰なのかわかっている。
その確信を裏付けるように、トキワとメアリの背後から駆け寄ってきたアルカディオが女性を見て笑いかける。
「あっママ! 久しぶりだね」
「ええ久しぶりね王様。今回もバリバリに死相が見えてるわよ」
ウインクしながらママさんは微笑む。
トキワはその美しさに思わずクラリと倒れそうになる。
(………バカな!? この俺がここまでデレデレになったのは、エリス以来だぞ。王様がハマった理由がすごいわかる!)
「………………トキワ様」
「っす、すいません!」
底冷えするようなメアリの声に、一瞬で正気に戻されたトキワは敬語で謝ってしまう。それほどの怖さを感じた。
「まぁまぁメアリ嬢、元々俺が誘ったんだからさ。許してやってよ」
トキワと同じくママさんにデレデレなアルカディオがメアリに言う。
圧倒的に位が上なアルカディオに言われてしまえば、メアリには首を縦に振る以外に選択肢は存在しない。
「それじゃあこの四人で飲もうか!」
「それに賛成!」
アルカディオとママさんの鶴の一声でこの後の行動が決まるのだった。




