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婚約破棄に国外追放 中

本当は、これで婚約破棄の話は終わるつもりだったのですが……。

明日で終わりにします。

なぜ? どうして? 誰がそんなことを私に?

エリスはアイレーンの言葉が頭に染み渡るのにしばらくの時間を有した。

誰かに恨まれでもしただろうか、と自分の人生を振り返ってみてもさっぱりわからない。

そもそも本当のことなんだろうか? と疑ってしまうがあのアイレーンが冗談を言うはずがないと思い直す。

ともなれば、誰かがエリスに悪意をもってその地位を貶めようと画策しているのは真実であり、先手にして王手を打たれたために今の状況は最悪だということだ。


「そうですわ! 私の姿を見たり、話したりしている人が必ずいるはずでは……」


尻すぼみに小さくなるエリスの声。最後まで自分の意見を言わなかったのはそうではないと自覚していたからだ。


「王宮やその他の貴族、そして我がユグドレミア家にまで侵入して全ての書類を始末したのだ。相手側には化け物レベルの知略と暴力と権力を持っている奴がいる。そういう奴が証人に関しては当然何の対策も取っていないはずがない。買収か、人質か始めから向こう側か、それか誰か公爵家よりも更に上に命令されたか」


「公爵家よりも上って……まさか王族の方が?」


エリスは信じられなかった。

ユグドレミア家は代々冷たい顔立ちから誤解を招くことは多々あったが忠誠心の厚さは本物であり、王族もそれを理解しているからこそいつも国の中枢の役職に任ぜられる家なのだ。

そして同時に理解した。もはやこれはエリスが冤罪を被るか否かの話ではないのだと、ユグドレミア家を何者か、信じたくはないが王族が陥れようとしているのだと。


「その忠誠心が邪魔だということだろうな。エリスを追い落として、次はユグドレミア家ということだ。全くふざけた話だ。唯一幸いなのは少なくとも今の王がそのような蛮行を行っているのではないのが確かなことだ。…………そんなことをできる状態にないからな。だが第一王子がお前を貶めようとするわけがないし、あのボンクラの第二王子にはそのような力はない……ともなれば奴しかいないな」


「まさかお父様にはすでに見当がついているのですか?」


確信を持ったカウレスの言葉にエリスは飛び付いた。

アイレーンやメアリもこの話は初耳らしくそれぞれに反応を見せていた。ファーニーはすでにエリスの肩で涎をこぼして寝ていた。


「ああ、王の正妻と側室がそれぞれ病気で倒れた後に側室になった女がいるだろう」


「まさかアナスタシア様ですか?」


アナスタシア ロイエンタール。アルサケス王国の北方に位置するロイエンタール侯爵家の三女である。アルサケス王国には珍しい漆黒の髪を持つまだ二十そこそこの美しい女性であった。

当然パーティーでエリスも挨拶をしたことがとてもそのようなことをする人間には見えなかった。それにそんなことをするメリットも見当たらなかった。


「そもそも奴を王族に入れるべきではないと俺は進言したのだがな……。奴が王の側室になって直ぐに王はあのような状態になってしまった。そもそも奴の周りでは不自然に人が死にすぎている」


「そうなのですか?」


「ああ、ロイエンタール家で今生きているのはアナスタシアとその弟のルーノだけだ。まぁそのルーノも本当に生きているかどうかは定かではないがな、病気だとかなんだとかでここ数年間家を全く出ていないらしいしな」


「……まさか全てアナスタシア様がやったのではないかとお父様は考えられていらっしゃるのですか?」


カウレスはエリスの言葉に首肯した。

エリスには衝撃的な話であったため渇いた吐息がこぼれた。


「……ふざけるなよ、あのクソアマ」


誰もが言葉を発ざず、静かになった室内にポツリと小さいが重い声が響いた。

カウレスとエリスは顔を強張らせている。

唯一無表情を保っているのはメイドのメアリだけだった。


「ユグドレミア家を追い落とすために、この私の可愛い可愛い娘を出汁にしただと………………ぶち殺してやる」


声を発しているのはアイレーンだった。

アイレーンは昔から怒ると物凄く怖い。手がつけられない程に恐ろしかった。元々の生まれが軍人系貴族であることも理由の一つだろう。


カウレスはいつもの冷たさを感じる美しい顔から冷や汗をこぼしながら口を開いた。


「ともあれ、我々ユグドレミア家は今窮地に立たされている。もし今俺が廃されれば、次の代は平民の女にうつつを抜かす不肖のバカ息子だ。それだけは避けなければいけない」


貴族は何よりも血の存続を優先する。カウレスの言葉は何も間違ってはいない。だが今ここで、その発言が意味することは残酷なことだった。


「おい、カウレス……お前まさか」


アイレーンが鬼の形相を浮かべてカウレスに詰め寄る。

カウレスの顔は久々に見た怖い妻に顔をひきつらせながらも、その目は決してそらさなかった。

そうしていることしばらく、アイレーンは観念したように退いた。


「確かに……それしかないと言うのなら仕方がない」


アイレーンの言葉に強く頷いたカウレスは視線をエリスに向ける。


「許せ、アイレーン。そしてエリス」


「私もユグドレミア家の貴族として生まれた身覚悟はできております」


「おそらく仕掛けてくるのは明日だろう。学園の卒業式とその後のパーティーには国内の多くの貴族が自分達の子供の晴れ舞台を見に来るか、来賓として来る。おそらくはパーティーで事を起こすつもりだ。まぁどんな下らん罪を着せるのやらとは思うがな」


エリスとアイレーンも頷いた。異論はない。明日ほど都合の良い日はない。


「そうか……、ではユグドレミア家当主カウレス ユグドレミアが命じよう。エリスフィア ユグドレミア、お前は明日の卒業式が終わった時点で我がユグドレミア家を追放する。書類にサインしろ、今度は盗まれないようにする」


エリスをユグドレミア家から関係のない者に落としておくことで、ユグドレミア家の責任問題をできるだけ軽くする。エリスの罪自体はそれによって更に重くなるだろう。

しかしそれがカウレスの貴族としての決断だった。

そもそもエリスを卒業式にすら出させず、亡命させてしまえばいいと思うかもしれないがそれは悪手だった。ユグドレミア家が娘可愛さに逃がしたと周囲からとられてもおかしくないからだ。

またエリスを離縁させた上でエリスが自分への追求から逃れるために自分で望んで亡命したという体裁にしても、自家の問題も解決できないと攻撃されてしまう。

勿論可愛い娘を冤罪で牢屋にぶちこまれるわけにはいかない。そのため、エリスを卒業式に参加させてその上で王国軍に逮捕させる。そしてエリスを逃がすというのが最も良い形だった。


カウレス自身、国政にかかりきりになって後手にまわり続けたことからこれで終わりだとはどうしても思えなかった。

そもそものところユグドレミア家を潰すことが本当の目的ではないのではないかとまで考えてしまう。

アナスタシアがその気になれば、というよりももうしているが今の王を傀儡にすることなど容易い。国を得たいのならそれだけで充分のはずだ。

アナスタシアは一体何をしたいのか、カウレスにはさっぱりわからなかった。だが、国に危険が迫っていることはわかる。

そういう意味でもエリスを出来るだけ王国から遠ざけておきたいというのは親心からくるものだった。



「エリス、お前は国から逃亡する覚悟をしておけ。魔の森を通りマーレーンに行け、あそこなら誰もお前を追えない。ファーニー、お前はエリスのネックレスの中に入っておけ。そして例の禁術を行うために魔力を溜めておけ。明日はそこから出てくるな」


カウレスに話しかけられて、ようやく目を覚ましたファーニーは目をクシクシと擦って「ふぁーい」と返事をする。

普段はお惚けなダメ妖精だが、これでも格は高い。そうでなければ魔物避けの禁術は使うことができない。


「旦那様、準備の方はよろしいので?」


「どうせ、捕らえられたときに全て没収されるさ。それよりもメアリ、お前にはエリスを逃がしてもらう。出来れば、共に魔の森から逃げろ。もし無理なら別ルートを辿ってでもマーレーンに行き、エリスと合流しろ」


メアリは首肯した。

メアリは昔からユグドレミア家に仕えている、護衛兼執事、メイドの家系の一人だ。

共に生まれ育ったエリスに対しての愛と忠誠心は深い。

逃亡幇助を命じられたことで、事を為した後は犯罪者として手配されることは間違えない。しかしもし仮にカウレスから命じられなくてもメアリは己の意思でエリスを逃がす手伝いをしていたであろう。


「アイレーン、君はマーレーン国王と連絡を取ってくれ。エリスのことを頼んでおいてくれ」


アイレーンは嫌そうな顔をしながらも首を縦に振った。

現在のマーレーン国王とは少しつてがあって知り合いだったのだ。と言ってもアイレーン側からすれば喜んで顔をあわせたいわけではないのだが。



カウレスは考える。明日はどうなるのか、国はどうなるのか、アナスタシアの目的は何なのか。

だが答えのでないことをいつまでも考えているのは時間の無駄だ。

男は度胸と言わんばかりにキッパリと思考を断つ。


それよりも今考えておかなければいけないことがある。

アイレーンの機嫌を取るために今日の夜は眠れないということだ。

久しぶりに頑張らなければいけないといけないが、明日は忙しい。

出来るだけ早くに満足させなければいけないな、と。


全ては明日決するのだ。

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