後継者騒動 11 last
昨日投稿できずすいませんでした
「ヒヒヒ………………やれるものならやってみなされ。ヒヅチはあの『人形』ですぞ。いくら貴方が強かろうが『人形』にはかなうことはない」
ムラサキの宣言を鼻で笑うハバキリ。
ハバキリには呪い師として、そして他人を操る能力者としてヒヅチの出来に自信があったのだ。
他人を操るという分野の中でも、その種類は実に三種類ある。
まずはマーレーン王国の謀反で活躍したポチという奴隷の少女が持っていた《洗脳》。ポチという少女は《洗脳》を己の意志さえあれば一秒かからずにやり遂げる特殊能力者だった。彼女は特別としても、長く時間のかかる『洗脳』することを専門とした生業の者もいる。そうした『洗脳』によって生み出された存在は主の命ならばどんなモノでも聞く意志ある人間と化す。ただ、あくまでも人間なので本体のスペック以上のことは出来ない。
次にクチナワやハバキリたち呪い師。
彼らは他人の『思考』を操る。その過程で生み出されうるのが、人柱と呼ばれる存在である。
人柱は、主の命があれば一時的にそのスペックを超えた働きをすることができる。だが『洗脳』で作られた兵隊とは違い、人柱の場合絶やすことなく『思考』を操作し続けなければ操り続けることが出来ない。
最後に洗脳専門拷問家や呪い師を超越した伝説上の存在、《人形師》。
その存在は歴史上でもたった一人しか知られていない。その人物こそが千年帝国と称された吸血鬼の帝国の姫、吸血姫である。
吸血姫、つまり《人形師》は人を人形に変えることが出来た。
その人形は命令すること無しに主の思考を読み取って動き、そして本来のスペック以上の働きをし、さらには一度人形にしてしまえばメンテナンスの心配がいらないというモノだった。
そのため他人を操るということを生業としている者たちにとって人形を作るということは至上命題であった。
偶然に偶然に偶然が重なって不完全であるが人形を完成させたハバキリは己を誇りに思っている。もはや人形師と言ってもいいと、あの吸血姫に肩を並べることが出来たと己の手腕を称えた。
なればこそハバキリがムラサキの発言を気に入らないと思うのは当然のことだ。
「やれい、ヒヅチ。血祭りにあげなさい」
ハバキリの声とともにヒヅチが動き出す。
二、三度地面を跳び跳ねてそのまま地を蹴る。
ムラサキの方に接近してくる速度は本来のヒヅチ自身のスペックを大きく上回ったものだった。
それに乗じて、未だ戦闘可能な呪い師たちが人柱を動かしてムラサキに攻撃をしかけてくる。
ムラサキは構えない。
普通に立っているだけだ。
回避行動も、迎撃態勢もとらない。そしてそのままヒヅチや人柱がムラサキに殺到する。
「あれ………?」
その言葉は一体誰が呟いた言葉だろうか。
その場にいる呪い師ならば誰が言ってもおかしくないものだった。
何せ呪い師たちの視界から、自分達が操っていた人柱がいつの間にか一人残らず消えてしまったのだから。
辺りをキョロキョロと見渡す呪い師たちの、『思考』と視線を誘導するかのようにムラサキは天に向けて指をやる。
釣られて空を見る呪い師たち。次の瞬間驚愕の顔へと変わる。唯一平時通りの表情のままだったのはハバキリだけであった。
空に浮かぶ、黒い点。
目を凝らして良く見ると、それは紛れもなく人だった。そう全員残らずムラサキによって空に投げられていたのである。
ムラサキが唯一使える魔法『ハンド』によって。
「弱い」
ムラサキの一言がばっさりと切り捨てる。
それを聞いた呪い師たちは何らかの反応をする前に、少しばかり息苦しさを覚えた。先程まで普通に行っていたはずの呼吸がしにくいのだ。
呪い師たちが居たのは空だった。
辺り一面に青い空が存在している。非常に美しい光景だが、呪い師たちにとってそんなことを思う暇はない。
困ったように辺りを見回して、ハバキリを含む全員がいることを確認して肩を落とす。
もうどうにもならないと、諦めたのである。
そして声にならない声を上げて、空を旅行する。
「………………空で反省していなさい」
その様子を見ながらムラサキは一人ぼやく。
十秒かそこら経った頃ドサドサと立て続けに地面に人間が落ちてくる。
落ちてきたのは先に投げた人柱ではなく、後に投げた呪い師たちであった。
もし先に人柱が落ちていれば、呪い師たちがそれらを操る可能性があったからだ。そのためムラサキは先に呪い師を片付けるべきだと判断していた。
一瞬で逝けた者も入れば、中には死ねなかったのだろう。ピクピクと体を痙攣させている者もいた。
その後者にはハバキリもまたあてはまっていた。
ムラサキはハバキリに近付いて、耳元にそっと呟く。
「もう聞こえていないかもしれないけど最期に言っておきますね。おそらく君達はそもそも戦闘スタイルが間違っている。人柱任せで戦うのはダメだよ、あくまでも自分で戦ってその補佐や盾を人柱にさせることで相手はやりにくく………………………もう死んでしまったか」
ムラサキの言葉を聞いたハバキリ。最期は目を見開き、ムラサキを見ていた。
そして、笑ったのだ。ムラサキの助言を聞いて、とても嬉しそうに。
ありがとうと言わんばかりに。
「………………そんな反応をするとは考えてませんでした」
意地悪のつもりで言ったムラサキの言葉を、作り笑顔でない笑顔で返されたのだ。ムラサキはやるせない気持ちになる。
ムラサキと呪い師たちとの戦い。それはもはや戦闘とは言わなかった。
余りにも圧倒的であり、相手に何もさせることなくムラサキは敵を殺した。
まさに作業と称するに相応しい虐殺劇。これが、和の国に誇るクニシロ家の三兄弟の一人であった。
ムラサキがハバキリの亡骸を見て、空を見つめると同時に落ちてくる人柱たち。
先程の焼きまわしのような光景を再び目にするムラサキ。
そしてそのままヒヅチの亡骸へと歩を進める。
「意外と弱かったなヒヅチ。昔のお前の方が強かったよ。私が使っていればもっと強かったのに………………」
ムラサキは最後に、ヒヅチの亡骸を見てそう言う。
その目には悲しみと悔しさと、そして何かに気付いたかのようなワクワクがありありと見てとれた。
ーーーーーーーーー
「打突!」
一方その頃のトキワとクチナワ。
今、何度目かの打突がかわされたところだった。
トキワの顔には傷が見えるが、クチナワには耳と手以外にこれといって怪我は見当たらなかった。
トキワの攻撃が今になってさっぱりと当たらなくなったからだ。『思考』を司るクチナワにとって、トキワの考えは単純すぎた。
次の攻撃を事前に読んだり、次の行動を誘導したりと繰り返しそして放たれる拳にカウンターを合わせてじわじわとトキワをいたぶっていた。
お互いのスペックだけで言えば、トキワの方に軍配は上がるが能力の特異性その他の面で言えばクチナワの方が勝る。
その中には経験の差もあった。
クチナワは多くの戦いを和の国で行ってきた。対してトキワは戦闘を恐れ、今までまともに戦っても来なかった。その差がこの戦闘で如実に現れていたのだ。
「頑丈だと言ってももうそろそろ限界だろう。トキワ クニシロ」
ぜーはーぜーはーと荒い息を吐くトキワにクチナワは声をかける。
クチナワの『思考』誘導で、トキワは無意識のうちに全ての挙動に全力投球していた。そのためスタミナも随分削られていたのだが、トキワは気づかない。
「ふー………………。この国に帰って来れて良かった」
「そうだな。骨は故郷で埋めたいだろうからな」
クチナワはトキワの独り言のようなぼやきにそう返す。
だがトキワはその返しが気に入らなかったのか、首をゆっくりと横に振る。
「そういう意味じゃねーよ。確かにお前は俺よりも経験豊富みたいだし、戦い方も知ってる。………………まぁ顔は俺の方が好みの人が多いんじゃないかなぁとかは思うけど」
最後の方は声も小さくなるトキワ。
それほど自信がないならば口に出さなければ良いのに、ついつい言わずにはいられなかった。
「だけどこの国に帰ってこれたことで色々と昔のことを思い出せた。………………お前が見たことも聞いたこともない戦い方をな」
そう言うとトキワはある構えをとった。
己の両拳を顎の所に持っていく。片足は少しだけ前に出し、そして脇をしめて、体を縮こまらせる。
初めて行ったにして、随分と様になっているこの構え。
おそらくはこのアミューズという世界で、初めて行われたボクシングのファイティングポーズである。
「………………別の大陸にあるという拳闘の構えか」
クチナワの言葉にトキワはにやりと笑う。
地球でのボクシングの起源が随分昔にあった拳闘という説がある通り、確かにそう間違えてもおかしくはない。その上マーレーン王国やアルサケス王国が存在するアルファーム大陸には拳闘という文化があるが、和の国や修羅の国が存在するベータクス大陸にはそのような殴り合いという文化はなかった。いくらクチナワ自身も体術を主に使用するからと言って、トキワのとった構えを正確に理解することは困難だっただろう。
要するにクチナワは気がつかないのだ。
このポーズの真の意味が。
トキワが地を蹴る。
バーストという風魔法をかけられてさらなるスピードを得たトキワは即座にクチナワの懐に入る。
「痛ってええええ!」
それと同時にトキワの脛に、クチナワの蹴りが入る。
己のスピードにより、威力がさらに上がったのか痛がるトキワは後ろに下がる。
「何がしたいんだ………………お前」
クチナワの声に気づくこともないままトキワは涙目になりながら頭をひねらせて考える。
(あれ蹴られた………………? 思ってたのと違うんだけど)
トキワは何やら自信満々にファイティングポーズを取っていたが、実のところボクシングの経験も知識もろくになかった。漫画で見た程度である。
そのため、ボクシングとかやったら相手知らないから勝てるんじゃねという実に楽観的で浅慮な考えが生まれたのだ。
そもそも今はボクシングのルールに乗っ取って戦っているのではない。
目付きも金的も噛みつきも脅迫も人質も許された殺し合いなのだ。
だからがら空きだった下を狙われたに過ぎない。
(………………いやだけど発想は良かったと思う。臨機応変に行くか)
だがトキワは頭が悪いが、固い訳ではない。むしろ柔らかく、柔軟だといっても良かった。
だからこそ自らの地球での知識を、今この時自分のモノに昇華することが出来た。
「………………」
トキワの自分なりの構えを見て、今度こそクチナワは警戒したように押し黙る。今回ばかりは『思考』を誘導するための伏線ではなかった。
体をクチナワへと正面ではなく斜めに向けるトキワ。
右足を前に、左足を後ろに。逆に右手は前に左手は顎に置いている。
先程までの力任せな戦いから、組み立てる戦いへと移行したとクチナワは判断していた。
だからこそ油断はならないと、またクチナワも構える。
右手を不自然に背中に隠し、左手を開いた状態でトキワに向ける。それと同時に足はあくまでも正面を向いたままでいた。
トキワが正中線を隠し、またボクシングのようにこまめにそしてスピーディーに動き、そして蹴りを警戒した構えを見せる中でクチナワの構えは実のところ一切の意味を持っていなかった。
後ろに手を回したのはそこに何かがあるかもしれないという疑念を生ませるためである。
クチナワの本命は口の中にある。
クチナワが一人で調合した、巨大な魔物でさえ痺れさせる薬。それを塗り込んだ針に、薬を通さない布を被せてクチナワは下唇と歯茎の間にそれを糸で縫い止めて隠していた。
器用にクチナワは舌で糸をほどいていく。
「行くぞ!」
わざわざ挙動の始まりを告げるトキワ。
あくまでも体を正面に向かわせないまま、一直線にクチナワに駆ける。
トキワが放ったのは右のジャブ。
利き腕が左なトキワにとって、打突を放ったりとする威力を込めたパンチはいつも左で打っていたのだ。
ジャブをクチナワはすんでの所で避けられなかった。
先程までのトキワの一撃で殺しにいくパンチと、当てにいくジャブとでは速度とそして出所が違った。
ジャブとは言えど、トキワの一撃だ。
そのダメージは中々のものでクチナワの顔が物理的に歪む。
そのままトキワは足で動く。クチナワの周りを動きながら、ジャブを浴びせ続ける。
クチナワはこのまま顔を殴られ続ければ口の中の針が自分に刺さってしまうことを考え、思わず顔をガードする。
しかし、そこにトキワは合わせた。クチナワのがら空きになった脇腹に拳をねじ込んだ。自身のあばら骨が砕けるような音を、クチナワは聴いた。
「ガハッ」
クチナワは考えていた。
トキワがしたことはただ戦い方を変えただけだ。
先程まではクチナワの独壇場と言ってもよかったのに、ただそれだけで完全に形勢は逆転していた。
クチナワは心の中でトキワを褒め称える。
勝てるはずがないと。紛れもなく、トキワは鬼だと。今までで一番強い相手だと。
だが同時に負けるはずがないとも考えていた。
「終わりだ!」
クチナワが浴びせられ続けるトキワの攻撃にフラつくような演技をしているのを見て、トキワは打突のモーションに入る。
だが、それこそがクチナワの考え通りだった。
口から布を舌の上に乗せ、息だけで布にくるまれた針を発射する。
針を見て、驚きの表情を見せるトキワ。だがモーションに入ってしまっているためもはやかわすことは不可能。
針はトキワの首に刺さる。トキワの強靭な筋肉には、途中で勢いは止まってしまうがそれで十分だった。
クチナワが塗りつけていたのは、即効性の薬である。
少しでも体に触れればたちまち体は言うことを聞かなくなる。
そのはずだった。
「な、んのこれしきぃ!」
「なんだと!?」
トキワの動きは止まらない。
それには思わずクチナワも驚きの声をあげる。
クチナワは何とか避けようとするが、風を切り空間を裂き迫りくる拳からは避けられない。
それは先程までの打突ではなかった。
痺れで動きにくくなる自らの体。
その体で打突を放とうとするトキワは、普段使っている余計な力を抜き脱力という力を得ていた。
早くクチナワを倒して楽になりたいというトキワの意志に呼応するかのようにトキワの拳はいつも以上に早いスピードでクチナワに迫る。
ーー打突 マイナス
そしてトキワの拳はクチナワの顔面に突き刺さる。




