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後継者騒動 9

明日も夜の11時に投稿します。

活動報告の方にも書かせて頂きましたが、月曜の投稿は休みます。


ご容赦ください。

「あれは怖いですねぇ。確かトキワ クニシロの相手はクチナワ君たちの担当でしたよね。私は嫌ですよあんな化け物」


ハバキリはトキワの姿を見てそうぼやく。

ただ表情は笑顔で固定されているため、本当に恐怖しているかはわからない。


「お前は戦わなくていいさハバキリ。その代わり必ずムラサキ クニシロだけは殺せ」


「ヒヒヒ……わかっていますよ」




「来るぞ!」


呪い師とその操り人形である人柱たちの元へやって来たトキワはただクチナワだけを狙う。

風の魔法であるブーストで空中へと飛び、そしてプレートという魔法で空中に板を一時的に呼び出し、それを蹴って進む。

空の道を行き、クチナワの前方に居た敵とは争いもしない。


(コイツが一番強い。だから最初に殺す)


トキワは自分の中で戦闘の独自の考えを築き上げていた。

それが正解かどうかはわからない。答えのないものだから。

だが例え、不正解だとしてもトキワの考えは変わらない。

このような状況下で一番強い奴を生かしておいていいわけがない。必ず殺す。手負いでも殺す。どんな手を使っても殺す。


トキワは臆病で怖がりでシャイで童貞だ。

だからこそ自分の命を最優先に考える。臆病故に己の生命を脅かす存在が傷ついている内にけりをつけてしまう。

耳を失い、血液を失っている今が間違えなくクチナワにとっては攻められたくない時だ。


「空中では身動きが取れないぞ」


確かにトキワの考えは正しい。

今がクチナワにとってはもっとも肉体的、精神的に消耗が激しい時である。

だが肉体も精神も消耗を気にしなければいい。

消耗する、疲れるというのは己が知らない内にあげている悲鳴だ。

これ以上はいけないというストッパーだ。


だが、そういう無意識下で行われる『思考』をも操作するのが呪い師である。


トキワが空中でプレートという魔法で作った板から地面へと下りるその瞬間をクチナワは狙った。

超至近距離に迫られたトキワは、魔法を封じられる。使えば己をも巻き込むからだ。

つまり近接戦闘のみ。だが滞空しているトキワにはそれができない。

パンチもキックも地面があるからできることなのだ。空中では腰の入った攻撃はできない。


トキワとしても、確かに安易に空中移動したことはいけなかった。しかしトキワはクチナワがこのような一瞬だけの隙を攻めてくるとは考えてもいなかった。


トキワは空中で何とか顔の前を両手でガードする。

人体の急所は色々あるが、一番は脳のある頭だ。

それは当然の選択だった。無論トキワとしてもクチナワは頭部目掛けて攻撃を仕掛けてくると考えていた。


だがクチナワはそのようなトキワの『思考』を表情から読んでいた。

クチナワの狙った場所は無防備に晒された急所。


「グゴォっ………………」


声にならない声。痛みに強いトキワでさえも感じる激痛。

その衝撃で今まさに地面に着こうとしていたトキワの体が少し浮く。


そことはつまり股間である。


(こ、の、野郎!)


痛みと、クチナワへの怒りからガードを下げたトキワ。

そこにクチナワの左足でのハイキックが襲いかかる。側頭部に打ち上げるようにして入れられた一撃は、トキワの頭を揺さぶり気持ちクチナワからして左側に浮く。

そこに突き刺さるのはクチナワの右拳だった。

目を腫れさせて、視力を一時的に奪おうというクチナワの意思が込められた拳は思惑通りの位置に入る。


殴られたトキワは着地に失敗し、地面に転がる。

そして沈黙。


クチナワとしてもあれだけで終わるはずがないとは考えていた。

だが隙だらけなのは確かである。例え死んだ振りをして罠を張っていたとしても、トキワでさえ及びつかない隙を突くクチナワならば追撃をかけることに些かの躊躇も抱かないはずだった。


だが動けない。

トキワから噴き出すプレッシャーが一段と重くなり、クチナワの行動を阻害していた。



「どうやら本格的に鬼を起こしてしまったようだな」



無表情で無感情にクチナワはそう言った。

クチナワとしてはトキワが怒れば怒るほど都合が良いのだ。

動きが単調になるからである。


「後少し骨掛けが遅かったら、玉が潰れてたとこだった」


ユラリと立ち上がったトキワ。

うつむいているせいかその顔は見えない。


「骨掛け………………?」


クチナワは聞き覚えのないその単語を不思議そうに復唱した。

骨掛けというのは空手に存在する、睾丸を腹中に引き上げるという技のことである。だが実のところ和の国には地球に存在したような空手はない。つまり誰も知らない技だった。

地球に居た時に、漫画でその存在を知ったトキワ。当然鍛えてもいなかったからその時はそんなことはできない。こちらの世界に転生して、体を鍛えていく内に身に付けたトキワだけの技だった。


「もし潰れてたら、もう俺は俺は俺は………………」


(エリスとの子供が産めなくなるじゃないか!)


言葉を口に出す勇気がなかったトキワは胸中で叫ぶ。

顔を上げたトキワは表情は憤怒。クチナワの思惑通りに目こそは腫れてはいないが目の周りにはアザができていた。

睾丸を狙われたことの恐怖と怒りは本気でトキワを怒らせる。

そのトキワの機先を制したのがクチナワ。


「ところでだがトキワ クニシロ。俺の名前はクチナワと言う。おそらく短い付き合いになるだろうがよろしく頼むよ」


「はぁ?」


突然自己紹介をされたことにトキワは驚く。

怒りの火こそは消えないが、その戦闘への熱意は一度消える。

脈絡のないクチナワの発言をトキワが頭の中で噛み砕こうとした時、クチナワは動いた。


「な!?」


トキワの『思考』を誘導させて、直前までその気配を悟らせない。

トキワがクチナワの接近に気がついた頃にはもう遅い。


クチナワの拳が向いたのは再びのトキワの右目。

先程殴り飛ばしたその部分にまた仕掛けた。ゴス、という鈍い音が聞こえる。

クチナワの攻撃はまだ終わらない。

トキワの足を踏み、逃げられないように、そして倒れないように固定しトキワの頭を両手で掴みそのまま膝で打つ。

再び狙ったのはトキワの右目付近。


「クソ………………がぁ!」


だがトキワもタダでは終わらない。

クチナワに押さえつけられている足、とは別の足をクチナワの足の上に落とす。当然、そのクチナワの足の下にはトキワ自らの足もある。

トキワは両方を踏み潰す勢いでそれを行った。

響くのは耳を塞ぎたくなるような音。トキワとクチナワの足が折れた音だった。


「チッ」


トキワの思惑通り、足を踏み潰されたクチナワは舌打ちを残して一旦離脱した。


「今度はこっちの番だ!」


そのクチナワに駆けるトキワ。

先程のクチナワの違和感を伴う行動にトキワは欠片も気付かない。


「………………いいのか? トキワ クニシロ」


クチナワの表情は当然変わらない。

だがしかし、トキワはその表情が薄い笑みを浮かべているような気がした。

直後にトキワが感じたのは、腹部への痛み。突き刺さるような苦痛。口から血を吐く。


「な、ん!?」


呪い師が人柱と呼ぶ者たちがトキワに刀を突き立てていた。


「だから言ったじゃないか、トキワ クニシロ。いいのか………って」


トキワが伏兵の接近に気がつかなかったのは、クチナワそしてトキワとクチナワの戦闘を遠巻きに見ていた呪い師たちによることだった。

すなわち『思考』操作。

クチナワは足を潰された時、敢えて舌打ちをして自らのピンチを演出しトキワに追撃を仕掛けさせた。そして呪い師たちは一部がトキワにクチナワへの攻撃に『思考』を集中させて、また一部が人柱をトキワが気にしなくなるように操作した。

トキワの失敗は、今自分はクチナワと一対一で戦っていると考えしまったことだった。確かに他の者たちは、ビックリするほど今まで二人の戦いに横槍を入れなかったがそれもまた呪い師たちの策であり、トキワがそう考えたのも『思考』を誘導されたことによるものだった。

呪い師たちの『思考』を司る攻撃は魔法ではない。そのためトキワが『対大魔法以下完全障壁アンチマジックシールド』は使用できない。


トキワは初めて経験していた。

蜘蛛が巣にかかった獲物をじっくりと痛ぶるような戦闘を。


(完全に………………翻弄されてる!?)


トキワの目に理性が宿ったのを感じた、クチナワ。

だがもはやトキワは満身創痍。

クチナワはここで仕留めるとばかりに手刀をトキワの首に突き刺そうとした。

トキワの切り札でもある『強制覚醒』は、一対一でしか発動できないという欠点が存在する。そのため、もしここでトキワが死ねばその能力は発動することないままに死ぬ。


死ねば………………の話だが。



ブチッ



人肉を噛みきる音がした。

骨を折ったりするのと同じ不快音。

噛んだのはトキワで、噛まれたのはクチナワの手。


「鬼ではなく、獣だったか」


高速で叩き出された手刀に反応して、トキワはそれに噛みついた。

強靭な顎はクチナワの手の指を噛みちぎる。

もちろんトキワにもダメージはある。折れこそはしなかったが、全ての歯がぐらついていた。


「ざまぁみやがれ」


トキワに浮かぶのは笑み。

そのままトキワは体に刺さった刀を無造作に抜いていく。

血がドバッと吹き出すが、トキワは気にしない。


「これで動きやすくなったな」


首をゴキリと鳴らす。


その姿を見てクチナワは、珍しく困惑していた。

今のトキワは何度も殴られ蹴られ、右目付近が腫れて、視界が狭まりそして腹部を刀で刺されて血を失っている。

そんなトキワはまだピンピンしているのだ。


「耐久力はあるようだが………………時間の問題だな」


「そうかな? ほらマジで遅い増援が来たぞ」


トキワが落ち着いた訳、それは死にかけたことに対する危機感の増幅による理性の取り戻し。だけでなくムラサキの存在が大きかった。

トキワはクチナワの後ろを指さすが、当然クチナワは振り向いたりはしない。


「ムラサキ クニシロだろう? 来ることはわかっている。奴の相手はハバキリだ。そしてお前の相手は俺たち。来たところでそれは変わらない」


あくまでも冷静なクチナワ。

だがそれを見てトキワは指を一本立てて振る。


「わかってないねぇ。俺の兄貴のこと何にも」


トキワはそれ以上何も言わない。


トキワが核心を突く前に事態は動いた。


「な、うわ!?」

「ギャアっ!」


トキワとクチナワの戦闘を遠巻きに見て、適度にクチナワに支援そしてトキワの『思考』に妨害を与えていた呪い師、そして人柱たちが宙を舞う。

そしてついにはトキワとクチナワだけを残して、その他総勢百人近くがいた地面ごと持ち上がる。天変地異の前触れかと思うほどの光景、そしてそのまま何処へか投げ飛ばされる。



「ほら頼りになる増援だろ? お前以外の面倒な奴等全部相手にしてくれるってさ」


「何をした………………?」


「第三の手で………………って別に言うことじゃないか。だけどわざわざ聞くってことは兄貴の十八番だけど知らないみたいだな。兄貴に子供ができたことは知ってたみたいなのに、おかしいなぁ」


クチナワにニヤニヤと笑みを向けながらトキワは告げる。

ムラサキもまた、一つの魔法しか使用できないユニークと呼ばれる存在だった。

唯一使える魔法の名は『ハンド』。

不可視にして伸ばそうと思えば、視覚内ならばいくらでも伸ばせる。そしてかなりの重量を持ち上げることができるという能力だった。

単純ではあるが、その力は強力無比。

柔の技を使用するムラサキが使えば、投げ飛ばせないものはいない。


ここでトキワが何の気なしに指摘したことは、核心を突いていた。

ムラサキの『ハンド』は一応は隠しているが、それほど厳しく隠匿はされていない。

どちらかと言えば、ムラサキが誰にも語っていなかった子供のことの方が知る方が難しい。

知れる情報を知らず、知るはずのない情報を知る。

敵の歪さをトキワは指摘していたのだ。


「………………………………」


「だんまりかよ。さっきまでは饒舌だったくせに」


「ムラサキ クニシロは今ごろ厳しい現実を知ることになっているだろう。それが答えさ」


クチナワの返答を、トキワは自分が聞いたのにも関わらず聞き流す。

例え真実を話していても、トキワは今クチナワを倒すことだけを考えている。


「行くぞ」


トキワは駆ける。

クチナワもそれに応じるように駆ける。


そして二人はぶつかった。







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