後継者騒動 8
遅れて申し訳ありません。
長いから許してください。
いつ雨が降ってもおかしくないような、どんよりとした天気。
まさにそれはトキワたちの心情を的確に表していた。
ここはクニシロ領から南方にある他領との境に存在する、両軍の干渉地域であった。そこの場所の名前は四上山。平野であるのにも関わらず山という名のつく、立地的にも名前的にもややこしい場所であった。
今トキワとムラサキはその場所で二人の男と一人の女と対面していた。
距離はおよそ二十メートルかそこらだろう。
相手側がそれ以上の接近を許さなかったのだ。
「約束通り来ましたよ。カガリを返してもらえるんですよね」
「ヒヒヒ………………本当に来ましたよ。一族がこの国に来てもう千年が経ちますが、この非合理的な考えには私は共感できませんなぁ」
胡散臭い顔をした中年の男。
腹も出ていて、さらに和の国にはほとんど流通していないスーツと帽子を着ていてまるで戦えるようには見えない。
ニタニタと笑っていて一見調子に乗った愚か者のような印象を与えるが、その実目はトキワとムラサキを観察していた。挑発に対してどのような対応を取るかを注視するその姿はまさに他人の『思考』に関与する技術を持つ呪い師にふさわしい行動であった。
「私の質問には答えてもらえないのですか?」
「はい。もちろんコレはお返ししますよ」
そしてその傍らには、眠らされている美女。これがおそらくムラサキの子を宿している恋人のカガリなのだろう。トキワは改めて見てもこんな少女だったか思いだせなかった。
中年の男とムラサキが舌戦を繰り広げている最中、トキワは最後の一人を注視していた。
………………中年の男の後ろにいる白髪の男だ。
目が死んでいる。
一見操られているかのように見えるが、違う。
そのことをトキワは本能的に理解していた。白髪の男は、己の目や表情から情報を取られないようにしている。
心が死んでいる廃人のような姿だが、トキワにはそれにむしろ恐怖していた。まるで白髪の男の底知れなさを表しているようだったからだ。
(コイツはヤバイよな………………カタリベで戦った奴クラスか、もしくはそれ以上。おまけに他もぞろぞろ隠れてやがるし………………)
不安になったトキワは横目でムラサキを見る。
美しい顔をそのままに、ムラサキもまた白髪の男と同じく無表情でいる。だがやはり白髪の男に比べると甘い。トキワでそう感じたほどであるので、その手のプロである中年の男や白髪の男にはなおさらである。
事実、敵二人は既にトキワとムラサキから思考のパターンを幾つか捉えていた。
おまけにトキワの索敵スキルは、近くに潜んでいる多くの敵を察知していた。その数は百はくだらない。
呪い師はその中でも精々二十人程度、他は呪い師に操られたかもしくは敵兵だろうがそれでもこちらは二人である。数の利は敵にある。
(頼むぞエリス)
そしてトキワは敵を視界におさめながら、エリスへとエールを送る。
計画通りいってほしいという願いであった。
ーーーーーーーーー
落ち着いた室内。
孫コールで盛り上がっていたクニシロ一家も、静まってムラサキの話を聞いていた。
ちなみに理解できそうもないカエデとファーニーは二人で話していた。
「まず、今回の件私の予想では私たちがカガリを助けに行っても行かなくても敵にとってはどちらでもいいのだと考えます」
「どちらでもいいって………………なんでだよ?」
トキワの疑問はクニシロ一家バカ組皆の疑問である。
ムラサキは指を一本立てて、説明を始めた。
「まず敵の正体はクニシロ領の周囲の戦国大名のどれかだ。おそらく南方か北方。もしくは両方。そして狙いはこの領地」
続けてムラサキは言う。
「敵は私とトキワが来た時、来ない時の二つのパターンを考えている。………………いや作戦立案は和の国の者だろうから、おそらく行くであろうとは考えている。そして敵は、私とトキワの二人で来いとは言っているが本当はどちらでもいいはずなんだ」
「なんでだよ」
今度はトキワの父であるリュウが声を上げた。
「もし私とトキワが馬鹿正直に二人で行った場合、待ち合わせ場所にいる敵は私たちを殺そうとしてくるはずだ。そのための戦力もおそらく連れてくる。そしてその後でカガリを自分たちの領地に運び、お腹の中の子供を産ませる。その時の狙いはカエデもしくはソウジロウに領地を継がせて、何十年か後に私の子供をクニシロ領に連れていき後継者騒動でもやらかして、その上で弱体化したクニシロ領を乗っ取るつもりだ」
ムラサキの独演会はまた続く。
「そしてもし私とトキワが二人だけでなく、兵隊たちや父上たちを連れていった場合だけど………………。おそらく待ち合わせ場所にいる敵は捨てゴマになる。そして他の者たちががら空きになったクニシロ領を攻めてくる」
「なら俺と兄貴の二人で行って、敵を全部潰せばいいのか?」
ムラサキは、トキワの最適解にしかし首を横に振る。
「敵の戦力は私とトキワを殺せる戦力のはずだよ。さらにカガリが人質になっている以上、私たちは負ける」
「フムぅ………………ならワシとトキワとムラサキの三人で向かうか? ワシが単騎で奇襲でしかけてその間にお前らがカガリを助けるというのはどうじゃ?」
ゲンの提案を、ムラサキは首を横に振って断る。
「お爺上がいなければたちまち敵は攻めてきます。それは父上たちも同じ」
「ならどうするんだよ!? 俺の孫が!」
立ち上がるリュウ。
まだ産まれてもいない孫可愛さに暴走するのは、クニシロ一家の悪い伝統であろうか。
トキワは既に、リュウがムラサキの子供から嫌われるのではないかということが容易に想像ができていた。
「そこをこれから考えなければいけないんだよ。カガリをとにかく助けなければいけないんだが、それが難しい」
ムラサキの言葉に室内は重苦しい雰囲気に満たされる。
トキワはない頭を必死に振り絞ってそしてポンとある考えが浮かんだ。
それと同時に同じことを思い付いたのは、トキワの嫁という扱いのもとで話を共に聞いているエリスだった。
二人は顔を見合わせて、頷き合う。
「ではトキワ様とトキワ様のお兄様が行かれるのに私が同伴しても良いでしょうか!」
ーーーーーーー
計画は簡単だ。
《魔物避け》が変質して姿を変えた能力。
トキワが代わりになる格好いい能力名を考えて、名付けたソレは《斥力》。
ソレを使って敵をカガリから遠ざけて、その間にエリスとメアリがカガリを救出する。そしてトキワとムラサキは逃げるか、もしくは戦うかを決める。
その間リュウたちは兵を連れてクニシロ領国境付近で、来るかもしれない敵を待つ。
エリスが、ソレを発動しようとした瞬間をトキワは感じた。
ソレは不可視であり、感じることは難しいがトキワには何となくでわかった。
だが今回はそれが徒となる。
中年の男と白髪の男はトキワの顔から何かを読み取った。
白髪の男が即座にカガリの顔を踏み抜こうと足を振り上げる。
それと同時にトキワとムラサキが動き出す。
ムラサキは『手』を放つが、それでも間に合わない。
敵とはそれだけの距離があったのだ。敵は利発である。
今、まさにという時にエリスのソレがここまで届く。
不可視の何かが飛んできて、そして今回はまるでバリアのように形を変える。
《斥力》
バリアに押される敵の二人。
中年の男はすぐに飛ばされたが、白髪の男は踏ん張ろうと足に力を入れ、地に根を張ったが、目論みは叶わず。
足が浮き、飛ばされそうになる。
その間にムラサキは恋人であるカガリを救出する。頬に手を当て、その温もりを感じたムラサキはカガリが生きていることに喜びを感じていた。一先ず、トキワたちの計画通りといったところだろう。
だが計画にはないことをトキワは行おうとしていた。
トキワは足に力を入れて、一気に飛び出したのである。
バリアに触れてもトキワとムラサキ、そしてカガリには効果がない。
トキワは今にも飛ばされそうな白髪の男の目の前へと辿り着き、その拳を振りかぶった。
(倒せる可能性のある内に潰しとくのがベストだぜ)
地に足をつけて、根を張る。
頭の出来や表情から情報を読み取る能力は確かにトキワよりも白髪の男の方が上である。
だがこと、根を張る足腰の力と経験はトキワは負けてはいない。
急稼働する、腰。ギュギュと幻聴が聞こえてきそうなほどの勢いはトキワの拳にさらなる力を付け加える。それはすなわち遠心力。
握りしめた拳にさらなる力が加わり、その一撃は必殺の暴力へと変貌を遂げる。
ーー打突
リッキーを破壊したその拳はしかし宙を舞う。
白髪の男は、トキワの拳の危険性を見極め、そしてあえてエリスの《斥力》の勢いに乗ってトキワの一撃を辛うじて避わしたのである。
勢いそのままに白髪の男はトキワから向かって後方へと飛ばされていく。思っていたよりもそれは早く白髪の男は思わず一瞬だけ瞳を閉じる。
それがいけなかった。
白髪の男が目を開けたその視界にはトキワは写っていない。
姿を探す白髪の男。
不意に背後にプレッシャーを感じた。
白髪の男が振り返るとその先に既にトキワが立っていた。
トキワは頭を使ってこの状況を作り出していた。すなわち一発目はフェイントである。本命は二発目。
そして白髪の男は既に《斥力》の流れに乗っていた。一度激流に身を任せてしまえば、もう逆らうことはできない。
つまり回避行動は不可ということだ。
トキワが拳を放つ構えを見て、白髪の男は思案する。
最早必中に近いその拳。一度ならば耐えうるか、と。
歯を食い縛ろうと、してはたと気付く。
トキワから噴き出すプレッシャーの重さ、そして背後に幻視する鬼に。
背筋が凍る。あれには耐えられない。
喰らわば、一撃で敵を沈黙させる驚異のテレフォンパンチ。隙こそ多いがその効果はデメリットに余りうる。
白髪の男はむしろトキワの方に向く。追い風のようにエリスの《斥力》が白髪の男の背にのし掛かる。
「潰れろ」
白髪の男は、自らの『思考』を操作していた。
心の中にある恐怖をあえて、増大させて危機感を高める。そして肉体のリミッターを一時的に外し、限界まで目を見開き死地に飛び込んだ。
白髪の男はトキワの拳の行く先をそしてトキワの顔をじっと見る。
拳がついに接触しそうになった時、首がネジ切れるのではないかという程可動させ、白髪の男はトキワの拳を顔だけ避けていた。
これにはトキワも驚く。
(嘘だろ!? 今のをかわしただと!?)
三発目を考えていなかったトキワは、動くことができない。
そのまま白髪の男が飛ばされていくのを見ている他なかった。
エリスの《魔物避け》は魔物に働きかけ対象者を狙わせないように強制させる能力であったのと同じで、それが変質した《斥力》もまた対象者へと直接働きかけ指定距離まで吹き飛ばす技であった。
白髪の男や中年の男、そして伏兵たちも皆一様に先程の場所から二キロ程の所に飛ばされていた。
「ヒヒヒ………………やられましたな。どんな手を使ったのかはわかりませんが」
中年の男がタプタプの顎を撫でながら、そう言う。
思惑が外れ、手札を失ったに等しい状況であったが中年の男はニタニタとした笑顔を崩さなかった。
白髪の男が表情を殺しているように、また中年の男も笑顔以外の表情を見せないようにしていたのだ。
心の内では様々な計算が飛び交っていた。
「クチナワ様!」
「クチナワ様大丈夫ですか!?」
クチナワと呼ばれているのは件の白髪の男だった。
草原に腰かけるクチナワに、呪い師の一族たちが群がる。
「心配ない。それよりも今すぐ即効性のある、止血薬を寄越せ。これ以上血を失いたくない」
先程、二度のトキワの攻撃をかわしたクチナワ。だが無傷というわけにはいかなかった。
代償はそれなりに大きい。
「まさかカスッただけで片耳を持っていかれるとはな………………」
クチナワは片方の耳を失っていた。
耳があった場所からは血がダクダクと流れ出ていて、白髪を血で染めている。
クチナワは部下から受け取った止血薬を傷跡に振りかける。即効性がある分、代わりに痛みが強いがクチナワはまるで何てことないように振る舞う。
「ヒヒヒ………………もう逃げてしまいましたかねぇ。まぁ逃げても、我等の目的は既に果たしましたがね」
「逃げることないぞ。ハバキリ」
ハバキリと呼ばれたのは、中年の男。
ハバキリの前半の言葉をクチナワは否定する。
「はて………………? クチナワ君それは何故に?」
「ハバキリ、それにお前らも聞いておけ」
クチナワは、ハバキリだけでなくその場にいる呪い師一族たち皆に聞こえるように語りかける。
「俺たちの一族が、和の国に来てからもう千年が経つ。その頃は天子と呼ばれる者が国を作り上げてすぐの頃だったと聞く。今では名ばかりとなった天子もその頃はまるで天災のようだったそうだ。そんな昔から和の国にいた我等にも、伝えられた話がある。アレをいくら聞いても俺は真実だとは思えなかった。………………だが今アレが本当だったと痛感しているよ」
「クチナワ様……アレとは?」
クチナワの核心を言わない話に、疑問の声をあげる呪い師の一人。
クチナワはその者の方を見ることなく立ち上がり、そして自分たちが飛ばされてきた方へと指をさす。
そこにいたのは、走るトキワだった。
ただその走り姿は異様の一言につきた。
前傾姿勢を取り、常人の膝くらいまでに全身を落としている。それでも体勢を崩すことなく、走り続けていた。
顔は正面を捉えていて、目は開きっぱなしだ。スピードを出して走っているため、目が渇き充血している。
頬は向かい風のせいかひきつり、まるで笑っているかのようにも見えている。
「見ろ、この国には鬼がいるぞ」




