後継者騒動 6
かきたします
色々あった真夜中。
賊を鎮圧した後、再び二度寝にしたトキワたち。疲れたからだろうか、皮肉なことにいつもよりも眠りが深く気がつけば朝になっていた。
クニシロの邸宅に下女として勤めるおばちゃんたちと共に早くもも会得した和の国流の朝食を用意したメアリは、それを長机に並べていた。
アルサケス王国やマーレーン王国はテーブルだが、和の国は床に座る長机である。ちなみに公式の場ならば和の国では男性が女性と同じ釜の飯を食べることはできないが、プライベートならば意外と甘い。
そうでなければこうしてトキワとエリスとファーニーで並んでご飯は食べられないだろう。
汁物は出汁のよく出ている味噌汁。味噌の甘い香りはトキワの鼻孔をくすぐり食欲を促進させる。具はトキワの大好きな豆腐とわかめだ。
そして旬の野菜の煮物や漬け物などが出ている。どれもクニシロ家に勤めているおばちゃんや一流メイドのメアリが作るだけあって上手い。
強いて言えば、本当に米だけがどうしても惜しかった。
だがどうしようもない。トキワは諦めて食べる。
トキワたちが楽しい朝食を終え、食後に出された緑茶で食休みをしているとドタドタと音をたてて歩くを音が聞こえる。そしてトキワたちがいる部屋の前で止まったかと思うと次の瞬間勢いよく開いた。
「義兄様!」
「兄ちゃん!」
トキワの妹であるカエデと、その婚約者ソウジロウだった。
カエデはポニーテールにしている髪が所々ぴょんぴょんと跳ねている。
顔がなまじっか可愛いだけに非常に残念だった。
また、人の身長は朝起きてすぐだと数センチだけ一時的に伸びるらしい。それを考慮しても相変わらずソウジロウの背は低かった。
「何だよ」
朝から騒々しいカエデとソウジロウにトキワは言う。
不機嫌そうに片眉をつり上げてである。
「大変なことが起きたのです! 昨日の真夜中クニシロ家の家臣のサラシナ家が大量の敵に襲撃に遭い、半壊滅状態。幸いすぐに引き返したため死傷者は少ないようですが、どうやらその最中カガリ様が連れ去られたそうです」
「昨日の真夜中………………というともしかしてトキワ様やメアリが相手にした方は陽動だったと言うことでしょうか?」
ソウジロウの発言に食いついたのはエリス。
エリス自身は戦いに参戦していなかったため、実際の敵戦力を肌で感じてはいないがメアリから色々聞いていたため昨夜の襲撃は何かの前触れであろうことは元々理解はしていた。
それがまさか陽動だと言うことまでにはエリスもメアリも頭は回らなかったが。というよりそもそもエリスもメアリも和の国はおろか、クニシロ領自体についてもまた取り巻く環境についてもまだ詳しくないのだから当然かもしれないが。
「はい、そうであるとご当主様方は考えていられるようです」
ソウジロウはエリスに向かって頷く。
そしてトキワの方に向き直る。あくまでもソウジロウはトキワにこれを伝えに来たのである。伝えなければいけないと思ったのである。
「………………誰?」
だがそのようなソウジロウの一応の気遣いも完全に一言で無に帰してしまう。
ソウジロウは固まる。
まさかいくらトキワであっても、カガリのことくらいは覚えていると考えていたからである。
だがソウジロウも伊達に長いことクニシロ家の面々と触れ合ってきていない。すぐに切り替えてトキワに問うことにした。
「カガリ様は元トキワ様の許嫁の方です。まさか本当に覚えてらっしゃらないので?」
「名前は覚えてないけど、………………なんかそんなの居た気がする」
カガリ サラシナ(後継者騒動 1の回想でのみ登場。名前は初出)は元トキワの許嫁であった少女であった。だがカガリはトキワの兄であるムラサキに恋心を抱いていて、さらにトキワとは折が合わなかった。
さらに今でもムラサキと文通して仲を深めたりしているのだがそのようなプライベートなことはトキワはおろかソウジロウでさえ知るよしもなかった。
トキワは今を生きる男である。
大切な過去以外の過去になど振り返ることをしない。そのカガリという許嫁がいたことも、またその兄に決闘を申し込まれ半殺しにされたことも、また『強制覚醒』してやり返したこともトキワにとってはどうでもいい過去の一部だった。
「まさかあんな事件があっても名前をお忘れになっているとは………………さすがは義兄様ですね」
頬をひくつかせながらソウジロウはトキワ嫌味を言う。普段はこのようなことは一切しないのだがさずかに腹に立つものがあったのだろう。
だがトキワはそんなソウジロウの嫌味をヘラヘラと笑ってスルーしていた。
「へぇ、トキワ様にも許嫁の方がいらっしゃったのですか。ふーんへーほー」
「ねぇエリスー。笑顔が怖いよ」
室内は一部、というよりもエリスが少しだけ機嫌悪げに聞いている。
それは完全なヤキモチでありエリスが好きなトキワとしては本当に嬉しいはずのことなのだが、トキワはそもそもエリスが妬いていることにすら気がつかなかった。
トキワが敏感に反応するのは胸チラにパンチラくらいである。
「んで? それがどうしたんだよ」
トキワが何の気なしに告げる。
ソウジロウはトキワの今の一言の言外の意味に気がつくことなく、表情をただ歪めた。
「脅迫です。カガリ様を返してほしくば指定の場所までムラサキ様とトキワ様で来いと」
「はぁ!?」
ソウジロウの言葉にトキワは大きな声で驚く。
わざわざ賊を二ヶ所に放って、片方を囮にまで使った敵。トキワに策を巡らす頭などないがそれが実に計画的だったことはよくわかる。
だがそこまでしておいてそれで最後は人質を取って脅迫などと余りに陳腐な敵の考えにトキワは驚いたのだ。
バカなトキワが、敵をバカだと考えたのだから相当なものである。
「………………普通は見捨てますよね。いくら名家の生まれとはいえ家臣の娘と本家の長男と次男との交換だなんて」
「だよねー」
「………………さすがに私もそう思うぞ」
「ああ良かった皆も俺と同意見か」
エリスにファーニー、そしてカエデにトキワは続けて敵の要求の意味不明さ、そしておかしさ加減に驚く。
明らかに敵は非常識だった。こちらがそのような条件を飲むと本当に考えていたならばそれはトキワよりもバカだということになる。
「ですが………………ムラサキ様は飲むそうです。そしてトキワ様とお話がしたいから連れてこいと………………」
唇を噛んで言うソウジロウの言葉にトキワは耳を疑った。
小さい頃からムラサキは聡明だった。トキワのように体は丈夫でなかったがその分頭が良かった。
そのムラサキがこのようなあり得ない取引を飲むことがトキワには信じられなかったのであった。




