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婚約破棄に国外追放 上

エリス ユグドレミアはアルサケス王国の中でも一二を争うほどの権力を持つ、ユグドレミア公爵家の長女であった。

貴族であるとはいえどもその立ち振舞いに驕りはなく、顔立ちの冷たさで多少の誤解を招くことはあったもののすぐにそれは勘違いだったとわかる。平民からも慕われていて、その上エリスは第二王子の正式な婚約者でもあった。


第二王子は生まれたのこそ二番目であるが、第一王子とは違い王と正妻の息子である。第一王子も王位には全く興味を示さないことから、後の王は第二王子であるというのはほぼ確定していたようなものであり、エリスは将来の国母として周囲から期待もされていた。

エリス自身としてもやはり女として生まれた以上恋というものをしてみたいと考えてはいたが、女である前にエリスは貴族であった。欲望を押さえ込んででも国と自らに流れる血のために尽力することを心に決めていた。


花嫁修業も国母としての勉強も辛く、苦しいものだったが両親や弟、屋敷に仕える昔馴染みのメイドたちに貴族の友人、市井での知り合いの平民など皆から応援されていたのでなんとか頑張ることができていた。


そんなエリスの日常が壊れ始めたのは12才を過ぎて、通い始めた学園生活からだった。

アルサケスの学園は、貴族と類い稀なる才能を持った平民のみが通うことを許される完全寮制の場所であった。

貴族たちはここで、貴族としての在り方の勉強や領地運営についてのノウハウ、同年代の若手貴族たちとの交流を目的として学生生活を行う。そして平民たちは持った才能をさらに引き伸ばすために学園に通う。

同じ学園に通いながらも一部の合同授業以外に両者には接点は余りなかったし、生きてきた世界が違いすぎたためお互いが配慮して、積極的に関わろうとも思わなかった。


それが伝統でもあったし暗黙のルールでもあったのだが、エリスと同時期に入学した平民の少女マリアはそんなことを気にしない少女だった。


第二王子や、エリスの弟、騎士団長の息子や宮廷魔導師の息子など普通の貴族でも遠慮しそうなメンバーに進んで話しかけにいった。

それを見た他の貴族たちや平民たちでさえ、皆がマリアを愚かだと言った。きっと彼らの怒りを買うことになるだろうと。


当初は皆の想像通りになった。

マリアは邪険にされていた。

だがそれも一年足らずのことだった。

エリスたちが十三才になった頃には第二王子たちが、四六時中マリアを囲むようになっていったのだ。

当然皆が目を疑ったが、それはまぎれもない現実だった。


エリスとしては婚約者である、第二王子に対して特別な感情を抱いてはいなかったがそれでもとてつもないショックを受けた。

それに加えて以前まで仲の良かった弟が最近話しかけてもうっとうしそうにしてくることが輪をかけて心に重くのしかかる。

他のメンバーの婚約者たちは本気で相手に恋をしていたらしく、その落ち込みようといったらエリスは見ていられなかった。

お互いの傷を舐め合うように相手を取られた者同士で仲良くなれたことだけが唯一良かったことだ。


エリスたちは疑うことはなかった。家同士が決めた結婚なのだから、必ず結婚はすると。そこに愛がなくても。

今はマリアの方に目が行っているだけでいつかは自分たちの所に帰ってきてくれると。


ーーーーーーーーーーーー


それはエリスたちが卒業式を行う一日前のことだった。

卒業式の後に行われるパーティーで着ていくドレスを見繕うために、エリスは王都にある別宅にやってきていた。

夏期休暇から会っていなかった屋敷の人たちとの再開を喜ぶ暇もなく、エリスは父に部屋に呼び出されていた。


「ねえ、ファーニー。お父様はいったい何の用だと思う?」


「ん~わかんない。忙しくて卒業式に行けそうもないから、今のうちにおめでとうって言うつもりなんじゃない?」


それはありそうかも、とエリスは思った。

近頃王宮の方で何か問題があったらしく、宰相である父カウレスが難儀しているらしいというのを宮中の情報に詳しい友人の貴族令嬢から聞いたことをエリスは思い出した。


カウレスの執務室の扉を三回ノックする。

「入れ」というカウレスの言葉の後に扉を開く。

部屋の中にはカウレスだけではなく、母であるアイレーンに幼い頃から共に育ってきたお付きのメイド兼護衛であるメアリもいた。


そのことにエリスは目を丸くして驚いた。


その後にすぐ顔を真剣なものに変えた。いち早く周囲の空気を読んで、聞くための姿勢になることができたのはひとえに学園の成果であろう。


「エリス……六月二十三日お前はどこにいた?」


久しぶりに出会った娘に挨拶の一言もなしに本題に入ったカウレス。

父親のそのような気質は理解しているためエリスもそのようなことにいちいち目くじらをたてない。

ファーニーはエリスの肩で文句を言っているが……。


「六月二十三日ですか……。その日は確かユグドレミア家で融資している劇場の初公開の日でしたよね。私もユグドレミア家代表として来賓の方にご挨拶しに行ったので覚えております」


「やはり……か」


カウレスの言い様に疑問を感じたエリス。

まるで知っていたことをわざわざ確認したかのようだ。


「エリス、五月十一日はどうだ?」


「えっとその日は確か…………」


矢継ぎ早に投げかれられる質問に次々と答えていくエリス。

これほどまでに正確に記憶していたのは、ユグドレミア家の長女としての公務やアルサケス王国のパーティーを行っていた日ばかりだったので印象深い出来事ばかりだったからだ。

エリスの答えを聞くたびに顔色を悪くさせていくカウレス。

傍に立っているアイレーンは口元をハンカチで押さえていた。

対してメアリは目を剣呑としたものへと変えていた。

そしてファーニーはエリスの肩ですやすやと眠っていた。


「エリス。お前に大事な話がある」


長い長い質問が終わり、一息つく暇もなく放たれた言葉。


「大事な話とはいったい……何のことでしょうか?」


突然に話が変わったことで、エリスはカウレスが何を言うつもりなのかさっぱりわからなかった。


「お前が先程答えた日なのだが……正式な記録から全てお前の名が消されていることがわかった。つまりお前は今私が問うた日にどこで何をしていたのか公的に証明できるものはなくなった」


エリスはカウレスの言っている意味がいまいちわからなかった。

いや、カウレスの言った内容についてはよく理解できた。

要するに、パーティーに参加したのにも関わらず来場者の名簿から名前が消されているということだろうと。

エリスがわからなかったのは、どうやってそんなことが出来たのだろうか、ということとそれがどうしたのだということだ。

それを聞こうとして口を開いたとき、遮るように母アイレーンが口を開いた。



「エリス、貴方はもしかしたら……何らかの罪を被せられることになるやもしれません」



「…………はぁ?」


アイレーンの発言にエリスはそう言うことしか出来なかった。

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