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後継者騒動 4

「どうしてこうなった………………」


話し合いから一時間程経った後、トキワは部屋の片隅で膝を抱えて座っている。そしていじけたように畳の縁をいじいじと擦っていた。

場所は先程までとは変わらない。

だがそこに居るメンバーには変わりがあった。カエデにソウジロウそしてリュウが居らず残されたのはいつもの四人組だけだった。

どうやらリュウやソウジロウはトキワたちには余り動いてほしくないらしく、トイレや風呂以外は基本的に部屋の中で過ごしてほしいとのことだった。

それを聞いた当初トキワは、ならもしかして今夜はエリスたちと一緒に寝たりしちゃうのでは………ドキドキしてきたなどとテンションが高かったが、後に寝室は別だと聞いてすぐに機嫌は悪くなった。


初めはなんでこんな狭い部屋に閉じ込められるんだ、と。次はどうして俺が和の国に戻されたんだと、最後にはなんで寝室だけは分けるんだよとうじうじしていた。


「だけど、わたしたち四人になるのはなんだか久しぶりな感じがするわねー」


ヒラヒラと羽ばたきながらファーニーが口にした言葉でトキワはそのことにハッと気付いた。


「確かに………………そうかもしれないな。なんか久しぶり」


「私、この四人だと落ち着きます」


「意外と私たちで四人でいた期間は短いのですが………………とても不思議な感じがしますね」


「たーのーしー」


気付けば室内はほのぼのとした空間に早変わりしていた。

知らないうちに面倒くさいことに巻き込まれたトキワの機嫌もまた直っている。

そもそもトキワが国を出奔した理由の一つには己の身一つで責任を負える自由を求めるというものがあった。己以外にもたくさんの人の責任を負わなければいけない支配者階級になんてトキワはなりたくはなかったのである。


「一つだけ疑問があるだけどさ、なんで俺和の国に戻らなきゃいけなかったの? 後継者とかなる気がないから、呼ばなきゃよかったのに」


トキワはカエデがわざわざトキワを呼びにマーレーン王国まで来た意味がわからなかった。

話を聞いて、初めて今クニシロ領では後継者騒動とかいうややこしい事態が動いているのを知ったトキワとしては自らの存在は状況をさらにややこしいことにさせるのではないかと考えていた。


「まぁトキワ様」


トキワの質問に突然ホロリと涙をこぼすエリス。

畳に座ることなく後ろに立っていたメアリはエリスにそっとハンカチを渡す。


「あっ! トキワがエリス泣かした」


「あいええ!? 俺のせいなのか?」


突然のエリスの行動にトキワは慌てる。

何か自分がエリスを傷つけたのではないかと、心配になったのだ。


(うろ覚えになった前世からと一緒だ。女の涙は嫌いなんだ………………やっぱり笑顔でいてほしい。………………ていうかマジで俺のせいなの?)


「トキワ様が原因………………ではありますが、トキワ様がお嬢様を傷つけたというわけではないと私は思います。私もお嬢様と気持ちは同じですから」


言葉も出ないというようなエリスの代わりにメアリが代弁する。


「どういうことなんだよ?」


トキワは首を傾げてメアリに聞く。


「先程トキワ様が質問されたことです」


「………………だからどういうことなんだよ?」


「先程なされた質問。あれを出来たということにお嬢様は感動なされているのです」


続けてメアリは言った。

トキワの先程の質問は、普通の人ならば疑問に思うことなのだと。トキワが普通の人と同様のことを疑問に思えたことがエリスとメアリには感動的なことだったのだと。


それを聞いてトキワは考えさせられていた。


「………………もしかして俺、二人に相当バカだと思われてんのか!?」


トキワを言葉を聞いて、さっとトキワから目をそらすエリスとメアリ。

それを見て傷つくトキワ。


「二人ともこっちを見てくれよ………………」


トキワがいつもよりも少しばかり低い声で言ってもエリスとメアリは目を合わせなかった。いや、合わせられなかったのだ。

自分の気持ちに嘘はつけないというエリス。

そしてこの状況を楽しんでいるメアリ。

「バーカバーカ」とトキワを囃し立てるファーニー。

ファーニーに腹をたてたのかトキワは突然立ち上がりファーニーを追い始める。狭い室内なので細やかに動けるファーニーの方が有利であり、トキワは頭からこけてしまう。

そして誰からかはわからないが笑いあった。

どこかで経験したことがあって、そしてトキワが一番求めるものが今ここにあった。



「………………というわけでだ。そろそろさっきの答えを教えてくれよ」


「では僭越ながら私が説明させて頂きます」


その声に引かれてトキワはメアリの方を向いた。

下からメアリの化け物クラスの爆乳を見て、トキワは少しにやけてしまう。


「後継者騒動で姿を見せない場合、よく起こることの一つに嘘の代弁者が現れることがあります」


メアリの説明はこうだ。

後継者騒動には様々な思惑を持った者が介入する。後継者候補は己の地位の確保であり、各々の候補者のシンパたちは後継者騒動終了後の己の

立場の向上であると。

だが稀に、全く貴族の家に興味を示さない者も必ず現れるのだ。そしてその者が後継者騒動から身を引いて姿を消した場合、その状況を利用しようと考える者たちも現れて、誰々様の意思と勝手に騙るケースがあった。


ここまでメアリが言ったところでトキワから待ったという声がかかる。


「そんなに底意地悪い奴らばっかりなの? もしかして港の町の奴らとかも?」


それに首を振るメアリ。

メアリが見てきた上で、和の国はアルサケス王国とは比べ物にならない程素晴らしい忠誠心を持った者たちばかりだったのだ。


「トキワ様。確かに忠義に厚い和の国では、アルサケス王国の後継者騒動ほど己の私利私欲にまみれた者は少ないかもしれません。ですが必ず一定数、こういう輩はいるものなのです」


そして、とメアリは続けた。


「その者たちはこう主張するのです。『トキワ様はこの領地を継ぐ意志があった。だがトキワ様は卑劣な長男一派の思惑で国を追放させられたのだ。あの御方は必ずまたここに帰ってくると言っていらした。私たちは後継者候補であるトキワ様のお言葉と意志に従いトキワ様を後継者にするために戦う。あ、もしトキワ様が後継者になったら帰ってくるまでの間僕たちがトキワ様の代わりにこの領地を統治するね。大丈夫大丈夫。ちゃんとトキワ様が帰ってきたら返すよ』と。そして大抵の場合その言葉は守られません」


一旦息継ぎをして、さらにメアリはまくし立てるように続ける。


「ソウジロウ様から道中聞いたところによると和の国では明確な王、もしくは統率者が居ない下克上のまかり通る状態だとか………………。ならばこの期にクニシロ領を我が物にしようとする輩が現れてもおかしくありません」


メアリの説明ではもちろんトキワは理解できなかった。

助け船を送るように今度は横からエリスが口を挟む。


「トキワ様、つまりメアリが言いたいのはこういうことです。後継者騒動では候補となる人物は例え継ぐ意思がなかったとしても姿を消してはいけない、なぜなら居ないという状況を利用して勝手なことをする者が現れるから………………。だからトキワ様のお父様は、トキワ様を和の国に呼んだのです」


そこまで言われてトキワはようやく、なんとなく理解した。


「俺がちゃんとした場所で主張しなきゃいけないってことか? この領地を継ぐつもりはないって」


「そういうことです」


エリスとメアリはトキワの言葉に大きく頷いた。


「しかし、こうなった時に気になるのは先程の襲撃のこと………………ですわね」


「お嬢様もですか。実は私も先程から気になっておりました」


エリスのポツリと残した呟きをメアリが拾い上げる。

二人ともずっと同じことを気にしていたのだが、和の国と直接関係のない二人はこの疑問をリュウやソウジロウに伝えることはしなかったのである。

ちなみにもうこの時にはトキワとファーニーは難しい話はしたくないとばかりに二人で話し込んでいた。


トキワとファーニーがご飯の話で盛り上がっている横で、エリスとメアリは議論を重ねていた。


「トキワ様が領地を継ぐ気がないことを知らなかった………………というわけでしょうか?」


「いえ、お嬢様。ソウジロウ様がおっしゃっていた限りでは敵はそのことを知って、刺客を送り込んできたものと思われます」


「ですわよね………………。では狙いは何かしら。トキワ様に継いでほしいのならばトキワ様に攻撃したりしない。でもトキワ様のお兄様に継いでほしいのならばトキワ様は継ぐ気がないから襲う理由はないわよね」


「こういうのはどうでしょうお嬢様。敵の狙いは、トキワ様にもそのお兄様にも後を継がせたくない。それ以外の者に継がせたい………………というのは」


メアリの言葉にエリスは顔色が悪くなる。


「ではカエデ様に………………?」


「いえ、和の国は基本的に男子が家を継ぐので、むしろソウジロウ様に継がせたいと考えているのでは?」


メアリはトキワに気をつかって明確に口にはしなかったが、エリスには十分伝わっていた。


ソウジロウか、もしくは自身が絡んでいないにしてもソウジロウを利用しようとしている者たちの仕業ではないか? と。


「二人ともあんまり考えこまなくても大丈夫だよ」


思考の渦にとらわれたエリスとメアリを救ったのはトキワだった。

エリスとメアリを顔を見てトキワはグッと親指を立てて言う。


「うちの家。爺と親父とカエデと俺はそんなに頭良くないけど。婆ちゃんとお袋と兄貴は死ぬほど頭良いから。きっと全部わかってるよ」





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