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後継者騒動 3

「こんな小さい部屋ですまんの。久しぶりだなカエデ………………そしてよく帰ってきたなトキワ」


城郭内のクニシロ家の居館にある、小さな和室。

クニシロ家の長男でもあるムラサキがクニシロ家の城に持つ個人部屋と同じ程度の大きさの部屋だった。

せいぜい八畳程度なのでトキワにエリス、メアリにファーニーそしてカエデにソウジロウに現クニシロ家当主のリュウという七人がいるとかなり息苦しかった。


額から止めどなく吹き出す汗を拭いながらトキワは五年ぶりに再会した父親に対して口を開いた。


「………………暑いんですけど」


「安心しろトキワ。父さんも暑い」


「何を安心しろと!? つうか会話が成り立ってない。窓ぐらい開けてくれよ!」


日当たりの良い狭い部屋に大人数、時刻は昼間、季節は夏が終わったばかりの初秋でありさらに窓が空いていないという悪条件。

部屋の中はまるでサウナ状態であり、室内にいる者はメアリ以外が汗をだくだくとかいていた。

ただでさえ和の国は今暑いため薄着なエリスが汗をかいていたら服が透けて見える。トキワの目はまるで磁石のようにエリスの豊満なバストへと引き寄せられてしまう。

それによる嬉しさはかなりのモノだったが、煩悩の塊の永遠の思春期ボーイのトキワにしてもこの部屋の暑さは異常なものだった。

とてもただ閉め切った部屋だとは思えない。


「………………時にトキワよ。お前が連れているお嬢さんたちはお前のコレか?」


リュウは小指を立ててトキワに聞く。


「ば、ばか。何を突然聞いてンだよ!」


リュウの突然の話題転換にツッコミをいれるのかと思いきや、ただひたすらにトキワは焦っていた。

メアリやファーニーは友達だとでも答えればいい話なのだが、如何せんエリスを何と答えれば良いのかわからないでいたのだ。

友達と答えるのはトキワの心情的には嫌だし、また恋人とか好きな人だとかそういうことを言う度胸もなかった。


トキワの答えをじっと隣でドキドキしながら待つエリス。

その後ろではメアリやファーニーが視線でトキワにエールを送っていた。


三人の思いが届いたのか、ついにトキワは覚悟を決めた。


「ご当主様。申し訳ありませんが、今はそのような話をされている場合ではございませぬ」


トキワが口を開こうとした瞬間、ソウジロウが口を挟んできた。

肩透かしにあったトキワはただパクパクと鯉のように口を開閉し、またエリスは肩を落としている。

その後ろのメアリとファーニーは城へ向かう道中と同じくまたお前かよ、邪魔すんなドチビと言わんばかりの怒りのオーラを放っていた。

それに気付いていないのか、はたまた気付いていて無視しているのか、ソウジロウは続けてリュウに対して言葉を紡ぐ。


「もう聞いていらっしゃるかもしれませんが、先程我々、いえトキワ様の命を狙った襲撃がございました」


「それは聞いておるよ。それで………………何か気が付いたことでもあるのか?」


顎髭をいじくりながらリュウはソウジロウに問う。

その雰囲気は先程までのおちゃらけた道楽親父とは別物。命懸けの修羅場を何度もくぐってきた戦人のそれであった。

目に見えない圧は室内にのしかかる。トキワたちは室温が数度下がったような錯覚さえする。


一流の戦闘者は切り替えが早い者である。

命のやり取りを生業とする者、特に人を相手にする者にとっては昨日の敵は今日の友、昨日の友は今日の敵ということがありふれていた。

ただ強いだけでは身に付けることのできない、地獄で生き抜いてきた者だけが纏えるオーラのようなモノがリュウにはあった。

一頻り笑い合った後にリュウは人を殺せる。


それに気付いたトキワの額から先程までとは質が違う汗が溢れた。


「はい。あれはおそらく忍びの者ではないと私は思いました」


「………………ほう。捕らえた後に全員が歯に仕込んでいた毒で自殺したからどこぞに雇われた忍びではないか、という話はお前が言い出した話だと聞いたが意見が変わったのか?」


「はい。城へと至り、リュウ様からこの部屋に招待を受けるまでの間、私たちは義兄様から和の国であった思い出話をお聞きしておりました。そこで悪い方に私の考えが変わりました。………………あくまで推測ですが」


「話を続けろ」


「ご当主様は奴らの体をご覧になられましたか?」


ソウジロウの部下の者の魔法である『ボックス』。

ユニークと呼ばれるたった一つだけしか魔法を使えないという制約の代わりに、特別な魔法を扱える部下はトキワたちを襲撃した山賊風の者たちの死体を収納してクニシロ城内に持ち帰っていたのだ。


リュウはソウジロウの問いに首を横に振る。


「初めに見た時から気がかりではあったことなのです。私の『スコープ』で見たところ、奴らの体は筋肉の断裂が起こっていました。筋肉断裂は通常は下半身に起こりやすいのですが奴らは上半身にもびっしりとあります。あれだけの筋肉断裂が起こっていれば並大抵の者では動けもしません」


「………………ふむ。だがそこそこ動ける連中だったのだろ? 筋肉………………断裂とやらが起こっていても平気だったのでは?」


「いえ、ご当主様それがおかしいのです。奴らは確かに襲撃の際中々腕が立ちました。普段あれだけ動けるのなら筋肉は断裂などしません。あれではまるで奴らが誰かに無理矢理操られて、普段以上の力を出させられたように思えます」


ソウジロウの言葉にハッとしたエリスとメアリ。

この二人は早くもソウジロウの言いたいことをなんとなく理解していた。なんとなく………………というのは二人がバカだと言うわけではなく、二人がこの国の者ではないため持っている情報が少ないせいでもあった。

対して首を傾げているのは、トキワにカエデにファーニー。………………そしてリュウだった。

ファーニーは仕方がないにしても、本当のバカとは残りの三人のような者のことを言うのである。


「ソウジロウ………………もう少し簡単に話せ」


先程までの威厳は何だったのか、情けなくリュウはソウジロウに噛み砕いた説明を要求する。


「要するに忍びの者は今回の件に関わってはおらず、呪い師が関わっている可能性があるかもしれない分厄介ということです。それもトキワ様からの話では大分前から仕込みはあったのかとも思われますし」


「………………つまりどういうことだ?」


再び首を傾げるリュウ。

さすがは親子である。完全にシンクロして、トキワもカエデも同時に首を傾げていた。

マーレーン王国やアルサケス王国のある大陸では聞き覚えのない呪い師という言葉であるためエリスたちも首を傾げていたが、言葉自体を知っているはずのトキワたちのバカさ加減はやはり郡を抜いていた。


ソウジロウはリュウとトキワとカエデの様子を見て、別の意味で恐怖していた。

この領地を治める家系の方々の一部はどうしてこうもバカなんだ………………。よく今までクニシロ領が存続してきたものだなぁと。


「忍びの者は金さえあればどんな者にでもつきます。だからこその強みもありますが、その実脆さもあります。簡単な話金さえ払えば裏切ることもあるのですから」


ですが………………と続けてソウジロウは述べる。


「呪い師と呼ばれる連中は我らクルマダニ家がクニシロ家にお仕えしているように、忠義を持って人に使える厄介な者たちであります。………………つまりこの度の後継者騒動において、敵は裏切ることのない強力な部下を持った今までの後継者騒動の中でも飛びきり強い相手ということになります。おまけにトキワ様の話から推測するに敵は何年も前から下準備を済ませているのかと」


ソウジロウの言う呪い師とは、和の国にいる忍びとはまた違った集団のことを指す。

マーレーン王国で謀反が起こった時に《洗脳》という能力を持ったポチと言う少女がいたが、呪い師の持つ技術はこれに近いものがあった。

すなわちその技術とは『思考』に関するものだった。

呪いと呼ばれる技術を扱い相手の『思考』を速度を早めたり遅くしたり、妨げたり、時には操ったりということができる和の国屈指の異能力集団であった。


「………………なんとなくわかったぞ。俺が当主になった時に揉めたのよりも敵が強いってことだな」


「………………その理解で大丈夫です」


リュウとソウジロウの話は一旦終了した。

カエデとファーニーは色々と、というか全然わからなかったがまぁいいかと忘れることにした。

エリスとメアリもわからないことはあったが、元々自分達には関係の無い話なので首を突っ込んではいけないと控える。


だがトキワだけは「うーんうーん」と唸りながら考え込んでいた。



「どうしたトキワ。お前まだわからないのか? 父さんでもわかったのに」


からかうように笑うリュウに、トキワは質問した。


「なぁ親父………………後継者ってどういうことだ?」


「ああ、そのことか。俺引退するんだ。だからムラサキかお前に家督を譲ることにした」


トキワの時が止まる。

回転の遅い頭をフル稼働させようと必死だった。


「ええええええ!? 俺聞いてないんだけど!?」


狭い部屋の中にトキワの声がこだました。


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