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後継者騒動 1

加筆しました。

夜12時30分。

八畳ほどの和室があった。

そこにいるのはたった一人。

肩ほどの綺麗な紫のようにも見える黒髪、そして若いのにも関わらず老成したような落ち着いた雰囲気を漂わせている病的な程に真っ白な肌を持つ女性っぽく見える男だった。

和室の中央の机の前で正座してただ、じっと目を瞑っている。


室内を静寂が満たしている。

男はこのような自身と同じような落ち着いた雰囲気を好んでいた。

静けさで聞こえる自然の声音や、人の生活音の中にこそ真の風流が存在すると考えているのだ。

そしてそっと懐から紙と筆と墨を持ち出して机に並べていく。

いざ書き始めようとした時にバタンと大きな音を鳴らして襖が開く。


「ムラサキよ! 貴様の弟のトキワが帰ってきたぞ!」


ムラサキと呼ばれた男は部屋に入ってきた中年の男をチラリと見ると再び筆を持ち紙に向き直る。


「父上……………入る前にきちんと声をかけてもらわないと困ります」


男にしては少しばかり高めの声で、ムラサキは注意する。


「お前は母さんに似て口がうるさいのう………………」


ムラサキの物言いにブツブツと文句を言いながらもクニシロ家の現当主であり、ムラサキやトキワやカエデの実の父であるリュウはどっかりと音をたててムラサキの隣に腰かけた。

さすがは現役の戦人である。その筋肉の隆起は服の上からでも十分にわかるものである。リュウは顎から生えている髭を手慰みにワシャワシャと触りながら言う。


「お、お前ま~たあの娘に文でも送っとるのか? いい加減めとればいいのにのう」


「父上………………見ないでいただきたい」


リュウはムラサキが書いている文を盗み見する。それに気づいたムラサキは体を使って文を隠そうとした。

ムラサキが顔を赤くしているのに気付いたリュウはニマニマしながらさらにムラサキをからかっていく。

そのたびにムラサキは過剰に顔を赤らめる。

本来の男と思えぬ美しい容姿を合わさって、まるでいけない遊びをしているような気持ちにリュウは襲われた。

さすがに実の息子であるため決定的な所まで気持ちはいかないが、端から見たら誤解されそうなのでリュウはからかうのを止める。


このようなビビりな点では非常にトキワとリュウは似ていた。


「お前らが好き同士なのをもっと早くから言っといてくれたらお前らを許嫁にしてやったのにのう」


しみじみと昔を思い返しながら呟くリュウ。


「………………そうですね。私がもっと早くに行動していればトキワがあんな目に合うこともなかったのですが………………」


リュウの呟き、今度は顔を青くして肩を落として落ち込むムラサキ。

元々が日に全く当たっていないような真っ白な肌なので、ムラサキはよく顔色に感情が出るのだ。


「お前やっぱり俺より母さんに似てるなぁ………………。別に生きてたんだからそんなに気にすることないのに」


「気にするに決まっているでしょう! あの子は私のせいで死にかけたのですよ! しかもそれをやったのが私の親友です………………。私は弟をそんな目に合わされたのに、どうしてもあいつを助けてやりたくて実質無罪にしてしまいました。トキワはきっと私を恨んでいます………………」


ムラサキは顔を伏せた。

隠れた顔は悲痛と後悔と複雑な気持ちに歪んでいた。


「別にトキワは気にしてないと思うけどなぁ。あいつとカエデは俺に似てるから」


カラカラと笑うリュウ。

それを見て溜め息をつくムラサキ。


リュウやトキワやカエデのようなわかりやすい性格と違うのだ。繊細で非常に細かい性格のムラサキの罪悪感はあの日から全く消えていなかった。

トキワはカタリベでリッキーと戦った時、スキル『強制覚醒』を使用したのだがそれはトキワの人生における三度目の発動であった。

一度目はトキワがクニシロ家の先代当主である祖父との孫可愛がりという名の地獄の鍛練の中でのことだった。思いの外強い力を示したトキワに対してついつい祖父は加減を忘れて攻撃してしまい、その結果半殺しにしてしまったのだ。それで自動で『強制覚醒』が発動してしまった。


問題は二度目の『強制覚醒』である。

ムラサキと仲の良かった少女がいたのだが、その子が弟であるトキワの婚約者に選ばれてしまったのである。

運命は残酷なものであり、それはクニシロ家の当代の当主である者が変えられるようなモノではない。年月を積み重ねて出来上がった風習やしきたりと言う名前のモノだった。

ムラサキも傷ついたが、少女もまた心の中ではムラサキを想っていたため深く傷ついた。


ちなみにその当時のトキワは自分の婚約者と実の兄が仲が良かったということさえ知らずに、いつも呑気に鼻くそをほじりながら近くの武士や農民の子供と遊び回っていたのだが………………。


ムラサキ以上に傷ついた少女は悲しみに暮れて部屋から出てこないようになってしまったのだ。

それを知った少女の兄であり、ムラサキの幼少期からの親友でもあった男はぶつけようのない怒りで暴走してしまった。

妹である少女の現在の状況さえ知らず、そもそも興味さえ持っていなかったトキワに対してその怒りをどういうわけかぶつけてしまったのである。

思慮深いはずの男にしては随分とおかしな行動であった。



その方法は決闘。

誰も止められないような状況で、トキワと少女の兄は戦った。

あくまでも手合わせ程度に考えていたトキワは、初手から殺す気で来ていた少女の兄に手酷くやられてしまったのだ。

身体中から血を流し、ピクリとも動かないトキワを見て少女の兄は自分がなぜこのような行いをしたのかがさっぱりわからなくなっていた。

頭の中が割れそうな程痛く。目の前が真っ暗になったり、明るくなったりを繰り返す。

ただただ動かないトキワを前に呆然と立っていた。


その頃であった。

先程まで誰も通りがからなかったその道に兵が通ったのは。兵は応援を呼びに行き、少女の兄を捕らえようとしていた。

目には何も写さずに立ちすくむ少女の兄を囲むように兵たちは歩を進める。


そんな時にトキワの二度目の『強制覚醒』が起こった。


突然異形な姿になったトキワは覚醒の恩恵であらゆる傷が治り、再起動した。たちの悪いことに覚醒後の数分間は覚醒者は意識を失っていて、無意識で行動する。

この時トキワは完全に意識を失っており、つい少女の兄だけでなく自らを助けに来てくれたはずの兵たちも含めて叩きのめしてしまったのである。



当然この事件は大事になった。

トキワは次男であるとはいえ、領地の統括者の家系の人間であり当時は身体が弱くいつ死ぬかわからなかったムラサキよりも後継者扱いされていた頃だった。そしてその才能から将来を渇望されていたのだ。

そのトキワの命を危険に貶めたとして少女の兄の家はともかく、少女の兄自体は切腹を命じられたのである。

それを庇ったのがムラサキだった。

リュウや母親、祖父に祖母に頭を下げて初めてのわがままを言った。

「あいつは突然そんなことをするはずがない。何か理由があったはずだ。どうか命だけは助けてはくれないか」と。

結果被害者であったトキワ当人が「………………え? 何の話だよそれ。別にどうでもいいよ」と言ったため、少女の兄の罰は実家で幽閉されるに留まった。


後日この事件を知った者たちの中である噂が立ち上るようになった。

ムラサキが手の者を使ってトキワを殺そうとしたのではないか………と。

これをふとムラサキが聞いた時、自分の行いから見ればそういう風に見えてしまうのは当然だと思った。

それからムラサキはトキワに対する申し訳なさと気まずさからまともに話すこともなくなっていたのだった。


「そんなに気にしてるんなら、お前が直接トキワに謝ればいいじゃないか。ほら直ぐに仲直りできるだろ」


「トキワは実の兄である私に命を狙われた………………そう感じているかもしれないのです。そう事は簡単には動きませんよ」


「そう言うもんなのか? トキワはバカだからそんな噂自体知らんと思うんだが………」


リュウは鼻くそをほじりながら、ムラサキに言う。さすがは似た者親子なのか、リュウの発言は完全に正しくトキワは全く気にしてすらいなかった。


「………………つうかよムラサキ。お前そんな調子でこれから一週間大丈夫なのかよ」


呆れたという態度のリュウに対して、ムラサキは居住まいを正してはっきりと言った。


「それに関しては心配ありません。色々と厄介な輩が動いているようですが………………トキワではなく私がクニシロ家を継ぎます。トキワもそれを望んでいるでしょうしね」


ムラサキの様子に満足したようにリュウは大きく頷いた。


「うむ。まぁトキワはこんな領地に興味の欠片も無さそうだしなぁ。それに俺も正直お前みたいな頭の良い奴にここを継いでほしいし。まぁ頑張れや。これから一週間」


リュウ クニシロは当主を引退するつもりであったのだ。

そして代はムラサキやトキワに移ろうとしていた。

今より一週間。ムラサキに継いで欲しい者、はたまたトキワに継いで欲しい者が暗躍することだろう。


どこの国の、どこの支配階級も行うことは何も変わらない。


ただのありふれた後継者騒動が始まろうとしていたのだ。

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