懐かしの再会と後継者騒動の幕開け
「精が出ますね、トキワ様。それにカエデ様」
「あ、おはよう………………っす」
「おはようなのだ!」
早朝。まだほとんど誰も起きていないような日が出たての頃。鎧武者の男の屋敷の庭でトキワとカエデが鍛練している所に鎧武者の男が声をかけてきた。
自らよりも年上の人間には基本的には敬語を使うトキワだが、如何せん和の国での身分が違う。敬意を払いたいのだがそうはできないという微妙な対応だった。
それに苦笑した鎧武者の男が続けて言葉を紡ぐ。
「しかしさすがですな。私も早朝の鍛練は欠かしませんが、トキワ様とカエデ様は私よりもかなり早くから続けられていた模様………………。やはり努力が今のお二人を作っているのでしょうなぁ」
今度はそれにトキワが困ったように苦笑する。
確かに日々の鍛練自体は物心着いてからほとんど毎日続けていたが今のように早朝から鍛練して、魔物退治を行うようになったのはカエデと出会ってからだ。
それまでの鍛練はあくまで腕を錆びさせないためのものであり、カエデと出会ってからようやくトキワは強くなるための鍛練を行っていた。
「では私もお二人の邪魔をしないように、鍛練に戻ります。失礼しました」
そう言い残して鎧武者の男は去っていく。
後に残されたトキワとカエデは何事もなかったかのように再び鍛練に戻った。
朝食を済ませた後、することもなかったトキワたちは食休みで寝ているファーニーとメイドであるメアリ以外の三人で再び鍛練をすることにした。
この屋敷の持ち主である鎧武者の男は相当お堅い性格らしく、暇を潰せる物がほとんど何もないためである。
そうして時間を潰していると時間はすぐに経ち、日は一番高い所に昇る時刻になった。
マーレーン王国とは違い和の国には四季がある。今は秋ではあるのだが昼間に差す日は暑く、トキワの着ている服も汗でビショビショになっていた。
その気持ち悪さに辟易としていたトキワだが、同じく暑そうにしているエリスが胸元をパタパタとさせているのを見て気分が良くなった。
(もうちょっとでおっぱい見えそうだった………………グフフ)
「トキワ様、お迎えの方がいらっしゃいました」
トキワがそれからエリスの胸元をチラリチラリと気にしながら魔法の修行をしていると、鎧武者の男が駆け足でやって来た。
「ありがとう。………あとお世話になりました」
迎えが来たということは、いよいよトキワたちはクニシロ領を治めるクニシロ家が存在する城と城下町に向かうということだ。それはつまり一日厄介になったこの屋敷から出ていくということを指す。
トキワは厚いもてなしをしてくれた鎧武者の男に礼を言う。
トキワからの礼がそれほど嬉しかったのか、鎧武者の男は顔を崩して照れていた。
ほとんど荷物はなかったため素早く荷仕度を済ませたトキワたちは屋敷の門の前に立っている迎えの男達から声をかけられていた。
「お久しぶりですね、カエデちゃん、義兄様。そして初めまして客人の方々」
一番最初にそう声をかけてきたのは、トキワの昔の記憶から悲しいくらいに何も変わっていない少年だった。
「あ、ソウちゃんなのだ。元気だったか?」
「元気だったよカエデちゃん。カエデちゃんが僕を置いて先に町を出ちゃうまでは特に」
カエデが笑顔で話しかけて、それに対して少しの毒を持って返答する。
トキワがまだ和の国に居た頃に幾度となく見てきたやり取りだった。
「久しぶりだなぁソウちゃん。カエデと一緒でほとんど変わってないなお前」
(成長期だったのに………………)
ソウジロウ クルマダニ。
クニシロ家の有力家臣の一族であるとともに、カエデ クニシロの婚約者でもある少年だった。
可愛らしい容姿をしているソウジロウ、その最たる特徴と言えば彼のコンプレックスでもある背の低さが挙げられるだろう。トキワと会わなかった四年間の間に身長が全く伸びなかったということがそれを端的に表している。
トキワとしては背の低いカエデと背の低いソウジロウならばむしろお似合いだと思うのだが、ソウジロウとしては背が低いことはどうしても許せないらしい。
「えぇお久しぶりです義兄様。義兄様は少し背が伸びたのではないで………………すか?」
(あ、傷ついた)
ソウジロウもまたトキワに言葉を返そうとしたのだが、トキワと違い自らが全く身長が伸びていないのを思い出したようで一人で勝手に傷ついていた。
ソウジロウは毒舌なのだが、いつもこんなことで簡単に傷ついてしまう面倒臭い男だった。そのたびにカエデがソウジロウを慰めてやるのが常だった。
今回も例によらず、肩を落とすソウジロウの頭をよしよしとカエデが撫でていた。そしてソウジロウは甘えるようにカエデに抱きつく。
「お似合いですね」
「そうだなエリス。まぁ実の妹のこんな姿を見せられるのはなんか変な感じだけど………………」
そんな様子を見ていたエリスの言葉にトキワは同意し、トキワの後半の言葉にエリスもまた同意するように苦笑した。
エリスとしても故郷のアルサケス王国で、実の弟が平民の娘であったマリアとイチャイチャしている姿を何度も見かけたのでトキワの名状し難い気持ちについてよくわかった。
兄であるトキワの前で一通りいちゃついて元気を取り戻したソウジロウは再びトキワに向き直る。
「お久しぶりです義兄様。少し背が伸びたのではないですか?」
(まさかの二回目か………………)
どうやら先程のことはなかったことにしてほしいようで、ソウジロウは全く一緒の発言をもう一度した。
「ああ、そうだな「グハッ」………」
地面に倒れこむソウジロウ。それを心配して駆け寄るカエデ。
近くで見ていたトキワとエリスとメアリ、見送りにきた鎧武者の男、それにソウジロウが引き連れてきた迎えの者達の空気が凍った。
ソウジロウは何者かの攻撃を受けて地に伏したのではない。
「ソウちゃん、ソウちゃん! しっかりして!」
「………………カエデちゃん。やっぱり義兄様は身長が伸びたみたいだね………………僕は全く伸びていないのに………………」
ただトキワが、背が伸びたことを肯定したことに勝手に傷ついただけの話である。トキワは数年ぶりにカエデの婚約者であるソウジロウのその面倒臭さを再認識していた。
エリスは呆然としているしメアリは冷たい瞳でソウジロウを見ていた。
さすがにソウジロウが連れてきた者たちはソウジロウの普段を知っているらしく、反応はそこまでなかったがそれでも面倒そうにしていた。
(ファーニーが昼寝しててよかった。あいつが起きてたら絶対はっきり言うからな………………余計なこと)
それからまた先程のカエデとソウジロウのイチャイチャの焼き回しのような光景が再び起こる。
話が全く本題に入っていないことに、トキワもイライラしてきていた。
「………………ということでそろそろ城に向かいましょうか。ご当主様も御待ちですしね」
何事もなかったかのように立ち上がったソウジロウは、そう言いながら自らの馬に跨がり後ろにカエデを乗せた。
(何が、………………ということで、だよ。まぁまた面倒臭くなりそうだから何も言わないけど………)
ソウジロウのその行動で動き出した、その連れの人々。
トキワたちの荷物を馬車に乗せて、トキワたちにもその中に入るように勧めてくる。
トキワたちもそれに従い大人しく馬車の中に入っていった。
クニシロ領では最高級の馬車なのであろうが、悲しいことにマーレーン王国で乗っていた馬車ほど良い乗り心地ではない。
だが精々半日程度の短い旅である。文句をわざわざ言うこともない。
「トキワ様、お元気で」
「本当に昨日はありがとう。また会おう」
鎧武者の男が別れの挨拶をしてくる。
「ええ、このクニシロ領を発展させられるのはトキワ様だけです。今度私がトキワ様と会うのはトキワ様がご当主様になってからかもしれませんな」
「………………え?」
トキワはいったいこの鎧武者の男は何を勘違いしているのだろうと思った。当主? 何のことだと問いただしたくなったし、問いたださなければいけない気がしていた。
だが現実はそう上手いことはいかない。
聞こうとした時に馬は走り出していく。
気がつけば、トキワの目には手を大きく振る鎧武者の男の姿が写っていた。
(………………当主?)
トキワが和の国にわざわざ戻らされた意味。
それを知るのはすぐの話である。




