和の国とトキワ信奉者
マーレーン王国王都を出発してから早くも二週間が経とうとしていた。
小国にも関わらず、あらゆる分野に秀でたマーレーン王国の技術の粋をこらして作られた船の速さはトキワの知るそれの二倍近くの速さであった。そのため、大陸が違い距離も離れた和の国にもうすぐ到着しようとしていた。
そもそもマーレーン王国貿易船の目的地は、和の国と海を挟んだ先にある修羅の国と呼ばれる真国である。故に真国に向かう道中に和の国があるため貿易船でトキワたちを運んでくれたのは、丁度都合が良かったのだ。
トキワは船の乗組員たちに、クニシロ領が持つ港の位置を教えていた。
あっぷあっぷしながらのトキワの教え方は悪かったが、海に生きる男たちの理解力が凄まじかったのですぐに理解してもらえる。
恥ずかしいほど馬鹿なトキワだが、駄目な子ほどカワイイと言う。乗組員たちもトキワのそういうところを好ましく感じていた。
双方共に好感情を抱いていたということがこの航海を楽しく感じさせた最も大きな理由だっただろう。
そうこうしてもう港に着くのに一時間とかからない頃トキワは大変なことに気がついた。
(そう言えば今まで何の関わりも無かった国の船が突然現れたらマズイよな………)
地球にいたときに学んだペリー来航のことをトキワは思い出していた。
浦賀に現れた黒い大きな船。その出現は国を脅かせた。
当時の江戸幕府は各藩に大船建造の禁が発令していたため、領民は大きな船を見たことがなかった。なので大きさによる驚きと恐怖はひとしおだっただろう。
和の国には大船建造の禁のような法令は無いが、それでもマーレーン王国の貿易船は常軌を逸したスペックと大きさを持つ船である。
こんな船が港に来てしまったらいきなり攻撃を受けても仕方がない。
(………まぁさすがにうちの領地の奴等がそんな短慮なことをするとは思えないけどなぁ。ややこしいことになるのはわかりきってるけど)
「坊っちゃん方、もうそろそろですぜ」
乗組員の男がトキワたちに声をかけた。
それに首を振って答えるトキワ。そしてその後ろでワクワクソワソワしながら返事をするエリスたち。
それを見てトキワは思った。
和の国に初めて訪れるエリスとメアリとファーニーがそのようにするのはわかるが、なぜ同じ様にカエデもしているのかが気になった。
カエデのことを呆れた様子で見ているトキワ。
その目はどこか諦めとバカな者を見るようなものだった。だがトキワはそれですっかりと先ほどの懸念を忘れていた。はたから見ればトキワもまたカエデと同じ様にバカなのであった。
「うわー懐かしいのだ! それにお迎えも来てるのだ」
クニシロ領の港を見て、カエデははしゃぐ。
カエデの視線の先を見てメアリは顔を少しだけ青くした。
「トキワ様………あれはどう見ても………」
「………………大丈夫だよたぶん」
視力の高いトキワとメアリとは違い、エリスは見えなかったためトキワとメアリの会話を首を傾げて聞いていた。
港には魔物とは違い害のない、馬の魔獣にまたがった鎧武者がいた。そしてその後ろには多くの兵。友好的という訳ではないことがわかる。
(やっぱり攻撃してくるかも………)
不安になってくるトキワ。顔色はどんどんと悪くなっていった。
「大丈夫だよ坊っちゃん方。基本この船を初めて見た人等の対応はどこも似たようなもんだから俺にはわかるよ。あの人らはもとより攻撃なんてしてくるつもりはないさ、警告くらいだろう。だから坊っちゃんと妹ちゃんが乗ってることがわかりゃあ特に何もしねぇえさ」
一人の乗組員がトキワたちにそう言い、続けて自らの体験談を語ってくれる。
聞いてみれば乗組員たちは似たような経験を何度もしていたらしい。
マーレーン王国はあらゆる大陸の国と通商貿易をしているが、そのきっかけとなったのはこの船によるアポなしの訪問によるものであり、国に行くたびに剣を向けられてきた乗組員たちにとって本当に攻撃してくる目をしている者とそうでない者の区別はたやすくつくと言う。
「そうか………そうだよなおっちゃん!」
「ああ、俺を信用しな坊っちゃん」
乗組員の言葉に先程までの不安な気持ちは吹き飛んだ。
トキワは乗組員の手を握って喜ぶ。
ぱっと見細目に見えるそこそこ美男子のトキワと筋肉でゴツゴツの乗組員が手を握り合う光景は実にホモホモしいものだった。
それを見て生唾を飲み込んでしまったメアリは、自分の謎の行動が理解できなかった。ただ無意識に反応してしまったのだ。そちらの道に興味を示してしまったメアリが今後どうなるのかは今はわからないことである。
「貴様らは何者だ! ここがクニシロ領だと知ってのことか!」
船が港に近づき、すぐにでも着けるという時、厳しい声が聞こえる。
兵を率いている鎧武者から放たれた言葉であった。
場がピリピリとした緊張状態になる。
だが空気の読めないカエデにはそのような重圧はないに等しいものだった。
「ただいまなのだ!」
船首に立ち大声でそう叫ぶカエデ。
「な、な、カエデ様!?」
「「「「ええ!?」」」」
他国の巨大な船に、自らの領地の姫君が乗っていたことが衝撃的だったのか鎧武者の男は驚く。そして鎧武者の言葉に遅れて驚く兵たち。
なにせ兵たちはカエデと呼ばれる姫がクニシロ領に居ること自体は知っていたが会ったことも見たことも声を聞いたこともないため仕方ないことだろう。
「おい、危ないぞカエデ!」
トキワは船首という不安定な場所に立っているカエデをたしなめる。カエデがそこから落ちても大怪我をしないことなどは重々承知だが、それでも注意してしまうのは兄心によるものだろう。
トキワの声は、カエデに届かせるためにそこそこ大きいといった程度だったがそれに過剰に反応する者がいた。
「この声………………昔よりは低くなりはしましたが忘れたことはございませぬ………。まさか、まさかトキワ様がいらっしゃるのでは………!?」
鎧武者の男は、カエデの存在以上にトキワがいることに驚いた。そのあまりの衝撃に鎧武者の男は声が出ないらしく、後ろにいる兵たちの一部にしか聞こえないほど小さなかすれた声でそう言った。
すぐさま鎧武者の男は馬から降りて、片膝を着き頭を垂れた。頭を垂れるということは人体の急所である首を晒すということだ。つまりその行為が意味するのは絶対服従である。
そしてその顔は歓喜の涙でぐちゃぐちゃになっていた。
有力武士としてプライドの高い普段の姿を知っている兵たちは地面に這いつくばるようにしてみっともなく咽び泣く鎧武者の男を見て先程以上に驚いた。ただ口をポカンと開けてその姿を見ている。
そうしている内に兵たちは思い出した。いつも酒に酔うと決まって鎧武者の男は泣き上戸になり、ある男の話を泣きながらするのだ。国を統一する力を持ちながら次男という立場に産まれて、国を飛び出した若君の話を。
「まさか先程チラリと聞こえた声の方が件のトキワ様なのだろうか?」
「間違えないだろう。この方がこれほどになるのはトキワ様しか居られぬ」
「なぜこのタイミングでトキワ様が国に戻られたのであろうか」
「ついにクニシロ領を継ぐ決心がつかれたのでは?」
「バカを言え。トキワ様は次男なのだろう。後継者はムラサキ様なのであるぞ」
「わからんぞ。トキワ様はムラサキ様を打ち倒してでも領主になろうとしているやも知れん」
「あのお方が領主ならば、我がクニシロ領が和の国を統べることができるのだろう!? だとすれば俺たちももっと土地を貰えて、家族にも楽をさせてやれるのでは!?」
「「「「「それだ!」」」」」
兵たちは上司の鎧武者が喜びで泣いていて聞いていないのをいいことにこそこそと皆して話し合っていた。そして意思が統一されたのか、鎧武者の男に従って地面に片膝を着き頭を垂れる。
その様子を船から見ていた皆は驚いていた。特にトキワである。
「………我が妹ながらすごい人気だなぁ。お兄ちゃんちょっと嫉妬しちゃうかも」
船からは鎧武者の男の声も兵たちの話し合いも聞こえないのだ。そのため鎧武者たちの行動はカエデを見て、したようにしか感じられなかったのである。
トキワは妹が領地で人気なことに対して嬉しいようなそれでいて複雑なような声でそう呟いた。




