船の上で久しぶりの二人きり
投稿遅れました。申し訳ありません。
今回は閑話のような話です。難産でした。
月明かりがトキワとエリスを照らしていた。
時たまに波の音が聞こえ、海に生息している光魚という名前の通りただの光る魚が跳び跳ねる。
二人きりの甲板。
ふとした拍子に手と手がぶつかりそうになる程に距離は近い。
思わぬドラマティックな展開にトキワはドキドキしながらエリスの隣に立っていた。
(………………色々とチャンスかな?)
トキワは偶然を装って、エリスの手に触れようと画策する。
しかしそう上手くはいかなかった。これまた偶然に船が少し揺れて、エリスはトキワとは逆方向にぐらついてしまう。
トキワは手をつながせなかった偶然の波揺れに対して小さく舌打ちをしてしまう。
「船とはこんなにも揺れるものなのですね」
エリスはトキワに笑顔でそう言った。
月の光がまるだエリスの後光のように差している。
トキワはエリス自身から放たれるオーラのような美しさに頬を赤めてしまう。既にその頭の中には先程まであった不条理に対する悪感情はなくなっている。
「これでもましな方だぜ。俺が和の国からこっちの大陸に来たときはもっと揺れてた」
「そうなのですか!? それは………少し嫌ですね。酔ってしまいそうです」
トキワはエリスに声を大にして言いたかった。
俺もお前に酔ってるぜ………と。
だが考えているだけでも余りに気持ち悪いため、心の中にそっとしまっておくことにした。
夜の海はどこか底知れない感じがしていつもトキワは恐怖を感じてしまうのだが、今日は平気だった。
その理由はもちろんのこと隣にエリスが居るからである。
そのまま二人はただ黙って海を眺めていた。
意外とトキワとエリスは二人で居ても会話が少ない。元々二人ともあまり話す方ではない性格であるためだ。それにトキワはエリスと二人で居る時の静寂を気に入っていたし、実のところエリスもそうだった。
「………キレイですね」
エリスがボソリと呟いた。
何に対して言ったのかトキワはわかっている。水面に反射した月のことだ。今日は偶然にも満月だったらしく、とてもキレイだとトキワ自身も感じていた。
「でももっと綺麗な人も居るよ………」
思わず言ってしまったその言葉に、トキワは自分で驚いてしまう。
言うつもりはなかった言葉。胸の中にしまったつもりでいた言葉だったのだ。
エリスの反応が気になって、恐る恐るトキワはエリスの方を向いた。
エリスは何も言わず、ただトキワの方を見ていた。
童貞ボーイで恋愛経験皆無のトキワにはわからないことだが、エリスの頬は少し赤くなっており何かの言葉を期待しているようにも見えた。
大陸は違えども、ユグドレミア家とクニシロ家は身分が釣り合う。つまりはアルサケス王国と和の国で縁がつながるということだ。だから是非とも結婚するべきだとメアリから毎晩のように聞かされていたエリス。
メアリの刷り込みのせいだけではないがエリスもトキワのことを憎からず想っていた。
だからこそ、この態度だった。トキワは知る由もなかったことだが。
「………」
ゴクリとトキワは唾を飲み込んだ。
ここまで来たのならば言わなければならない。ヘタレな所もあるトキワだが、今ばかりは男らしい考え方をしていた。
そして船に乗り込んできたからのことを少し思い返すことにした。
マーレーン王国での謀反が起こる一日前、王都に到着した後すぐさま貿易船に乗り込んだトキワたち。どうやらトキワたちを待っていてくれたらしく、乗り込むとすぐに船は出港した。
船に乗ったことのないエリスにメアリにファーニーははしゃいでいた。
若干一名はわかりづらかったが。
中でも一番はしゃいでいるのはファーニーだった。船の上を飛び回り、海を見たら歓喜に震え、魚が水面を跳ねたらダンスを踊っていた。
それを見て微笑ましく思っていたトキワだったが、少しおかしいと思うことがあった。
「カエデー! 船って楽しい!」
「そうなのだ! 最高なのだ!」
二人して走り回るカエデとファーニー。
「いや初めて乗ったファーニーはわかるけど、乗ったことがあるお前がなぜそんなに喜んでんだよ」
和の国、クニシロ領は海に面した場所にある。そのため漁業は領地には欠かせないものだった。
当然小さい頃に親たちと一緒にトキワもカエデも船に乗せてもらったりしていた。
そのはずなのに、カエデのテンションの高さと言えばファーニーにも負けず劣らずといった程だ。
「だって友達と一緒だからいつも以上に楽しいのだ!」
目をキラキラさせて言うカエデにトキワはそれ以上言葉が出なかった。
何だかんだ言ってもトキワは妹想いだった。
その様子を見ていたメアリがトキワの耳元でボソリと言う。
「トキワ様………。さすがに甘過ぎます」
「………すいません」
その後、カエデとファーニーは船で一時間程暴れまわった。さすがに二人ともわきまえているようで乗組員たちには迷惑をかけないようにしていたことと、乗組員たちがそれを微笑ましく見ていてくれたことだけが救いだった。
そしてカエデとファーニーは………
「うっぷ………」
「兄ちゃ………うぷっ」
二人して船酔いしていた。
トキワとしては常に背中に生えた羽根で飛んでいるファーニーがどうして船酔いしているのかとても不思議だったが、気持ち悪そうにしている二人を見ていると「バカだなぁ………」という言葉以外が出なかった。
「お嬢様、トキワ様。私はカエデ様とファーニー様を看病してきます。どうぞお二人はごゆっくり」
メアリはカエデとファーニーを連れて割り当てられた部屋で二人の面倒を診てくれると申し出た。
カエデを背負いファーニーを肩に乗せたメアリは船の中に入っていく。
その言葉に甘えることにしたトキワとエリスはメアリに礼を言い、二人で看板に残ることにした。
そして日が落ちていく。
乗組員たちも、数人を残して船の中に引っ込んでいく。
(それで俺たちは二人きりに………ここで決めなきゃ男じゃない)
トキワは今までの人生で経験したことのない種類の緊張を味わっていた。胸が動悸で爆発しそうな程に痛い。
だが覚悟を決めた男の行動は早かった。
「あ、あの俺………エリスのことが」
どもりながらも自分の気持ちを伝えようとするトキワ。
トキワの一言一言を聞き逃さないようにするエリス。思わず前のめりになって話を聞こうとする。
「す………」
「ファーニーちゃんふっかーつ!」
「カエデちゃんもふっかーつ!」
トキワの声に被せるかのように、バタンと開く近くの扉。そしてファーニーとカエデの時間を考えない大声。
ファーニーとカエデが出てきたであろう扉の先には、頭を抱えてトキワとエリスを見るメアリ。その目には申し訳なさそうな感情が宿っている。
せっかく腹をくくったのに、邪魔されてしまったトキワは血の涙を流さんばかりのような表情。エリスもどこかがガッカリしている。
これは和の国に向かうまでの道中の話。




