謀反 上
アルカディオの別れの言葉とともに、馬は走り出す。そしてアルカディオとミーシャを乗せた馬車は、トキワたちと離れて行く。
その瞬間の出来事だった。
「ミーシャ!」
「わかってるわよ。岩壁結界」
アルカディオの呼び掛けと、ミーシャの返事はほぼ同時。
ミーシャはその膨大な魔力を力任せに振るい、自身の得意とする土魔法の中でも、石や岩で壁を産み出す魔法を行使した。
岩壁結界。それは通常は指定した空間を岩で覆うことによって敵を逃がさないため、または自らの身を守るために使う魔法である。
だがミーシャがこの魔法を使った理由は一つ目は確かに当てはまるが、どちらかと言えばそれよりも大きな理由があった。
「グブッ。無理っぽいな。後は任せたぞ」
「あ、死んじゃった…………。て、私だけかいな!?」
それは敵の増員を防ぐためだ。
事実ミーシャの魔法によって、どのような方法を使ったかはわからないがアルカディオたちの乗る馬車の中に影から現れようとしている黒装束の二人目の出現を食い止めることに成功していた。
食い止めると、言っても来させなかったというわけではない。結界を張ったことで中途半端に馬車に入り込んでいた二人目の黒装束の体を引きちぎったのだ。肩から上と下に裂けた黒装束の二人目は血を撒き散らして、一人目に一声かけてから息絶えた。
アルカディオとミーシャという強者二人を目の前にして、それでも黒装束の一人目ーー声の高さや少し目立つ胸から女ということがわかるーーは余裕たくたくといった様子を崩さなかった。
事実アルカディオやミーシャにはわからないことだが、黒装束の女は口を歪めて笑顔でいた。
「ふむ…………。仕掛けてくるのはまだだと思っていたんだがね……もしかして宛が外れたのかな?」
アルカディオが問いかける。
黒装束の女は「キャハッ」と小さく楽しそうな声を上げるだけでそれには何も答えない。そして袖口からナイフを三本取り出した。
それを聞いて、アルカディオは困ったように笑う。
「ガアアアギグッッ!?」
次の瞬間、黒装束の女が苦しそうな悲鳴を上げた。そしてそのまま馬車の床に尻餅をつく。
黒装束は所々が焦げており、その奥から覗く体には火傷の後が見えた。
馬車の中には人肉を焼いた時に薫る、気分の悪くなるような悪臭が立ち込めていた。
黒装束の女はそれでもまた動きだそうとしていた。驚異のタフネスである。
しかし、それは叶わない。
首を絞められて、馬車の壁に叩きつけられる。
「出来れば素直に全部話してもらいたいんだ。手加減するのが苦手なんでね」
そしてそれらを行ったアルカディオはにっこりと笑い、そう言った。
王都にある、マーレーン王国城。
それは小国であるにもかかわらず同じ大陸にある他の大国と比べても遜色ない、いやそれよりも大きな城だった。
その城の前の門には二人の者が立っていた。これは門番ではない。マーレーン王国城には入り口の門には門番がいない。それよりも手前の防壁のところに通常は門番がいるのだ。
これはアルカディオが帰還したことが伝わったからである。
大勢で出迎えることをしないのは、アルカディオが伝えたことからそうするべきではないだろうと判断したからである。
だからこそ、アルカディオの腹心とも言える『七星』の二人がここに居た。
一人はくすんだ金髪に幸薄そうな顔立ちをした若い男だった。いつもは眉間にしわを寄せている彼だが、今日ばかりはそのような気分ではないらしく真面目な顔をして黙って立っている。
もう一人は正確には人ではない。人型ではあったがトカゲの顔をしていた。他の多くの国では差別の対象ともなりうる希少種族である亜人種であるリザードマンであった。
リザードマンもまたその大きな目を瞑り、背中に背負った愛すべき自身の槍の感触に酔いしれていた。
その二人の視線が同時に動いた。その先には馬車とそれを引く馬があった。
馬はきちんと理解しているのか、二人の男の前で止まる。
だがそのくせ中々馬車の中から人が出てこない。
そのことを不審に思った二人は各々の武器を手に持ったその時、中からばつが悪そうな顔をした血塗れのアルカディオと特に汚れていないが何処となく機嫌の悪そうなミーシャが出てきた。
「出迎えご苦労様。久しぶりだね。元気だった?」
「あら、何だか懐かしい顔ねぇ。お土産あるわよん」
アルカディオとミーシャは城門前で立っている二人を見て、表情を変えた。それは純粋に懐かしさから来るものであり、他意はない。
「…………色々と言いたいことはあるんですけど、とりあえず一ついいですか? …………なんで血塗れなんですか?」
幸薄そうな男はアルカディオの服を指差して言った。その隣でリザードマンの男もブンブンと首を縦に振って、自分も同じ気持ちだと訴えかけていた。
「いやぁ~ちょっと尋問に失敗しちゃって…………」
「本当に下手くそだったわよアンタ。横で見ててムカついたもん。結局ほとんど情報手に入れてないし」
頭を掻くアルカディオとそれを責めるミーシャのやり取りを見て、幸薄そうな男は大きくため息をついた。そしてそのまま大きく息を吸い……止まった。
リザードマンの方は特に表情を動かしてはいない。元々表情が余りない種族でもあるのだが……。
「アンタねぇ! また出来もしない尋問やったんですか! これで自分からやりたいって言って失敗したの十三回目になりますよ。アンタどれだけ情報源殺せば気が済むんですか! 国潰す気ですか!?」
息を吐くついでとばかりに矢継ぎ早に幸薄そうな男から次々と投げ掛けられる言葉に、どんどんと小さくなってしまうアルカディオ。
あくまでも正論を畳み掛けるように主張する男にアルカディオは何の反論もできない。ただ小さくなって、苦笑いを浮かべているだけである。それでも全く反省している素振りが見えないのはアルカディオだからだろう。
「それくらいにしたらどう? これから大変なんだしさ」
諌めるだけではなく、ついにはここぞとばかりに普段から仕事を押し付けられていることにたいしての文句を言っていた男はミーシャのその言葉を受けて
「確かにそうですね。これからが面倒そうなので……ね。王様、お説教はまた後にしましょうか」
と言った。
男の前半部の言葉を聞いて満面の笑みに戻ったアルカディオだったが、後半に行くにつれてまた表情が凍る。
「ウム」
リザードマンの男も厳かな声で一言発しただけでもう黙ってしまう。
「ああ。それとわかってるだろうけど馬車の中の始末もよろしくね」
「わかりました。王様こそあの肉塊から聞いたこと教えてくださいね」
「任せろ。それじゃ帰ろうか。俺の城へ」
城へと目を向けた先ーー今いる場所からは遠く離れたところだがーーそこから何者かがアルカディオたちを監視していることに既にアルカディオたちは気付いていた。
ニヤリと笑みを浮かべたアルカディオは監視者を見て、わざと口の動きが見えるように大きく口を開けて言った。
「さぁ、ようやく楽しくなってきた」




