お約束な話
文字数が少ないです。ごめんなさい。
「すごいわね、あんた! ゴブリンエリート瞬殺じゃない!」
ファーニーは空を舞い、トキワの頭の上に着地した。
そこでくるくると回りながらトキワの雄姿を褒め称える。
トキワとしてはエリスに抱きつかれながら「すごいです」と言われて胸を押し付けられる方が嬉しいのだが、それでも褒められることは気分が良い。
「すごいだろー!」と言いながらファーニーと共に楽しそうに小踊りする。
「きゃっきゃっ」とはしゃぐファーニー。
黒い発言を連発させていたため今までは気付かなかったが、本来はこんな性格のようだ。
対して、エリスは下を向いたまま沈黙を保っていた。
出会ってから一日も経っていないがやたらとよく見る光景だ。
(一応格好いいところ見せたんだけどな……)
トキワにはエリスの気持ちはさっぱりわからなかった。
ファーニーも首を傾げているので、わからないようだ。ならなおのことファーニーよりもエリスとの付き合いが短いトキワには素よりわかるはずがないだろう。
そんな時にトキワは気付いた。
下を向いているのでエリスの胸元がチラチラと見えていることにだ。無意識の内に胸に目がいってしまう。
エリスが顔をあげたのは、丁度トキワがエリスの胸をガン見していた時だった。
トキワは即座にそっぽを向き、何も見ていませんよといった姿勢を見せる。それと同時にファーニーはトキワの頭の上から飛び立ち、エリスの傍へ向かう。
「ヤバイよ! エリス、やっぱりこの男は強いわ。是非盾兼仲間にしましょうよ!!」
(そこは仲間が先じゃないのかよ)
心の中でツッコミをいれていると、エリスは強い意志を宿した目でこちらを見てきた。
すごい大切なことを言われるような気がする。
自然と唾がゴクリと喉を通っていく。
(告白か? 告白なのか?)
トキワ自身でもそれはないだろうなぁという思いはあるのだが、もしかしたら…………という妄想が止まらない。仕方のない男の性だろう。
「私を弟子にしてください!」
大きな大きな、先程どうしてゴブリンがこちらに来たのかをまるで綺麗さっぱり忘れてしまったかのように大きな声を叫ぶようにエリスは言い放った。
そしてせっかく上げた頭をまた下げる。優雅なお辞儀だった。
誰も何も言わない。
時間にして一分も無かった短い時間だが静寂が場を支配した。
エリスはトキワが自分の発言に対して何の反応も示さないことに不安を感じたのであろう。
おそるおそる窺うように顔をあげる。
目の前に居たのはトキワではなく、ファーニーだった。
「エリスのバカー! なんでさっきよりも大きい声だしてんのよ!」
ポカポカとエリスの額をその小さな両手で叩くファーニー。
エリスは今ごろになって自分の仕出かしたことに気付いた。
(不味いな……。さっきのゴブリンエリートとといい、どうやらここら辺一帯はゴブリン種の縄張りになったみたいだな。いくら大半がゴブリンだからって、策敵にかかる魔物の数が多すぎる。どうする…………?)
「あ、あの私、ご、ごめんなさい!」
思案にふけるトキワに頭を何度も下げて謝るエリス。
トキワはなにも答えずに、エリスを軽々と肩に担いでみせる。
そしてファーニーに手招きして、頭にとまらせる。
「当然逃げた方がいいに決まってるよな」
尋常でないスピードをもってして、トキワは森を駆けていった。
エリスという女体の柔らかさをその身に染みて感じたトキワは頬を紅くする。
(今日はついてる!)
なおこの時ゴブリンエリートの死体をもって帰ることをすっかり忘れていたことに後で気が付き、一日中落ち込むことになった。
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森を抜けて、町が見えてきた所でトキワはエリスを地面に下ろしてやった。
スピードに体がついていけなかったようで、気持ち悪そうにしている。それでもできるだけ気丈に振る舞おうとしている所に、トキワは育ちの良さを感じた。
「どうしたの? 町まで連れてってくれないの? バビューンって」
エリスとは違って、ファーニーはあのスピードを存分に楽しんでいたようだった。
盾扱いの次はタクシー扱いかよ、とトキワは言いたかったが、何よりも先に今聞いておかなければいけないことがあった。
「そもそも町に入るための身分証とか持ってるのか?」
「はい。その点に関しては問題ありません」
トキワはそこが理解できなかった。
どこからどう見たって、エリスがトラブルを抱えているのはわかる。それにファーニーが俺を盾代わりに使おうとしていたことから、命を狙われていることもだ。
ともなれば、まず間違えなく偽名を使い、変装しなければいけないはずだ。しかし通常、街や都市に入るときにはステータスカードの提出が求められるためそんなことはできない。
問題ないとはどういうことなのか、どうするつもりなのか?
エリスのトラブルとは何なのか?
トキワは聞いた。
「わかりました。ここまで私たちを守って頂いた貴方様を信用しないわけがありません。なのでどうか私の話を聞いてください」
エリスが貴方様と呼んだことで、トキワはそう言えば自己紹介もまだだったことを反省した。「俺の名前はトキワだ。よろしくな」と軽く言っておいた。
そして十分程のエリスの話が続いた。
聞き終わった頃、トキワは顔をひくつかせた。
どこかで聞いたことのある話だったからだ。いや、多少の違いはあったが大まかの所は同じだった。
それに危険さではエリスの話の方が段違いのようだ。
(俺……死ぬかも……。取り合えず今日から筋トレの量は二倍だな……)
自らの命の危険を感じる話を聞いたトキワは空を見上げてそう思った。