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猫の街と妹 下

「カエデ……?」


元々人通りも疎らな道だ。トキワの声は少し響いた。


「この声は…………トキワ兄ちゃんか!?」


走ってトキワの近くに向かってきたのは、最後に見た時から少し成長した少女だった。黒くて長い髪をポニーテールにし、目が大きくてクリクリでいつも笑顔で口からは八重歯が見えている、そして背中に太刀を背負っている所が特徴のトキワの実の妹ーーカエデ クニシロだった。


カエデはトキワたちの近くで立ち止まり、キョロキョロと辺りにいる人を見回す。トキワもチラッとカエデに見られたが、すぐに目を逸らされた。

カエデはハァとため息を吐くと地面にズルズルと座り込んだ。


「あれぇ……? 確かに兄ちゃんの声が聞こえた気がしたんだけどなぁ……気のせいだったのかなぁ?」


そしてそんな独り言を呟いた。


(相変わらず変わらない奴だなぁ……)


トキワはそんなカエデの姿をしみじみと見つめていた。

トキワの袖口がクイクイと引かれた。トキワがそちらを見ると首をかわいくかしげたエリスがいた。

これは反則だろう……とトキワは頬を少し赤らめながらもエリスの言葉を待った。


「あの……もしかしてトキワ様のお知り合いでは…………?」


別段隠すようなことでもないのでトキワはすぐ答える。


「ああ妹なんだ」


「今兄ちゃんの声がしたぞ!」


エリスの問いに答えたトキワの声に敏感に反応するカエデ。

カエデはじっとトキワの方を見たがガックリと肩を落として俯いた。


「あの……どうして妹さんはトキワ様に気が付かないのでしょうか?」


エリスは心底不思議そうに聞いてきた。声でトキワだと判断できるのにも関わらず先ほどからカエデはトキワの姿を見ても気付いていないのだから。いくら故郷から旅立って幾年か経ったといえども家族のことを

忘れるはずがないとエリスは考えたからだ。


その質問に対して、トキワは目を瞑り上を見上げた。夕暮れで見えなくなった目からは涙が一筋こぼれるのが見えた。


「妹は…………バカなんだ」


だがその涙は悲しみからではなく、笑いからくるものだったようでトキワは腹を抱えて笑っていた。


「絶対今の兄ちゃんの声だ!」


そして先ほどと同じことを繰り返すカエデ。

トキワは相変わらずバカワイイ妹を見れて笑っていたが、エリスは顔がひきつっていた。ちなみにメアリはまだケットシーの所にいる。


なんで声は聞こえるのにどこにもいないんだーとふてくされるカエデの肩をトントンとトキワは叩いた。トキワの方に振り向いたカエデの頭を撫でながら


「カエデ、俺が兄ちゃんのトキワだぞ」


と言った。

その様子を隣で見ていたエリスは思った。話し方、撫で方全てがまるでペットに対するそれだと。


「…………この撫で方と声、兄ちゃんなのか!?」


わーい、と言いながらトキワの胸に全身で抱きつくカエデ。いくらトキワでも流石に妹のおっぱいの感触にゲスな気持ちは抱かないようで、カエデを包み込むように抱き締めてやる。

カエデはトキワに比べてかなり小柄なので、すっぽりとトキワの体に埋まるようだった。ポニーテールはまるで喜びを表しているかのようにピョコピョコとどういうわけか動いている。


それを見ていたエリスは思った。まるで家に帰ってきた後でペットの犬が飼い主にじゃれついているようだと。ユグトレミア家で飼っていた犬と弟があんな感じだったなぁ……と。


それから一通りじゃれあった後でトキワは気づいた。


(しまった…………つい昔みたいにカエデと接してたけど、はたから見てたら相当気持ち悪い光景だぞこれ。エリスにシスコンとか思われるかもしれない)


「い、いやぁエリス。これは違うんだこれには誤解が……」


トキワが適当な言い訳をしていたが、先程からの延長で国を追放された時に弟に言われた言葉を思い出していたエリスは気が沈んでいてそれどころではなかった。




トキワやエリスも落ち着き、メアリもようやくケットシーたちの所から帰ってきたのでトキワたちはカエデを連れて宿に戻ることにした。

近くの宿なので着くまではすぐなのだが、その短い時間で完全にカエデはエリスとメアリと仲良くなっていた。カエデの子犬のような雰囲気がそうさせたのだろう。


「そういえばカエデ様はどうしてマーレーン王国に? トキワ様に会いに来られたのですか?」


エリスが微笑みながらカエデにそう問いかけた。

それはトキワも気になっていたことなので、耳を大きくさせてカエデの言葉を待つ。

トキワは四年程前に和の国から旅立ったのだがそれは実のところ祖父以外からは許可をきちんともらってのことだった。

トキワとしてはただ単に和の国が合わずに出ていきたかっただけなのだが、その頃のクニシロ領の情勢からしてトキワに国をたってもらうことはクニシロ家にとって都合が良いからだったことをトキワは知らない。


「う~ん……知らない」


その言葉にずっこけるトキワ。


「確か……ソウちゃんなら知ってると思うけど、ここに来るまでのどこかではぐれちゃったし…………」


ソウちゃん、カエデが言った人物の名前ももちろんトキワは知っていた。カエデの許嫁でいつもカエデの後ろをちょこちょことくっついている可愛らしい少年だった。ちなみに本名はトキワは覚えていない。


「はぐれたってお前……どこでだよ」


和の国はマーレーン王国とは別の大陸に属している。当然その距離はかけ離れている。旅の途中ではぐれたとなれば二度と会えない可能性だってある。


「う~んと……確か一乗だったかなぁ?」


「クニシロ領の町の一つじゃねぇか!?」


どうやらカエデはほぼ単身でマーレーン王国まで来たようである。

アホの娘なのによく来れたな、トキワはつくづく思った。


「あ、でもソウちゃんが兄ちゃんに見せろって手紙もたせてくれてたような気がするぞ」


「どうやらはぐれることをソウちゃんさんは想定していたようですね」


エリスの言葉に無言で頷くトキワ。

ソウちゃんやり手だなぁと感心した一方でそれと同時に不安になった。まさかこのタイミングで故郷に戻れとか言わないよな、と感じたからだ。

トキワとしても結婚する前とかには挨拶と顔見せのために和の国に行こうとは考えていたが、エリスの護衛をしたいる今は勘弁してほしいものだった。


「しっかし久しぶりに兄ちゃんに会ったら全然変わってなくてビックリしたぞ」


「いや、お前俺のこと全然気付いてなかったじゃん」


カエデに突っ込むトキワ。

だがそれに首を横に振るカエデ。


「そういう意味じゃないぞ。姿形は変わったけど、最後に会った時からちっとも強くなっても弱くなってもないって言ったんだぞ」


カエデの突き刺すような視線に、トキワは目を見開いて驚いた。





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