マリアVSアナスタシア
王都にあるということで立地は良いが、見た目はごく普通の一軒家があった。
その一軒家には、知っていなければ絶対にわからない地下室がある。高価な魔道具や甲冑や骨董品や蔵書などが保管されているため、劣化を防ぐために品質保持の魔法がかけられている。
その地下室の暗い部屋の中に一人の少女がいた。
顔は丸顔で可愛らしい顔立ちをしていて、髪型はくすんだ金髪をツインテールにしている。
庇護欲をそそられるタイプだ。
だが少女はその愛らしい顔を歪めていた。器用にも、顔の左半分と右半分とで表情も違う。
「だから~どうしてこの国から出るかもしれないのよ」
「じゃから殺されるかもしれんと言うたじゃろが!」
少女ははたからみれば一人で話しているように見える。
だがその実態は違う。少女には確かに一つの体に二つの精神が宿っていたのだ。
「なんで主人公の私が殺されるかもしれないのよ!?」
「いつもいつもサクラが言う主人公ってなんのことなんじゃ?」
「サクラって言わないでよ。今の私はキミコイの主人公のマリアなんだから!」
「マリアはわしの名前じゃ! サクラがわしの体の中に後から入ってきたんじゃろうが。勝手にわしの体を使ってクソガキどもとイチャコラしよって!」
少女は、アルサケス王国の第二王子をはじめとした権力者の子供たちを軒並み落としていき、エリスを国外追放においやった平民の娘マリアだった。
実際のとこらそのような行動を取っていた中身はマリアではないのだが……。
もう三年前のことである。ある日マリアの心の中にまた別の人格が突然生まれた。
その人格は自らをサクラと名乗り、精神だけで異世界やって来たというとんでもないことを言い出した。マリアとしても到底信じられない出来事だったが、実際起きたことなのでどうも言えなかった。
それからは幾度も喧嘩をしたりして……まぁなんとなく共存するという今の形に落ち着いていた。
「あら~。面白いこと話してるわねぇ……私も交ぜてもらえるかしら」
背後から聞こえた声にマリアは凍りついた。
聞き覚えのある優美な声、そして一番聞きたくない声であるとともに今聞こえるはずのない声だったからである。
家の至るところには外敵の存在を知らせてくれる魔道具が取り付けてあるし、今マリアがいる地下室は秘密のドアをくぐらなければ入れない場所なのだ。
気付かれずにここまで侵入してこれるはずがない。
いつもはしないのだが、サクラから無理矢理完全に体の支配権を取り戻す。
サクラがギャーギャーと心の中の部屋で文句を言っているのが聞こえるが、それを無視して恐る恐るマリアは振り向く。
「はろ~」
そこにはアナスタシアと黒装束の男と女、そしてまるで蛇を思わせるねばちっこい目付きをした男がいた。
それを見てマリアの目はこれでもかというほど見開かれた。
アナスタシアがいることはわかっていたのだが、これほどの人数が気づかれることなくここまで来たということに信じられなかったのである。
「どうやってここまで入ってきたのじゃ? そんな柔な警備はしてなかったつもりじゃが……」
「あら、その話し方どこかで聞いたことがあるわ~」
マリアの言葉遣いに笑みを貼り付けるアナスタシア。
マリアは舌打ちし、ポケットから一本の小さな木の棒を取り出した。すると途端に棒はマリアの背丈ほどある杖に変わった。
「……仕方ないのじゃ。今ここで殺す」
「それは出来やせんぜ、お嬢ちゃん」
「んなっ!?」
マリアの持つ杖が後ろから何者かに取られた。
横目で後ろを向くとそこには蛇のような目付きの男がいた。
「なぜじゃ、さっきまでお主は……」
マリアは先程、男をアナスタシアの側で見たばかりだった。このそれほど大きくない室内でいつの間に背後にまわったのだろうか。
マリアの頭には《瞬間移動》という言葉が浮かんだが、即座にそれを否定する。このアミューズで《瞬間移動》が使えるのはたった一人しかいないからである。
「グブッ」
「ありゃ? すいませんねアナスタシア様、間違えて殺っちまいましたわ」
マリアの左胸からはナイフが生えていた。傷口からと、口からおびただしいほどの血が出ていて見るからに致命傷だった。
「あらあら。トリアクは仕方ない子ですね」
マリアは大量の血を口から吐いた。床に広がる血と室内に充満する鉄臭い血臭。
トリアクと呼ばれた蛇のような目付きの男はそれを見てさぞかし愉快そうに笑っていた。女性専門のシリアルキラーであるトリアクにとって少女が死にかけている様を見ることよりも楽しいことはないからだ。
「マリアちゃん……だったかしら? さっきあなたが聞きたそうにしていたから最期に教えておいてあげる。私たちがここまで来れたのね、トリアクのおかげなの。トリアクは『進化』した内の一人でね、《気配完全遮断》っていうどんな手を使おうとも絶対に誰にも存在を悟られないっていう能力を持ってるの。すごいでしょ。これ他の人にもかけられるのよ、私と『黒面』もかけてもらっ…………死んじゃったみたいね」
マリアは死んだ。胸をナイフに突き立てられて死んだ。
……死んだはずだった。
マリアの背後にいるトリアク、のさらに後ろにあった全身鎧がひとりでに動き出した。
鎧はトリアクの頭を強い力で掴む。
突然の出来事に今度はトリアクが目を白黒させる。
畳み掛けるように血塗れのマリアが立ち上がった。
血に濡れたマリアは髪のせいで表情が見えない。だがさっきまでとは明らかに違うことが身に纏う雰囲気だけでわかる。
「…………この主人公様に対してあんま調子こいたマネしてんじゃないわよぉ! 鎧殺せ」
その声と同時に鎧はトリアクの首の骨を折った。耳を塞ぎたくなるような不快な音が狭い室内に木霊する。
そしてプランと力なくトリアクの頭がたれる。
鎧が手を放すとそのまま地面に転がった。
「……あら、私の見間違いかしら。あなたさっき完全に死んでたわよね?」
「はぁ……答えると思ってんのオバサン? 主人公様に手を出しといてタダで済むと思うなよ!」
万人の目を引く愛らしい顔を、凶悪そうに歪めて怒鳴る。
だがその中身は既にマリアではなかった。
普段は猫を被りのブリッ子であるが、一皮剥ければ好戦的なサクラだった。
マリアという人格を鎧に憑依させてサクラが今は体を操っているのだ。
怒り肩で突進して行こうとするマリアを鎧が肩に手を置いて止めた。
「はぁ!? 止めんじゃないわよ鎧。このくそアマぶっ潰してやる」
鎧は身ぶり手振りで何かを必死にマリアに伝えた。
「わかったわよ……逃げればいいんでしょ。逃げれば」
コクコクと頷く鎧。
「逃がすと思ってるのかしら?」
アナスタシアの言葉に嘲りの表情を浮かべるマリア。
「あんた私たちが逃げられないとでも思ってるわけ……?
あんまなめてもらっちゃあ困るわよ」




