エピローグ
投稿直前で編集内容がちと消えてしまい、遅れました。
申し訳ないです
『魔狂い』のリッキーが魔物と共にカタリベを襲撃した夜から既に三日が経っていた。
あの後リッキーの身柄はアルカディオたちが預かることになった。
トキワはアルカディオにリッキーについてのことを聞いたのだが、アルカディオは「誤って殺してしまったよ」といつもと変わらぬ満面の笑みで答えたため、トキワはビビってリッキーのことを忘れることにしていた。
あれだけの激しい戦いがあっても、過ぎてしまえば過去の出来事にすぎない。
またカタリベでトキワの一日は始まろうとしていた。
いつも通りの早い時間に起きて、服を着替える。
朝が早いのはアミューズにはテレビやパソコンがなく、夜更かしをしないからだろう。
「おはようございます! トキワ様」
「おはようございますトキワ様」
「おはよう」
リビングの扉を開けると三人の声が返ってきた。
トキワよりもさらに早くに起きていたようだ。
最初のは、いつも通りの美しい顔立ちのエリスだ。今日も縦ロールが一段と冴えている。
以前、その縦ロールは毎日手入れしているのか? とトキワはエリスに聞いたことがあった。するとエリスは天然の縦ロールだと答えた。
どうやら朝起きたら何をするわけでもないのに、髪がロールになっているらしい。
トキワはその話を聞いて、人の体は不思議だなぁとだけ感じた。恋に盲目なトキワにとって突っ込みどころはなかったのである。
二番目はメアリだ。メアリもいつも通り人形のように美しい。
相変わらず無表情なのは変わらないが、またそれも彼女の魅力なのだろう。
普段、無表情であるからこそたまに表情を変えたときにより一層美しく見えるのだ。
三番目は宿に泊まるお金がないためトキワの家で泊まっている、マーレーン王国の国王アルカディオが直属の部下『七星』の一人ミーシャである。
銀髪の腰まである髪を後ろでくくっている。トキワが好きなポニーテールの形である。だがトキワはミーシャを異性としてあまり魅力的だとは思わなかった。
なぜならミーシャにおっぱいが全くないからだ。
トキワにとっての女性とはおっぱいを指すのである。
女性に知られれば間違えなく嫌われるであろう。
「あれ? 王様は?」
リビングにいる面子を見渡してトキワからそんな言葉が出た。
実は国王であるアルカディオも自分とミーシャのお金を全て色町で使ってしまったため、トキワの家に泊まっていたのだ。
「あのアホなら朝からこの前色町で仲良くなった女の子の家に行ったわよ」
不機嫌そうな顔を隠さずに机に肘をついて言うミーシャ。
彼女は別にアルカディオに好意を抱いているとか言うわけではなく、一国の王が風俗通いをしているということが気に入らないのだ。
「ああ~なるほど」
トキワには、アルカディオが言う仲良くなった女の子について心当たりがあった。トキワとアルカディオが初めて出会った時、トキワとゴルドが再会した時にいた女のことだろうと。
「どうやらトキワ様もご存知の方のようですね。……どのような関係かはわかりませんが」
トキワの呟きに反応したメアリの一言でリビングの空気は冷えた。
トキワは汗が止まらなかった。
(その言い方だとまるで俺がその子で遊んだことがあるみたいじゃないか!?)
「いや、その、ちが……」
「わかっていますわトキワ様。今のはメアリの冗談ですわ」
言い訳をしようとしたトキワに笑顔を向けるエリス。
その美しさにトキワの胸が高鳴る。それと同時に胸がチクリと痛んだ。
メアリもアルカディオもカタリベ来てしまったのだ。それはすなわち護衛任務も終わりということだ。エリスたちはアルカディオとミーシャと共にマーレーン王国の王都へと向かう。
別れの時は近い。
(皆とせっかく仲良くなったのにな……)
メアリも最近表情を動かすことなく時折冗談を口にするようになったし、エリスもトキワの前で笑顔を以前よりも見せるようになった。
今いないファーニーは初めから仲良かったのだが。
トキワはまだ別れてもいないのに、その事を想像すると胸にポッカリと穴が空いたような寂しさを感じた。一人で暮らしていたとき、つまり以前のように戻るだけなのだがエリスとファーニーとメアリの四人で暮らしていくうちにトキワは人との繋がりを改めて大切に感じていた。
だからより一層辛い。
(それに……ファーニーは出てこないし)
せめてお別れの挨拶くらいはしたいのだが、腹ペコ妖精のファーニーは《魔物避け》を使った影響で未だにエリスのネックレスから出てきていなかった。
エリスによるとまだしばらくはかかるそうだ。
それでもトキワは笑顔で送り出してやろうと考えていた。
別れは悲しいが、きっとまた再会できるとトキワは信じている。
そしてまた出会えた時に必要としてくれるならばエリスの力になってやろうと、そう考えていた。
楽しい日々はもう終わろうとしていた。
あれから数日後の朝のことだ。アルカディオが女の家から突然帰ってきて、もう明日には王都に帰ると言い出したのだ。
当然、皆慌てた。エリスもメアリもミーシャも旅支度をまだ済ませていなかったのだ。
トキワとしては別れの前の日はゆっくりとしたかったのだが、理想とは対極の慌ただしい一日になってしまった。
そしてなんとか皆の旅支度を終わらせた夜。トキワは普段滅多に飲まないお酒を取り出して、窓から月を見ながら一人さびしく飲んでいた。
「トキワ様」
トキワの背にかかる声があった。
時刻は既に真夜中のため、もう誰も起きていないと思っていたトキワは驚く。そして声をかけてきた人物を見て、トキワはさらに驚いた。
「エリス……?」
エリスはトキワのすぐ隣に座った。
「少し頂けますか?」
「いいけど……お酒飲めるのか?」
「たしなむ程度ですが」
トキワはコップに少し、お酒を入れてエリスに差し出した。
それをエリスはちびちびと飲んでいく。
トキワと同じであまりお酒には強くないのだろう。その顔は赤くなっていた。
「トキワ様……。私トキワ様に対して本当に感謝してますわ」
「……その言葉だけで充分だよ」
それ以上の言葉は交わさなかった。
やがて二人のコップからお酒がなくなると、お互いどちらからともなく部屋に戻ることにした。
トキワは部屋で一人少し涙を流し、それをお酒のせいにした。
「それじゃあ行こうか」
別れの日は雲一つない晴天だった。
雨のようなじめったいものではなくてよかったとトキワは思った。
アルカディオはカタリベに来るときに使った馬車で帰るつもりらしい。
かなり広い馬車の中に次々と荷物を放り込んでいく。
そしてトキワ以外の皆が乗り込んだ。
「……あのさ、皆今まであり「トキワくん何してんの?」」
トキワは別れの言葉を口にしようとしたが、アルカディオに遮られてしまう。
「トキワ様? お乗りにならないのですか?」
「どうかなされましたか、トキワ様」
「早くしなさいよ、もうお家帰りたいのよ」
次々とエリスたちから言葉が飛んでくる。
トキワはバカみたいにポカンと口を開けていた。
「まさかトキワくん、ちゃんと依頼書読んでないんじゃないの?」
アルカディオの言葉にトキワは噛みついた。
「依頼って……王様がカタリベに来るまで護衛なんじゃ……」
「違うよ、ほら」
アルカディオはポケットからくしゃくしゃの紙を取り出した。
トキワはそれを受け取り広げてみる。
ギルドマスターの汚い字でこう書かれていた。
エリスフィア・ユグドレミアの護衛
「ほら、トキワくんに出した依頼はエリス嬢の護衛だよ。期限はこっちで決める系のやつ。だからトキワくんの家は解約しといたんだけど、荷物も持ってきてるし」
「えっ!?」
「ファーニーちゃん、ふっかーつ! トキワ、行くわよ!」
トキワは驚き、エリスのネックレスからはファーニーが元気よく出てきた。
人の人生にはたくさんの出会いと別れがあるという。
エリスと結婚でもしないかぎり、いつかは別れてしまうだろう。
(だけど、お別れはまだ早いみたいだな……)
だが、トキワたちにとっては今日はその日ではなかったのだ。
続く。




