表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
20/58

悪夢の夜 7 last

トキワの左腕がリッキーの胸に突き刺さり、リッキーの拳がトキワの鼻っ面に叩きつけられた。

トキワは鼻から血を、リッキーは口から血を出しながらお互いに後ろ下がる。

互いに譲らない圧倒的速度の中での死闘。

これで三度目になるやり取りだ。


後退したトキワが手で鼻血をぬぐう。

そんな時、突然トキワに意識が戻った。

驚くべきことに、今までトキワは意識を失った状態でリッキーと戦っていたのだ。


「ん……? あれ?」


自分の姿を見渡し「ああ、そうか」と一人で納得するトキワ。

『覚醒』した直後は意識を失っていることが多く、そのまま無意識で戦うということをトキワはよく知っていた。


これで三度目の『覚醒』だからである。


歴史上の誰よりも多い『覚醒』回数、もし歴史家が聞いたら卒倒するような事実なのだが、条件さえ揃っていれば自分の意思で『覚醒』できるトキワにとっては大したことではない。

対大魔法以下完全障壁アンチマジックシールド』と同じようにトキワが世界を渡ったときに手に入れたもう一つの特別な能力、『強制覚醒』。

名の通り、一体一の戦いで自分が瀕死になったときに無理矢理『覚醒』させることができるというトキワの最終手段の能力である。


トキワ自身かなり気に入っているのだが、痛い思いをしたくないので出来るだけ『強制覚醒』は使わないでおきたかったし、正直なところリッキー相手には『対大魔法以下完全障壁アンチマジックシールド』だけで十分勝てると考えていた。

だが想定以上にリッキーは強かった。

魔法はもちろんのこと、エリスの対を為す《魔物集め》の術に、体術に頭脳。どれをとってもトキワの想定の上を行っていた。



(しかし、毎回姿変わるのかなこれ……? まぁ毎回カッコいいからいいけどな!)


自分の変わった姿を見て悦に浸るトキワ。

中二病が未だに抜けないトキワにとっては『覚醒』したときの自分の姿が大好きだった。エリスのことが好きなのと同じくらいだ。


トキワは超高速化された思考の中で今までの二回の『覚醒』のことを思い返していた。

一度目はまだ幼い頃のことだった。

和の国にいたトキワは日々日本と似ているようで肝心な所が苛立つ程に微妙に違う文化の差に憎しみに近い感情を抱いていた。

そんな荒んでいたトキワに声をかけてきたのが、トキワの実の祖父だった。祖父はクニシロ家の当主であり、その頃はトキワの父に自らの地位を譲り隠居するため政務のほとんどをトキワの父に任せていた。

それまで祖父は忙しく、トキワと話す暇もなかったのだがこうして暇な時間ができたことで積極的に話しかけるようになっていった。

トキワ自身も前世からおじいちゃん、おばあちゃんが大好きだったのでそれに甘えた。

すると祖父もますますトキワがかわいくて仕方がなくなった。


トキワが初孫というわけではない。トキワはクニシロ本家の次男であるので、初孫はトキワの兄なのだが病気がちでいつも部屋で寝ているため祖父はあまり話す機会が見つけられなかった。


祖父としては孫は皆かわいくて仕方がないのだが、トキワしかこうして一緒に話せる孫は居ない。

祖父の愛はトキワに集中したのだ。


ある時祖父がトキワに言い出した。

「クニシロ家たる者、武人として体を鍛えねばならない」

これは誰かに殺されないようにという祖父の愛だった。

トキワは了承した。まだ年齢も六歳だし軽いチャンバラ遊びでもするのだろうと思ってからだ。

だが違った。祖父の愛はトキワにスパルタという形で降り注ぎ、ついにトキワは瀕死になった。

そこで初めて『覚醒』した。


その時は髪は地面につくくらいまで伸びたが、色は黒のままで体中にタトゥーのような紋章が現れた。


二度目も和の国でだった。

家で決められた婚約者。

トキワ自身も嫌だったし、婚約者本人も嫌がった。

これだけでトキワのストレスは半端ないことになったのだが、なお悪いことに婚約者の兄がシスコンであり、トキワに決闘を突然挑んできたのだ。

婚約者の兄強く、トキワは半殺しにされた。

そして二度目の『覚醒』。


この時は髪は伸びなかったが色は白になり、瞳は青く白目の所が紅く染まった。



トキワは思い返してみて、毎回『覚醒』の姿が全く違うことと改めて二度と和の国には帰りたくないと思った。


「ぬっ!?」


色々と考えていたトキワにリッキーが襲いかかった。

トキワの動き出しが遅く、リッキーの拳はトキワの頬に当たっていたがトキワは首を捻ることで衝撃を逃がし、返す刀でリッキーを殴り付けた。

一度ではない。右手だけで何度も何度も。リッキーの視界を狭めようと執拗に目を狙った。

トキワの思惑に気付いたリッキーだが、さっきまでよりも早いトキワのスピードに体が思うようについていけていない。


「さっきまでのお返しだ」


そしてトキワはリッキーの顎を渾身の力で蹴りあげた。

口の中を切り、血を噴水のように吹き出すリッキー。それでも倒れることはなく後ろに下がる。

その耐久力にトキワは驚く。


後退したリッキーの片方の目蓋が腫れ上がっていた。執拗にトキワが軽く殴り付けたためにである。

残りの片方の瞳には怯えと驚きがあった。

意識を失っていた時に比べて、意識を取り戻した今の方が段違いにトキワは強くなっていたからだ。


「次は俺から行くぞ」


今度はトキワが動き出す。

一瞬で距離を詰めたトキワは大振りのテレフォンパンチを放つ。

リッキーはカウンターを放とうとするが、予想以上の腕の振りの早さに背筋が凍る。そしてリッキーはカウンターを合わせるタイミングを逸してしまい。咄嗟に両腕をクロスさせ十字(クロスアーム)ガードの形をとる。


「があっ!?」


だが、トキワの拳の重さにリッキーの両腕が悲鳴をあげた。

辛うじて折れてはいないが両腕があまりの衝撃に上に上がってしまい、ガードを完全に崩されてしまう。

がら空きになったリッキーの顔面をトキワが狙う。

リッキーは歯を食い縛る。最早避けることは出来ない距離である。それならば確実に耐えてみせるという気概の表れだった。


トキワはそのリッキーの顔を見て、無償に腹が立った。

いきなり魔物連れてカタリベにやって来て、そしてトキワを一度殺した相手。


(散々やって来れやがって…………マジて死んだんだぞ)


トキワは左足に力を入れた。鍛えられた足は大地を踏みしめ、地面に根を張る。肩が抜けてしまうのではないかというほどに左腕を後ろにやり、そのまま腰をねじる。

即座に前傾姿勢を取り、後ろにあった重心を前にやる。それと同時に右足を前に出し爪先に力を入れる。


(耐えれんのかよ……これが)


ーー打突


左手の拳に体重全てを乗せる。スピードと何よりもパワーが乗る。


そしてその拳はリッキーの顔面に突き刺さった。グニャリと顔の形が歪みトキワの拳がリッキーの顔にめり込んでいく。

メキメキと頭蓋骨が軋む音が聞こえる。

そしてまるでダンプカーが人にぶつかったとような激しい衝突音が鳴り、リッキーは吹き飛ばされていく。

何回も地面を転がり、ようやく止まる。

もうリッキーが立ち上がることもなかった。



倒れたリッキーの前で立ち尽くすトキワ。その姿はいつの間にやら『覚醒』がとけて、いつも通りの姿になっていた。

まぁ破けた服は元通りにはならなかったが。


「トキワ様~」


エリスの声が聞こえる。

どうやらリッキーが完全に沈黙したことで、メアリが安全だと判断して許可したのだろう。

二人してトキワの方にやって来た。


そしてエリスはトキワの胸に飛び込んだ。


「ご無事で本当によかったでず……グス」


若干涙声だ。

エリスが自分のために泣いていてくれたということがトキワを嬉しい気持ちにさせてくれる。


何より


(や、柔らかい!?)


トキワはぶれない。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ