悪夢の夜 5
とても短いです。そのうち書き直すかもしれません。
あと明日の九時に間違えて予約投稿にしていました。そのため二十分程遅れました、申し訳ありません。
戦闘が消耗戦になり、焦ったのはやはりリッキーだった。
魔物たちを簡単にアルカディオとミーシャに討ち滅ぼされたこととトキワに魔法が効かないことが大きい。
数歩後退してリッキーは息を大きく吸った。
そしてその最中に今回のミッションを簡単だとたかをくくり、魔力の無駄遣いをしたことを悔いた。
肺に蓄えた空気を外に吐く。
トキワを睨み付けながらリッキーは自身の服をはだけさせ、左胸を晒した。
トキワがそれに気づいた時には遅かった。
トキワ自身もリッキーのことを優秀だが浅慮で自意識過剰な魔法使いだとなめていた。
リッキーは優秀な魔法使い程度ではない。
とんでもなく優秀な魔法使いなのだ。
晒した左胸に描かれていたのは魔方陣。
自分自身を魔道具に見立てて組まれた術式。それはトキワではさっぱりわからないものだった。
「貴様、さっき俺の身体強化をかけた肘受けで足にダメージを食らっていたよな……。それでようやく理解した。お前は俺の魔法は消せるが、どこかに付与された魔法を消すことはできない」
トキワの顔に動揺はない。いずれバレると思っていたことだからだ。
だがそのトキワのポーカーフェイスを見てリッキーは自分の答えが正解していたことに気付き笑う。
(なんかやろうとしてやがる!)
トキワはリッキーが何かしようとする前に倒してしまおうと動く。
魔物の残党をかたしていたアルカディオとミーシャもだ。
「遅えよ、バーカ」
だが届かない。
リッキーの左胸からは膨大な魔力が吹き出てくる。
仕込み魔法や遅延魔法と呼ばれるものだ。トキワの爆裂グローブとも同じ類いのものだが格が違う。
(大魔法の魔力量じゃない……まさか極大魔法か……!?)
『対大魔法以下完全障壁』では防ぐことができない攻撃ならば不味いとトキワは額から嫌な汗を流す。
魔力の放出が終わり、そこにリッキーは立っていた。
上半身が裸になっており、そこからリッキーの血管が異常に浮き出ているのがわかる。
魔方陣がある左胸、おそらく心臓から絶えず全身に魔力と血液が圧倒的なスピードでリッキーの体を循環している。
極大魔法『究極身体強化』。その名の通りに人間の身体能力を爆発的に高める魔法だ。
リッキーは首を鳴らしながら、悠然とトキワの方に向け一歩一歩踏みしめるように歩いてくる。
同じように一歩一歩後退していくトキワ。
「ゲッぽっ!?」
次の瞬間、トキワはリッキーに顔面を殴り飛ばされていた。
血が飛び散る。
ゴロゴロと地面を転がるが、途中で止まって起き上がる。
その顔は鼻が潰れていた。潰れて鼻から血がボタボタと垂れている。
トキワはその傷を敢えて気にせず、次に備えた。辛うじてリッキーが向かって左側に来たのが見えた。
そのままトキワは右に自分から飛んだ。なんとか衝撃を逃がそうとしたのだが、意味はまるでなかった。
腹を蹴り飛ばされる。メキメキと不快な音を立てる。
転がり、何とか立ち上がったトキワの口からは血が出ていた。あばら骨が内蔵に突き刺さり、尋常ではない痛みが脳内を支配する。
アルカディオとミーシャがこちらに来ようとするが、それをトキワは手を前につき出すことで拒絶した。
何があっても止めるな
そういう思いを込めていた。
トキワの耳にエリスの声が聞こえる。だが詳細はわからない。
それほどまでにトキワの体はボロボロだった。立っているのもやっとだ。
たった二撃、されど極大魔法によって強化された二撃だ。
そして今度は避けようとすることさえできぬままに真正面から蹴り飛ばされていた。さらに臓器が潰れる。
息も絶え絶えという、死に体のトキワ。
それを見て泣き叫ぶエリス。
だがトキワはそんな死の瀬戸際でもなお笑っていた。
まるでこの状況さえ予定通りだとでも言うように。
その顔がリッキーは気に入らなかった。すぐに死ぬとわかっていてもどうしても自分の手で仕止めなければ気がすまない。
リッキーはトキワの顔を踏み潰した。
聞こえてはいけない音が響き、エリスの泣き声もそれに比例して大きくなる。
それでもトキワは生きていた。
風前の灯火であるのは確かだが、それでもその顔は笑っていた。
時にアミューズでは『覚醒』という現象の存在が確認されている。
起こる条件は限りなく難しいが、その見返りは大きい。一時的に『覚醒』した人間を何倍もの強さに引き上げる。
歴史上でも確認されているので百人以下。二回以上起こったのは二人。
だがもし無理矢理『覚醒』現象を引き起こすような人間がいるならば…………。