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悪夢の夜 4

トキワ クニシロは二十一世紀の日本から転生した転生者である。

それほど頭の方は良くないという欠点はあるものの、自分という芯を持っている人間であり前世でも今世でも周囲からは一目置かれていた。

そのトキワの性質は世界を越えて新たな両親と新たな環境の中で育てられても一切歪むことはなかった。

それが本当に良かったことなのかどうかはわからない。


なぜならばトキワにはあるくだらない欲望があったからだ。

地球では決して見せなかった欲望。それはトキワ自身がいけないものだと自覚しつつ、さらにそれをぶつけるに足る人間と出会う機会がなかったことで日本ではさらけ出すことがなかった。


だがアミューズでは違う。

ゴルドという男然り、そして今トキワの目の前に立つ『魔狂い』のリッキー然り。

ここには其処ら中にいる。

腐ったような人間がたくさん。






「だから効かねぇっつってんだろ!」


トキワはリッキーから放たれる幾重の魔法を、爆裂の魔方陣を刻んだ手袋を着けたままの手で振り払うだけで消していく。

その様子をリッキーは信じられないものを見るような目で見ていた。それは今さっき放った魔法が対魔法障壁用の魔法だったからである。



リッキーはトキワが魔法を消した時それは高位魔法障壁であると推測を立てた。確かに初めは信じられなかった。

リッキーはアミューズでも十本の指に数えられるほどの魔法使いである。そのリッキーの強力な魔法を消せる者などこの世界には数える程しかいない。リッキーの目から見ても明らかにトキワはその器ではなかったのだ。そんなトキワが平気で魔法を消しているとなると目を疑いたくなるのも当然だ。

だからリッキーはトキワが対魔法用の障壁を展開する高位アイテムを持っているのではないかとあたりをつけた。

リッキーの経験上、そういう魔導を汚す愚かな道具を使う者たちの相手をしたことがある。そしてその経験を活かしてリッキーは対魔法障壁用の貫通魔法というオリジナル魔法を作り上げていた。




……それなのにトキワには通用しない。

リッキーの頭は完全に混乱していた。そしてそれ以上に怒りが大きかった。血が沸騰しそうになる。自らの魔法を汚したトキワを殺せと脳内で声が連呼する。

大きな声で獣のように叫ぶ。


「魔物ども、何してやがる! さっさとエリスフィアを殺せ、マーレーン国王を殺せ、『七星』を殺せ、町ぶっ潰せよぉ!」


リッキーの声に呼応して動き出す魔物たち。

もちろんリッキーは魔物たちにトキワを襲わせるようなマネはしない。

それをトキワもわかっている。

戦場で二人は互いだけを見ていた。


「『魔狂い』っていう名前が泣いてるな……。こんなチンケな魔法じゃよ」


トキワはリッキーへの挑発を止めない。

初めはリッキーから冷静さを奪うためにしたことだった。だが今は違う。トキワは悦んでいる。

リッキーが怒りで顔を赤くするのを見て、悪口を言うことを楽しんでいた。

これがトキワのちっぽけな欲望ーー嗜虐欲求である。正しく言い換えるなら悪口言いたい欲求とも言えるだろう。

トキワは前世で、嫌いな人はいても憎しみを持つ敵がいたことはなかった。

だからトキワは悪口なんて言わなかった。

いくら嫌いでも傷つけたくなかったから。体よりも治りが遅いという心を。

そして罪悪感で苦しみたくなかったから。


だがアミューズでは明確な憎むべき敵がいる。罪も無い人をイタズラに苦しめ殺害する、悪い奴。

そんな輩に何を言おうとトキワの心は痛まない。

ここで肝心なのはトキワ別に殺したいわけではないということだ。ただ単に悪口が言いたいだけ。

人一倍他人の悪口が言いたかったのに人一倍トキワは優しすぎたのだ。


「このクソうんこバカが。お前の魔法なんて効くか、バカ!」


そしてそこまでして言いたかったトキワの悪口はまるで子供のようにレベルが低かった。


「調子に乗りやがって……この僕を、ナメるなぁ!」


激昂したリッキーは風魔法エアブラストを放つ。

エアブラストは魔法の中でも三番目に格が高い大魔法であり、その威力は計り知れない程の被害を生む。

現にエアブラストに巻き込まれた魔物がズタズタに切り裂かれている。

トキワはアルカディオが巻き込まれないように早めにその魔法を消してしまった。


「効かないぜ。お前の人生の結晶はよ……俺のたった一撃にも満たないクソみたいなモノなのよ! このクソやろー、バカやろー!」


対大魔法以下完全障壁アンチマジックシールド』は魔法ではないし、アイテムでもない。そしてスキルでもない。

トキワが世界を移動した際に手に入れた体質、特性なのである。

その効果は文字通り、大魔法以下の魔法を完全にシャットアウトさせてしまうということである。

欠点は大魔法よりも上の格の魔法はダメージ軽減しかできないということだったが、そもそもどんなに魔力の容量が多かろうが半分以上を必ず消費する極大魔法や崩星魔法は使える人間はほとんどいない。

もしリッキーが使えたとしても、それは大量の魔力を消費した今ではなく、万全の状態の時の話であろう。




リッキーの懐に入り込んだトキワは剣をリッキーの顔目掛けて叩きつける。


「なっ!?」


だが剣は弾かれ、そのまま砕けてしまう。


(物理攻撃を防ぐ魔法かっ!?)


「この距離ならどうだ?」


近距離で発動したリッキーの魔法はしかし、トキワの『対大魔法以下完全障壁アンチマジックシールド』によって無効化される。


トキワはそのまま壊れた剣をリッキーに放り投げ視界を一部塞いで、死角からお腹に蹴りを放つ。

だがその蹴り足の脛部分をリッキーは肘で受け止めた。地球にも存在する肘受けという技である。

激痛に涙目になりながらも次いでトキワは風魔法のショットをリッキーに放つがこれも無効化されてしまう。

どうやらリッキーは物理と魔法の障壁を貼っているようだ。

それを理解してトキワは後退した。リッキーも追うことはなかった。


(互いの攻撃が通用しない……)


まさに今の状況は千日手だった。トキワにリッキーの魔法は決して効かない、だがトキワの攻撃もリッキーには効かない。

トキワにとって想定外だったのはリッキーは魔法だけの人間でなかったことである。ついさっきの攻防だけで、リッキーが体術にも長けた人間であることはよくわかった。そしてそれを身体強化魔法でさらに高めていることも。

もちろん長期的な戦いを想定すれば、いつか魔力が底をつくリッキーが勝つことはないだろう。

だがそれではいけないのだ。今魔物たちとの戦いは全てアルカディオとミーシャに任せている。このままではトキワの方の戦いが勝利で終わったころには、アルカディオの方が既に敗北している可能性が高い。


(だけどどうする? 時間かける以外に勝てる方法がわからん)


悩むトキワ。


背後から聞こえたのは轟く雷の音だった。

思わずトキワは「びょっ!?」と変な声が出てしまう。

後ろを振り返ると笑顔でこちらに手を振るアルカディオと大半が戦闘不能になった魔物たち。


サムズアップしたアルカディオはこう伝えているようだった。

いくらでも時間かけても大丈夫だよ、と。




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