一章八
蒼鴛と二人で王宮に入るとその広さに芳子は圧倒された。石造りの建物が街中の物よりも大きく立派にたたずんでいる。
しかも、主殿や塔などが幾つもの渡り廊下や渡り橋で結んであり、二階建てとなっていた。
蒼鴛はそれらを説明しながら、芳子を中へと導く。だが、複雑過ぎて彼女にはさっぱりだったが。
通常であれば、案内役の衛兵がいるが楊将軍こと蒼鴛の存在があったので付けられなかった。
「…ヨシコ様。実は陛下からこう命じられていまして。王宮に着き次第、謁見の間にお連れせよと」
「私をですか?」
短く問いかけると蒼鴛は頷いた。不思議に思いながら、芳子は蒼鴛に付いていく。しばらく、歩いていると王宮の中に入ったらしい。中には鳥を模した彫刻が彫り込まれて朱塗りにされた柱が幾本も立ち、組まれた木組みも朱塗りにされていて中華風の雰囲気を感じさせる。
歩いてしばらくすると大きな木の扉がそびえており、蒼鴛がそれをゆっくりと押し開いた。
「ヨシコ様。ここからは王の居住区域になります。後宮はこの廊下より、もっと奥になります。王の謁見の間はこの扉を二つ越えた先にありますね」
「そうなんですか。ご丁寧にありがとうございます」
お礼を言うと蒼鴛はにこやかに笑いながら、気にしなくていいですよと言ってくる。そして、行きましょうと促してきた。
芳子は頷いて後に続いた。
また、二つ扉を潜り抜けて広い部屋に出た。ニ、三段の階段の向こう側に玉座と思われる豪華な椅子がある。その両側には眼光鋭い見張り役の近衛兵が控えていたり、文官らしき人物もいた。
皆、将軍の蒼鴛が入ってくると一様に礼をする。その様子に芳子は驚きのあまり、ほうけてしまう。
蒼鴛が王の従兄弟でなおかつ、側近であるという事を思い出したのであった。
(さすがというべきかな。王様の次に偉い人なのかもとは何となく思ったけど)
そう思っていたら、蒼鴛は近づいてきてこう言った。
「…ヨシコ様。この後、王が来られます。とりあえず、絨毯が敷いてあるでしょう。そちらでお待ちください」
「…わかりました」
芳子は頷いて赤い絨毯が敷いてある所にまで歩み寄った。その上で立って待とうとしたら、蒼鴛から跪き、頭を下げるように言われた。
王の御前ではこの国特有の躍拝という礼をするのだと小声で説明をされる。やり方は片手を握りもう片方の手で包むようにして跪き、頭を下げるというものだった。見よう見まねでやり、じっと待っていると辺りはしんと静まり返る。
しばらくして、王が謁見の間に入室した事を知らせる侍従の声が響き渡った。
ゆったりとした動きで歩いてくる王の気配を感じながら、芳子は固唾を飲んだ。そして、低い威厳のある声が彼女に呼びかけた。
「…頭を上げよ。遠き異界から、よく来られた。我が対よ。いや、朱凰」
王の感慨深げな声に芳子はまた驚きながらもゆっくりと下げていた頭を上げた。玉座には目も覚めるような美男子が座していた。
「…お初にお目にかかります。あの、お忙しい中、このようにお時間を作っていただきありがとうございます」
「かまわぬよ。むしろ、すぐに迎えを寄越せなくて悪かったと思っている」
鷹揚に頷くと王は蒼鴛に視線を移した。
「…蒼鴛。遠き異界とこちらの境目に飛び込み、我が対を探す任務は無事に完了したようだな。よくやった。大儀である」
蒼鴛はさらに深く頭を下げた。
王は火の光に当たると紅にも見える茶色の髪と赤茶色の瞳の美形で秘かに芳子は見惚れてしまう。
「…勿体無いお言葉です。朱凰様を無事にお連れできて良かったと思っています」
「蒼鴛。丁寧な言葉は良いから、報告をせよ」
わかりましたと蒼鴛は頷き、王に報告を始めた。