一章七
芳子は蒼鴛が自分にどのような気持ちを持っているかには気づいていなかった。王の妃になる定めの彼女にとっては禁忌になるなどとはこの時は二人とも知らないでいた。
芳子が蒼鴛と共に旅をしてから、六日が経った。未だに、王都にはたどり着けていなかった。
芳子は蒼鴛から、王がどんな人なのかや朱国の成り立ちなどを教えてもらったりしていた。
王は大変な美丈夫で政務にも積極的で才能豊かな人物らしい事や後宮にはまだ、一人も妃を迎えていないらしい事を教わった。年齢は二十六歳で芳子よりは三歳上であるとも聞いたが。
性格や好みなどは実際に会って話をしてみないとわからない。そう思いながら、歩き続けたのであった。
「…ヨシコ様。すみません、俺が至らないがために。随分とご足労をかけてしまっていますね」
そう、蒼鴛に言われて芳子は俯けていた顔を上げた。本当に済まなそうな顔をしている彼にそんな事はないと首を横に振る。
蒼鴛は途中の町で購入した世界地図を広げながら、ううむと唸った。
「その。ここは亭安という所で。王都の楼寧までは後、二日は掛かりますね」
「……ええ。後二日も掛かるの。先は遠いわね」
驚きながら言うと蒼鴛は苦笑いした。
「でも、王宮に着けば。休憩は取れますから、頑張りましょう」
わかったと芳子は頷くしかなかった。そして、二人の旅はまだ続くのであった。
あれから、二日が経ち、やっとの思いで二人は王都の楼寧に辿り着いていた。白や薄い赤色の煉瓦らしき石造りの家々や屋根や外壁も木で造られた大きな屋敷などが綺麗に区画整理されて建ち並んでいる。
いろんな衣服を身に纏った人々で道はごった返していた。その中を子供でもないのに手を繋がれた状態で芳子は歩いていた。
蒼鴛が恋人に見えた方がいいと言ってそうしてきたのだ。恥ずかしい事この上ない。
「蒼鴛さん。私、一人でも大丈夫ですよ」
「ヨシコ。俺の事は呼び捨てにと言ったろう。さん付けしてたら恋人ではないみたいだ」
町に入る前に彼から、自分達は恋人という設定で旅をしているというように告げられた。そして、自分の事は呼び捨てにするようにとも。とりあえずは王宮に着くまではと了承はしたが。
蒼鴛が以前よりも馴れ馴れしく手を握ってきたり、肩に触れてくるようになった。といっても人前でしかしない。
それに戸惑いながらも芳子は黙って蒼鴛と借り初め(かりそめ)の恋人でい続けたのであった。
しばらくして、王宮の入り口が見えてきた。衛兵が槍を持って、門の前で警備をしている。
だが、深く被っていた外套を下ろすと蒼鴛が衛兵に近づいていくと彼らは驚きにあまり、固まった。
「…あなたは楊将軍!そちらの女人は?」
「こちらは。大きな声では言いにくいんだが。朱凰様の生まれ変わりでいらっしゃる」
蒼鴛がそう告げると衛兵はさらに驚いて言葉を発さなくなった。
そして、黙って横にどくと門を開けるように合図を出した。ゆっくりと門が開けられる。
芳子はさあと促す蒼鴛に導かれながら、王宮に足を踏み入れた。