一章五
蒼鴛の外套の端を掴んだまま、芳子は町に入った。見る物全てが珍しい。それでも、一言で言うと昔の中華風の雰囲気がある。
行き違う人々の服装もチャイナ服によく似ているのだが。襟元を紐で結んで留め、腰には様々な色の帯を締めていた。人によっては赤だったり黄色だったりする。モンゴルなどの民族衣装風にも見えるなと芳子は思った。
テレビや外国を題材にした本の写真を思い出しながら、歩き続ける。だが、人々が自分を驚いたように見ているのには気づかない芳子であった。
「…ヨシコ様。とりあえず、店の場所などは聞けましたから。行きましょう」
後ろを振り向きながら、蒼鴛は芳子にそう言った。頷くとまた、歩き始めた。
しばらくして、一軒目の店に到着する。人の良さそうな店主が中から、いらっしゃいと声をかけてくる。蒼鴛は慣れた様子で店主に尋ねた。
「…こんにちは。ちょっと、女物の服と外套を探してるんだ。手頃な物はないか?」
「はあ。女物ですか。確かにうちは衣服問屋をしていますがね。見たところ、あんたは男のようだが?」
質問に質問で返される。仕方なく、蒼鴛は後ろにいた芳子の腕を引いた。前に押し出すと、強い口調で言った。
「訳あって、こちらの女性と旅をしていてね。俺の恋人なんだ。その、着の身着のまま、出てきてしまったから。だから、きちんと旅に見合った格好をさせないと後々、面倒な事になると思ったんだ」
説明としてはちぐはぐな感は否めないが。店主は特段、疑う事もなく、それだったらと奥に入って行った。しばらくして、芳子の背丈に合いそうな外套と上着に腰帯、ひだの付いたスカートを両手に抱えて店主は戻ってきた。後で、旅用の靴ー長靴や下履きもとい、靴下もニ、三足持ってくると言ってくれたので蒼鴛と二人で用意された品物を見てみた。
上着は淡い赤茶色の物と黄緑色の物、水色の物と三着あり、腰帯やスカートも同じ数がある。蒼鴛は店主にさらに言った。
「…旦那、もし良ければ。後、もう二着くらい、これらと同じ物を持ってきてくれ。後、その。奥さんもいたら連れてきてほしいんだが」
「うちの嫁さんをか。わかりました、ちょっとお待ちを」
店主はまた、奥に入っていった。それを見送ると芳子は蒼鴛に小声で話しかけた。
「…蒼鴛さん。あの、何で奥さんを呼ばないと駄目なの。あの、おじさんだけでいいんじゃないんですか?」
「そういう訳にはいきません。その、あなたは女性ですし。衣服で下着も必要でしょう。だからです」
「……あ、なるほど。すみません。気を使わせてしまったみたいですね」
恥ずかしいやら申し訳ないやらで芳子は蒼鴛に頭を下げて謝った。気にしなくて良いという彼に再度、頭を下げていたら、店主と中年の女性が中から出てきた。
「あら、いらっしゃい。お客さんだね。あんた、あたしを呼んだのはこちらのお二人さんかい?」
「そうだ。母ちゃん、こっちの兄ちゃんが用があるってんだよ。聞いてやってくれ」
ふうんと言いながら、女性こと女将はしげしげと蒼鴛を見る。隣にいた芳子も同じように見るとなるほどと一人で頷いた。
「…女将さん、わざわざ呼び立ててすまない。その、俺は男だから。彼女の身の周りの物で必要な物が今ひとつわからないんだ。彼女も旅慣れていないんだよな。だから、ちょっと相談に乗ってやってほしいんだ」
「……ああ、そんな事かい。わかったよ。そっちの嬢ちゃん、こっちに来てみな。旅で必要な物とか他にほしいものがあるなら言ってごらん。見繕ってやるよ」
「ありがとうございます。じゃあ、お店の中に入ってもいいですか?」
良いよと女将が言ってくれたので芳子は案内されるがまま、店の奥に入っていった。
店主と蒼鴛は心配そうにそれを見守っていたのであった。