一章四
芳子は翌朝の早くから目を覚ました。蒼鴛の姿は何故か、見当たらない。どうしたのかと思ったが焚き火がきちんと消されているのを見て、自分を置いて行ってしまったのではという事に気づく。
やはり、自分は騙されていたのか。そんな考えが彼女の脳裏によぎった。でも、嘘だろうという信じたくない気持ちもある。
(…やっぱり、あの人は要注意人物だった。もしかしたら、犯罪組織と繋がりがあって私を売る為に連れ去ったのかも)
そんな、もやもやとした心境の中で芳子は荷物がないかと目線と首を動かして探してみた。
焚き火の跡から少し離れた所にそれはきちんと置いてあった。それを見て芳子は脱力した。しばらくして、蒼鴛が戻ってくるまで芳子はぽかんとしたままだった。
「…申し訳ない。お一人で大丈夫だったでしょうか?」
蒼鴛が鉄鍋と竹筒を手に戻ってきた。紫の瞳がまっすぐに見つめてくる。芳子はほうと息を吐き出した。
「良かった。蒼鴛さん、戻ってきたんですね。置いてけぼりをされたのかと思ってしまいましたよ」
「置いてけぼり?そんな事はしませんよ。ただ、水を汲みに行っていただけです」
生真面目に答えられて芳子は拍子抜けした。そうだ、彼の真意はわからないけど。こちらへ飛ばされた時も助けてくれたし、初対面の自分を守ってもくれた。あの、大鎌の男に襲われた時に彼がいなかったら、確実に自分はあの世行きだっただろう。
それに感謝こそはしても疑うのは良くない。そう考えながら、芳子は立ち上がろうとした。だが、思うように足に力が入らない。
「ああ、昨日は歩き詰めでしたからね。靴擦れもあるし、そのせいでしょう」
「…ごめんなさい。町までは何キロあるんですか?教えてもらえませんか」
芳子は何の気なしに言ったが。蒼鴛は訝しげな顔になった。
「……きろ?」
それを見た芳子は驚きのあまり、固まった。距離を表す単位を知らないなんておかしい。
「…すみませんが。きろとは何ですか?」
固まってしまった芳子に蒼鴛はさらに問いかける。すぐに、我に返った芳子は混乱しながらも元の世界の言葉で距離を表す単位のうちの一つだと説明した。すると、蒼鴛はなるほどと頷き、納得したようだ。
「なるほど。距離を表す言葉だったんですね。そうですね、具体的な事は言えませんが。町までは後、半刻もせずに着くと思います」
「半刻ですか。ううん、何時間くらいになるんだろう」
芳子が頭を抱えていると蒼鴛も何とも言えない表情になる。ジカンとは?
まだまだ、芳子とは意思疎通は完璧にできないようである。それを思うと先が思いやられる蒼鴛だった。
半刻、現代でいうと一時間くらいしてから、やっと小さな町らしき物が見えてきた。木造の建物や石造りの建物がポツポツとあり、人もちらほらと見かける。道はアスファルトで舗装されておらず、土が剥き出しだ。
石や草が生えており、石畳すらない。躓きそうになりながらも痛む足を懸命に動かす。
ちなみにこの時、芳子は蒼鴛の予備の外套を借りて目深に被っている。靴も蒼鴛の持っていた物を紐でぐるぐる巻きにしてもらい、履いていた。
「…ヨシコ様。後少しで店で衣服と靴、外套を買いますから。後、馬と食料、水も補給したいので。町の人に売っていそうな店がないか聞いてみます」
「わかりました。じゃあ、近くで待ってます」
だが、蒼鴛は首を横に振った。
「それでは、あなたが危ない。せめて、近くにいてください。そうだな、俺の外套の端でも持っていてくださいませんか。あなたを迷子にさせたくはないですし」
「……はあ。そうですか」
自分は子供か。そう、内心でつっこみながらも蒼鴛の外套の端を掴んだ。その時、ほっとしたような表情を見せられてドギマギする芳子であった。