一章宿命と出逢い
その昔、鳳凰という神獣によって守られている国があった。名を朱国と言い、初代の王から現在に至るまで鳳凰の加護を得てきた。これは初代から数えて、十代目の王の時の話である。
アスファルトの道を一人の女性が歩いていた。もう、辺りには暗闇が迫っており、女性は早歩きで家路を急いでいた。
女性の名前は藤野芳子と言い、今年で二十三歳になる。芳子は短大を卒業後にとある企業に入り、現在に至るまで会社員を続けていた。
やっと、仕事も快調に進んでおり、不満な事は何もなかった。だが、そんな芳子を狙う影が一つあった。
芳子はふと、振り返ってみた。何かの気配を感じ取ったからだ。
(…何?)
そんな事を思いながら、道を進む。だが、道を照らす外灯の明かりだけでは見えにくい。
芳子は構わずに道をまた歩き続ける。影は赤い瞳を細めると手に持っていた鎌を持ち直して、地上に降り立った。
そして、音もなしに彼女に近づくと鎌を使い、斬りかかる。気がついた時には遅かった。
「な、何?!」
芳子が振り返ると黒いマントでフードを深く被った影、男が大きな鎌を持って佇んでいた。男は鎌を振りかぶって芳子に勢いよく、切りつけたのであった。
目を瞑るとやってくるはずの衝撃は何故か、こなかった。代わりにぎいんと鉄同士の擦れあう音が辺りに響く。
目を開けると芳子を庇うように前にもう一人の男が剣らしきもので鎌を受け止めていた。ギリギリと二つの刃がせめぎあう。
「…間に合ったか。まさか、朱鳳様の対の朱凰様を狙うとは。血迷ったか、伎炎」
押し殺すような声で呟いた男の言葉は日本語だったが。芳子にはわからない。何を言っているのだろうというくらいのものである。
伎炎と呼ばれた男はくっと口角を上げて笑った。
「…ほう。これは王の護衛の蒼鴛将軍ではないか。面白い事になった」
芳子は訳がわからないまま、震えている事しかできない。何がなんだか、混乱してしまいそうになる頭を動かそうとした。
シュホウ様とかツイとかシュオウ様って何のことやらさっぱりだった。ソウエンと呼ばれた男はせめぎあっていた剣を横に薙ごうとした。大鎌を持ったまま、ギエンという男は後ろに飛びすさった。
「疾く立ち去れ、伎炎。でなければ、お前を斬り捨てても構わないんだがな」
「ふん。たかが、鳳凰でもない只人にこの私を倒せるかな。その剣が無ければ、其方などそこらの虫けらと同様よ」
伎炎は高らかに笑いながら姿を暗闇に溶け込ませて消えてしまう。待てと叫ぶ蒼鴛の声が届く事はなかった。
へたれこむ芳子に蒼鴛は跪いて声をかける。
「大丈夫ですか。朱凰様」
覗き込んできた男は月明かりに煌めく紫色の瞳に黒い髪をしていた。顔立ちも端正な感じで世間でいうところのイケメンと呼ぶのも失礼になるくらいの正統派の美男子だった。そんな男性が目の前にいる事にまた、呆然とする。
そして、極め付けは男性の格好だった。服の合わせ目の辺りを紐で結び、ちょうど、チャイナ服のような感じの服装で下には黒いズボンとブーツを履いていた。ちなみに、上着は薄い紫色らしかった。
「…あ、あの。あなたは誰?」
おずおずと切り出した芳子に蒼鴛は穏やかに笑いかけた。
「ああ、名乗りもせずに失礼をしました。俺は名を槙蒼鴛と言います。こちらの世界とは違う朱国という国から来ました。王の護衛で将軍職を拝命させていただいております」
「朱国、ね。それで、何故私を朱凰様と呼ぶの?」
「…あなたが我が国の守護神である鳳凰の片割れの魂を受け継がれているからです。対の朱鳳様は我が国の王がそれに当たられます。さあ、細かい話は後にしましょう。王、朱鳳様がお待ちかねです」
「……そ、そんなの知らない!私は家に帰る途中なんです。人探しなら他を当たってください」
早口でそう答えて家に向かおうとした。だが、待ってくださいと呼び止める声と共に視界がグニャリと歪んだ。芳子は空間の歪みに飲み込まれ、蒼鴛も後を追いかけるために自ら、その中に飛び込んだ。
そして、歪みが消えた途端、辺りは何事もなかったかのように静寂を取り戻したのであった。