幽霊の糞
アンタの近くにも、霊感があるとかほざいている奴が一人ぐらい居るだろう。
「私って霊感があるんだよね。ほら! あそこの家! なんか悪い物が見える! ああっ! ……黒い影が見える。きっと昔、悪い事があったんだわ……」なんて、一人で勝手に盛り上がる奴が。
断言するが、そういう手合いには近づかない方がいい。もし、友人や家族なら徐々に縁を切るべきだ。なぜなら、そういう連中は、病的な嘘吐きか気違いのどちらかだからだ。幽霊が見えると嘘を吐いているか、幽霊が見えると信じ込んでいる『いかれ』か、どちらにしても付き合って益のある人間じゃない。さっさと縁を切っちまえ。
孔子だか老子が言っていた。『怪、力、乱、神を語らず』と。不要にそんな事を口走る人間は、近くにおいても碌な事をしない。
第一、そうした連中が、アレについて語っているのを、寡聞にして俺は知らない。
――幽霊の糞について。
これについて語っている霊能者を俺は知らない。霊感が少しでもあれば、至る所で幽霊がひり出す糞について、少しは言及してもよさそうなのに、幽霊の糞について話をする奴は誰もいない。
日本古来より伝わる宗教儀式では、禊ぎという名の、幽霊の糞に塗れてしまったときの身体の洗い方や、お祓いという名の、幽霊が出す糞の掃除について、ちゃんと記録されているのに、現代の霊能者とかいう連中は、幽霊の糞について何も知らない。幽霊の糞を流さずに、その横に水を置いて「これで、この部屋は清められました」とか言っている。
特にテレビに出てくる霊能者という名の芸人は酷い物だ。
テレビの心霊番組で、心霊スポットとして名高い神社に突撃した霊能者が、鳥居で踏ん張っている幽霊に、糞を爆撃されている場面を見たことがある。その時も霊能者は「ああ、いますねぇ。きてますねぇ」と言いながら、幽霊の糞を浴びていた。その姿を見て、俺は咄嗟にチャンネルを変えよ。とてもじゃないが見ていられなかったからな。
だいぶ汚い話になったが、まあ、人間誰しも糞をするように、幽霊だって糞をするという事だ。それだけだ。
人間と幽霊の糞の違いは、人間が食べた食物の残りカスを大便としてひり出すのに対して、幽霊は死んだ時に抱いていた悪心や執着心といった未練をひり出す。どうも成仏する為には、そういう事が必要みたいだ。なんでケツから未練が出るのか、俺にもちょっと分からない。たぶん、生前のイメージの問題なのだろう。中には口から吐き出す幽霊も見かけるしな。もっとも、そんなのは、今のところは少数派だが。
ともあれ、幽霊の糞は霊的に有害で、これを塗られたり、身体に付着したりすると、気分が悪くなり、最悪、病気になる。だから、古代の神官は禊ぎという形で洗い流した。ありがたいことに、水という奴は物質的に特異な性質を持つだけでなく、霊的にも特異な性質を持っている。綺麗な水は、霊的な汚辱も洗い流す。
で、俺は、こういう実用的な話をする霊能者に会ったことがない。
『幽霊は成仏するまで、そこら中で糞をひる。だから、幽霊がいつ場所は水で清めておきましょう。そうしないと悪所になりますからね』なんて注意を受けたことは一度もない。霊能者なんて節穴だ。
身内の恥になるから、あまり言いふらしたい事じゃないが、死んだ飼い犬のポチが、家の中に入ってきて親父の頭に糞をした事がある。だから、俺は水で流してやったんだが、凄まじい剣幕で怒られた。新興宗教の教祖をやっていて、テレビに出ては口寄せだとか除霊をしている自称霊能者の親父だが、ポチの糞の匂いはまるで気が付かなかったようだ。
霊能者なんてそんなもんだ。
お前はそれがわかるのかって?
ああ、わかるよ。
だって俺には、親父にはない霊能力があるからな。
そうだ。つまり、俺は嘘吐きや気違いの仲間だよ。そして、俺は嘘を吐いているわけじゃないから、気違いという事になる。
これだけ人間は増えてきて、それに見合う数が死んでいるんだ。そいつらは、大量の幽霊になって、そこら中に糞をひり出している。そんなのを物心付いた時から見ていたら、間違いなく狂うだろ。
だから、俺とはさっさと縁を切っちまえ。
ああ、でもその前に、一つだけ言っておくことがある。
飯食う前には手を洗え。
仏陀もそう言っている。