よくわかりませんが、わたしは聖女だそうです。
わたしの名前は佐々木直子。
15才、高校1年女子。
日本人。
うん。自分の事ぐらいわかります。
とりわけ、生活に困っている家庭でもない家。
普通の会社員の父に、専業主婦の母。
1人っ子のわたし。
わたしの学校での成績は…まあ、言いたくないです。
うん。これも覚えています。
ぶっちゃけちゃえば、わたしの成績がおバカさんなだけで、ごくごく普通の家庭で育ったオンナノコなわけです。
キラキラネームでもないし、容姿もまあ普通。
友達も普通にいますから、ぼっちじゃないしハブにされてるわけでもない。彼氏はいないけど。
ライトノベルも普通に読むし、ネット小説も読む。さすがに『男×男』のBLには興味は無い。
いや、だってそうでしょ?
男と男だよ?
いくらキレーな美青年やロマンスグレーなオジサマ、女の子にしか見えない男の娘でも、わたしには全く興味がそそられない。
そういうジャンルがあるって知識はあるけどね。
まあ、わたしが興味を持たないだけで、そういう趣味の人を否定もしないし、バカにしたりもしないけどね。
うん。自分の事なので特にコムズカシク考える事無く言えます。
ところがですよ?
わたしにはミリィと言う名前もあるわけです。
異世界転生モノです。
イマドキ、ネットの小説投稿サイトを覗けばいくらでもある設定。
もちろん、フィクションなので『こんな世界に行けたらなぁ』とか『こんな世界がきっとある!』なんて、これっぽっちも思っていません。
思っていませんよ?
それなのに、平平凡凡なわたしが異世界転生しちゃったよコンチクショウ。
いやいやいや。こういうのって、あれでしょ?
クラスみんなで召喚されるとか、ボッチの主人公が転生とか召喚とかされて魔法バンバン撃つとか、神様からチート施されて英雄とかになってハーレムとか。あとはゲームの世界に閉じ込められてデスゲームとか、ゲームそっくりの世界に気が付いたら居た…ってのが王道でしょ?
ああ、あとは貴族に生まれて内政チートかな?
そういう物語の主人公って、何気に色んな事知ってるんだよね。政治の事とか、商売の事とか。
あと、普通に生活してたら、何でそんな事知ってるの? ってくらい色んな事知ってるよね。マヨネーズの作り方とか、ガラスの材料とか。
で。
わたしはと言うと、もちろん知りません。
学校の成績も下から数えた方が早いわたしに政治の事が解ると思います? 経済の事が解ると思います? マヨネーズってお店から買う物でしょう?
話が脇道にそれましたが、わたしにはミリィって名前もあるわけです。
別におぎゃーと産声を上げた時から前世? の記憶があるわけじゃありません。
いつの間にか佐々木直子の記憶がありました。
それと同時にミリィと言う女の子の記憶もあるわけでして。
わたしの今の身体、ミリィって女の子の身体なわけだけど、推定3歳くらいです。
多分、自我が目覚めると同時に佐々木直子の記憶がよみがえったって事かな?
ミリィとしての記憶は自分の名前が『ミリィ』って事とか、この人は両親、この人はお兄ちゃん、この人は知らない人。とか、そんなカンジだし。
前世? の、佐々木直子はどうなったのでしょうね?
事故に巻き込まれた記憶も無いし、通り魔に刺された記憶も無いよ?
うーん、よくわかりません。
痛みとか苦痛の記憶が無くて良かったというべきなのかな?
そんな事よりおなかがすきました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
6才になりました。
ミリィこと、わたしの両親はいたって普通の平民で、普通にわたしを愛してくれて、特筆する事の無い3年でした。
舌足らずだったわたしの言葉も今では普通に話せます。
子供の脳ってすごいね?
異世界だよ? 当然日本語じゃないんだけど、いつの間にかしゃべれるようになってました。
あ、そうそう、この異世界って、例にもれず魔法があります。
でもって、これまた例にもれず中世ヨーロッパ風。
おまけに冒険者もアルヨ。
うん。王道だね。
え、わたし?
魔法なんて使えるわけないじゃないですか。
そもそも、魔法使いって圧倒的に人数が少ない上に、魔法による攻撃ができる特性上、貴族にやとわれるとか、軍隊とか冒険者になる人がほとんど。
一線を退いても、後進の魔法使いの指導役として引手あまたとか。
ほんと、前世でも今世でも平平凡凡なわたしにどうしろって言うんでしょうね?
そんなある日、わたしの住む村に野生の大きな熊が来ました。
子育て最中の母熊で非常に攻撃的になっている熊です。
前にも一度、村に野生の熊が来て、その時は村人全員でお金を出し合って冒険者に熊退治をお願いしました。今回も冒険者にお願いしました。
ただ、今回は子育て最中で気性が荒くなっている母熊だったので村人の多くが大怪我をして、冒険者が駆け付けた時には少なくない人数の村人が亡くなっていて、何とか熊を仕留めた冒険者も怪我を負っていました。
辺鄙な山間にある小さな村です。
死は日常的にそこかしこにあります。
隣のおじさんは街に山菜を卸に行く時に、足を滑らせ山間に転落。そのまま帰らぬ人となりました。
斜迎えの足腰の弱くなっていたおばあちゃんは、川で洗濯をしている最中に足を滑らせ溺れ死んでしまいました。
村で唯一の雑貨屋(雑貨屋と言っても町から塩とかを買ってきて村に配布する役目の家)の跡取り息子が、塩購入の代金を野盗に奪われ、そのまま殺されました。
同じ生活サークル内の人が死ぬのは悲しいけど、日常的にある死と言うモノに慣れざるを得ません。
でも、今回は一度に亡くなった人も多いし、怪我人が多いです。
わたしにも怪我人の看病くらい…とは思いますが、6才児に出来る事などそうそう無くて、家の奥に隠されていて無事だった子供たちの面倒や、怪我人に病人食を持って行く事ぐらい。
「痛む?」って聞くと、「子供たちが無事でよかった」って返されます。
その言葉を聞くたび、愛されているなって思うし、あまり役に立っていない自分に申し訳なくて。
「早く良くなるといいね」
せめてそう言って怪我人の傷口を包帯越しに軽くさすります。
すると、どうでしょう。わたしの手が薄ぼんやりと淡く桃色に光ったかと思ったら、怪我人の患部がきらりきらりと金色と銀色の粒子みたいなので覆われてーー
おおう!?
なにこれ、なにこれ?
突然の出来事にびっくりです。
わたしも怪我人もびっくりしています。
「…あれ…? 痛みが…」
痛みが無くなったと言って怪我人が患部から包帯を外しました。
ほわい?
かなり深かった傷が跡形もありません。
えーと…
こういう時、どんな事を言えばいいのでしょうか?
「治ってよかったね?」
お互い、突然の出来事に驚いて固まっていたので、とりあえずそう言いました。
「あ…ああ。治った…な?」
「じゃ…じゃあ…」
どういった反応をしていいかわからず、わたしはそそくさと怪我人から離れました。
なんだったのでしょうね、今の。
とりあえず別の怪我人の所に行って、もしかしてって思って「治れー」って思いながら患部を撫でるとあら不思議。綺麗に治りました。
わたしが傷口を撫でると怪我が治ります。
何だか嬉しいし楽しくなってきちゃいます。
怪我人よ、元気におなり。
そんなわたしの様子を見ていた周りのみんなが「ミリィは魔法が使えるんだね。凄いじゃないか」って褒めてくれます。
おお!
これが魔法ですか。
怪我人が良くなって、わたしも魔法が使えて嬉しい事です。
さて、村の皆の怪我はみんな良くなりました。
あとは、冒険者の人達だけです。
冒険者用に貸していた家へと向かいます。
冒険者の人達は大怪我じゃないけど、村を守ってくれた恩人です。
怪我が治っていれば、帰り道も楽になるでしょう。
冒険者の人達の元に向かったわたしは、冒険者の人達の傷口を撫でます。
元気におなり。
患部がきらりきらりと金色と銀色の粒子みたいなので覆われて。完治です。
冒険者の人達はあんぐりと口を開けています。
ふふん。
わたしは魔法使いミリィですよ。
ふんすっ! とばかりに胸をのけぞらせます。
ぺったんこだけど。
冒険者たちは、ばたばたと慌てて帰って行きました。
せっかく怪我が治ったんだから、もう少しゆっくりしていったらいいのにね?
村人も熊退治で感謝してるんだし。
それから、わたしの噂が拡まったのか、近隣の村人がわたしの所に怪我を治しに来る様になりました。
そうして数ヶ月経った頃。
村に普通とは違うお客さんが来ました。
うん。普通じゃありません。
だって騎士ですよ?
冒険者とか、たまに来る徴税官の護衛の兵士じゃなく騎士です。
まあ、「騎士様ですか?」「はい、そうです」って確認したわけじゃないけど、見ればわかりますよ。
全身鎧でがっしょんがっしょんいってるし。
どうやらずーっとずーっと遠くの王都で偉い人がわたしを呼んでるって事らしい。
騎士様が凄く偉いって事は知ってるし、さらにもっと偉い人が呼んでるって事でわたしも両親も村長さんも断れません。
わたしは王都に行く事になりました。
◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇◆
3ヶ月ほど過かって王都に付きました。
村から一番近くの町までは騎士様の馬に乗せられて、そこからは馬車でした。
馬車って前世も合わせて初めて乗りました。
初めは酔うのかなーって思ってましたが、初の馬車で物珍しく、かっぽかっぽと言う馬の蹄の音がBGMになって全然酔いませんでした。
王都ってすごいね?
わたしは村から出た事が無かったので、町でも人がいっぱいいて驚きましたが、王都は人・人・人。
はー…って辺りをきょろきょろ見回しているわたしは、完全におのぼりさんですね。
わたしが連れて行かれた所は教会でした。
色んな人に会わされました。
よくわからないけど、たぶん司祭とか司教とかそういった人たちだと思う。
どの人がどれだけ偉いかわたしには分からないけど、たぶん会っていく順番に偉くなっていったんだと思う。
新しい人に会うたびに、その人の前で怪我人の治療をさせられた。
新しい人に会うたびに、衣装がだんだん派手になっていくのが解る。
最終的に、なんかすっごい派手な衣装の人と会ったけど、教会の法衣っぽい服着てたし、たぶん枢機卿? とかそんな人だと思います。
さすがに法王とか教皇とかまではいかないと思います。
どっちが偉いかわからないけど、さすがにトップに会えるとは思ってません。
あれよあれよと言う間に、わたしは教会で聖女と言う事になりました。
いやいやいや。おかしいでしょ?
なんで、平平凡凡なわたしが聖女?
魔法がある、中世ヨーロッパ風の王道転生モノでしょ?
よくわからないものの、わたしへの対応はすごくいい。
王都で怪我人を次から次へと治させられるのかなーって思ってたけど、そうでもなくて、多くても1日1人。長い時には1月に1人。
これはあれですね。
政略的に利用されてます。
偉い人にしか治療を受けさせないとか、お金が凄くかかるとか。
まったくもってよくわかりません。
魔法使いの数が少ないってのは知ってますが、物凄く少ないってわけでもないでしょうに、なんでわたしを聖女と祭り上げますかね?
とは言え、わたしへの対応が凄く良いのは確か。
治療を強制させられるわけでもないし、ご飯も村にいた時より立派なものが出る。虐待されるわけでもないし、閉じ込められてもいない。護衛が絶対に付けられるけど普通に外出もOK。
これはあれですね。
アイドルとか、そういった感じで祭り上げる。
女子供は無条件で可愛いと感じるでしょうしね。
6才児のわたしに白羽の矢が立ったのでしょう。
とは言え、聖女はやりすぎでしょうに。