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前半

私は高校生としてはずいぶんと下の部類だ。

下の部類といっても、成績うんぬんじゃなくて、クラス内カーストだけど。

カースト制なんて馬鹿げてるよね。だけど、自然にできちゃうんだよね、上下関係ってさ。

生き物って変だよなぁ。大変だよなぁ。

私なら、みんながもしも(・・・)私なら、そんなつまらないもの存在すらしないよ。

うん、しない。 絶対にね。

争いごとなんて、良くないよね、ほんとに。


 みんな、おかしいんじゃないの?


 道徳の授業での議題は「いじめ」。黒板にはその文字がでかでかと描かれている。行き着く答えなど決まっているのに。


 

 みなさん、「いじめ」はやめましょう。でしょ?



 今日も私は、何もする気も起きず机で頬杖をつく。

 春眠暁を覚えず、とはまさに私のことだね。

 あれ? 意味あってるかな? そんなこともどうでもいいよ。 


 高校三年生を迎えたというのにどことなく生気がない私は、休み時間うたた寝する。ぼっち、とかいう蔑称やめてよね。

 そんな私にも友達はいるのだから。ほら、足音がする。


「今日も仏頂面してどうしたん? ほんまに辛気臭い顔やな」


 唯一無二の親友、金子ちゃんが私の席の前にやってきた。

 猫のように鋭い目つきが特徴だ。転校生の金子星美かねこ ほしみちゃんは関西からやってきた。


 だから、関西弁で話す。でも、わたしだけに、らしい。


 友達以外には標準語で話すらしいけど、私以外の人物に向かって関西弁で語りかけているのは確かに見たことはない。なぜ、わたしだけになのかは、意味不明だけど。

 とにかく、最初はその関西弁が怖かった。関西弁は私にとってキツく聞こえる。Vシネマを頻繁にお父さんが観ているからそのせいかもしれない。だけど今ではもう慣れた。


 どたまぶち抜くぞ、ワレ!


 なんて言われないし。


 偏見だったんだよね、関西弁は性格がキツそうだなんて。私って馬鹿だなぁ。

 彼女の親は転勤族で、最近のマイホーム建設に至って、ようやくこの近辺に留まることにしたらしい。実は詳しいことは知らないけど。知ってることはおおむねこんなもの。


「金子ちゃん……私たちって青春してるのかな?」


「なにそれ?」


 今は昼休みだ。教室の隅に固まる私たち。私は、菓子パンを取り出して、彼女はかわいらしい小さな二段弁当を開ける。たこ焼きがコロコロと入っている。とても美味しそう。


「だって、勉強もそんな真剣にしないし、成績も中の下、やりたいこともない。  私、まだ夢もないんだ。なのに、青春時代と言えるのかな?」


「青春してるって……現在進行形でしてんのちゃうん、あたしら?」


 難しい顔して箸をクルンと回す。そして、私にその先端をびしっと向けてから、卵焼きにかじりつく金子ちゃん。

 仲良さげに昼食を食べているカースト上位のクラスメイトたちを横目で見る。実に華やかだ。美男美女。おどけるのが上手い奴、おしゃべり。みんな、みんな個性豊かで持ち味がある。


 でも、あんな連中には混じりたくはない。だって、それってどうでもいいことだ。興味を示すに値しないね。ウインナーをぶっ刺して、話を続ける。


「部活動にも属さずに帰り道に二人でいろんな店に寄り道する、これは青春?」


「はぁ……青春ってのは、青い時期。つまり、人生経験が未熟な時期ってわけやろーし、あたし的にここにいる連中も、全ての学生はみんな青春してるのはしてると思うわけやけど」


 未熟。今はそうであれども、私は未熟から解放されることがあるのだろうか? 一生、未熟のままで終わってしまいそうな気がする。


「違うよ。言い表せないんだけどね。私が思う青春はもっとこう華やかなんだよね。青春の汗と別れの涙と募る恋心みたいな? 

 私みたいに夢も希望もない人は青春してないよね」


「華やかねえ……そんなん一部の人間だけよ。それに未熟だから夢中になれることを思いつきもしないんとちゃう? 

 それか、まだその夢の最中とか」


「じゃあ聞くけど、隅っこに追いやられてるオタク男子も、彼らも青春してると言えるの?」


 教室の隅で群れを成す男子生徒を見やる。

 負のオーラが満載である。メガネ率の高さが、陰気臭さを誘っているのであろうか。ゲームや漫画を持ち寄り、頭を寄せ集め没頭している様子に私はあまり感心できない。

 金子ちゃんはため息を吐くと、私の頭を軽くはたいた。


「彼らは彼らで青春してるんや。

 固有の趣味を卑下したり、考えを押し付けるのはよくないで、固まった価値観を持つとアカンで。そこまで青春、青春、て言うんやったら、彼氏でも作ればええやんか。それが桜野にとっての、青春やというのならな」


「か、彼氏なんか、つ、作れるわけないでしょうに……!」


 ウィンナーを齧りながら、金子ちゃんは呆れたように目を細めた。それから、くっくっと意地悪そうな笑みを浮かべる。


「そうやね。確かに桜野には無理っぽいわ」


 とてもイラっとしたけど、傷ついたけど、確かにそのとおりだ。

 おっしゃるとおりで、私にはそんな度胸がない。いや、そもそも欲望もない。 彼氏などいらない。

 男子と目を合わせ続けるだけで、赤面してしまい、汗が噴き出し死にたくなってくるから。


「顔はどもないよ。日本人の平均顔より可愛いし、仕草が愛くるしい、愛玩動物みたいなもんやし。

 けど、やっぱ積極性がないし、対人恐怖症気味やし、挙動不審やし、話おもんないし、性格もあんまいいと言えんし、最近太ってきたし……」


 矢継ぎ早に語られる私のダメなところ。ぐっと唇を噛み締める。うう、何も言えない。


「た、体重はそんな増えてないはず……!」


 何もかもが当たりすぎて、それしか言えなかった。


「えー? いつぞやのことでしたっけ? 

 ドーナツ店であたしがドーナツ食べてたら、桜野、ヨダレ垂らしてじっと見てたやん? なんで見てたんやっけ? え? え? 何故なにゆえ?」


 下から覗き込むにたにたと悪魔のような笑顔の金子ちゃん。

 こういうとき、視線が定まらないのが私だ。視線が怖くてたまらない。


「あ、あれは、お小遣いが……今月ピンチだったから」


「嘘はあかんよ。言うてたやろ? ダイエット中って。

 嘘ついたことさえ忘れてんの?」


「言ってたかなぁ……?」


「若年性アルツハイマーっちゅうのもあるし、検査とか受けたほうが賢明かもしれんで? あたしはその忘れっぽさが、羨ましいけどその反面、めっちゃ怖いから」


「私は、そんな病気になりたくない……」


「じょーだんやて。本気にしんといて」


「金子ちゃん、その病気の人が聞いたら激怒されるよ!」


 まったく、と言いながら牛乳をずぞぞぞと啜る。空の容器を机に置く。

 何気ない日常も、あと一年も待たずに終わる。

 そのとき、私は夢を、希望を持っているのだろうか?

 クラスの中心でドッと歓声が沸いた。

 その中の誰かが、明日好きな子に告白するらしい。




「だからな? ちゃうやろー。

 はぁ、数学一から勉強したほうがええんとちゃう?」


「ええ!? 今から?」


 放課後の静かな図書室で、私は金子ちゃんに勉強を教えてもらう。

 私は自分で言うのもなんだけど馬鹿だ。生粋の馬鹿だと思う。

 記憶力があまりよくない。それはなぜだかわからない。記憶力というのは遺伝するものなのだろうか? 

 まぁどうであれ、だからこそ、みんなより勉強しないといけない。

 でも、家に帰ると誘惑が多くて多くて勉強できそうにない。昨日も観葉植物を眺めているだけで一時間が過ぎてしまったのだから。


 とくにミニサボテンがいい。おしゃれな雑貨屋さんにあったのを一目ぼれして買ったやつ。細かいトゲがハリネズミみたいでかわいくて、なにより……。


「こら、よそ見すんのやめー」


 不意のデコピン。衝撃がわたしを現実に引き戻す。最悪。


「ごめん、つい辛い現実から逃避したくなっちゃって」


「まぁ、わかるで? あたしも数学なんて将来使わへんやろうしね。

 でも、将来使わへんじゃないねんなー。

 数学をやるのは、努力、根気を養うためと思ってみ。その方がはかどるで」


「思えないよ。数学は受験生の敵! 時間の無駄!」


 金子ちゃんはペン回しをしながら、気だるげな表情でため息を吐く。


「モチベーション保てへんやろー? 

 なら、勉強終わったら、なんか食べに行こうや。例えば、ドーナツ」


「でも、私……」


 ウエスト周り。気になって仕方ない。


「大丈夫やで。ドーナツ一個食べたところでほとんど体に付かんし。

 それにドーナツの糖分をいま消費すればええんやし」


「なるほど。金子ちゃんは実に冴えている」


「うん、どうも」


 なんだか、やる気が沸いてきた。ドーナツのために頑張ろう。


「まぁ、あたしらは高校三年生やし、将来のことも考えなアカン。

 勉強するのにも、目標がないと務まらんよ」


「?」


「目標を持て。はっきりとせんでいいから。何か、好きなことを見つけるんや。

 そうすれば自然に勉強頑張れる。数学だって自分にムチを打って頑張れる」


「そんなものなのかな? でも、目標も特にないよー。金子ちゃんはあるの?」


「そやなー。教えてもええけど、ドーナツおごってくれたらな」


「えー!」


「だって、そんなん、恥ずいわー。他人に自分の夢聞かせんねん。

 たまったもんじゃない。笑うに決まってるもん」


「むー。じゃあ、小さなこと一個だけでも!」


「ほんまは教えたくないけど、まぁええわ。教えたるから奢ってや。

 金がないから、おおきに。助かるわー」


「まだ、奢るって言ってないよ!!」



 一時間半に渡る数学の猛勉強を終え、学校を出ると私たちは駅前のデパートに向かった。その中にナウなヤングに大人気のシャレたドーナツ店がある。

 私たちの学校の生徒が集って足を運ぶ場所だ。

 たまに、百円セールを開催してくれるから、学生にも手を出しやすいからありがたい。

 店内は想像以上に人がいた。それも、ツガイだ。男女のペア。カップル。


「うう、カップル率が高い」


「なんや、そんなの関係ないやろ? はよ、フレンチクルーラー奢ってーや」


「いいけどさ、ちゃんと教えてよ。夢、あるんだよね」


 トレーに色とりどりの美味しそうなドーナツを載せて、会計を済ますと窓辺のテーブルに腰掛ける。駅前の人通りを眺めながらも、店内のキャピキャピした色付いた華やかな雰囲気にうんざりする。


「しかめっ面ばかりやな。人ごみが嫌いなのはあたしもやけど。カップルはこう、幸せな気分になれるなぁ」


「だってさ、ここ、居づらいよ。私たちがなんか場違いな感じがして嫌なんだよね」


 騒がしい店内。会話が絶えず聞こえてくる店内。ドーナツをひとかじり。

 甘い味が染み渡り、さっきあった苛立ちも溶けゆくよう。

 

「あたしは普通の人になりたくない。あたしは超有名人になりたい」


「どうしたの?」

 

 幸せを噛みしめていたわたしは、目を見開いた。


「あたしの夢」


「そんなの、私だってそうだよ! 人に生まれたからには何かを成し遂げたいよ。それが人生の醍醐味に決まってるんだから!」


「そやろ!? あたしもそう思ってんねん! だから、あたしは人気マンガ家になるんや!」


 漫画家? 金子ちゃんが? 机ががたがた揺れる。彼女の意気込みにわたしは圧倒された。となりのカップルが怪訝そうにこちらを窺っている。でも、どうでもいい。私の興味はあなたたちに向かない。


「金子ちゃん、漫画家になりたかったの?」


「そう。馬鹿にされるかなと思って、今まで言ってなかったけどな」


 夢、だけど。希望、だけど。そんなの、叶うの?


「金子ちゃん、絵を描いてみてよ」


「お? 馬鹿にしてるんか? まぁ、見せてもええけど……」


 学生鞄から出てくる教科書サイズの黄色いクロッキー帳。その一ページ一ページを見つめる。ほとんどが人物画だが、後半はコマの練習がなされている。


 正直、上手い。パースだっけ? ただの人物画がメインなのに、現実味を帯びた陰影とか迫力のある立体感だとかがあって、見ごたえがある絵ばかりだ。思わず、唸る。漫画家としての腕はあるに等しい。素人感がまったくない。


「一人でするお絵かきが子供の頃の最大の暇つぶしやったしな。昔から友達がいないあたしにとって、鉛筆と紙が友達やったし。……なんせ、転勤族。日本各地を転々としてたら誰かと仲良うなれる期間なんてないしな。その影響か知らんけど友達の作り方がまったくわからん」


 わたしは愕然とした。彼女との差が広まった気がした。


「私にはそんな立派なもの、ないよ。羨ましい」


「でも、漫画家ってさ。食い扶持なんかないって言われるし、親からは猛反対されるに決まってる。だから、大学受けるつもり。それで一人暮らしすんの。美大やで。夢が広がるわぁ」


 キラキラと目を輝かせる彼女に、わたしは嫉妬する。いいなぁ。


「ひとり暮らしかぁ……」


 金子ちゃんは遠い未来を見ている。大学受験、一人暮らし、今までちゃんと未来のことを考えたことがあっただろうか? 私はおいてけぼりを食らっているのじゃないだろうか? 彼女と肩を並べてるつもりが、突き放されて、背中を遠くから眺めているんだ。


「いいやろ。ひとり暮らし」


「ひとり暮らしなんて、怖くないの? もしかして、両親が嫌いなの?」


「そんなことはない、おしゃべり一家やで。ただ、父親が少し過保護で鬱陶しいねん。転勤ばかりしてるからそのこと気にして、事あるごとに『大丈夫か?』ってかまってくるし、今は『なんで友達連れてこんの?』みたいなこと言われてるし、あたしそういった世話ばかり焼かれるの嫌いやねん……もうええやろ? そんな見つめんといて。恥ずかしくて死にそうやわ」


「わたしには家族は……」


 母さんしかいない。父さんは母さんと離婚してから、ずっと会ってない。


「……金子ちゃんが羨ましいよ」


 ドーナツを食べ終えて店を出る。金子ちゃんはバス通学だ。私たちはデパートで手を振り別れる。そのまま駅構内に向かい改札を抜ける。あと電車は十分待ちかぁ……。駅のホームで駄弁る学生のそばを過ぎ、ベンチに腰掛ける。太陽はもう傾いている。

 はぁ、なんだか憂鬱だ。

 こんな日は帰って自室にこもろう。帰って、リグサに餌でもやろう。


 リグサ。名付け親の自分でも可愛い名前だと思っている。


 私のちょっぴりの癒し。私の部屋の住人ひとりだ。リグサは私にとってペットのようなものだ。

 好物はよくわかんないけど、ハエ……なのかな? でも、ハエなんか四六時中私の家の中を飛んでいるわけではないし、ハエの代わりにチーズの欠片を食べさせてやる。チーズにパクリと噛み付いて離さないリグサ。その時間が、リグさを見ている時間がとても楽しい。 


 ウツボカズラ目モウセンゴケ科ハエトリグサ属ハエトリグサ。

 植物図鑑は家が花屋なので当然のようにリビングの本棚に収納されていたのを引っ張っていた。

 捕虫葉を持つ食虫植物。化け物のような葉身、牙のような刺毛。

 一年前に私はホームセンターの花屋の片隅でリグサを見つけた。

 割と手の出しやすい値段で、しかもカッコイイ。

 そんな理由で、私はそのハエトリグサの鉢植えを手に取った。

 運命的な出会いだったと私は思う。

 しなしなと頼りなさげな反応をするオジギソウを初めて見た時よりも、リグサを初めて見た時の衝撃の方が何十倍もすごかったし、花屋の片隅で一際、綺麗に見えたから。


「ただいまー」


 リビングに居る家族に向かって声を張り上げる。すると、ひょこっとお母さんが顔を出した。


「あ、萌子。今から晩ご飯よ」


「うん」


「今日は遅いのね。友達と遊んでたの?」


「勉強してたの」


 リビングのテーブルでは、ハンバーグとシチューがホカホカと湯気を立てていた。美味しそうには思えなかった。ドーナツを食べたからかな。今は食べ物が喉を通る気がしない。


「お隣の千佳ちゃんねー。水泳で全国大会に出るらしいのよー。すごいわよねー、小さい頃からの努力が報われるのねー」


 ああ、千佳ちゃん。幼馴染のかわいいかわいい千佳ちゃんの話か。


「小学生の頃から毎日毎日スイミングスクールに通ってるもんね。結果出して、オリンピックにでも出てくれればわたしたちも鼻が高いね」


 心にもない、言葉。つらつらと言い放った。


「千佳ちゃんと最近会う?」


「ううん、会わない」


 嘘だ。私は平然と嘘をついた。千佳ちゃん。

 この前、彼氏と一緒に手を繋いで歩いてたよ。

 コンビニでも見かけたんだ。

 キラキラしてて青春していて、ちょっと話しかけようにも他人のように見えてしまって結局できず終いだったよ。なんだか、遠くに行っちゃったみたいで悲しかった。


「冷める前に食べよっか。萌子、チーズ好きだから、今日はチーズを中に入れてみたの」


「いただきます」


「はい、どうぞ」


 丸いハンバーグをぱかっと開くと、とろりと糸引くチーズ。

 噛めば噛むほど、肉の旨味が口いっぱいに広がるけれど。

 はぁ、お母さんの手作りハンバーグが味気ない。

 こんなにも味がなかっただろうか?  

 もそもそとハンバーグを噛み締めていると母さんがテレビの電源を切った。  けっこー面白かったのに、と不満げな表情で抗議する。

 母さんは漬物を頬張るだけで、こちらの視線には気付かなかった。

 母さん、バラエティー番組嫌いだしね、仕方ないか。

 私はバラエティー番組が、好きかな? どちらでもないかな。


「つまらない番組ばかりねー」


「そんなことないと思うけど、そうなの?」


「萌子と話してる方がうんと楽しいもの」


 わたしは笑った。こういうとき、怒りも存在する。


 父さんに対しての怒り。どうして、わたしたちを捨ててしまったの?

 


 しばらくして、母さんが思い出したかのように口を開いた。


「もうすぐ、三者懇談があるじゃない? 萌子はまぁ普通に進学か」


 進学したところでどうなるというのだろう? 私は進学したいのだろうか? 私は将来どうなるのだろう。


「どうしたの? 浮かない顔して。進学は嫌?」


 母さんは首をかしげる。


「安心して。進学が嫌なら、ウチの花屋を継げばいいから。花屋はいいわよー。気楽だしなによりも楽しい。萌子、観葉植物好きでしょ? 向いてるに決まってるわ。無理して大学なんて行かなくてもいいのよ。学歴なんか、そんな重要じゃない世の中になってきてるから。今や、就職するのが難しい世の中だし」


「別に継ぎたくない……」


 継ぎたくないのは確かなことだ、それじゃあただの、普通のその他大勢の仲間入りじゃない……。金子ちゃんみたいに大きな夢を持ちたい。


「何かやりたいことでもあるの?」


「……」


 やりたいこと。夢、希望。ない。持ち合わせてない。ただ、一つ言えるのは、母さん、じいちゃんばあちゃん、先生や周りの大人たちみたいに、『平凡な人生』は送りたくない。でも、それが言えない。


「ごちそうさま……」


「人参残ってるわよー。カロテン豊富だから食べなさいよー」


「お腹いっぱいなの」


 シチューの人参残したからお母さん怒ってるなぁ。

 でも、あれ以上あんな場所にいれない。階段を踏み鳴らしながら、自室に入る。


 そして、ふらふらと部屋を歩き回り、気づけば観葉植物を愛でていた。

 リグサにチーズの欠片をやる。


 ぱくり。数日後には葉は開く。すっかり溶かされて、また口をあんぐりと開けるんだ。液体肥料が切れかかっていたのでそれも交換してやる。


 満足したときには一時間が過ぎていた。容赦のない時の流れにわたしはいらだちを覚えた。そのまま、ふかふかのベットに倒れこむ。

 ああ、静かだ。時計の音が聞こえるほどに。枕に顔を埋めて息を止めてみる……。


 四十秒。


 秒針の音が四十回鳴ったから間違いないだろう。私は四十秒息を止めた。

 こんなので死ねるわけはない。


「母さんも、誰もみんな、私のことわかってないんだ!」


 小さな街の花屋なんて、平々凡々だ。庶民。平民。並。普通。

 金子ちゃんが目指す、漫画家と比べて華がない。夢がない。

 花屋なんて面白みもなく地味だ。

 妥協なんて、したくない。それに花なんてそんなに好きじゃない。

 今は特に、見てると腹が立ってくる。後を継ぐなんて、まっぴらごめんだ。

 ほんと、ふざけないで欲しい。


 もどかしい。まったく好転しない今の私の立ち位置が憎い。

 どこかに夢でも売っていないのかな?

 心底好きになれそうなそんな夢が。




 五月。もう、五月だ。トーストの焼けた香りとウインナーの香ばしい匂い。

 そんな朝食の匂いに誘われて、私はむくりとベッドから身を起こす。

 カーテンの隙間から漏れる太陽光が私の眉間あたりに直撃する。


 うう、憂鬱だ。頭がズキズキする。

 お風呂入ったっけ?


 おぼつかない足取りで階段を下り、リビングのソファに寝転がる。

 お母さんが汲んでくれたココアを啜りながら、朝のニュース番組を見る。

 昨日も、どこかで人が死んだというニュースをやっている。

 そういった人は生きてる間中に、夢を叶えられたのだろうか。

 もし、その叶えられたのなら聞きたい。


 『後悔はありませんか?』


 新聞をぱらりとめくる。

 事故ではなく、寿命で死んだ人は、夢を叶えられたのだろうか。

 いや、叶えられたのはひと握りの選ばれた人だけだろう。

 世の中、甘くないんだ。

 甘くないからこそ、こうして、無慈悲に交通事故などで人命はあっという間に刈り取られていく。

 非日常なようで、これは、これが日常なのだ。

 ずずっと、底に溜まったココアを飲み干す。なんだか、他人事だ。


「早めに支度しなさいよー。

 忘れ物があっても、お母さん何もしてあげられないからねー」


 キッチンからエプロン姿のお母さんが顔をのぞかせた。


「うーん」


 気のない返事をすると、お母さんは不機嫌そうにため息を吐いた。

 これ以上機嫌を損ねるとお小遣い削減される可能性がある。

 私の財布は現在ぺったんこなのでそれだけは避けたい。

 今日は休みたい、とごねるわけにもいかない。

 制服を着て、寝癖を整える。靴を履いて玄関の扉を開ける。


 ぼんやりとした頭で電車に揺られる。

 ほとんど何も考えず、ぼうっとしていたのにいつの間にか学校の近くまで来ていた。帰巣本能というやつだろうか?


「これから、また退屈な学生生活が始まる……」


「何言うてんの?」


「金子ちゃん、足音を忍ばせて近づかないでよ……」 


「いや、声かけたけど。桜野無視したし……」


「朝から頭が変なんだよ」


「変なのはいつも変わらんけどね」


 退屈で長ったらしい授業が終わり、やがて騒がしい昼休みを迎える。

 今日は行きにパンを買うのを忘れてしまった。

 なので、激しい競争を勝ち抜かないといけない。購買パン争奪戦だ。

 椅子を引き、席を立つと金子ちゃんが後ろに弁当箱を持って付いてきた。


「あたしも連れて行って。一緒に外で昼食べよか。

 今日は天気いいし、気分的にも外で食べたいねん」


「その前に、購買に寄るね。パン買い忘れちゃったから」


「ええよー」


 購買は思ったより生徒が少なかった。

 なんと、いつもなら即売のチョココロネが並んでいたのには驚いてしまった。

 とろとろのチョコクリームがふんだんに詰まった、超人気メニューである。一度食べれば、やみつきになるほどの甘さなんだとか……ってクラスの誰かが言ってた。


「パン余りまくってるなぁ。二年生がおらんからか?

 なら、コロネ買おか。後で半分こしよ」


 そうか、二年生はみんな校外学習だった。私はクロワッサンとメロンパンを購入した。コロネは折半して購入した。

 教室へは戻らず、そのまま私たちは中庭の木陰のベンチで昼食を済ますことにした。

 穏やかな昼下がり、校舎の外には生徒の影は少ない。心地よい風がわたしたちの頬を撫でていく。

 それでも陽気に釣られて外でご飯を食べている生徒は多かった。


「私ってつまらないなぁ」


「また、突拍子もないことを……。言ってみ。聞くから」


「夢がないし、やりたいこともそんなにない。つまらない人間だよ」


「そうか」


「そうか、じゃないよー。どうしよう。

 私も金子ちゃんみたいに大きな立派な夢を持ちたい」


 メロンパンを齧る。口いっぱいにバターの香りと生地の甘さが広がっていく。

 購買のメロンパンはメロン果汁が加えられているからほんのりとメロンの風味がある、正真正銘のメロンパンだ。


「じゃあ、キャビンアテンダントになりたいとか言ってたらええやん。

 夢ならいつでも見れる。叶えることが難しいだけやねんし」


「真面目に聞いてよー」


「言ってるうちは誰もが同じよ。

 願望に行動が伴って、そんでもって成功したら大きな差がつくしな。

 まず、本当にしたいことを見つけんとアカン」


「本当にしたいこと……」


「今だって、メロンパン食べたいから食べてんのやろ?

 そんな感じで本能に限りなく近い心からしたいこと、なんかあるやろ?」


「私、私も……! 金子ちゃんと同じ大学行きたい!」


「別にええよ。ほな行こか」


 割とあっさりとした返答に呆然としてしまう。


「馬鹿みたい……じゃない? 夢も何もないのに……簡単に決めてしまうなんて」


 青空には飛行機雲が線を引いている。ああ、爽やかな五月の風が心地いい。つい微睡んでしまうほどに。


「行動せずに、うんうん唸ってる方がアカンしな。百聞は一見に如かずって言うやん? 大学で新しい何かに出会えるかもしれんやん」


「そうかな?」


「前向きに行こう。あたしらは友達やろ。

 こんな時期だから言うけど、あたし桜野のこと好きなんよ。

 離れるのも嫌やねん。一緒の大学に行けたら最高に幸せやわ」


「もしかして、金子ちゃんって……」


「コラコラ。変な意味で捉えるな」


「……金子ちゃんはどうして私に声をかけてくれたの?」


「どうしてって?」


「出会ったとき、私のところにすぐさま来てくれたでしょ?」


「なんや、昔の話か? 話しやすそうやった。それだけやな」


「でも、それで良かった。桜野と友達になれたんやしな。はい、チョココロネの半分」


「え、中身がデロデロ出てるじゃん! 金子ちゃん! どうしよー!!」




 数日後、私が恐れていた三者面談がついに始まってしまった。教室で、お母さんと並んで椅子に座る。緊張する。


「普段の萌子はどんな感じですか? やはり、内気なのが親として心配なんですよー」


「萌子さんは真面目で、授業中も静かに集中している生徒です。

 問題も起こさない生徒ですし、転校生の女子生徒と仲良くしてくれてる頼りになる存在ですね」


 嘘だ。私に友達と呼べる友達がいないから、見かねて金子ちゃんが話しかけてくれたんだ。


「掃除や頼みごとも進んでやってくれます。

 成績もずっと真ん中以上をキープできてますし、無遅刻ですし言うことなしですね」


 頼まれたら断れないだけですよ先生。

 無遅刻もノートを借りれる生徒が限られているから、そのためです先生。


「萌子さんの進路について、どのような話し合いをされましたか?」


「本人が何も言わなくて困ってるんですよ。そこそこの大学に行ってもこの就職難ではやはり心配なので、うちの自営業の花屋でも継いでもらおうかな、なんて親としては思ってるわけですけど。まだやりたいこともないみたいだから」


「まだ、目標が定まってないんだね?」


「……」


「シャンとしなさいよ、萌子。もう三年生よ? 

 しっかり自覚しなくちゃ、いつまでも子供じゃないんだから」


「桜野さん、何か考えがあるんだろう? 先生は生徒一人一人に真剣な態度でアドバイスを送りたいんだ。

 先生が進路を決めるんじゃないからな、それぐらいしかできないけど役に立ちたいと思ってる」


「金子ちゃんと、金子星美ちゃんと同じ大学に進学したいです……」


「金子ちゃん?」


「ああ、金子さんね。さきほど言ってた転校生の子です。彼女は彼女の能力に見合った県外の大学を受けるんです」


「そうなんですか? 萌子は、萌子は行けそうですか?」


「美大じゃ、ちょっと厳しいですね……」


「でも、行きたいです」


「萌子、そこまでしてなんで行きたいのよ」


「金子ちゃんが……金子ちゃんがいるから……」


「たったそれだけ? もうちょっと考えたほうがいいんじゃないの?」


「でも」


「先生もそう思うよ。彼女は美術方面に興味を持っているけど、桜野さんはそういったものに興味はある?」


「そんな友達の家に遊びに行くような感覚で、進学するなんて言わないでよね。

 おじいちゃんにもしっかり話さないといけないわ」


「私のしたいことは、金子ちゃんと同じ大学に行くことです」



 ぷりぷりと怒るお母さんの後ろを歩く。先生は、最後に私を呼び止めると言ってくれた。


「桜野さん。先生も君らの頃は反抗のしまくりでね。

 親からも教師から見ても、ほんと困ったもんだったよ。

 でも、高校時代の恩師のおかげで教師を目指そうと思えたんだ」


 と。


「大学に行けば何かしたいことが見つかるかもしれない。

 人生は長いんだから少しぐらい無茶しても平気さ。

 がんばって説き伏せるんだよ」


 と。


 無茶、かぁ。






「『教材を運ぶの手伝ってもらっていいかな? 

 結構重いから、誰か誘って職員室まで来てくれたら助かるよ』

 って先生に言われたんやけど、手伝ってくれる?」


 金子ちゃんにそう言われた五月中旬のある日の朝。


「うん」


 と頷いて、昨日のテレビ番組の話をしながら並んで歩く。風通りをよくするためか、既に開いていた扉から出ようとした、そのとき。


 正面衝突した。ごっつんこだ。扉を出ようとした瞬間、誰かにぶつかってしまった。私は金子ちゃんに支えられて無事だったけど。相手は尻餅をついてしまった。オデコが少し痛い。


「いてて……。ちょっと痛いじゃないのー」


 クラスのムードメーカーの山岸さん。あたしよりも華やかで流行に敏感な女子生徒だ。クラスカースト上位組、だ。


「あ、ごめん……」


 山岸さんが制服を叩きながら起き上がる。あおの冷ややかな視線が私に突き刺さる。蛇に睨まれたカエルのように私は動けなくなった。


「朝からムカつくー。しかも、制服汚れたじゃーん!」


「すまん。少し会話に夢中になっていたんだ」


 金子ちゃんが後ろから説明してくれた。


「はぁ? 別にいいけどさー。場所とか考えて欲しいんだけどー。扉の前で話すのはおかしくない? 普段通り、隅っこで話してなさいよ」


「今から、教材を取りに行くとこだったんだよ。そっちこそ、遅刻しそうだから走ってきたんじゃないのか? ぶつかり方からしても、走ってきたのは間違いないだろ?」


 バチバチと火花が飛んでいる。どうしよう。


「は、はぁ? ……だいたい、その目つきなんなの? 成績が良くて賢いからって人を馬鹿にした目をいつもして……。正直、腹の中では桜野さんのことも大マヌケだって思ってるに違いないわ」


「お前もう黙れよ。もういいだろ。桜野と職員室行かなあかんねん」


「じゃあ、早く行きなさいよ。ったく。朝から陰気が移るわー」



 私たちは相手にすることをやめて、黙って教室を出た。

 心臓が飛び出るかと思った。


「山岸さんって、ほんと嫌な性格だよね。自己中心的というか、すぐに周りがうんざりすることをずけずけと言うもんね」


「桜野も大概やけどな。てか、なんで黙って見てたん?」


「え?」


「助けてくれたってよかったやん。まぁ、別に助けなんていらんかったけど……。それよりも何で言い返さへんの? あいつ、自分が悪いとわかると関係ないことまでグチグチ言うとったやん」


「それは……」


「カッコ悪いで。桜野も、後でグチグチ言うの」


「うん……」


「桜野は、自分が可愛いだけやねん。愛おしくて愛おしくてたまらんねん。

 だから、誰かがピンチになっても助けへん。

 自分に降りかかってくる火の粉は払う。でも、他人の火の粉は払わん。

 他人に興味はないんやろ? ひしひし伝わって来るわ」


 職員室で教材を受け取る。教科書の束だけど、二種類あって結構重かった。それ以上に重いのが、金子ちゃんとの間に流れる空気だったけど。




「帰ろう?」


 謝ろうと決意した。どう考えても私が悪かった。

 金子ちゃんは私を助けてくれたし、庇ってもくれた。なのに、私は縮こまるしかできなかった。本当に間抜けだ。


「あー、放課後に委員会あるから無理やわ」


 委員会。確か、図書委員会だったっけ? 私には関わりがない。


「あ、そうなんだ……。じゃあ、先に帰るね」


「ん」


 金子ちゃんは、そう言って手をひらひらと振った。


 駄弁る生徒の間をすいすいと抜けて、生徒用玄関にたどり着く。靴を履き変えて、一人で歩き出す。



 帰り道がこんなにも寂しいと思ったことはなかった。いつもなら、この歩道橋を越えたらお別れだったのに。

 電車に一人で乗るのはいつものことだったけど、ここまで一人で歩いてくるのは久しぶりだ。


「一年半振りかな?」


 あの日、金子ちゃんが来てから、あたしはこの帰り道で寂しい気持ちにならなくて済んだんだ。隣が温かかったんだ。でも、もう嫌われちゃったかな?


 私は、リグサに餌をやる。

 月に一度、本当に食われてしまえと思ってしまう人物を思いながら、ピンセットで摘んだチーズのかけらを放り込む。そして、思い込む。嫌なヤツらの顔を思い浮かべながら、感覚毛に二度触れる。瞬時にぱたんと閉じる葉。溶解液がじわじわと染み出てやがてすべてを溶かしてしまう。


 溶けちゃえ、溶けちゃえ、溶けちゃえ……と願う。


 死んでしまえ。いない方が人類の、いいえ私のためなのだからと祈る。



 車窓に映る自分は情けない、捨てられた子犬のように寂しげだ。


 リグサが『人間トリグサ』に成長してくれないかな。 

 悪の組織に特殊薬品をかけられ、以上成長したハエトリグサ。根っこが足なんかになっちゃってさ。二足歩行するんだ。スナック菓子を食べるみたいに人間を大きな葉っぱで鷲掴みにしてむしゃむしゃと捕食するの。たまに眠ったり、吠えたりして、無意味に暴れたりして……。


 電車を降りて、人ごみを掻き分けながら駅を出る。


 バカらしくなってきた。馬鹿らしいよ、ほんと。

 今日は宿題あったなぁ、家庭科のレポートもまだ終わってないし。明日の分の予習もしないと。

 あたしは、出来損ないだから、みんなより勉強しないと、平凡になれない。

 ああ、不平等だ。神様は罪な人です。

 私もじっくりと溶かされてしまったほうがいいかもしれない。

 こんなことばかり考えてる暇があったら英単語の一つでも覚えればいいのにね。


 「ただいまー……」


 喉からか細い声が出る。リビングまで聞こえてないのだろうか。お母さんの「おかえり」の言葉はなく、代わりに笑い声が廊下まで響いてくる。お笑い番組でも見てるんだろうなと思いながら、二階に上がる。


 部屋に入ると気づく。血の気が引いた。

 なんで、どうして……?

 あんなに可愛がっていたのに、リグサの葉っぱ、枯れちゃった。

 しおしおと萎れて、地面に横たわる葉。あんまりだ。

 栄養をあげたのに、枯れてしまうなんて。

 液体肥料は、切れてないし、餌のやりすぎが原因かな?

 たぶん、そうだろう。チーズ、あげたい気分だったのに。


「どう憂さ晴らしすればいいの?」




 復習ノート。

 山岸瑠璃。

 館内雅也。


 


 間違って出したノート。


「これは、その……」


「こんなん作る馬鹿が身近にいたんやなー……」


「あの、その」


「ええんやで。別に。本人らにバレたら、終いやけど」


「誰かに言う?」


「言わん。そんな信用できんか? 親友やろ、あたしら」


「ごめん。昨日は言いすぎた。

 ……そんなけったいなもん、作る暇があったら勉強頑張りな。

 私たち、一緒の大学に行くんやろ?」


「金子ちゃん……」


「自分の立場が嫌やねんやろ? 変えたいんやろ? 

 パッと大学デビューでもしたらええねん。手伝うたる」


「オシャレしたいんなら。あたしと一緒に服でも買ったらええねん。

 そんで二人のものにする。な? そうすれば、服の量が二倍やで?

 オシャレ度二倍アップやで?」


「家にいるのがしんどかったら、あたしとルームシェアでもすればええねん。

 家を出る、そのことで過保護からまぬがれろ。桜野は甘やかされすぎてる」


「皿洗い、風呂掃除、洗濯、炊事は任せるし」


「ほとんど私がしないといけないじゃん!」


「バイトする、となると必然的にそうなる。桜野はバイトとかしたくないやろ?」


「ファミレスでオーダーを訊きに行くのできる?」


「できない。でも、いずれしてみたい」



「そのことは大学受かってからやな。」



6月。


 リグサは元気を取り戻し始めた。良かった。



「ごめんね」


「ええよ、待ち合わせ十分遅れは許容範囲やし」


「いいよねー。あの二人。なんだか、ぴったりというか」


「ああ、まぁ時間の問題だと思ったし。付き合うの」


「恋人がいたけど、別れて交際を始めたってなかなかできないよねー」


「そうやね」


「金子ちゃんは好きな人いるの?」


「今はおらん」


「前はいたの?」


「一応なー。けど、いじめに加担するような腹立つヤツやったから幻滅した」


「へー。性格だよね。顔じゃなくて」


「え? 顔はあんまり良くなかったで?」


「え? そうなの?」


「性格より顔より、金やで? だいたい信じられへんもん人間って。

 簡単に裏切るで? アニメや漫画の見すぎちゃう? 理想言うてみ?」


「程よい顔で、背が高い、優しい」


「そんなん甘いわー。優しいって、損やしな。背が高いのもバスケ選手じゃないんやしそんなメリットないで? 最終的には信じられるのは、金と自分になってくるで? それらは裏切ることをせんから、好きやわ」


 金子ちゃんといることができたなら、もうそれでいい気がした夏の日だった。



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