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改造怪物スイーパー  作者: いちご大佐
第1章 新しい居場所、新しいカラダ。
8/59

幕外之話 エレクトロンリネス

2016/10/02 割り込み投稿

 ―― 1月 『A市』 ――



「オイ、横に並んで歩いてンじゃねェよゴミカス共。邪魔だから所持金全部置いて散れ」

「はあ何様だお前?」


 夕暮れ時の街中、騒がしい浮かれた連中が跋扈するのは、大して珍しくない。そんな連中にわざわざ文句を言う者も多くはない。やくざ者も多く「人を見たら殺人鬼と思え」がセオリー、この『A市』はそんな場所だ。故に今、彼らに悪態を吐き、剰え金まで強請るこの青年は好奇の視線に晒されていた。馬鹿な奴。気違いだ。何だ喧嘩か。……周囲からはそんな声が聞こえてくる。

 彼ら(・・)は如何にもガラが悪く喧嘩っ早そうな不良の一団。人数は十人前後。対する青年は金髪にピアス、細身、中背、見た目はただのチンピラ。特別喧嘩に強そうでもない。一際図体の大きいリーゼントの男が前に出て、チンピラの青年と向かい合った。青年とは対照的に恰幅のある身体つき。彼に対し不良達が遜っているところから、リーダー格であることが見て取れる。

 一周回って時代の最先端を行くリーゼントヘアー。対するはいつの時代も変わらない金髪ピアスというステレオタイプなチンピラ。絵に描いたようなメンチ合戦が行われる。

 そんな中、不良側の一人があることに気付き慌てだした。


「アニキぃ、そいつヤバいッス……!」

「何だよ」

「そいつ多分『イナザワ』の取り巻きの『フルショウ』って奴ッス」


 それを聞いて不良一団がざわめきだす。


「ヤバッ」

「うげっ、マジかよ……」

「ツイてねぇ」

「早くずらかろう」


 だが不良の頭は狼狽えない。自慢のリーゼントを整えながら相手を威圧。


「所詮取り巻きだろ。『鮫の威を借る小判鮫の糞』が」


 兄貴分の斬新な煽り文句に再びざわめく。 


「アニキぃ、色々混ざってるッス」

「それ言うなら『虎の威を借る狐』じゃね?」

「……なるほど、『コバンザメ』と『金魚の糞』が混ざったのか」

「頭の中とっ散らかり過ぎだろ」

「しっ、アニキなりに上手いこと言ったつもりなんだよ」

「お前らうるせぇ!」


 何とも巫山戯た緊張感のない連中。それがまたチンピラの……『古庄』青年の気に障る。苛立ち紛れに、わざと聞こえる大きさで舌打ちをした。一瞬凍る空気。ある者は肩を震わせ、ある者は額に青筋を浮かべる。少しは緊張感のある空気になったと認め、古庄は口の端をくい(・・)と歪めた。


「ニヤケてんじゃねぇッ!!」


 唐突に放たれる頭突き。整えたばかりのリーゼントが潰れるのも構わず額と額を衝突させた。古庄は堪らず額を抑え蹲る。その様子を見て、石頭を擦りながら勝ち誇る不良の頭。髪型を整えつつ勝ち台詞の一つでも言おうと、古庄を見下ろす。

 ぎらりと光る獰猛な瞳に睨み返されていた。


「汚ェ縮れ毛が目に入っちまったじゃねェかよ。その邪魔な髪、焼き潰してやる」


 古庄は忌々しいリーゼント頭をむんずとつかみ、宣言通りそれを焼いて千切った。どうやって焼いたのか? 本人以外誰も知らないし、考える余裕もなくなっていた。周囲に漂う独特な臭いと、『イナザワの取り巻き』という前情報が、この男の異常性を強く印象付けたのだ。自分の毛の焼ける臭いを間近で嗅ぎ、思考停止した不良頭。古庄がその胸ぐらを掴むと爆竹が弾けるような音が連続し、音に合わせて大きな図体がビクビクと痙攣。失禁、そして失神。焦げる臭いが充満する中、古庄は、シミの広がっていくズボンからさっ・・と財布を抜き取った。紙幣だけ取り出し、あとは財布を逆さにして地面に落とす。アスファルトの上にジャラジャラと落ちる大量の硬貨。怯えた不良達は一目散に逃げ出そうとした。だが先のごとく音が鳴ったと思えば全員その場に倒れ、打ち上げられた魚のようにびちびち痙攣する。


「手前ェらも財布は置いてけ」


 格下相手に容赦しない。気に入らない奴は死なない程度に痛めつける。

 それがこの『古庄恭弥』、電気を操る能力者のポリシーである。



 ――――



 その日、彼は特別することもなく、お決まりの散歩コースを巡回していた。有象無象から巻き上げた金で総菜パンを買い、そのコンビニ袋をぶら下げたまま落ち着ける場所を探す。公園にしようか、橋の下にしようか、出来るだけ落ち着ける場所がいい。丁度夕暮れ時で、何処に行っても割と人がいる時間帯。だから自然と足が向かうのは無難に「いつもの場所」だ。凝った装飾のアパートの裏を通る。遮断機のない踏切を横切る。錆びれた弁当屋の脇を抜ける。そして陸橋の下を通り抜けた先にフェンスがあり、そこを乗り越えれば「いつもの場所」だ。だが陸橋の下に来たあたりで、ふと足が止まった。扁平な橋脚の傍らに見慣れないものが置いてあった。

 段ボール箱だ。

 この陸橋周辺は特に治安の悪い場所であり、箱の中身は人間の死体か、或いは爆発物が入っている可能性もある。迂闊に近づくのは危険。かといって、ここは古庄のテリトリーの様なもの。ゴミを放置されるのは気に障る。


「ッたく仕方ねェ、燃やしちまうか」


 一応中身を確かめるため、古庄は離れた位置から微弱な電流を放った。


『みぎゃっ!』

「あァ?」


 爆発を警戒していたため箱から聞こえた『鳴き声』に、一時思考停止した。

 鳴き声に続き中で何かが暴れている様子。段ボールが小刻みに揺れ、ガリガリ引っ掻く音が聞こえてくる。

 漸く合点が行った。


「捨て猫か……チッ」


 とりあえず危険物ではないことが分かったので近くに寄り、ガムテープを破って箱の上部を開いた。茶トラの薄汚い子猫だ。隅に小さく縮こまり、震えながら精一杯の威嚇をしてくる。誰かがここに子猫を『捨てた』。ご丁寧にテープで封をして、完全にモノ扱いだ。そして今その子猫に電気を浴びせてしまった。捨てた人間に対して、或いは自分に対して、古庄の胸に言い知れぬ嫌悪感が沸き起こる。しかし古庄が一番嫌悪しているのは、その猫に対してだ。

 可愛げのない猫。惨めに捨てられて、一匹じゃ何もできないちびの癖に。

 古庄は手に持っていたコンビニ袋から総菜パンを取り出し、玉ねぎが入ってないことを確認。


「食えよ。死にたくなきゃ、もッと人間様に媚びやがれ」


 箱の中にパンを放り入れ、空袋をポケットに突っ込んで足早に目的地に向かった。


 フェンスを乗り越え林を抜けてその場所へ。そこは通称『廃墟の森』、広大な敷地が丸々一つ廃墟空間と化している。ビルがあり、貸店舗があり、電柱や道路標識もある。但し何処も無人でライフライン等通っていない。開発の途中で敷地諸共放棄されてしまったのである。

 砂埃積もったベンチに腰掛け、一息吐く古庄。先程買った総菜パンはもうない。

 目を閉じて風を感じる。夜になるとここは真っ暗になるから、ちょっとしたら帰ろう、と思ったのだが……


「……誰かいるなァ」


 人の気配。古庄は『電気を操る能力』の副効果で電気を感じる・・・ことができる。生物の体にも微弱ながら電気が流れているので、電場の乱れから人の気配を感じることができるのだ。特にこのような場所では位置情報まで正確に読める。向かいにあるビルの非常階段、四階あたり。既に薄暗くなりつつあるが人の頭がちらりと目視出来た。気付かないふりをしても良いが、一応『警告』しに行くことにした。

 少しサビの浮いた階段を上っていく。カンカンカンという無機質な足音。半ばまで上ったあたりで二人の目が合う。

 見知らぬ男は、気付いても逃げ出すわけでもなく座り込み、ただ古庄が目の前にやってくるまで待っていた。

 取り敢えずこの男を追い出さなければならない。しかし何と言って追い出したものか。


「……あァそうだ。夜になると『イナザワ』が来る。自分の身が可愛けりゃ、さッさと出て行きな」


 その警告に、男は呆けた様子で返す。


「腹が減ったんだ。それはもう一歩も動けないほどにね」


 古庄はその男をよく見た。辺りは既に暗闇に飲まれつつあり、顔はよく見えない。ただ髪がやけにベタついてテカって(・・・・)いる。少なくとも一週間ほどは風呂に入っていなそうだ。何となく鼻につくにおいも漂っている。四十半ばの、ホームレスか、人生に疲れたサラリーマンか、そんな印象だ。


わりィな、食いモンは全部猫にやっちまった。手前ェの分は無ェ」

「いや、いい。人から貰ったものは食べないと決めているんだ。君が友達だったら話は別だがね」

「……あァ勝手にしやがれ」


 古庄は呆れ立ち去ろうとする。が、思いついたように男ががばっと顔を上げ呼び止めた。


「そうだ! なあなあ君よ、私と友達にならないか」

「……ふざけてンのか?」

「真面目だよ。僕と友達になって君が食べ物を持ってきてくれたら、私はそれを食べられる」

「やっぱり馬鹿にしてンな。ほざいてる余裕があったらスリでもやッてろ。んでネットカフェにでも行け。飯も食えるしシャワールームもついてる」

「君が友達になってくれないならここで飢えて凍死した方がましさ」

「知るかよ、勝手にしやがれってンだ。オレは帰る」


 古庄は話についていけなくなり踵を返した。寒いしどうやら死ぬほど飢えているらしいが、そんなことは古庄には関係ない。さっさと階段を下り、廃墟郡を抜けてフェンスを乗り越え、来た道を戻っていく。男は追いかけこそしないものの、その様子を非常階段の上から眺めていた。

 来るときに居た猫のことなどとっくに忘れていた。ただ男の話が何処となく気に食わなくてまた苛々してきたのだ。


「何が友達だァ……どいつもこいつも群れやがッて」


 目についた頭の悪そうな集団に八つ当たり。適当に電撃を浴びせて何発か殴り、それで幾分気が紛れる。日頃からそのようなことを繰り返しているから古庄を憎む輩は少なくないが、それも彼の知ったことではなかった。


 次の日も古庄は総菜パンを買い廃墟の森へ向かう。

 陸橋の下で昨日と同じ猫が居たが、昨日与えたパンは殆ど減っていない。寧ろ衰弱しており、ただただ寒さに震えている。

 古庄はそれを横目で見て、舌打ち一つして素通りした。

 フェンスを乗り越え廃墟の森へ。今日こそゆったりと夕暮れの時間を過ごそう。そう思ったがまた人の気配があった。

 気配のある方へ行く。やはり暗くて顔はよく分からないが、昨日の男だった。


「手前ェ、まだ居やがッたか」

「手足が痺れてね。動けそうにない」

「……ほらよ、コレやるからさッさと消えろ」


 パンを差し出すも、男は受け取ろうとしない。


「なあなあ君よ、君は私の友達か?」

「生まれてこの方友達なんて出来たことねェよ」

「じゃあこれは受け取れないな」

「あァもうメンドクセェな。やるって言ッてんだから素直に貰やぁ良いンだよ!」


 古庄は男にパンを叩きつけて踵を返した。

 昨日よりも苛々する。また名前も知らない輩に喧嘩を売り、ストレスを解消した。

 しかし胸の内に靄が湧いたように、心は晴れなかった。


 また次の日も同じ。パンを買い、廃墟の森へ。あの猫は居なくなっていた。代わりにパン屑が散乱し鳥に食い散らされていた。どこへ行ったか、あの様子では遠くには行けないだろうし、猫を拾うような人間はこんな所にそうそう来ない。きっと烏にでも攫われたのだろう。古庄はそう結論付けてフェンスを乗り越えた。

 今日は気配を探るまでもなく、廃墟のベンチに男が座っていた。

 何かを膝にのせている。近寄ってみると、あの猫だった。昨日この男にやったパンを、猫に食べさせようとしているところだった。


「おい手前ェ何やってん……」

「なあなあ君よ。これは君の友達か? 今にも死んでしまいそうじゃないか」

「……知らねェよそんな猫」

「そうか、君も友達が居ないのだったな」

「チッ……」


 男は悲しそうな様子で言う。


「パンをやっても食べないんだ」

「そんな力も無いんだろうよ。こうなったら、早く死んじまったほうがいいのかもなァ」

「そうか……そうだな」


 ……。


「ゆっくり眠り給え。もし『次』があるのなら、きっと救いのある人生を」


 諦めたように目を閉じ猫の背を優しくそっと撫でて、おもむろに猫の小さな頭に手を被せる。古庄は何とは無しにその男の行動を見届ける。次に男が手を退かしたとき、小さな命はもうそこにはなかった。何か特別なことをしたようには見えなかったが、きっとこの命はここで終わる運命だったのだろう。古庄はそう解釈した。

 その後二人は、廃墟の脇の枯れた花壇に遺体を埋葬した。辺りはすっかり真っ暗で、隣にいる男の表情も分からなかった。


 それから一週間ほど、古庄は毎日同じ時間にこの場所へ通った。やはり男は去る様子がないので、花壇の縁に腰掛け他愛もない会話を二人でする。男は事あるごとに友達にならないかと古庄に持ちかけた。何故そこまで『友達』というものに拘るのか少なからず疑問に思った古庄であったが、細切れに話される彼の半生について聞くと、半ば同情せざるを得なくなった。

 内容は以下のようなものだ。


「私がまだ若かった頃、一応大学を出てから、システムエンジニアなんかやってね。あの頃は身を粉にして働いたもんだ。一日中コンピュータと睨めっこさ」


「結構頑張ってて、さあこれからだ、って矢先。つまらないことで警察に捕まった。ああ勘違いしないでくれ、私は何もやっていない。冤罪だ」


「無期懲役で十年近く牢屋に入っていた。二十八の時から十年だ」


「漸く疑いが晴れたのはいいものの、元の仕事から十年も離れたもんだから、プログラミングの技術なんてとっくに頭から抜けてた。それに冤罪だったとは言え、私みたいな出獄者に世間様は容赦ない。新しい仕事なんてこれっぽっちも無かったね」


「牢屋に入る前は仕事一筋だったからね、人付き合いも疎遠になって、頼れる友達なんていなかった。家族とは連絡付かなくなってたし」


「金も拠り所もなかった」


「そんな折、とある素敵な女性ひとに出会ったんだ。こんな何も無い私に色々良くしてくれて」


「ダメもとでプロポーズしたらさ。OKしてくれた。信じられないよね、ほぼ奇跡だ」


「私は見てのとおりの冴えない男が、こんな私にも妻が居たこともあったんだよ。今は居ないがね、はは」


「ああ、一寸遠いところに行ってしまったのさ」


「妊娠してたんだ。彼女と過ごす一分一秒が幸せな時間だった」


「……もう少し、ってとこだったのになぁ」


「神様って奴は酷く残酷なことをするもんだ」


 男は一つ話す度に自嘲気味に笑った。何が可笑しいのか。そんな様子を見て古庄はまた苛立ちを募らせ、帰り道で誰彼構わず喧嘩を吹っ掛けた。殆ど殴り返されることなどなかったが、身体よりも精神が摩耗していくような感覚を覚えた。他人のことなんて知ったことではない、はずなのに、話を一つ聞く度に吐き気を催すものが精神を蝕んでいく。友達、友達、友達……その何度も繰り返される響きが勝手に頭の中で反芻される。居なかったのだ。居なくなったのだ。

 男の顔色は、夕闇の中でも分かるくらいに悪くなっていた。当然だ。この一週間何も口にしていないのだから。古庄は毎日パンを持ってきたが、結局一度も受け取ることはなかったのだ。


「ああ、寒い。指が痺れて上手く動かない」

「……食えよ。死んじまうぞ」

「それでもいいさ。このまま一人で生きていても無意味だって気付いたんだ。友達が居ないなら、死んだほうがましだ」


 自嘲が空しく消え入った。


 その次の日。雨が降っていた。氷のような空気の冷たさを、肌を刺す雨粒が一層引き立てる。いつもなら雨の日は部屋で過ごす古庄だが、その日は何故か外に出ずにはいられなかった。傘を差し、ボロになったコートを着て廃墟の森へ向かう。勿論、途中でパンを買った。汚れたスニーカーが水を吸って気持ち悪い。纏わりつく嫌な感情を振り払って、フェンスを乗り越えた。あの男を探す。多分あの花壇の付近にいるだろう。さっさと彼奴の顔を見て帰ろう……。

 予想通り花壇のところにいた。

 雨に打たれていた。

 アスファルトの上に倒れ伏し、それを数人の不良が取り囲んでいた。

 不良共の手には鉄パイプやバットが握られ、その場の水溜まりだけ、赤い水が溜まっていた。


「オイ、何やってンだ手前ェ!」


 古庄はパンの入った袋と傘を投げ捨て、不良共を乱暴に押しのけ彼のもとへ駆け寄る。額から濁々と血を流し、顔面はドドメ色。焦点の合わない目で古庄の顔を見返してくる。


「な、なあなあ、君よ」

「……喋るな」

「君、よ。君は私の、友達、か?」

「違うッつってんだろ……!」

「そうか。はは……」


 不良共は二人の会話をにやにやしながら鑑賞している。この不良共は数日前に古庄にやられた奴らで、今回はその憂さ晴らしをしに来ていたのだが、そんな事情、古庄には頗るどうでもいい。ぐつぐつと煮え立って今にも噴きこぼれそうな激情が、次の一言で完全に弾けた。


「ああ、友達が欲しい……」


 唐突に立ち上がり、一番近くにいた不良に素手で殴りかかった。能力も使わず、怒りのままに振るう徒手空拳。降りしきる雨の中で殴り、殴られ、まさに泥仕合。しかし武器を持った相手に素手で立ち向かえる辺りは、やはり喧嘩慣れしていると言えよう。力ずくで相手からバットを奪って乱雑に振り回すと、不良共は距離を取ろうと後ろに下がった。

 ここぞ、古庄は怒号上げながらバットを地面にたたきつけ、不良共を怯ませた。

 目をいからせ、そして言う。


「……何が友達だ。友達ってんならよォ、そんな簡単に死んでんじゃねェッてんだ!!」


 ぎゅっと目を瞑り、耳を塞いで再び怒号を上げた。

 刹那、瞼も貫く閃光。

 遅れて、耳栓も弾く轟音。

 古庄に再び視力と聴力が戻るまで数十秒。

 そこにいた輩は皆、彼一人を除いて死んでいた。

 あの男も……。


「……居ねェ…」


 死んだと思った男は消えており、パンの入った袋も無くなっていた。



 ――2月某日――



 とあるアパートの一室、三人の男が座り込んで話していた。

 一人は『古庄恭弥』、一人は『稲沢イナザワ』という青年、もう一人は『権蔵ゴンゾウ』という壮年の男。

 稲沢が問う。


「で、結局その『情報屋』って奴は何て言ってんの? 話がよく分かんなかったぜ」


 権蔵が嫌そうな顔をして、携帯端末ケータイをみながら説明する。


「だから、そこの古庄が人を殺したせいで『スイーパー』って奴らに目をつけられたってことだ」


 古庄はこれといって何も言わない。

 代わりに稲沢が話をこじらせる。


「今まで殺した人数なら俺の方が多いぜ?」

「知るか」

「大体その情報屋って奴はなんなの。突然そういうメール送ってきたんだろ? 絶対マトモな奴じゃないぜ」

「そんなの儂だって知りたいわ。大体お前らが面倒ごと起こし過ぎたせいでなぁ……」


 権蔵は眉間に皺を寄せながら愚痴り始める。古庄と稲沢は『能力者』だが、権蔵はただの一般人だ。普段から二人の傍若無人な振る舞いに振り回されており、不満がたまるのも無理はない。何故一般人が彼らのような輩とつるんでいるのか、甚だ奇妙なことだが、それはまた別の話。


「大体何が能力者じゃい。ちょっと変わったことが出来るからって……」

「あーはいはい。じゃあ取り敢えず、暫くは俺が用心棒として付いとくからそれで大丈夫だぜ。あ、その隙に逃げようってのはナシだぜ権蔵さん」

「……フン」


 一先ず話が付いた。権蔵は昔気質な気難しい性格だが、普段からこの面子で行動しているので話の切り上げ時は皆分かっている。

 締めに、古庄が言う。


「そんな奴ら皆ぶっ殺しゃいいンだ。どうせ他の奴らなんて、吹けば飛ぶようなつまんねえ奴らしかいねェんだからよ」


 古庄にとって、この二人は『友達』とは言えない。あくまで流れ着いた先で出会っただけの腐れ縁だ。

 だが心の奥底で「こいつらは簡単には死なない」と思っていた。

 付かず離れず、惰性で共に過ごす。それが彼にとっては一番心地よい関係なのだ。

 ちっぽけな世界だが、この居場所を守るためなら、何を失ってもきっと後悔はしないだろう。


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