第4話 不老不死のサイボーグ
※2016/04/07 改稿済み
菅原リョウの健康状態:健康
「よし、みんな揃っているな。次の依頼が入ったわけだが……ん?」
依頼実行の主要メンバーが広間に揃っていたのを確認して、リーダーが喋りだそうとするが、何やら通路の方からバタバタと走り回る音が聞こえてきた。
ここに今いるのは俺、おっさん、ニトー、メガネ、ホスト、キョウコ、ミサキ、ヒメ、キャルメロ、そしてリーダー。敬称略。ということは(まだ見ぬ一人を除き)ここで生活してるのはあと一人しか居ない訳で。
「ふんすふんす」
「ふひいーッ!」
案の定ドクター……と何故か黒猫のエニグマが、鼻息を鳴らしながら通路から飛び出してきた。どうやらエニグマに追いかけられていたようだ。
この猫ここで飼ってたのか? どこかの飼い猫だと聞いていたが。
「おいホスト……黒猫をここに連れ込むなとあれほど言ったろう」
「シシシ知りマセンヨ!!」
どうやらホストさんが連れ込んだらしい。猫好きなのはいいが人んちの飼い猫連れてきちゃダメだろ。例の動物使いじゃないんだから。
リーダーは呆れたように肩を竦め、再び話し始めた。
「まあいい、せっかくだしドクターもそこに座って。
えー、次の依頼が入ったわけだが。依頼の内容は『標的の始末』。
標的はA市北区在住、無職二十三歳の古庄恭弥、『電気を操る能力』を持った能力殺人犯だ。真正面から狩るのはおそらく至難。人目につかない場所に入るタイミングを狙って、狙撃で仕留める。
メンバーは私と、メガネ、リョウの三人で行こうと思うが意見はあるか」
「質問。何で三人だけなんですか?」
「ああ、現地への足に電車等を使うわけだが、こういう場合交通費は依頼主に出してもらっている。
交通費から浮いた分は報酬の足しにしてもらえるんでな。つまりは経費削減ってところだ。依頼自体はシンプルな内容だから三人いれば事足りる」
地下基地のあるここはC市中央区、A市とC市は隣接しており電車だと多分1、2時間で着くだろう。言っちゃ何だが結構貧乏してるんだな。まあそれはここ数日の生活でなんとなく想像つくが。
他に何か意見はないかとリーダーが言うと、ドクターが恐る恐ると手を挙げた。喋るのかと思ったがやはり皆の前で意見を言うのは躊躇してリーダーに耳打ちで意見を言った。それはそれで逆に注目を集めてしまっているが。
「ごにょ…ごにょごにょ……」
「ふむふむなるほど……。ほほう…それでそれで?」
「ごにょりごにょりん……出汁巻き卵ごにょ」
「ほう……美味い出汁巻き卵が……」
出汁巻き卵? 一体何の話をしてるんだよ。それに結構長い。ちなみにさっきドクターを追いかけてきた黒猫は女性陣と戯れている。撫でられながらテーブルの上でゴロゴロと転がり愛嬌を振りまいていた。
ちょっと俺も撫でられ……じゃなくて撫でたいな、などと思っているとドクターの話が終わったようだ。
「ゴホン。実行メンバーのことだが、メガネの代わりにドクターを連れて行く。異論はあるか?」
「オッケーです」
「よし、では出発は明日の朝、残りのメンバーは留守番を頼む。向こうに何日滞在するかは分からないので二人は着替えと歯ブラシくらいは持っていけ。話は以上、解散」
リーダーが話し終わり、それぞれ部屋に戻ったりその場で寛いだりし始めた。それにしても暢気なものだ。たった今人殺しの算段をしていたばかりだというのに、これといって特別なこともない。余りに唐突に話が終わってしまったので何だか取り残されてしまった気分だ。ドクターもリーダーにカルテのようなものを手渡し自分の住処(手術室)へ帰っていった。というかなんでドクターが来るんだ? あの人正直役にたたなそう……。まあいいけどさ。
……じゃあ俺も部屋に戻るか。と思い立ち上がったらリーダーに呼び止められた。
「リョウ、ちょっと待て。これドクターから」
「なんですかこれ。カルテ?」
「生体サイボーグの取り扱い説明書みたいなものらしい。
『もっと早くに渡すべきだったが上手くタイミングが掴めなくて今渡すことになった。誠に申し訳ない』とのことだ」
エニグマに追っかけられてやっと渡す気になったんだろうか。あの人らしいといえばあの人らしい。
リーダーにお礼を言ってその場で説明書に目を通した。おそらくドクターの手書きであろう、汚い文字で簡潔にサイボーグ化の詳細が書いてあった。
―――
『生体サイボーグ研究被験体:菅原リョウ
施術は無事成功し、サイボーグ化研究初の成功者となった。
サイボーグ化の成功により以下の身体機能が獲得される。
肉体操作:肉体のあらゆる機能を意識的に操作することが可能。
即ち、骨量・筋肉量、分泌物の量・質、代謝速度等を
意図的に操作出来る。普通なら治らない怪我を負っても完治できる。
細胞の分化も思い通りになり、肉体の構造自体を作り変えることも可能。
細胞が常に他の細胞に対し浸食・吸収・増殖を繰り返すことによって生命活動を維持しており
全ての細胞が活動を停止しない限り何度でも再生が可能。
老いることのない、不死性をもった肉体である。
当然であるが不死性とはあくまで細胞レベルでのものであり
脳の破損による自我の消失は恐らく避けられない。(要観察)
神経操作:肉体操作機能の一部であるが、神経系を自在に繋ぎ変えることが可能。
通常より伝達速度が加速化されており脊髄に頼らない活動が可能。
遺伝子取込:外部から他の生物の遺伝子を取り込み、その形質を獲得することが可能。
取り込んだ遺伝子は、脊髄内に集中している特異細胞により分析・複製が行われた後
血液経由で全身に拡散される。その後遺伝子に記された情報は一度潜在状態になり
肉体操作によりその形質を覚醒させることが可能となる。
その他生物としての身体機能が多少向上している筈。手術により誰でも不老不死の獲得が可能となるのが『サイボーグ化研究』の最終的な目標である。
尚、この紙は持ち出し厳禁。読んだら適当に処理すること』
―――
なんか思ったより凄いことなってるな。サイボーグって聞いて実際ワクワクしてたけど、考えてもみればこんな技術どっから持ってきたんだ。サイボーグ化の技術が実在してるなんてテレビでも聞いたことない。ドクター意外と天才?何より不老不死って。そんなもの真面目に研究してる人が存在したのか。そんで俺が初めての成功者だと。……現実味がないな。
まあいいや。それにしても脊髄とか代謝、分化、遺伝子。聞き覚えはあれど何だかよく分からない単語がいっぱいだ。何となく凄いってことだけは分かるが、我ながら学がないのが悔やまれる。まあ、とりあえず怪我を治せるのは分かった。ちょうど脚に、犬に噛まれた出来たてほやほやの傷がある。早速試してみよう。
まず椅子に座り、ズボンを捲って傷口を露出させる。余り気にしてなかったが結構酷い裂傷だ、指を突っ込めば骨に触れるんじゃなかろうか。そして脱力。何事も脱力が大事だって偉い人がテレビで言ってた。で、「思い通りになる」って書いてあるし傷が治るようにイメージすればいいのかな。傷が治るようにイメージ。痛いの痛いの飛んでゆけー…、うむむむむ。
……数分念じ続けた結果、傷痕には変化はないが何か全身痒くなってきた。「怪我治れ」と念じるほど痒みが増していく。体が火照ってきて汗も止まらない。熱で頭がボーッとしてくる。あ、ふらふらしてきた、ヤバい気がする。
ここらへんで止めておこうかと思ったら、黒猫を撫でているキョウコとふと目があった。
「………」
「………」
小さな口を真一文字に結び、じっと見つめてくるキョウコ。
何故かズボンを捲って汗をかきながら、顔を赤く染めている俺。絡み合う視線。
そんな風に俺を見ないでおくれキョウコさん。今一寸取り込み中なんだ。
ああ、不味い不味い。汗がだくだく、熱気がむらむら、全身ひりひり。足の怪我周辺も痒くて仕方ない。瘡蓋を無理に剥がすのは良くないってテレビで言ってたが、くっ、これはもう耐えられない……。
「かゆーっ!」
遂に痒みがピークに達し、耐えられなくなり傷の上をボリボリと掻き毟る。その他の部分も無我夢中でボリボリ、ボリボリ。キョウコが見ているのもお構いなしに服の下、ズボンの中、顔や頭、全身を隈なく掻き毟る。大量の垢と瘡蓋を剥ぎ落として、全部の爪に詰まりきってもまだ止まらない。……んん、俺の爪こんなに伸びてたっけ。銭湯にも昨日行ったばかりで、垢が出なくなる程度には全身念入りに洗ったはずだが。結局痒みが収まるころには、野球ボール一個分くらいの垢がこそぎ落とされていた。うわあ、これは汚い。周りに散乱してるのもちゃんと掃除しなきゃ。
……瘡蓋を剥がしてしまった痕を見ると、針に刺されたくらい小さい傷を残したきれいな皮膚があった。結構深かったはずの傷が、ものの数分でほぼ治ってしまっているのだ。おお凄い、成功したのか。
ふとキョウコの方に視線をよこすと、黒猫を抱いたまま顔を酷く歪め俺から距離をとっていた。
「気持ち悪っ。こっち見ないでください」
うん、とりあえず銭湯行ってこよう。何でかよく分からないけど全身汚い。これは自分でも不快だ。
それにしても不老不死のサイボーグか……ふへへ。何かカッコイイ。しかし、リーダーには『調子に乗るなよ』と釘を刺されたばかりだし、周りに言いふらしたりしないほうがいいのかな。折角こんな体が手に入ったのに、もどかしいなぁ。世界征服を目論む悪の組織とか都合よく出てこないものか。あ、むしろ悪の組織はこちら側なのかな。それでもいいから、一つ暴れてみたいものだ。
ひとしきり格好良く敵を倒す妄想を済ませた後、タオルと小銭だけ持って銭湯へ向かった。今は夜九時くらいで、空に月。春先のまだ冷たい風が身に染みる。寒いしさっさと垢を落して基地に帰ろう。湯冷めにも気を付けたほうがよさそうだ。
「お、おいお前! もしかして菅原か……?」
名前を呼ばれて振り返ると、小太り気味の男が目を見開いて此方を見ていた。顔を見てもピンと来ないが呼ばれたのは確かに俺の苗字、人違ではなさそうだ。俺と同い年ぐらいで、小太りで、バスケやってそうな髪型……ああ、一人思い当たる奴がいた。俺の知り合いなんて限られてるから間違いないだろう。懐かしい。中学の時の友人の、名前は確か……
「おう、久しぶり。坂本だっけ?」
「杉本や! 坂本は野球部の奴やぞ」
「お前はバスケ部だよな」
「そっちは覚えとるんかい!」
「勘だ」
「勘かい!」
「相変わらず鋭いツッコミだな」
「まあな、ってそこはどうでもいいわ」
懐かしいツッコミだ。まあ名前間違えたのはわざとだ、中学時代の友人と呼べる友人は杉本ぐらいだし間違えようもない。野球部の坂本は知らん。ひとしきりツッコミ終えると、杉本がすっと表情を整えた。何か大事な話でもあるのだろうか。
「ときにお前、高校は行ってないんよな。その間何やってた?」
「特に何もしてないけど」
「今どこに住んどるん? 孤児院はもう出てたんか」
「ああ、つい最近な。住んでる場所は……引き取ってくれるっていう優しい人がいてだな。まあ何というかそんな感じ」
突然答えづらい質問をされて焦った。流石にあんなよく分からん連中の仲間になっただなんて言えない。下手すりゃ警察沙汰だ。
適当にはぐらかしたが納得してくれたらしい。
「そうか。……お前この後どこ行くん?」
「銭湯でひとっ風呂。この先にある銭湯がいい湯なんだ」
「おっ、奇遇やな。ワイも風呂が壊れたんで銭湯行くところやねん。風呂浴びながら何か話そうや」
「えー」
「そんな嫌な顔すんなや。別にええやないかい」
正直言って、別に杉本と話したいことあんまりないしなぁ。かと言ってそんなに突き放すこともないし、一寸会話するくらいならまあ別にいいか。そんな流れで行きつけの銭湯まで二人で歩いた。到着してから気付いたが、杉本はタオルとか着替えとか、何も風呂を浴びる準備をしてこなかったらしい。辛うじて財布は持ってきていたが、うっかりさんだな。
受付で金を払い脱衣所に入り、服を脱ぎ、貴重品は鍵付きロッカーに入れて風呂場へ。シャワーで全身を濡らし、ボディソープを直接体に塗りたくって全身を擦った。やはりまた垢が出てくる。これは『代謝の操作』というやつを行ったせいなのだろうか。『代謝』を速めたからどんどん新しい細胞が作られて、爪が伸びたり垢が出たりして傷が治った、って感じかな。フィーリングだが。泡を流しながらふと横を見ると、杉本が覗き込むようにして俺の体を見ていた。取り敢えずマッチョなポージングをしてやったら拍手された。よく分からん反応だ。だが確かに、鏡に写った自分を見ると、我ながら中々の肉体美だと思う。ムキムキというほどではなく、かと言って貧弱さは皆無。若竹を思わせるしなやかさがある。鍛えてるのかと聞かれたので、力仕事で日銭を稼いでいるということにしておいた。
体を洗い終え湯船へ。なみなみの湯面が波打ち、タイル張りの縁から男二人分のお湯が流れ出ていく。
そんなに広い浴場ではなく客は俺達だけだ。声が響こうが気兼ねなく話せる。
「で、最近どうや」
「どうって何が?」
「色々あるやろ。新しい家族のこととか……いや、話し辛いことは無理に話さんでええねんで」
「新しい家族か。まあ、まだお互い距離を取り合ってる感じだ。その他は相変わらず、ってところ。お前は?」
「最近あったこと言うたら、C大学に受かったことか」
「へえ、C大って国立の大学じゃんか。頭いいんだなお前」
「そうでもないわ。オトンもオカンも兄貴のことばっかりでワイには何も期待しとらん。お陰で相変わらずのバスケ三昧やがな」
ははっと嗤う。一体何がおかしいのか。
杉本は小学生時代の中盤から中学卒業まで、俺の居た『孤児院』に預けられていた。周りとの関わりを避けていた俺の、数少ない友人だ。何故ちゃんとした親兄弟の居る杉本が施設に預けられていたのかはよく知らないが、まあ事情は人それぞれあるのだろうし、他人のことには余り興味がない。ただ一緒にいた頃に、杉本はよく聞いてもいない『杉本家の事情』を俺に話して聞かせた。何でも大層優秀な兄がいるそうで、父親も母親もその兄ばかりかまい、弟には目もくれなかったという。で、諸々の事情で施設に預けられたわけだが、中三のとき「兄が失踪した」との知らせが入り、卒業と同時に実家に呼び戻されていった。何ともよく分からない家庭だ。
「ま、そんな話おもろないわな」
「そうだな。聞いといてなんだが対して興味ない」
「嘘でも否定するとこやぞ。……お前は相変わらずやなぁ」
おっと、そうだったか。
空気を読むとか、人の気持ちを察するとか、そういうのは苦手なのだ。俺は普通に話しているつもりでも、知らず知らず相手を怒らせてしまうことが度々ある。杉本は十分理解しているようなので顔を顰める程度で許してくれるが。
手でお湯を掬って自分の顔をバシャリと濡らす。
「スマン」
「ええのええの。でも、その社会性の無さは苦労するやろなぁ。今は稼げてるみたいやが、そのうち定職に就かんと働き口無くなってくるで」
「ああ、そうだな。俺面接とかダメダメだし。この前もコンビニの面接で落とされた」
「マジかー、やっぱし苦労しとんのな。その上お前、例の病気もあるんやろ?」
「……別に、信じられないなら信じなくていいぞ」
お湯の中で手足を伸ばしながらあくびした。
杉本は俺の病気のことも知っている。病気、と言っていいのかもよく分からないが、俺はどうやら『顔』を区別できない性質らしい。自覚したのはこいつと出会ってからだ。何度会話をしても、一度別れて次会うと顔が分からなくなっている。始めはこれが普通だと思っていた。そういうことを繰り返して、指摘され続けて漸く「俺がおかしい」と言うことに気付いたのだ。まあ、自覚して説明したところで杉本は全然信じなかったし、ファンタジーだの脳内設定だの散々おちょくられたのでもう誰にも言ってないのだが。
お湯に体を預けて浮遊感を楽しむ。そんな俺を一瞥し、杉本がぽつりと何かを言った。
「『相貌失認』」
「ん?」
「『相貌失認』って言うらしいで、それ。程度の差はあるけど五十人に一人くらいの割合で存在する疾患らしい。人は三つの点があれば顔として認識するってよく言うやん? 相貌失認の人の脳にはその機能がないんやて。目とか鼻とか、一つ一つのパーツは認識できても、『顔』をセットで認識する能力がないから印象捉えたりが難しいっていう」
「……調べたのか、俺の為に?」
抑々、周りの人がどのように『顔』を認識しているのかなんて知りようがないし、ただ注意散漫なだけかもしれない。しかしそんな病気聞いたことがなかったし、凄く勉強になる。わざわざ調べてくれたというのなら有難い限りだ。
「んなわけあるかい、偶々ネットで見たんや。……あのとき、茶化してスマンかった、世の中には色んな病気があるんやな」
「おう」
「多分空気読めないのも何かしらの病気なんとちゃうか?」
「それはどうだかなぁ」
一瞬また茶化されたかと思って笑って答えたが、杉本を見てもふざけている様子はない。……俺はよくテレビを見ていたが、ニュースだとか難しそうな話はいつもスルーしていた。故にテレビから得た知識はそこまで豊富ではない。もしかしたら本当に……。
いや、第一病気だからと言って何なのだ。本質が変わるわけではない、病気か病気じゃないかなんて表面的な部分に意味はない、そんなことが分かったところで何の足しにもならないじゃないか。俺は杉本の『顔』を見た。頬の筋肉がたこ焼きのように丸く出っ張っている、血色のいい顔。お湯に濡れて水が滴っている。俺の目にはそう見えている。
だが、他の人が見ればもっと違うものが見えるのだろうか……。
「アリガトウ」
俺の口からそんな言い慣れない言葉が漏れ出した。別段意識したわけではないが、何か言おうとした結果出たのが何故か『お礼の言葉』だったのだ。言葉は浴場の湿った空気に解け、自分でも気持ち悪いと感じる残響を生んだ。それに対しての返答は、無い。
「……じゃあそろそろ上がるか」
浴場から出て濡れた体を軽く拭き、服を着て、髪を乾かす。その間も何かしら会話を交わしたが、何を喋っても空々しくなってしまう。気付けばうわの空。いつの間にか銭湯を出ていて、杉本とも別れ一人で夜道を歩いており、最後に交わした会話の内容は最早覚えていない。
陸橋の下を歩きながらふと見やると、何やら妙な模様の落書きがしてあった。立ち止まり、遅れてこれは顔を描いたものだ、と気付く。
頭に残っているのは『ソーボ-シツニン』という単語だ。実際のところ、自覚はしていた。俺の目に映る世界は酷く歪んだものらしい、と。ただそれはあくまで「らしい」という話だ。確認するすべはない。見る人によって世界は大きく姿を変える。そして人間はその世界に閉じこもって生きている。そこを再確認させられた。決してこの症状が俺だけのものではないということは分かった。五十人に一人、思ったより多い。だがそれでも五十人だ。
知りたい。
他の四十九人がどんな世界を見ているのか。
きっと夜街を歩く彼らは、すれ違う『顔』を見ぬふりして生きているのだろう。
そんな彼らの視点から、歪んでいない世界を見てみたい。
しかし、それはきっと一生叶わない。
ポケットに手を突っ込みながら、再び星空の下を歩き始めた。
今晩はやけに腹の底が空しい。
※キャラデータ※
名前:オッサン
年齢:50代半ば
能力:???
肩書:ベテランスイーパー
ゲーマー
アニメ好き
備考:ヒキニートのニトーくんと仲良し。川釣りで食材調達係もこなす。
※後の話と矛盾が出てきたり、物語の視点を統一する都合上重要な部分を削除したりしてしまいましたが、改稿時に直す予定です。ぼちぼち進めていきますので気長にお待ちください。