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改造怪物スイーパー  作者: いちご大佐
第3章 それは何時から狂ったか。
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第43話 観測不能のイフⅢ・後編

 それから俺はまた人生を繰り返した。

 十五年ほど生きて、記憶の引き継ぎを行い、失敗して死に、また生まれ直して、十五年ほど生きて、一秒だけ削った記憶を引き継ぎ、また失敗、生まれ直してまた十五年。そうやってちょっとずつ記憶の山を削っていく。「五劫の擦り切れ」とはこういう感じか。

 しかしまあ『永遠』に比べたらずっと短い時間だろう。

 いつかは終わりが来るのだから。


ーーーーー


 その時は突然来た。

 目に映るのは薄暗く歪んだ景色。上も下も分からない浮遊感。どうやら自分が水槽の中に沈んでいるらしい、と理解するまでしばらくかかった。肺まで水没しているのに不思議と苦しくない。

 液体の中でただぼんやりしていると、ガラスの壁の向こう側に人影らしきものが見えた。その人影はしばし俺を眺めた後、仲間を連れてきて、水槽の前を行ったり来たりする。はっきりとは見えないものの俺が目覚めたことに気付いたようだ。水槽内の液体が不意に揺れる。静かに、足元の方から液体が排出され始めた。液面が頭上から迫ってきて、頭部、肩、胸……と身体が液から出るにつれて、浮力を失って重力がのしかかる。なぜだか身体の動かし方がわからない。全身が外気に触れるころにはその場にただ「転がっている」ことしかできなかった。

 その後もただされるがまま。空になった水槽から引きずり出されて、肺の中に溜まっている液体を吸い出されて、首やら手足やらについていた管を引っこ抜かれて……。

 そんなことをしているうちに、ぼんやりしていた頭が段々目覚めてきた。

「分かるか?」

「いや、よくわからない、ですが」

「意識はあるな。よし」

 傍にあったベッドに寝かされて状況説明を受ける。

 ざっくりいえば俺は、自分の足でこの『闇病院』まで来て、五年間ほど『生命維持装置』の中で眠っていたようだ。さっきまで入っていた水槽のことである。

「意識朦朧でよ、ゾンビみてぇな顔してウチを訪ねてきたんだが、お前そのときのこと覚えてるか?」

「いえ、まったく。……ただ……」

「ただ?」

「ここを訪ねた理由はわかります」

「ほう」

 今度は俺が説明した。

 俺は、キャルメロに逢いに来たのだ。


「ふむ……にわかに信じがたい話だが、下半身シモのピアスの数まで把握してるとは恐れ入ったな。なあキャルメロ?」

 闇医者が脇のほうに目配せする。

 そこには一人の女性が居た。つややかなブロンドの髪に、煮玉子みたいにつるりとした小麦色の肌、すっとした目鼻立ち。そして鼻腔をくすぐる花のような香り。

「あまり黒歴史を掘り返されると恥ずかしいのだけれど」

「キャル、メロ……?」

「ええ。ほら」

 わざとらしく舌を出すキャルメロ。二股に分かれている舌先を、器用にぴろぴろ動かして見せてきた。五年間かけて全身のピアス穴やタトゥーを除去したが、このスプリットタンだけは、あえてそのままにしたらしい。

 はっきり言ってこの状態の彼女はレアだ。『記憶』にある限り、顔だけタトゥーの除去を済ませたことは何度かあるものの、傷跡すらどこにも見当たらない状態なんて。いやそもそも……。

「二十歳まで生きたの、初めてだ」

 無論『記憶』にある限りの話。

 なんだ。喜べば良いのか。どういう感情が正解なのかいまいち判断できない。ただ「ここから先どうなるのか全く知らない」という幾らかの不安がある。

「そういえばここは何処です? 少なくとも『記憶』にはない場所ですが」

 そう問うと、闇医者とキャルメロは「どこから説明したものか」という感じに顔を見合わせた。何やらそれなりに大きな出来事があったようだ。

「ここは、まあアレだ。闇病院の地下にある研究施設だ。トップシークレットだから知らなくても不思議じゃない」

「へぇ。なんでまたそんなところに」

「上は吹っ飛んだ」

「吹っ飛んだ……火事とかですか?」

「ま、火事といえば火事か」

 闇医者がコンピュータを操作する。

 モニターにどこかの紛争地域みたいな風景が映し出された。家屋など、見える限りの建造物が瓦礫と化して、あらゆる可燃物は消し炭になっている。生命の息吹は微塵も感じられず、空には暗雲が満ち、まるでモノクロ映像だ。

 これは何なのかと二人を見ると、ただ無表情な顔を向けられた。

 嫌な予感が背筋をなぞる。

「『核戦争』『太陽嵐』『地磁気逆転』三つの厄災が重なり、この一年で地上は全て焦土と化した。さながら黙示録アポカリプスだ。救助が来るどころか、そもそも他に生存者がいるのかも怪しい」

「人類が滅んだ、と?」

「かもなー」

「いや、はは……突飛すぎて実感が湧かないというか。その、話のスケールが……」

「お前の与太話ほど突飛ではねぇだろ」

「それはそう」

「……ま、ここはシェルターも兼ねてるし食料の備蓄もそれなりにある。安心して『余生』をすごしてくれ。愛しのキャルメロと、な」

「なんてこったい」

 ……少なくとも向こう数百年、地上は死の大地らしい。つまりここが俺の(俺達の)墓場だ。墓場にしては上等だな。


 そんなわけで、キャルメロと俺、そして闇医者、三人での共同生活が始まった。

 幸いなことにライフラインは整っている。小型の原子炉があるらしく電力には事欠かない。時々降る雨をタンクに貯めて浄水・除染し生活に使う。ガスは、一応プロパンのボンベがある。なお使い道はない。

 地下室での生活は案外快適だ。起きたらまず紫外線のライトを浴びる。体内時計や健康の維持に必要なことである。それから顔を洗って、朝食は何か『延べ棒』みたいな形のサクサクしたやつ(重量感のあるクッキーみたいな食感で美味い)を食べる。その後はしばらく適当に時間を潰す。ここでの娯楽と言ったら、筋トレか、コンピュータでゲームをするか、あとはキャルメロさんとアレやらコレやらをする……くらいだ。そしてまた『延べ棒』を食べて、簡易式の風呂で清潔を保ち、歯を磨いて、寝る。毎日これの繰り返しである。

「アナタが目覚めてくれて良かったわ。正直、毎日退屈で頭がおかしくなりそうだったの」

「医者の人も居るじゃないですか」

「あの人は……まあ、あの調子だもの」

 闇医者はほとんど生活に干渉してこない。ずっとコンピュータや何かの機材を弄っていて、不要な会話はしないし、いつ食事をとっているかも謎である。

「目覚めたばっかりのときは変な子だと思ったけれど、本当に前から知ってるみたいに喋れるし、何よりアナタかわいいから好きよ」

「か、かわいいですか? 俺が?」

「かわいいわよ。私ね、ちょっと幼い感じのオトコノコが好きなの。微妙に子供っぽさの残ってる顔とか、全身つるっとしてるところとか、おどおどしつつも一生懸命私を楽しませようとしてくるところとか、そういうトコロにキュンときちゃう」

「キャルメロさんがそういう嗜好だってのは、まあ知ってるんですが……キュン、ですか」

「こう、お腹の下の方がね。ギューッと。失くしたはずの子宮が疼くって感じ」

「急に生々しいこと言われると反応に困ります」

 キャルメロさんは度々、ドギツいセクハラ発言をしてくることがある。なかなかヤバいお姉さんだ。……まあ、十以上も年下の若造(しかも最初に会ったときはまだ十五歳)に性的交渉を持ちかけてくる時点でド直球のアウトなわけで、冷静に考えると今更すぎる話である。俺が言うのもアレだが正直どうかと思う。

 ともあれ彼女のおかげで、地下生活はそれなりに楽しく時間が過ぎていった。この時間が死ぬまで続くのも悪くないな、と思えるくらいには。……だがそうはならなかった。

「おーい、闇医者の人ー?」

 ある日、ゲームに使っていたコンピュータが動かなくなった。修理してもらおうと思い闇医者を探すと、部屋の隅で床に座って眠っている彼を発見。呼んだり叩いたりして起こそうとするものの反応がない。ふと、彼の手に一枚の紙切れがあることに気付いた。何か書いてある。

✕  ✕  ✕

『もう生きている意味もなくなった。

 勝手で悪いがここらで幕引きだ。

 設備のメンテができるのは俺だけだから、何ヶ月かしたらライフラインもオシャカになるだろう。そうなったら、ここで糞尿にまみれてそのまま死ぬか、最期に外の景色を見に行くか、選べ。もし外に行くなら、倉庫に防護服があるから使うといい。

 今まで世話になった。

 約束果たせなくて申し訳ない、ミケ。

 じゃあな。

              岸田』

✕  ✕  ✕

 頸動脈だのを触ってみたが脈がない。息もしてない。身体は冷たい。どうやら闇医者(岸田という名前らしい)は死んでしまったようだ。しかし妙なことに、死後硬直とかいうやつは全くなく、ぱっと見ではただ寝てるようにしか見えない。

 岸田の遺体をあちこち弄り回しているとキャルメロが来て、寂しそうな目で遺体を見下ろした。

「キャルメロさん、なんかコレ変じゃないですか。人の死体ってこんな感じじゃなくないですか?」

「ああ、その人ロボットだから」

「ロボットぉ?」

「食事も睡眠もとってるところ見たことないもの。彼がいつも座ってるこの椅子、コード繋がってるし多分充電器だわ」

 そんな馬鹿な……と思いあちこち観察してみると、肘裏あたりの皮膚がぱっくり裂けているのを見つけた。しかし裂け目からは血の一滴も出ていない。どうやら本当に作り物だ。ロボット? サイボーグ? とにかくそんな感じのやつらしい。良く出来ている。

 ……なんて感心している場合ではなかった。

 キャルメロは遺書を読みながら難しそうな顔をする。

「この……『ミケ』っていうのは何のことかしらね」

「猫か何かの名前では?」

 ともあれ岸田氏は死んだ。

 施設はもう維持できないし救助なども望めない。

 俺はただ「今回はこれで終わりか」だなんて呑気に考えていた。何度も繰り返せば死ぬことにも慣れるというもの。しかしふと、ある考えが頭をよぎる。

 『次』はあるのか?

 あったとして『今回』の記憶は引き継がれるのか?

 そもそも何のために繰り返しているんだったか?

 分からない。分からないが……。何故だかこのミケという名前を見ると胸騒ぎがする。もう次はないかもしれない。少なくともキャルメロは全て忘れてしまうのだ。今回が最後の最期だと言うのなら、それにふさわしい終わり方にしたい。糞尿まみれの幕引きというのは流石にあんまりだ。

「一緒に外へ出ませんか」


 その三ヶ月後、遺書にあった通り、ライフラインが駄目になった。浄水器が詰まったか何かで急に水が出なくなったのだ。こうなるとトイレは流せないし体は洗えないしもちろん水分補給もできない。すぐに死に繋がるものでもないが、確実に心身の健康は蝕まれていくだろう。そうなる前に「何か一つでも止まったらすぐにここを出よう」と、この三ヶ月でキャルメロと決めていた。万一、生存者でも見つけられれば万々歳だ。

 岸田氏のデスクから鍵を取り『倉庫』を開けた。見たこともないような機械が沢山ある。あれこれ弄り回しながら漁っていると、何やら宇宙服のような、頭から爪先まで全身覆う重装備を発見。どうやらこれが『防護服』だ。ちょうどニ着あった。

 防護服は背中を開いてそこから中に入るようになっていた。一旦全裸になり、脚を突っ込んで、腕を突っ込んで、全身が入ったらヘルメットの位置を調節して、背中の留め具をキャルメロに閉じてもらう。そしたら次は俺がキャルメロを手伝う。着心地は……まあ良くはない。最低限動くのには不自由しない、というレベルだ。ヘルメット越しだと少々会話がしにくい。

 十キロはある防護服を着たまま、俺達二人は地上へのはしごを登り、重い蓋を押し開けた。聞いていた通り建物の地上部分は吹き飛んでいて、蓋を開けるとすぐに外が見えた。

『これは』

『ひどい有様ね』

 端的に言ってとても暗い。時刻的にはまだ昼間のはずだが、煤のようなものが空を完全に覆い尽くして、日光のひとすじも届かないのだ(地下で画面越しに見たのは特殊な暗視カメラで撮影したものだ)。俺達は瓦礫で転ばないよう慎重に歩き出した。

 すぐにキャルメロが何か発見し立ち止まる。

 そこにあったのは人骨だった。白骨化しているものの、瓦礫に寝そべるような姿勢で全身揃っている。

『ドクターさんの骨かしら』

『ドクター……ああ、もしかして、もう一人の医者の人ですか。たしか医者は二人いたはず』

『それも知っているのね』

 キャルメロいわく、地上が火の海になってすぐドクターは外で死ぬことを選んだらしい。元々メンタルが不安定で地下生活に適応できなかったようだ。

 花でも供えるべきかもしれないが生憎雑草一本生えていない。手を合わせて、俺達はまた歩き出した。

 それにしても、防護服が重い。五年間も昏睡状態でまだ体力が戻っていないのだから当然だ。五分ほど歩いては座り込んで休む、というのを繰り返しながら進む。別段、目的地はない。一応は生存者探しという名目ではあるものの、内心では二人共「そんなの居るわけない」と分かっている。実質ただ死に場所を探すための片道散歩だ。

 ふと轟音が聞こえてきて空を見上げる。

 飛行機……ではない。

 何か薄ら明るいモノが頭上を横切り、地平線の向こうに消えたとか思えば、遅れて雷のような音が響いた。

『ミサイルね』

 事もなげにキャルメロは言う。

 まあ現に地上はこの有様。そんなに珍しいものでもないのだろう。

『そもそもどうして戦争なんか?』

『さあ。始まりはどこぞの国の内紛だったと思うけど。それに周りの国がどんどん介入していって、いつの間にかこうなってたわ。そしてある時一発の核ミサイルが飛んで……』

 ある国が核攻撃を受けると自動的に核による報復攻撃が行われる。相互確証破壊、と言うらしい。一発の核ミサイルが報復を呼び、更にそれに対して報復を行い、最終的に無数の核兵器が飛び交うこととなる。そして、そこへ『地磁気逆転』と『太陽嵐』が重なる。地球を覆っていた磁気バリアは完全に破壊され多量の電磁波が降り注ぎ、ありとあらゆる電子機器がイカれ、社会は崩壊。核兵器も滅茶苦茶な方向へ飛んでいき無関係な国まで次々戦禍に巻き込まれていった。最初の核が飛んで一週間で人類の六割が犠牲になったそうだ。

 そんなわけで今もなお、無人になった基地から人知れず発射されたミサイルが、そこらを飛び交っているわけだ。

『それは、なんというか、もう無理じゃないですか。どこまで歩いても生存者なんか出会えるわけないじゃないですか。そもそも防護服着てないと電磁波とか放射線とかで死ぬんでしょ?』

『まあ、そうね……』

『……』

『……』

『……あの』

『……少し休みましょうか』

『そうですね。あ、なんか雨降ってきましたよ』

 煤で黒く汚れた雨がバラバラと降り注ぐ。キャルメロが何かを言ったが、ヘルメットを叩く雨音がうるさくてもう聞き取れない。視界も悪く、どちらからともなく俺たちはお互いの手を握って、肩を寄せてその場に座り込んだ。

 しばらくボーッとしていると、前方に『何か』の気配。まさかと思いつつも視界に纏わりつく黒い雨をぬぐい、見る。

 一匹の黒猫が居た。

 まさか。こんな環境に生き物が?

 キャルメロの肩を叩き黒猫の方を指差すとようやく気付いたようで、顔を見合わせた。黒猫は何でもないようにただそこに佇んでいる。そして俺たちと目を合わせると、静かに起き上がって何処かへと歩きだした。どうせ目的地のない片道散歩。黒猫の導きに従うとしよう。

 どす黒いドブみたいになった道を進む。二人手を繋いだままで、片方がドブに足を取られれば片方が引っ張り上げ、片方が転べば片方が肩を貸す。そうして行き着いたのは崖に開いた横穴。少し屈めば入れるくらいの、洞窟……というか人の手で掘った感じの『防空壕』だろうか。

 奥行きはせいぜい五メートルくらいか。

 とりあえず、入ってすぐのところにへたり込んだ。

『あー、しんど……』

 ヘルメットを叩いていた雨音がなくなりようやく会話できるようになった。

『俺ちょっとトイレしたくなってきたんですけども』

『奇遇ね。私もよ』

『これ防護服の中で垂れ流すしかないんですかね』

『結局糞尿まみれじゃないの』

 さっきの黒猫(いつの間にか居なくなっている)は普通に生身で歩いていたが、まあアレは多分、例外だ。相変わらず草の一本も生えていないところを見るに生身で耐えられる環境ではないだろう。しかし防空壕の奥なら多少マシかもしれない。足元にたまたまライターが転がっていたのを拾い、火を着け、奥を照らした。

『うおっ……!?』

 人の死体があった。

 手には空になった煙草の包装が握りしめられている。このライターはこの人のか。

『これ、まだ新しいわね……』

 死体は所々グズグズに崩れているが「腐っている」という感じではない。死んだのは数日前か。しかしそれまでどうしていたのかが謎だ。水も食料も見当たらないし防護服も無い。ひょっとすると俺達みたいについ最近までシェルターに入っていたとか? 謎だ。

 しかしこの死体、使えるな。

 大きく息を吸う。

『GAAAAAArrr―――v√ ̄ ̄ ̄\%\%L^v^v^V√√√√ ̄ ̄ ̄ ̄v――――――━━━━@!!!』

 俺は叫びを上げた。それに呼応して死体がびくびく震え、ギシギシ軋む音を鳴らしながら、一人でに立ち上がる。

『な、何!? どういうこと!?』

『死体を操れるんですよ俺。そういう能力です』

『これアナタが操ってるの……?』

『そうです』

『え、待って……アナタ能力を二つ持ってる……?』

『ああ違うんですよ。コレはミケから借りてる能力で、俺の本来の能力は……ん?』

『え?』

『……ミケって誰です?』

『私に聞かれても……』

 記憶が混濁している。自分にこんな能力があるなんてついさっきまで忘れていたはずだ。いや、忘れていたも何も、これは一体どこから湧いた記憶だ?

『まあ、考えても仕方ない』

 俺は死体を操って、自分の代わりに外の探索をさせることにした。幸いなことに眼球は腐ってない。脳波をチューニングして視覚をリンクさせればカメラ付きドローンみたいなものだ。コイツで安全地帯でも見つけられれば良いのだが。


 死体ドローンを使ってる間、俺達はぽつりぽつりと会話を交わす。キャルメロがかつてピアスだのタトゥーだの人体改造にハマっていた話も、妊娠出産で失敗して子宮がダメになった話も、普通の恋愛に飽きて年齢的にアウトな少年に手を出した話も、大体知っている話ばかりだ。

『何だかあんまり興味なさそうね』

『キャルメロさんのことなら大体知ってますから』

『ふぅん……じゃあ今度はアナタが話しなさいよ。私の知らない私の話』

『そうきましたか。ふむ、何から話しましょうか……』

 俺は記憶をさかのぼるように、キャルメロと過ごした日々を思い出せる限り話した。幸せだったこともあれば最悪に不幸で不道徳だったこともある。彼女に全身全霊尽くしたこともあれば欲望の限りをぶつけたこともある。人生がリセットされる度にその関係性は変化してきた。そのいくつもの『可能性イフ』を、できる限り包み隠さず話していく。彼女にとっては酷く不快な内容も含んでいたことだろうが、それでも構わず、興味深そうに相槌を打っていた。

『あの、こんな話、楽しいですか? もしかしたら全部俺の妄想かもしれないですよ』

『それはそれで興奮するわよ。頭の中で好き勝手にリョウジョクされてるんだと思うと、下腹部がキュンキュンとね。しかもそれが全部現実かもしれないと思うともう堪らないわ』

『違法性癖外人お姉さん怖い……』

 未知との遭遇、って感じだ。

『って、俺が聞きたいのはそういう性癖語りじゃなくて』

『楽しいわよ』

 キャルメロは防空壕のそとを眺めながら呟いた。

『アナタの話はさしずめ「夢」みたいなものね。覚めたら全部忘れちゃうのだけど、何か愉快な夢を見てたんだっていう事実だけで、どこか遠くに想いを馳せることができる。それだけで、報われた気分よ。私自身の人生は本当しょうもなかったから』

 ヘルメットに阻まれて表情が見えない。しかしその声はどこか優しく満足気に聞こえた。

 ふと頭の奥でチリッと火花が散る。

 そうだ。俺が何度も彼女に逢いに来たのは約束を果たすためだった。目的もなく無限に生き続けるのは虚しいから、せめて他人との縁には律儀でありたいのだ。しかし、今更「約束は果たせたか」などと聞けるほどの勇気と無粋さを、今の俺は持ち合わせていない。

『とても誇らしい気分です』

 果たすということは「終わらせる」ということなのだ。


 それから何日経ったか。俺達は飲まず食わず、防空壕からも出ず、死体ドローンでの探索を続けていた。その途中で、最初の一体と同じような『新しい死体』がいくつも見つかり、それを更に操って探索範囲をどんどん広げていった。民家、スーパーマーケット、自衛隊基地、色んな場所を片っ端から漁ったものの目ぼしいものは何もない。全部略奪された後だ。せめて飲める水があれば良いのだが、そんなもの残っているわけない。すぐ眼の前には汚染された雨水でできた水溜りがある。もうこれを飲むか……。

『あー、ごめん、もう、限界みたい』

『……キャルメロさん?』

『ねえ、背中、開けてくれない?』

『駄目ですよ。ここで脱いだら、放射線で死にます』

『その前に、干からびて死ぬわ』

『雨水を飲むつもりですか』

『違うわよ。もうすぐ干からびて死ぬから、もう、脱いでいいの。放射線で死ぬよりは、綺麗に死ねるでしょう。死ぬときくらい、こんな窮屈なの、脱がせて』

『まだ諦めちゃ……』

『やーだ。そもそも、綺麗に死にたいから、外に出たんじゃない。生身で、裸で逝かせてほしいのよ』

 ガサガサに干からびた声でキャルメロは言う。

 まあそうか。

 十分あがいたよな、俺達は。

「……っふぅー…………」

 防護服からがりがりに痩せ細った身体が出てきた。水分と栄養を完全に絞り尽くした様子だ。

 少し考えて、俺も脱ぐことにした。

「はぁ……何年ぶりかの、外の空気ですね」

 脱水で痺れて震える脚を抑えながら、二人で肩を組んで、防空壕から出た。今日も雨が降っている。俺達は黒い雨に打たれながら裸で抱き合った。久々に感じる人肌の温度がとても心地良い。心臓の音が共鳴する。

「ねえ、私が先に死んだら、死体を使って、好きに遊んでちょうだい。せっかく眠るなら、愉快な夢を見たいもの」

 そう言ったあとキャルメロは疲れたように眠りに落ちて、そのまま目を覚まさなかった。


 ガラスの破片を拾い上げ、自分の喉を裂く。

 沢山血が出て、眠くなって、眠った。

 そしてすぐに目を覚ました。

 これで俺も死んだ。もう喉も渇かないしどこも痛くない。放射線も怖くない。死体を操れるということは自分の身体が死んでも動き続けられるということだ。

 俺はキャルメロの死体と手を繋いで、荒廃した大地をスキップしながら進んだ。行き先は死体ドローンでリサーチ済みだ。とっておきのベストプレイスへご案内、である。盗んだバイクのエンジンをふかして、ヒビ割れたアスファルトでタイヤを切りつけながら暗闇を全力疾走。背中に抱きつくのは小麦色の肌の金髪美女。意味もなくクラクションを鳴らしまくる。あっという間に目的地周辺だがブレーキのかけ方をしらないのでそのまま適当な壁に体当りした。飛び散った脳味噌をかき集めて、千切れた手脚を良い感じにくっつけて、裸のゾンビ美女をエスコート。

 ここは何を隠そう俺が暮らしていた孤児院だ。構造をよく知っているし高台に建っていて都合がいい。そして『あるもの』が見えることを確認済みなのである。

「さ、コチらへどうぞキャルメロさン」

 階段を上って屋上へ。

 扉を開くと、強い風が吹き抜ける。

「見えルかなー…………おっ、きたきタ! ホラ、空を見てクダさい!」

この場所は風が強く、煤の塊みたいなこの分厚い雲が時々途切れる。久しく見ていなかった夜空が見えるのだ。それもただの星空ではない。そこには静かに揺れる光のカーテンがあった。そう、南極だか北極だかでしか見られないというあのオーロラである。

「ナンでかは分かりませンが、雲さえ切れれば、ココでもオーロラが見られルみたいです。地磁気がどウのってヤツですかネ?」

 詳しい原理は知らないがとにかくこれをキャルメロさんに見せたかった。結局最期まで、生き物は草一本も虫一匹も見つからなかったものの、これが見られただけで外に出た甲斐があったというものだ。

「綺麗でスねー……」

 きらり。一条の光がオーロラを撫でて横切っていった。

 流れ星かと思ったら遅れて轟音がやってきて、遠くの方に落っこちた。遠くの地平が火の玉に包まれる。それからいくつも同じように光の筋が横切っては夜の荒野を燃やしていった。

「あはハ、花火大会まで見らレるなんてツイてるなぁ! たまやー!」

 そのうち一つが、まっすぐ俺達の方へ。

 なるほどフィナーレか。そう納得して、キャルメロと肩を寄せ合って目をつむり、特大の一発を受け入れることにした。次の瞬間にはきっと文字通り塵になってしまうんだろう。そしたらキャルメロともお別れ。夢の終わり……だ。

 またどこかで逢えるといいな。


 かくして約束ははたされた。


――――――――――GAME OVER—―――――――――

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