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改造怪物スイーパー  作者: いちご大佐
第1章 新しい居場所、新しいカラダ。
5/59

第3話 超大乱闘なブラザーズ

※2016/03/23 改稿済み


菅原リョウの健康状態:健康

「かっ……かはっ」


 俺の指が少年の首にめり込んでいく。植物の根が土壌を侵食するみたいに、少年の肌は泥色に変色して首から顔面にまで青筋が走っている。目は血走り、涙と鼻水と唾液その他諸々を垂れ流し、凄く汚い。

 へえ、人間の首を絞めるとこうなるのか。

 腕が垂れた。失神したらしい。でもまだ死んでないみたいだ。どれくらい絞め続ければ死ぬんだ?

 このままだとそのうち人が来そうだし、どうしたものか。


 あ、ヤベッ誰か来た。


「リョウ、お前何をやっている!」

「何だリーダーっすか。ほら、犯人捕まえました。もうすぐ終わりますよ」


 びっくりした、流石に第三者にこの状況を見られるのは不味いよな。

 両手で首を絞めながら、宙ぶらりんの少年をぶらぶらと揺らして見せる。こいつが死ねば今回の依頼は完了だ。……だがリーダーは嬉しそうな素振りを見せない。それどころか麻酔銃を抜いて俺に向けた。一瞬少年を撃つつもりかと思ったが、どう見ても銃口は俺の方を向いている。


「ソイツを早く放せ。手順は前もってきちんと説明しただろう」

「え、でも能力者は始末って」

「やはり中途半端にしか聞いてなかったか。『場合によっては』始末せよと言ったのだ。今回はその必要はない。早く放せ」

「……はい」


 手を放すと、失神し力の抜けた身体がドサッと崩れ落ちた。すぐには動かなかったが段々血色が戻っていって、漸く意識が蘇った。目を覚ました少年は、おろおろと目を動かし俺とリーダーを交互に見る。


「ガムテープを渡しただろう。それで口を塞いで全身縛れ」


 リーダーが眉間を指で叩きながらそう指示する。

 そういえばそんなことを言われてたっけ? よく覚えてないや。まあ、そういうことならさっさと縛ってしまおう。

 ではちょっと失礼して……。


「『来るな』!!」

「ッ!?」


 『命令』されると、頭で考えるよりも早く体が硬直した。リーダーも同様。頭と体が痺れ「止まらなければいけない」と本能に訴えてくるのだ。これが奴の『命令する能力』。理性で逆らえないこともないが何とも厄介な能力。理性の弱い動物ほど素直に従ってしまうのだろう。

 少年は俺達が動けない隙に這うように走り出し、路地のさらに奥へ逃げ込んだ。

 動け俺の体。ああ、まどろっこしい……!


 硬直はほんの数秒で解け、二人とも自由になった。

 すぐさま少年の逃げた先を追う。


 路地奥に入ると、すぐに行き止まり。袋小路に逃げ場を失った少年が居た。二階建てから五階建てくらいまでのテナント賃貸に囲まれた薄暗い閉塞空間。

 しかし「追い詰められた」というより「誘いこんでやった」という感じか?

 彼奴の傍らに、二匹の大型犬が侍っていた。しかもアレただのペットじゃないな。やけに筋骨隆々な……そう、たしか『闘犬』だ。テレビで見たことあるぞ。二匹は俺たちを見るとすくっと立ち上がり、歯を剥き出しながら低く唸り声をあげる。一応鎖が付いているようだが今にも飛び掛かってきそうだ。


「おい、その犬どこから」

「『待て』。いいか、絶対『動くな』よ……」


 彼奴は命令で大人しくさせたうえで首輪を慎重に外す。今のは犬に向けた命令だろうが、不覚にも俺まで『待て』に従ってしまった。

 注意が犬の方に向いている間、リーダーは奴から目を離さないまま、ゆっくり腰の方へ手を伸ばす。何をするかと思えば、作業用ポーチのチャックを開けて電気警棒を取り出した。ホストさんから借りてきたのか。僅かに半身になっているので、後ろ手で警棒を握ったことに奴は気付いていない。無防備。しかしその傍らには危険な闘犬。迂闊に飛び込めない。下手な動きを見せれば足を掬われるのだろう。まるでウエスタンの早撃ち対決だ。日の遮られた袋小路。取り囲む建物の屋根から、黒いカラス達が首を傾げて様子をうかがっている。

 チャラリ、鎖が降ろされ二匹の犬が自由になる。


 ……。


 ……!!


「一号、二号、『咬み殺せ』!!」

「グロロロッ」

「ヴァオオオ!」


 来た。

 一匹はリーダーの方へ、もう一匹は俺の方へ、猛然と突っ込んでくる。

 流石にこれに咬み付かれるのは不味い。すばしっこく喰らいついてくるのを全身を使って避ける。小刻みな足踏みで、大げさなジャンプで、跳びかかってきたら体を捻って……火の上でタップダンスでもしてる気分だ。何とか大人しくさせなきゃいけないが、そんな余裕は……うおっ!

 足が縺れ、尻もちをついてしまった。

 ここぞとばかりに、灰色の巨体が右脛に齧り付く。


「ぐうっ!?」


 齧り付いたまま激しく頭を左右に振り、肉を咬み切らんとする闘犬。

 痛いッ離れろッ、痛い、離れろ、痛……


 ……あれ、そんなに痛くない?


 痛いことには痛いが、思ったほどじゃないな。何だか頭がすーっとして急に冷静になった。さっきまで走り回ってたのが今ここに留まっている、むしろチャンス。

 無理矢理引っ張ると肉をごっそり持っていかれそうだ。

 無理に引き離さず、脚を犬ごと壁にたたきつける!


 ゴスッ!  ゴスッ!


   ガスッ!  ゴスッ!!


 中々離れない。

 面倒だ、サクッとやっちゃおうか。

 今度はその太い首を掴む。中々に丈夫な首だ、が。思いっきり捩じった(・・・・)


 ゴリンッッ


「やっと離れた。死んじゃったかな?」

「…ゲッ……ゲゲッ……」

「まあ正当防衛だ。仕方ないよな。なあ、お前もそう思うだろ?」

「……ゲッ、ゲッ………」


 動かなくなった。死んだみたいだ。


 ……さて、リーダーの方はどんな感じか。俺みたいに咬み付かれたりはせず、さっきから何度か警棒で打撃と電撃を浴びせているようだが、黒い闘犬はまだピンピンしてる。タフだな。だが跳びかかった拍子に警棒を咬まされ宙ぶらりんのまま電気ショック。電気のせいで筋肉が硬直したか将又一度咬んだら放せない性質なのか、そのまま十秒近く電撃を浴び続けて、遂にドサリと地面に落ちた。ぴくぴくと痙攣。唾液が焦げて煙が出ている。

 ……そのうち痙攣も止まって全く動かなくなった。

 よし、終わったな。後は此奴を捕縛するだけ。リーダーが懐の麻酔銃に手をかける。


「クソッ……カラス共! 『オレを守れ』!!」


 また『命令』。外野から見守っていたカラス達が、数十羽、『命令』を承けて雪崩れ込んできた。奴との間に黒い羽根吹雪が吹き荒れる。大きな羽で叩き、鋭い嘴や爪で引っ掻き回し、俺達を放逐しようとする黒嵐。流石のリーダーも目を覆い頭を隠しながら追い払おうと必死になっている。これでは麻酔銃も使えそうにないな。このままだとまんまと奴に逃げられてしまう……。それでは、楽しくない。

 息をするのも難しい嵐の中で、かっと目を見開く。眼球という光りモノに反応して一羽のカラスが顔面に飛び込んでくる。目を突かれる寸前に俺はその嘴を掴んだ。バタ狂うそいつの首をコキリと一捻り。ただの一羽ならこんなに容易い。ボロ雑巾の様になったのを投げ捨てると、周りのカラスが一瞬怯んで俺から離れた。

 犬二匹にカラス一匹、それが今回の犠牲者だ。全部お前のせいだぞ。責任取ってもらおうか糞餓鬼め。


「く『来るな』! 『あっち行け』えぇぇ!!」


 奴が『命令』をする度に体が痺れるがもう慣れた。キーンという耳鳴りの後、束縛から解き放たれたように全身が自在に動くようになった。リミッターが外れた、という感じか。頗る調子がいい。再びカラス達が襲い掛かるが、顔が傷だらけになるのも構わず蹴散らして、黒嵐の中を前に進んだ。いよいよ標的は目前に。


「じゃあお前、取り敢えず一発、殴らせろよ」

「ひっ」


 大きく振りかぶって顔面を打ち抜いた。左の拳に頬骨が衝突する感覚。何かが砕ける音。殴られたそいつは、後ろに吹っ飛びアスファルトに頭を強打して気絶した。

 周りを飛び回っていたカラスはやがてどこかに去っていく。その場に残ったのは、気絶している少年と、俺、リーダー、三つの動物の死体。そして嵐が去ったのを印象付ける大量の黒い羽根。また目覚められたら面倒なので、どろどろの鼻血を拭き取ってやりガムテープで口を塞いで腕と足を縛った。今度こそ、これでいいはずだ。


「ふう、終わりましたね」


 リーダーに言葉を投げるも、何やら呆然としており反応がない。ロン毛がぼさぼさになって顔には沢山の引っ掻き傷が残っている。疲れたのかな、そっとしておこう。その後リーダーはポケットから携帯端末ケータイを取り出して、誰かと連絡をとった。どうやら依頼完了の報告をしているらしい。この後は、騒ぎを聞きつけられる前に速やかにこの場を離れる。現場の処理は依頼主がやってくれるそうだ。こいつ、この後どうなるんだろうな。

 まあ、どうでもいいか。

 傷だらけの顔を拭い、身だしなみを整えて基地に帰った。

 


 ***



 仕事終わりの飯は美味しい。特に代わり映えのないメニューだが、成る程、達成感というものが一層強く感じられる。いいものだ。

 と、それはさておき夕食が終わった後リーダーの部屋に呼び出された。何かお説教を食らうようなことしたっけか?

 部屋を確認して、ノックノック。


「失礼しまーす?」

「リョウか。入れ」


 リーダーの部屋にはベッドがなく、部屋の隅に低反発マットが敷かれて、畳んだ布団が置いてあった。お布団派のようだ。

 ベッドがないと結構広い部屋に見える。

 小さめの木の机が部屋の中央に置かれ、それを挟んで二つの木の椅子がある。

 リーダーと向かい合って椅子に腰掛ける。


「……」

「……」


 流れる沈黙。リーダーは机の上で指を組み、口を真一文字に結んで俺の目をじっと見つめる。僅かに顔をうつ向かせて目だけで此方を見るので、ガンを飛ばしているようにも見える。刑事ドラマで見た『取り調べ』みたいな雰囲気だ。……なんか喋れよ。


「あのー…」

「うむ」


 やっとリーダーが動きを見せた。机の引き出しからゴソゴソと何かを取り出し、それを机の上に置く。

 コツンと音を立てて置かれたのは、一つの金属片。指先ほどの大きさで、丸くて先が尖っている。


「何ですかこれ」

「分からんか? じゃあこれで分かるか」


 そう言って今度は同じくらいの大きさの筒のようなものを取り出し、先程の金属片をそれにはめ込んで見せた。

 ああ、これはもしかして……


「銃弾、ですか」

「そうだ」

「何故こんなものが?」


 今度はスーツの懐から何かを取り出した。黒光りする金属の物体。握る部分と筒状の部分が付いている。

 何かというか、これはもう見ればわかる。リボルバー式の拳銃だ。


「それ、本物……?」

「そうだ。私達は実際コレを使って何度か人を殺している」


 リーダーがソレを手の中で弄って見せる。リボルバーの部分が飛び出して、実弾と思しき金色のモノが五つ、机の上に転がった。弾を取り出したままリボルバーを戻し、撃鉄を起こして、壁に向けて引き金を引く。弾こそ出ないもののきちんと一つ一つの機構が動作している。本物なんて見たことはないが、これはどう見ても『本物』だ。

 やっぱりここは『裏の世界』なのか。再びそれを確認させられ、ぶるりと身震いした。


「実はな、依頼が終わったばかりだがまた新しい依頼が入った。

 今度は純粋に『殺し』の依頼だ。後で皆にも話す」


 ……俺は、胸の高鳴りを感じた。ああ、ワクワクする。いよいよ本番って感じだ。そう、これは現実。この人たちは『汚れ仕事』を生業として生きてる人間で、俺はその仲間になったんだ。さっきは途中で止められたが、いつかは俺も……。


「話を聞いた限りでは標的は手強そうだ。何でも、電気を自由自在に操る能力者だと言う」

「滅茶苦茶強そうじゃないですか。そんなのと戦って勝てるんですか?」


 そう言うとリーダーは右肘をついて身を乗り出し、俺の目をまっすぐ睨みつけ言った。


「いいか、『戦い』と『殺し』は別物だ

 どんな人間でも、頭を撃てば死ぬ。

 拳銃の扱いさえ覚えれば、たとえ相手が武術の達人だろうが訓練を積んだ兵士だろうが、背後から一発撃ち込めば殺せるんだ。

 戦いと違ってそこに勝ち負けなんてない。映画や漫画とは違うんだ」

「はあ」


 まあ言いたいことはわかるが、結局何のために俺を呼んだんだ。


「ああ……何が言いたいかというとだな。

 『殺しは遊びじゃない』という事だ。分かるか?」

「はい」

「本当か? お前、ちょっと調子に乗ってるんじゃないか」

「そんなことは」

「例え相手が犬だろう烏だろうが殺人鬼だろうが、ごっこ遊び感覚で殺していい訳じゃない。

 実際そこのところ、分かってなかっただろう」


 そんなこと……。

 『分かってる』とは言い切れない。調子に乗っていたと言われればそうかもしれない。

 俺は無言で小さく頷いた。 


「うむ。正直者のお前にこれをやろう。

 鍵の方は倉庫にあるロッカーのものだ。拳銃はそこにしまうといい。扱いはくれぐれも丁重に。

 予備の弾は渡さない、弾が無くなったらその都度私の所に報告に来い。話は以上だ」


 木製の机に置かれたのは、一丁の拳銃と「13」と書かれたタグ付きの鍵。

 銃の扱い方を聞いた後、それを受け取り、一言「有難うございました」と言ってリーダーの部屋を出た。



 ━━━━



「くっ! おっさんなかなかやるお!!」

「まだまだ若い人には負けないよ~」

「キタキタァ!」

「ははっ、まだまだですぜ」


 広間に入ると、男四人組がテレビゲームをしていた。ニトーさん、おっさん、ホストさん、メガネさんの四人だ。結構昔のゲーム機のようだが、質素な生活の割にゲームはあるのか。


「おう新入り、いいところに来たお! お前も一緒にやらないか」

「俺ゲームとか素人ですし」

「誰でも最初は素人だお。じゃあ最下位のホスト、新入りと交代な」

「ショーガナイナァ。ハイドウゾ」

「あ、ども」


 まあお説教後の気分転換にちょっとやってみるか。

 ホストさんからコントローラーを受け取り、大体の操作方法を聞いた。小技、大技、掴み技、防御が基本の操作で、それらを駆使してバトルフィールドから相手をはじき飛ばすゲームのようだ。操作キャラにダメージが蓄積するほど遠くに飛ばされやすくなるらしい。

 フィールドは宙に浮いたような感じであり、下に落とされても上に打ち上げられてもアウト。ルールは分かりやすい。


「アイテム有り、五機、フィールドはランダムでおけー?」

「『五機』ってのは?」

「『五回死んだら負け』ってことだよ」


 重い話をしたばかりだからかゲームで死ぬって表現にはどうも違和感が有る。そんなことどうでもいいけどさ。

 選べるのは知らないキャラばかりだったが、取り敢えず少し見覚えのある『丸っこい緑の恐竜』みたいなのを選んでゲームスタート。合図と同時に三人のキャラが俺に向かって飛びかかってくる。


「ちょっ、何で俺ばかし狙うんすか」

「弱い奴から狩る。ゲームの基本だね」


 おっさんのくせに随分シビアなこと言いやがる。

 大技で纏めてなぎ倒そうとするが、隙がデカすぎて三人にタコ殴りにされる。ここは一旦退避。


「隙ありっ!」


 メガネさんが背後からビームサーベルで斬りかかってきた。鮮やかな剣技に翻弄されてるところへニトーさんが大技で追撃。見る見るダメージ蓄積していき、遂に俺のキャラは場外へ吹っ飛んでいった。ズゴーーーン! という無駄に派手なエフェクトとともに俺の残機が一つ減り、復活したキャラがフィールド中央に再び降り立つ。

 攻撃は最大の防御、今度はこちらから仕掛けねば。

 フィールドに落ちていたレーザーガンを拾い遠距離攻撃を仕掛ける。狙いはメガネさんだ。

 フィールドの端から、ビームサーベルを持ちこちらに突撃してくる敵めがけて銃を乱射。恐竜の三つ指でも銃撃てるんだな。まぐれで一発あたって怯んだところへ、ここぞとばかりに撃ちまくった。堅実にダメージを蓄積させていく。相手に遠距離攻撃の手段はない、いけるぞ!


    バン!  バン!


   バン!  バン!  バン!  カチッ


      カチッ  カチッ  カチッ


 あれ、弾が出なくなった?

 ……ああ、弾切れか。

 隙を見てメガネさんが剣を捨てて突進してくる。『ゴリラのような風貌のキャラ』に掴まれ、持ち上げられ、フィールドの端からいとも容易く投げ捨てられた。あっけなく落ちていく緑の恐竜。


  ズゴーーーン!


 これで残り3機。

 ぐぬぬ、せめて一回ぐらいキメたい。ニトーさんとおっさんは二人でドンパチやってる模様。

 ビームサーベルを拾いメガネさんにリベンジだ。近づいてきたところを殴る、蹴る、切る。余裕で避けられつつもそれとなくフィールドの端へ移動していく。そしてなんとか隙を見つけて緑恐竜の固有技『ぺろーん』を使う。長い舌でゴリラを絡めとり一飲みにすると、タマゴになってプリッと排出された。飲み込んだと思ったらタマゴに……一体どういう肉体構造なんだ。それとお前メスだったのか。複雑な気分でゴリラのタマゴをフィールドから蹴落とす。空中で殻が割れたが、ゴリラは無事重力に従って下へ……。「決まった」と思ったそのとき、信じられないことが起こった。

 なんと、空中でジャンプしたのだ!

 そして何事もなかったかのようにフィールド端に着地。わけがわからない。


「え……なんすか今の」

「普通に二段ジャンプしただけさ」

「物理法則おかしいじゃないっすか」

「ゲーマーにとっては常識。それに今の小学生は二段ジャンプぐらい誰でもできるよ。体育の授業で習うんだ」

「はー、マジっすかぁ……」


 今の若者は随分人間離れしてるんだな。

 そういやテレビでも、ありえないようなスゴ技を披露する少年とかたまに見る。これが時代というやつかぁ。


「いや、嘘に決まってるじゃん?」


  ズゴーーーン!


 嘘かよ真面目に感心しちゃったじゃないか。さりげなく吹っ飛ばされたし。しかもゴリラが凄いムカつく顔でアピールしてきやがる。『挑発』なんて技もあるのかこのゲーム。

 おのれメガネ……心理戦とは。伊達に眼鏡かけてないな。

 あと二機。ムカつくが、こりゃメガネさんには勝てそうにない、標的をおっさんに変更。


「いい度胸だね、受けてたとう」


 おっさんは目の前にいたニトーさんのキャラを軽々弾き飛ばし、悠然と此方へ向かってくる。操作キャラは『赤い帽子を被った口髭の男』。

 ヤバイなんか強そう。強者の放つオーラ的なものが見える気がする。来る……そう思った頃には既に懐に飛び込まれ、目にも止まらぬ速さでコンボを決められていた。残像が見えるほどに素早い指さばき。何故か殴るたびにコインが飛び散る。おい審判コイツ手袋の中に鈍器コイン隠し持ってるぞ! 反則じゃないのかよ! これはマズイ、勝てそうにない。だが退避しようにも連撃から抜け出せない。

 焦る俺を尻目に、おっさんは強者の余裕で話しかけてきた。


「そういやさっきリーダーと何話してたの?」


 せっかく白熱してたところに、唐突に現実に引き戻された気分だ。コントローラーをガチャガチャしながら会話に応じる。


「ああ、何か、殺しは遊びじゃないぞって。それと拳銃、貰いました」

「へえ、何があったか知らないけどリーダーらしいね。っと」


  ズゴーーーン!


 ……あと一機。こうなったら不意打ちでも一発入れないと気が済まない。玉砕覚悟、うおおおお!


「あ、そこおいらが仕掛けた地雷だお」


   ボッッ


    ズゴーーーン!


 えげつないな、地雷って……。『ピンクのボールみたいなキャラ』の「ハァ~イ☆」という挑発アクションがムカつく。何はともあれ、これで残機ゼロ。最下位負けだ。

 気が抜けたところでふと後ろのテーブルを振り返ると、キャルメロさん、ヒメちゃん、キョウコの三人がいつの間にか観戦している。

 結構集中してたんだな、全然気付かなかった。


「あら、もう負けちゃったの?」

「おにいちゃんよわすぎー」

「……雑魚ですね」

「すみませんね。初心者なもので」


 この数日で女性陣の方々とは多少話すようになった。

 キャルメロさんは気さくで大人な金髪外国人。小麦色の肌で健康的だ。この基地では食事関係を担当している。

 ヒメちゃんは七歳くらいの普通の女の子。なぜこんなところに居るのかわからない。人懐っこい性格。

 キョウコは多分高校生くらい。青ジャージ、ショートカットで眼鏡をかけた、すまし顔。言葉少なに敬語で喋るが結構毒舌だ。

 あとはミサキだが……。


「ア、ミサキチャン」


 噂をすればなんとやら、ミサキさんの登場だ。

 手入れしてなさそうなボサボサのロングヘアーを掻きむしりながらやって来た。

 何やらお怒りの様子。


「チッ……んだよ、うるさいと思ったらゲームしてやがったのか」


 イライラした様子でキョウコの隣に座って観戦に加わってきた。ミサキは赤ジャージで、青ジャージのキョウコといつもセットで居る。何となく察しは付くが、おっさん曰くこの二人は仲が良いらしい。

 ミサキはそれから、暫く無言で観戦を続けた。ゲームの音に混じり、イライラしながらテーブルをトントン叩く音が広間に響く。この人は大体いつもこんな感じ。こちらから何か話しかけても舌打ち一つで突き放される。

 ゲームは俺の次にニトーさんが脱落し、メガネさんとおっさんの高レベルな攻防が繰り広げられる。

 まだまだ戦いは続くと思われたが、徐々におっさんが相手を押し始め、最後にはメガネさんを征したのだった。よくよく見ればおっさんの残機は五つ、つまりパーフェクト。おっさんのくせにゲームに強いとは。


「チッ。やっと終わったか」

「おっ? おっ? ミサキたんもヤリたいのかお~?」

「ニヤニヤすんな気持ちわりぃ! 誰がやるかよ」

「なんだ、やらないのかお……」

「やらねえとは言ってねぇだろうが!」


 今言ったじゃん、やらないって言ったじゃん。

 突っ込みたいが突っ込んだら絶対怒られるのでぐっと我慢した。どうやら仲間に入りたかったらしい。

 素直じゃないな。


「誰でもいいからさっさとコントローラーよこせよ」

「リョウはいま入ってきたばっかりだから、三位のニトー交代」

「ほい、ミサキたん」

「誰がてめぇの握った手汗でベトベトのコントローラーなんか使うかよきたねぇな!」


 容赦ねぇな、特にニトーさんに対しては。よほど嫌いらしい。


「はいはい、僕が交代したげるから仲良くしなよ」

「チッ」


 おっさんからコントローラーをひったくり、操作キャラを選択する。

 全員が選択を終わり、ゲームスタート。


  ・


  ・


  ・


 数分後。


 ズダダダダ……


     ズゴーーーン!


「チッ……」


 ズバズバッ!  ドゴッ


  ズゴーーーン!


「ギリギリギリ……」


 ズゴッ

   ドゥルルルルルルルルルルズゴーーーン!


「フシューッ…フシューッ……」


  ……ズゴーーーン!


「ぬああああああああッ!! お前らふざけんなよ! ちょっとは手加減しろよ!

 大体なんでアタシばっかり狙ってくるわけ!? クソッ……もういいッ!!」

「ちょ、おまっコントローラー壊すなお!」

「うっさいバカ! 喋るなこの豚! 全身ラード!!」


 ミサキは初心者の俺より弱かった。

 三人(俺含む)にタコ殴りにされたのがよっぽど気に食わなかったらしく、コントローラーを床に叩きつけてそのまま部屋に戻っていった。


 次の依頼について話しに来たリーダーに連れられて、彼女が戻ってきたのはその数分後のことである。

※キャラデータ※

名前:動物使いの少年

年齢:14

肩書:ひったくり犯

   動物使い

能力:命令する能力

備考:改稿前は「フジモト」という名前が付いていたが、この度名無しのモブに成り下がった少年。あっさり無力化され依頼主の『某』に回収された。再登場する可能性が微粒子レベル。


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