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改造怪物スイーパー  作者: いちご大佐
第3章 それは何時から狂ったか。
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第38話 観測不能のイフⅡ・前編

 生まれてから死ぬまでを無限に繰り返す。

 だが記憶を『次』に持ち越すことはできない。

 生まれて、生きて、死ぬ。死んだら、そこまでの記憶を『自分の部屋』持ち帰る。少しだけ部屋が賑やかになる。ここはどう使っても良いらしい。それまで持ち帰ってきた記憶モノを眺めたり弄ったりして遊ぶのだ。

 またこの空間は『教室』と繋がっており、教室には『ミケ』が居る。ミケはこの空間全体の管理人。ここに持ち込んだものは全てミケのものでもある。何でも持ち込んで良いが持ち込んだ記憶モノを『外』に持ち出すことは許されない。

 遊ぶのに飽きたらまた手ぶらで『外』に出る。

 同じ人生を無限に繰り返すのである。

 だが不思議と、全く同じ人生にはならない。どうやら無意識に「前回とは違う道」を選んでしまうらしい。お陰で、毎回少しずつ違う記憶モノに出会えるのだ。


ーーーーー


 何の因果か、その回では俺は高校生になっていた。

 俺が高等学校まで進学するのは、千度に一度か、そのくらいの確率だ。基本親に捨てられた後は施設暮らしで義務教育だけ受け、その先はまちまち。大体はニート・ホームレス・フリーターとのらりくらり生きて二十歳になる前に死ぬ。何故だか決まって早死にしてしまう運命である。

 その回で俺が通っていたのは、B市のとある普通科高校だ。

 はっきり言って「荒れている」タイプの学校。自分の名前さえ書ければ合格するやら、逆に履歴書の汚点になるやら、世間では散々言われているらしかった。まあどれもあながち嘘ではないのだが。ともあれ態々ここに通うのは、前科持ちだとか家庭崩壊だとか娑婆に居られるギリギリみたいなワケアリ連中くらいのものだった。

 朝イチの授業はクラスの半分出席していれば良い方。まあ出席したところで授業内容はスカスカだしそもそも真面目に聞いている者など皆無。授業中に椅子に座るだけで優等生の称号が手に入る。昼頃から段々人口密度が増えてきて、五時間目が終了する頃が最も生徒が集まる、というのがこの学校でのよくある一日の流れだ。

 だが一つだけ、安定して出席率の高い教科があった。


「メガ先、今日は何やんの~?」

「天気も良いし風景画でもやろうか」

「だっる。日焼け止め持ってきてないんだけど」

「別に校舎内でもいいよ」


 美術である。

 とは言え別に、生徒が特別美術好きだというわけではない。どんな学校にも大抵一人は、やたら生徒に好かれる教師が居るもので、ここではそれが美術教師兼クラス担任の『メガ先』だったという訳だ。因みにメガ先とは『メガネ先生』の略称だ。

 メガ先は授業をそこそこに不良達と雑談を始める。 


「メガ先ってイイヤツだよね~」

「どうした急に」

「キンパツにしてても怒らないし」

「別に髪の色なんかどうでも良いんだよ」

「でもいちおー校則じゃんよ。守らんでええの?」

「校則ったって、所詮世間の顔色伺うだけの校則だよ。そんなもん守る必要あるか」

「かっけぇ!」


 大体いつもこんな感じだ。大人に否定されてばかりの不良達にとって、肯定し承認してくれるメガ先は大層魅力的な人間に見えるのだ。


「はいじゃあそろそろ制作を始めようか。学校の敷地内ならどこでもいいから好きなものを描いてね。ただし他のクラスには迷惑かけないように」

「授業何回ぐらいかけるん?」

「三回か四回くらいで足りるかな。足りないなら授業外で描いてくれても良いんだぜ。それからいつも通り、最後は鑑賞の時間も設けるからそのつもりで」


 各自だらだらと美術室から出て行く。皆やる気は無さそうに見えて、いつも何かしらの作品は持ってくるので意外である。八割くらいは色すら塗ってないただの落描きだが。俺はというと特に描きたいモノもなかったので、その場に残り、美術室の窓から見える景色を描くことにした。

 窓の外には運動場が見えた。皆すこぶる面倒そうな顔で延々トラックを走り続けていた。体育の先生は不良達には人気がないらしい。俺もその先生の授業は受けたことがあるが、どうやらデカい声に強い語気で怒鳴りつければ生徒が言うことを聞くのだと思っているらしい。実際、生徒達は渋々体育教師に従う。まあ、それが学校の教師としての役割を果たしたことになるのか、と問われれば何とも答えづらいところである。不良でなくともこのような教師を好くような生徒は稀であろう。そんな実につまらない光景を俺はA4サイズのケント紙に描いていった。我ながら実に下手くそな絵だが、具体的に何が下手なのかはわからない。

 ふと気が付くと、背後からメガ先が覗き込んでいた。


「ほー」

「下手でしょう」

「まあ上手くはないけど……ふむ面白い」

「というと?」

「注目する場所、かな。君はいつも『人』を描かないね。代わりに静物の描き込みが多い。今もトラックを走ってる生徒が居るのに、それは雑に済ませて木や体育倉庫を描き込んでいる。人物画を描くときだって、輪郭を追うばかりで、まるで『人』という有機体を見ていないようだ」

「興味ないからじゃないですかね。すんません」

「別に悪くないよ。美術経験の浅いうちからこのような絵を描くということは、本当に興味がないんだね。でもそれもまた作風。一つの魅力になる」

「そっすか」


 正直メガ先が何を言っているのか、一割も耳に入っていなかった。それこそ興味がないのである。気が散るので、他の生徒の様子を見に行くなりさっさと何処かへ行ってほしかったが、メガ先は教卓に座って寛ぎ始める。生徒が不良なら教師も不良である。


「……さっき『校則を守る必要がない』って言ってたじゃないですか」

「そうだね。だって理不尽でしょ」

「でも、学校って理不尽に慣れるための場所だと思うんですよ」

「は? 違うけど?」

「ええ……」

「誰にそんな馬鹿なこと吹き込まれたか知らないけど、自分を納得させるために自分まで馬鹿になるなよ」

「はあ」


 正直、俺はメガ先があまり好きではなかった。

 何か深いことを言っている風だが正直一つも心に響かないし、ただの上っ面に聞こえる。それこそ、どんな御高説も聴く側に興味がなければ全部無価値なのだ。メガネを掛けている以外特徴のない教師のどこに魅力を感じれば良いというのか。そんなことをうだうだと考えているうちに授業終了。チャイムが鳴る。


「おっと、そういえば各自解散の指示をしてなかった」

「多分勝手に教室に戻っていくと思いますよ。次昼休みですし」

「それもそうだ」


 絵に集中してて気にしていなかったが、美術室に残っているのは俺とメガ先だけだった。道理でやたら話しかけてきたわけである。

 俺もさっさと昼食を食べようと美術室を退散、しようとしてまたメガ先に捕まった。

 メガ先はA4サイズの茶封筒を差し出してくる。


「悪いけどこれ、穂栖ホスに渡しといてくれるかな。多分保健室に居ると思うから」

「ほす……って誰です?」

「君のクラスメイトだよ」

「ああ、いつも欠席の奴ですね」

「そうそう。それ曲げないように気をつけてね」


 思いがけず面倒事を押し付けられた。

 断ることもできただろうが、せっかちになるあまり深く考えず受けてしまった。昼食の時間が削られるのも惜しい。急ぎ足で保健室に向かう。

 この学校の保健室の扉を叩くのはこれが初めてだ。

 そこには知らない人間が二人居た。デスクに居る丸っとした壮年女性が恐らく養護教諭で、ベッドに寝ている男子生徒が穂栖だろう……と推測。実のところ、穂栖とは顔すら合わせたことがなかったのだ。授業にも行事にも一切出ない。不登校かと思っていたが、どうやら保健室登校だったらしい。第一不登校かどうかに関わらず、俺は人の顔が覚えられない性分なのだが。

 ともあれ養護教諭に会釈しつつ穂栖の様子を伺うと、丁度眠りから覚めたらしく、目が合った。寝癖は立っているが目鼻のパーツがしっかりしている。美男子といえる部類だろう。多分。


「穂栖……で合ってるか?」

「アア、同ジクラスノ人ダネ」

「……ん?」


 何というか、チャラいような片言のような、とても独特な喋り方をする人だ。一瞬何を言っているのか分からなかったがどうやら俺のことを知っていたらしい。


「まあいいや。これメガ先から」

「アリガトー!」

「ところで何なんだそれ?」

「美術ノ課題ダヨ。人物画」

「あー、そう言えば前の授業で描かされたな。わざわざモデルまで呼んで。てかお前も描いたのか」

「課題ハ出サナイト留年シチャウカラネ」

「それもそうか。あ、折角だしちょっと見せてくれよ」

「イイヨー」

「どれどれ。……は?」


 そこに描かれていたのは授業のときのモデルではなくメガ先だった。絵の具は使わず、ただシャープペンを立てて細い線をぐるぐる重ねるようにして書いたらしい。

 いや、そんなことはどうでも良いのだ。

 上手いのだ。それも、度を越えて。

 素人でも分かるほどに「絵が上手い」という範疇を逸脱していた。精密。正確。しかも背景までしっかり描き込まれている。まるである一瞬の光景をそのまま紙の上に焼き付けたような。安直な言い方をすれば、写真のような絵だ。人間にこんな物が描けるのかと衝撃を受けた。


「お前実はプロの画家だったり?」

「ソンナワケナイヨ。デモ将来ハ絵本作家ニナリタインダー」

「絶対なれるって」

「エヘヘ、嬉シイナー」


 しかし見れば見るほどおかしな絵だった。何故こんな出鱈目な描き方で此処までリアルになるのか。こんなに描けるのに何故色を塗らないのか。そもそもずっと保健室に居るのにいつこんなものを描いたのか。気になることは沢山あったが……。


「おっと昼飯の時間がなくなってしまう」

「マタ話ソウネ!」

「おう」


 と、穂栖との出会いはこのようなものだった。


 それからいつも通りの一週間が過ぎてまた美術の時間。前回の風景画の続きを描くため、俺以外の生徒は皆美術室から出払い、メガ先と二人きりになる。メガ先のことは無視を決め込むつもりでいたが余りにしつこく覗き込んでくるので、渋々反応してやった。


「他の生徒見に行かなくていいんすか」

「良いんだよ。それぞれ勝手にやってるさ」

「ふぅん。あ、そうだ。穂栖……だっけ。アイツ絵上手いんすね」

「見たのかい」

「はい。メガ先がモデルでしたけど、いつあんなの描いたんです」

「さあ?」

「え?」

「まあ家とか保健室とかでささっとやったんじゃないの」

「いやいやいや……そういうクオリティじゃないでしょアレ。放課後に時間をとってメガ先直々に絵を教えてたり、そういうやつでしょ」

「いや全然。ていうか穂栖は殆ど素人だよ」

「んな馬鹿な」

「ほんとほんと。あの絵見たなら分かると思うけど技術らしい技術は一つも身につけてないんだよ」

「それでなんであんなにリアルになるんですか。しかもモデルも見ずに」

「うーん、それはだね……」


 やたら勿体付けるメガ先。どうやら答え辛い事情らしいというのは分かったが、しつこく問いただしてみると「まあいいか」と呟いて口を開いた。


「サヴァン症候群って知ってる?」

「知らないです」

「すごく簡単に言うと……自閉症とかの障害を抱える一方で、記憶力とか計算力とかの極一部の脳機能が突出していること。穂栖がそれなのね」

「ふーん。それと絵に何の関係が?」

「イメージしてごらんよ。もし、一度見た映像記憶を全く劣化させることなく維持できるとしたら。絵を描く上でどれほどのメリットがあると思う? 普通の人なら『見る』と『描き写す』の一瞬の間に九割以上の情報が削り落とされるところ、彼は十割を維持できる。それも恒久的に」

「……それってもう写し絵みたいなもんじゃ?」

「そゆこと。あ、一応彼のプライバシーに関わることなんで周りに言いふらしたりはしないでね」


 俺は漸く理解できた。穂栖に見せてもらったあの絵は、『記憶にある映像』をそのまま紙の上に投影しただけのものだったのだ。いや、言うのは簡単だが、やはり馬鹿げている。そんなこと普通の人間にできるわけない。


「あ、そうだ。彼のことだから多分風景画描き終えてるだろうし、放課後にでも回収してきてくれないかな」

「俺はパシリですか」

「ごめんね。こう見えて色々忙しいの、会議とかさ」

「へいへい……」


 また面倒ごとを押し付けられた、というところでチャイムが鳴る。

 午前の授業終了。昼休みを挟んで、午後の授業も適当に聞き流すとあっと言う間に放課後だ。クラスの大半は何かしらの部活に所属しているが俺は帰宅部。放課後の誰もいない教室で過ごすゆったりとした時間が好きなのだ。


「っと、パシリを忘れるところだった」


 溜め息一つ吐いて学生カバンを担ぐ。窓を閉め、カーテンを括り、電気のスイッチをパチンパチンと切り、夕陽の差し込む教室を見送って扉を閉めた。

 向かう先は当然保健室。

 ノックをして保健室に足を踏み入れると、養護教諭が人差し指を立てて「しー……」とジェスチャーした。どうやら、ベッドで寝ている穂栖を起こさないように、という気配りらしい。


「これ受け取りに来たのかな?」

「あ、はい。美術の課題ですよね」


 養護教諭が小声で確認しながらA4の茶封筒を差し出してきた。既にメガ先のパシリであると認識されているのは些か不服だが、まあスムーズに用件が済むので良い。すやすやと眠る穂栖を一瞥しさっさと退散。

 後は封筒を美術準備室へ届ければそれで終わり。

 美術室までの途中、俺は好奇心に負けて封筒の中身を取り出して見た。


「すげ……」


 当然だが中身は風景画。

 描かれていたのは誰もいない教室だ。椅子や机が雑に並んでいて、開いた窓から風が吹き込みカーテンがふわりと揺れる。そんな一瞬を、廊下側から切り取っていた。相変わらずのぐるぐる画法で白黒の絵。なのに、何故だかソレが『夕暮れどきの風景』に見える。

 ふと俺は、この風景が、穂栖の記憶をそのまま取り出したものであることを思い出した。彼は何を思ってこれを描いたのだろう。


「あ、勝手に見ちゃだめだよー」

「うわっ」


 丁度、会議終わりのメガ先と鉢合わせてしまった。

 廊下の真ん中で足を止める。


「一応さ、プライバシーとか気をつけなきゃだから」

「でも気になっちゃって」

「気持ちはわかるけど」

「すんません。……ところで何でこんなに描けるくせにまた白黒なんですかね?」

「そりゃ、色塗るのは写し絵とは訳が違うから。また別のセンスが必要なわけだよ」

「そんなもんっすか?」

「そんなもん。しかもとても繊細な作業だから彼の頭には負担だろう。絵の具を出したり片付けたりで余計な時間がかかるし」

「もしかして保健室登校なのと関係が?」

「まあそんなところ。サヴァンの中でも特殊なケースだろうけど、普段から脳をフル稼働してるせいでこまめな睡眠が必要らしくてね。学校までは来れるけど皆と一緒に授業を受けるのは難しい。起きてる時間がとても貴重なんだと」

「ふぅん……」


 プライバシーがどうだの言う割にやたら饒舌に喋る。そんな矛盾からか、俺はどうにも『本音と建前』のような嘘臭さを感じてしまった。具体的にどの辺が建前なのかは分からないが、恐らく本音で喋っていないであろうことは確信できた。


「じゃあ用は済んだので帰ります」


 まあ、そんな大人の事情など塵ほども興味はないのだが。

後編に続く

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