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改造怪物スイーパー  作者: いちご大佐
第3章 それは何時から狂ったか。
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第36話 『オッサン』の場合Ⅰ

皆様お久し振りです。約一年ぶりの更新。

少々小難しい話が出てきますが、筆者自身法律や細かな制度に関しては素人なので、まあフィーリングで楽しんでください。


例のごとく長くなりすぎたので前後編。

「さて、今日でアンタは20歳だ。約束は覚えてるな?」

「はい」


 20歳になったら独立する。

 忘れるはずもない。この日を一日千秋の思いで待ちわびたんだ。


「新しい仕事は順調です。アパートの部屋も借りられました。今すぐにでも一人暮らしを始められます」

「それは重畳」

「今まで大変お世話になりました、叔母さん(・・・・)

「うむ」


 そっけない返事をして、叔母はワイングラスを傾けた。

 地獄のような20年だった。

 生まれてすぐ父も母も喪い、この叔母に育てられた。叔母は捻くれた性格で、毎日奴隷のように使われては役立たずだと罵られ、暴力も振るわれ、人格すら否定され……


「それにしても湿気たツラだな。あの脳足りんの尻軽女によく似てて、見てるだけで腹が立つ」


 酔って口から出るのは、亡き母を貶す言葉。

 よくもまあ自分の姉をそこまで貶せるものだ。母のことは何一つ覚えていないが、聞いていて良い気分はしない。こんなことが日常茶飯事。育ての親とは言えこの人は『人間のクズ』と言うに相応しい女性だった。


「ときにお前、アレはどうするんだ」

「アレ、とは……?」

「将来やりたいことがあるとか、偉そうなこと宣ってたじゃないか。何か恵まれない子供の為にどうとか」

「ああ。孤児院を建てて……」

「それそれ、『自分のような災害遺児を救いたい』とか熱く語ってたよなぁ。ハッ、何も出来ないくせに面白いことを言うな」

「そんなことは。そのために勉強も沢山しましたし、必要な資格も幾つか……」


 ワインを飲みながら聞いていた叔母は、わざとらしく「コンッ」と音を立ててグラスを置いた。


(カネ)は」


 ……。

 

「元手になるだけのもんが必要だろうが。アテはあんのか」

「資金は……今の仕事でコツコツ稼いで……」

「何十年かけるつもりだ阿呆が」

「昇進すれば給料は」

「自分が中卒なの分かってるか?」

「……借金をしてでも」

「阿呆」


 分かっている。夢みたいなことを言っているのは分かっているさ。でもそんな言い草はないだろう。大体中卒なのは、貴女が高校に行かせてくれなかったからじゃないか。特待をとれば学費は何とかなったかもしれないのに、受験すらさせてくれなかった……。

 ……頭の中に色々な思いが浮かんできたが全てのみ込む。

 「たとえ親子でも施しをアテにしてはいけない」と、散々言いつけられてきたのだ。

 結局何も言い返せない。ただただ、無力な自分に腹が立つ。

 次に何を言われるのかと、ただ身構えた。


「……まあ、良い頃合いだろう。

 確かにお前は今までよくやった。出来が悪いなりに言い付けは守ったし、こうして独立するだけの力も勝ち取った。そうだ。『勝ち取った』んだ」


 その口から出たのは意外なことに『褒め言葉』だった。

 叔母は意を決したように、自分の懐から何かを取り出す。

 すっ、とテーブルの上に置かれたのは、見覚えのない預金通帳とキャッシュカード。


「今日からこれはお前のものだ」

「いや、これは……何かの冗談ですか。受け取れませんよこんな」

「馬鹿が。勘違いしてるな、これは私のじゃないぞ。お前の両親のだ」

「は?」

「受け継いでたんだよ。遺言で、いつかお前が独立するときに渡してやれってな」

「……失礼ですが、中を確認しても宜しいでしょうか」

「もうお前のだから勝手にしろ」


 生唾を飲み込んで通帳を手に取った。桁を下から順に、一、十、百、千、万、十万、百万、千万……。思わず自分の目を疑う。もう一度数えてみる。やはりおかしい。見たこともない額の預金残高。何故こんな大金が? そう言えば、両親の過去についてはほとんど何も聞かされていない。情報源と言えば叔母の愚痴ぐらいだ。


「それでも税金やらでかなり持っていかれたんだけどな」

「はあ……」

「大変だったんだぞ手続きやらなんやら。それから、薄汚いハイエナ共に狙われないように相当気を遣った。この通帳の存在は、私とお前以外誰も知らん。私らの両親……つまりお前の祖父母ですらな」

「あの、そもそもこの大金はどうやって?」

「ああ? 投資だとよ。なんか上手くやってたみたいだな。詳しい話は知らん。興味もない」


 叔母は忌々しそうにワインを飲み干した。

 グラスを脇に置いて、背もたれにどっかり背を預け、フンと鼻を鳴らして天井を仰ぐ。


「頭も尻も軽い、どうしようもない馬鹿女だったが……男を見る目だけは確かだった。

 はン。私とは真逆だなぁ畜生」


 何故だかハッとして叔母の顔を見る。細めた目尻に小皺が刻まれていた。四十路の女性に小皺があろうが不思議はない……のだが、それは間違いなく「知らない小皺」だった。よく見れば、眉間にも、口角にも。二十年も一緒に暮らしていたのに知らなかった。この人も、年相応には老けていたのだ。その事実に、今更気付いたのだ。

 これを最後に、彼女と会話を交わすことはもう無かった。


⎯⎯⎯⎯


 数日後には本格的に一人暮らしを始めた。

 語るほどのこともない、社会の末端にあるような一般企業。正直いつ潰れるかも分からないその会社で、ひたすら下らない雑務をやらされる日々。例の遺産にはここぞというときまで手を付けないつもりでいた。

 働いて働いて、合間に本を読む。養護施設の経営のしかた、それに関わる法律、それから児童心理学……必要そうな知識を片端から勉強する。

 新聞やネットでの情報収集も怠らない。主に不動産に関する情報だ。いくら元手があるとは言え、これだけで「ちゃんとした施設」が建つかと言えば、正直厳しい。家一軒建てるのとは全く訳が違うのだ。それなりに広くそれでいて安い土地。例えばホテル跡なんて、建物をそのまま施設に転用出来そうで理想的なのだが……。

 そんな日々を続けて一年、二年。

 収穫なし。

 そりゃそんな都合よくは行かない。

 潰れたホテルは幾つか見つけたものの、やはり手がでない。元手を増やすしかないということになり、所謂クラウドファンディングを始めた。

 三年。

 少しずつ資金が増え始めたものの、やはり収穫なし。

 四年。

 正直もうどうでもよくなってきた。

 若かりし頃の情熱はもうとうに冷めきっている。変わらぬ毎日を、ほとんど惰性で続けていた。

 五年。

 案の定会社が倒産した。

 無職になったが、再就職する気は起こらない。いざとなれば何年かは働かなくても食べていける、という状況が、自分の精神を鈍らせていたのかもしれない。


 そして六年目、その時は来た。

 何となく目を引いたのはとある新聞記事。

 C市にある、とある私立高校が廃校になるということだった。その高校のことは全く知らない。が、ただぼーっと読んでいた折、目に飛び込んできた「校舎が民間に売り出される」という旨の文言。

 校舎がそのまま?

 敷地内の施設を全部?

 買う人居るのかこんなの?

 ちょっと興味が湧いてキーボードを叩いた。どうやら生徒数1600人前後を前提に建てられた学校。設立からは70年程度で、ある時を境に入学者数が急減、そのまま経営が難しくなりあえなく廃校。何故そんなことになったのかは知る由もないが、私立だし色々難しいことがあるのだろう。

 しかしまあ、流石にこんなもの個人の財産でどうこう出来る話ではないだろう……

 ……おや?

 もう一度新聞記事に目を戻す。

 売却額が書いてある。新聞にこんなこと書くんだな……いや、問題はそこではなく。

 安いのだ。極端に。はっきり言って、ギリギリ買える。校舎に、大小の体育館、礼拝堂、化学実験棟、それに敷地代も含め、今持っている財産全てはたけばギリギリ手が届いてしまうのだ。一体何故こんな価格に?

 その答えは比較的すぐに出た。まず建物自体ほぼ整備が行き届いておらずどれも使い物にならない。立地も最悪で、どの駅やバス停からも遠いし、やたら急勾配な坂の上に建っている。急勾配すぎて車が登ってこれない。上下水道を繋げることも出来ず、下水の処理は今時汲み取り式だとか。なるほどこれは廃校になるわけだ……。

 これは……。

 こんな物件買う馬鹿がいるのか……。


 買った。

 いや、分かっている。こんなもの買っても持て余すのが関の山だろう。

 だが正直我慢できなかった。C市を襲った『あの災害』からもう二十と余年が経った。流石にその傷痕はほとんど残っていないだろうが、不幸は連鎖するものなのだ。C市内での児童に関するトラブルの発生件数は、明らかに他の地域より多い。虐待、育児放棄、少年非行、あるいは経済的困窮が原因の一家無理心中。被災当時子供だった世代がいま親となり、家庭を持っている。彼らにとって「災害はまだ終わっていない」ということをデータが物語っているのだ。

 そうでなくても、その手のトラブルは尽きないもの。

 望み薄であれど目の前に垂れる蜘蛛の糸をスルー出来なかった。

 この糸を紡ぐのだ。理不尽の底に突き落とされた誰かを救うために。


⎯⎯⎯⎯


 校舎内の掃除から全て始まった。丸一週間くらいかけてひたすら掃除してまわり、修繕が必要な箇所を書きだしていく。当然一人で、だ。それからSNS等をフル活用して、力を貸してくれる有志を募る。始めは孤独な戦いだったが、ネットを介して徐々に話が広まっていき、ちらほら『人』と『金』が集まりだした。

 恵まれない子供のために廃校を孤児院に造り替えるプロジェクト。

 独力で、財産の殆どをはたき。

 そんないかにもな話で、良い意味でも悪い意味でも注目を集め始めたのである。


『ははぁ、これが孤児院になるわけですか』

『ボランティアって言っても素人の集まりじゃないですか。本当に大丈夫なんですかね?』

『建築士とかの専門職の人もボランティアに来てるらしいぞ』

『クラウドファンディングで資金も潤沢とか』

『便利な時代になったもんですな』


「有志の方々ですね。こちらへどうぞ!」


 こんな具合である。資金潤沢というのは言い過ぎだが、専門職のボランティアは本当だ。かなり助かっている。それから「完成したら是非働かせてほしい」と名乗り出る人も現れ始めた。

 見切り発車で始めたプロジェクトだが正に順風満帆。

 一年余りで最低限の改修が終わった。

 それから半年後に、運営許可や補助金の申請など一通りの手続きが完了。


 プロジェクト開始から二年。

 記念すべき(と言って良いものか悩ましいが)最初の児童達が入所した。入所審査を通過した十人。その中に、事故で両親を喪った子がいた。思わず自分の境遇と重ねてしまう。


(せめて、この子達が路頭に迷わないように……)


 初期職員は自分も含めて四名。

 入所児童用の個室として、四十もある教室をそれぞれ四分割したから、百六十名まで収容可能。

 食品や生活必需品などの出費は国から支給される養育費で賄う。

 近隣の私立小中学校と提携し、入所児童の就学を保障する。

 折角教会堂があるので最寄りの教会から牧師も招いた。


 細かな問題こそあるものの、『孤児院』として、最低限の形は整った。 


「施設運営は軌道に乗っている、と言っていいでしょう。これは」

「そうね。じゃあ、そろそろ私たちも……」

「はい。……うん。そうだね」


 二十九歳にして僕は結婚した。

 相手は、プロジェクト開始直後から僕の片腕として働いてくれていた女性。有能で、物腰もよく、よく気が効く。僕にはもったいないくらいの人だ。挙式ができなかったのは痛いが、まあまだ色々余裕がないから仕方ない。焦ることもないだろう。


⎯⎯⎯⎯


 さて、実は度々『捨て子』がこの孤児院に流れ着くことがあった。例えば赤ん坊が施設付近に置き去りにされているのを発見したり、捨て子を発見した人がここまで連れて来たり。彼らの処遇には頭を悩まされた。

 身元不明の捨て子を発見した場合、直接もしくは警察を通して、市長へ棄児発見報告を行わねばならない。その後報告をもとに市長が調書を作成し、戸籍が編製される。戸籍ができたら養護施設なり里親の家なりに住所が置かれる。

 つまり捨て子を発見する度役所に行って報告し、住所をこの施設に設定するための手続きを行わねばならないわけだが。


「いくらなんでも捨て子が多すぎるわ」

「うん……最後の砦として、C市には『こうのとりのポスト』もあると言うのに。そっちに行かないのは、後ろめたいことをしてる自覚があるからこそ、なのかな」

「事情は様々だから何とも言えないけれど。ただ、手続きするこっちの身にもなってほしいものね」

「ああ、それは……ごめんね?」

「冗談よ。そういう仕事は今まで通り、私に任せてちょうだい。貴方には他に沢山やることがあるんだから」

「ありがとう」


 そう。大体の事務処理は妻が進んでやってくれていた。僕は僕で責任者としての仕事があるからとても助かる。

 ……とは言っても、あんまり妻が有能すぎて段々暇ができてきたのは事実だ。最初の頃はほぼ休みなしで働き詰めだったが、結婚した後は最低でも週一日の休みをしっかり取れるようになっていた。


⎯⎯⎯⎯


 休みの日は下界に降りて(施設が高台にあるので外に出ることを何となくこう表現している)街の様子を見て回る。街は当然人で賑わっている。子供から老人、外国人も珍しくない、本当に様々な人がいる。

 そして『彼ら』はそこに埋没していた。『彼ら』はいつでもそこいらに居て、でも誰も目を向けない。街の人々は「そういうもの」と受け入れているのだ。


 いつも通り、下界で『彼ら』の一人を見つけた。広い駐輪場の一角を陣取って一人でブツブツ喋っていた。


「そのねー、あれがねー、新聞にぃー」

「やあ。また持ってきたよ。ちゃんと仲間と分けあって食べてね」

「あー……ありがたいねぇー、ありがたいねぇー」


 目の前の薄汚れた老人に、パンが何個か入った袋を手渡した。

 それからまた街を練り歩く。

 雑居ビルの足下にまた一人。段ボールを敷いて寝そべっていた。髭も髪も伸ばし放題のオジサン。


「いつもの持ってきたよ」

「……そこ置いとけ」

「はいはい」


 今度は公園のベンチに。歯の抜けたお婆さんだ。


「今日も持ってきてくれたんかいね」

「はい。ちゃんと食べて、鳩にあげちゃダメだよ」

「そら残念ね」


 いつしか休みの度にこんなことをするように習慣づいていた。

 『彼ら』には住む家がない。『彼ら』の殆どは定職を持っていない。空き缶拾いでその日暮らしする者、釣った魚や廃棄弁当を食べて腹を満たす者、あるいは同類同士で支え合う者達も、様々居るが、多分どれもそう長くは続くまい。

 ほんの一日分の生活でも助けてあげられればと。

 救ってやりたいと。

 分かっている。独善だ。もっと他に、生産的なやり方はいくらでもあるのだろう。しかし彼らは喜ぶ。自分の気持ちもいくらか軽くなる。独善と割り切りこれを続ける辺り、僕は善人ではないらしい。

後編へ続く。

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