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改造怪物スイーパー  作者: いちご大佐
第3章 それは何時から狂ったか。
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第34話 観測不能のイフⅠ・前編

第3章、開始。


※ショッキングな表現

※少年に対する性的虐待

 最初に『彼女』に会ったのは、まだ言葉も分からないほどに幼いときのこと。

 気が付いたら俺は知らない部屋に居た。木製の机や椅子がたくさん。乱雑ではあるが全部同じ方向を向けて並べてある。その方向に何があるのかと言えば、一際大きな机。壁には大きな時計と黒緑色の大きな板が付けてある。

 大きな机の上に『彼女』は座っていた。

 窓から差し込む夕日が、その濡れ烏のような黒髪を照らす。


『初めまして。私はミケと言います』


 彼女……ミケが話しかけてきた。当時はまだ言葉が分からなかったが、今なら何を言われていたのか覚えてるし理解できる。


『この「教室」は私の部屋です』


 俺の知っているものより時代の古い感じだが、確かにその場所は『教室』だ。加えてミケは黒いセーラー服の様なものを纏っていた。学校と、女学生。何と言うこともない組み合わせ。しかし彼女は、女学生と言うには人間味に欠けていて、話し方からしても機械的な印象。

 何より彼女には『顔』が無いのだ。黒い靄に覆われていて表情一つ読み取れない。


『貴方にも部屋を一つ貸しましょう』


 ミケは俺を抱きかかえて『教室』を出た。

 廊下を暫く歩き、とある一つの扉を開ける。


 そこは真っ白で何もない空間。どこまでも終わりなく続いているように見えた。


『ここが貴方の部屋です。好きに使ってください。

 貴方は何をしても良いですが、貴方が外に出たら、私も外に出て「鍵」を渡しに行きます。それで好きなときに帰ってきてください。そして願わくは、貴方が外で見たもの、聞いたもの、やったこと、一つ一つを私に聞かせてください。

 遅くなっても構いません。何時までも待っています』


 彼女は俺を白い空間に取り残して出ていった。

 それからだ。全てが始まったのは。


 俺はそれから


 『生まれて』から


 『死ぬまで』を


 何度も


 何度も


 繰り返した。


――――


 生まれて何カ月かを母親の家で生きる。

 ある日突然、母親は俺のことを路上に放置して去っていく。

 俺の『人生』は毎回そういう風に始まる。

 と言っても大抵は棄てられてからそう時間も経たず餓死してしまうのだが。まだ生後数カ月の赤ん坊で、辛うじて立歩ける頃だし、何より真冬のことなのでまあ仕方ない。


 その回も大筋同じだった。腹を空かせながらよたよた歩いて、食べ物を探す。一度気を失ったあと、目を覚まして立ち上がり再び彷徨う。いつもならこの後も食べ物は見つからず、一晩のうちに体が動かなくなり死ぬ。

 だがその回は、少し違った。いつもと違う方向へ彷徨っていた。

 そして電柱の根元にたまたま見つけたのだ。掌ほどの大きさ、焦げ茶色の、蠅が集っているそれを。蠅を払って拾い上げてみた。粘ついた質感。異臭が鼻につく。正常な精神状態ならばこんな悍ましい物体(イヌのフン)など、すぐに捨ててしまうに違いない。そう、正常なら。

 俺は、迷うことなく口に運んだ。

 当然だが体が拒絶した。苦いし、酸っぱいし、何より臭い。えずいて胃液ごと吐き出しそうになる。

 しかし耐えた。

 汗と涙と鼻水で顔を汚しながらも飲み込んだ。まあ、こんなものを食べたところで栄養にはなるまい。しかし不思議なことに、気力の様なものは湧いてくる。尊厳を捨て、より純粋に、より貪欲に生にしがみつく。すると選択肢が急に広がったように感じるのだ。周りを見渡すと、形ある物体が全て『食えるもの』と『食えないもの』のどちらかに見える。石や鉄くずは硬いから食えない。草や木や土や虫は柔らかいから取り敢えず食える。俺は体の震えを抑えながら、目に映る『食えるもの』を片っ端から口に運んだ。そうして歩いては食い、歩いては食い。ふと気付けば、いつの間にやら橋の上。下の方から水の流れる音が聞こえてくる。……川だ。

 是非もなく飛びついた。橋の下に降りて、四肢を地に付け、氷のように冷たい水で喉を潤す。

 頭がずきずきする。

 顔をあげて深く息を吸い、その場に仰向けになる。

 電池が切れたように意識が途絶えた。


――――


 深い深い闇へ堕ちていく。

 寒い。全身が痺れる。

 死が再び目前に迫ってきた。

 ……。


「×××××××!」

「×××!?」

「×××××××××!!」


 誰かの声が聞こえて、闇から引っ張り上げられた。


「××!」


 ……明るい。


 夜が、明けたのだ。


「××××?」


 知らない男が話しかけてくる。幼児の俺には何を言っているのかは分からない。

 数人の男が俺を取り囲んでいた。何だか怖くなり、逃げ出そうと立ち上がる。しかし毛布が足に絡まって尻餅をついた。……毛布? そう、毛布だ。毛布が掛けられていた。この男達が掛けてくれたらしい。

 わけも分からず怯えていると、男の中の一人が、紙のカップとスプーンを取り出した。


「×××」


 カップには白くてどろりとした物体が入っていた。

 男はそれをスプーンで一掬いして、俺の鼻先に突き出す。

 どうやら『食えるもの』らしい。


 試しに一口。

 ……甘い。ほんのり酸っぱくもあり爽やかな風味だ。

 もう一口。滝のように唾液があふれてくる。

 次から次に口に運ばれて、その『食えるもの(ヨーグルト)』はすぐに無くなった。


 一息つき、じわりじわり、指先に血が通っていくのを感じる。

 昨晩の異食のせいで胃がキリキリするが、俺は確かに生きていた。

 初めてその夜(・・・)を生き抜いたのだ。


――――


 彼らは俗に言うホームレスというものらしい。

 橋の下で雨を凌ぎ、段ボールや廃材を使って風を凌ぐ。棄てられた道具で魚を釣り、或いは棄てられた惣菜や弁当類を何処からか持ってきて、それを『皆』で分配して食べる。人数としては二十人は居ようか。それなりのコミュニティを築いて生活しているようだ。

 そんな彼らの一員となった。


 このコミュニティは更に複数の小コミュニティに分けられ、寝食や物資分配のとき以外はそれぞれの『縄張り』で生活している。縄張りは公園、地下道、神社、路地裏等々。勝手に陣取ってはそれぞれの手段で物資を調達する。

 俺は『物乞いのスケ』という男性と組むことになった。自分から率先して世話役になってくれたのだ。スケさんは彼らの中では信用のある人で、人当たりもよく、それを活かして物乞いをしている。


「いいか、おれは『パパ』だ。パー、パ」

「ぱー……」

「パ」

「んぱ」

「ん、よしよし」


 言葉を教えてくれたのもスケさんだった。特に『パパ』という単語を最初に、念入りに教えられた。朝起きて紙コップ一杯の飲用水を飲み、それからスケさんが俺をおんぶして、ナワバリへ物乞いしに向かう。ベンチに座って物乞いしつつ言葉を教わる。するとパンや小銭を差し出す人が日に何人か現れる。日が暮れれば取得物を持って橋の下へ。そんな感じの日々が結構長く続いた。


あにさん、段ボール余ってねぇかな?」

「ん、丁度貰ってきたとこだから分けたげるよ」

「兄さん、マサさんが風邪ひいたっぽい! どうしよう!?」

「あらら、風邪薬の備蓄あったかな」

「ついでに胃薬のこってねぇだか兄さんよ」

「仕方ないねぇ。拾い食いはほどほどにしなよカズオさん」


 コミュニティ全体を纏めているのは、意外なことに、ただの三十路男だった。

 これと言って特徴のないおっさんだ。常ににこにこ笑みを浮かべ古参者にも新参者にも平等に接する。ただそれだけの。にも関わらず、皆が彼を慕い、彼のもとに集い、彼に従っていた。

 若い者も老いた者も、彼のことをただ『あにさん』と呼んでいた。

 確信はないが、初めに俺にヨーグルトを食わせてくれたのも兄さんだったかもしれない。


 路頭に迷っている新人ホームレスを拾ってきたり、逆に職を見つけホームレスを卒業する人が出たり、メンバーの出入りは度々ある。しかし中にはベテランホームレスみたいなのも居た。例えば『缶拾いのマサ』『賭博のウメ』『漁り屋のカズオ』に『物乞いのスケ』を加えたホームレス四天王は特に経験豊富らしい。ベテラン組には壮年や老年の者が多く、見るからに「この道ウン十年」という感じである。


「このおれが面倒みてやってんだ。せいぜい役に立てよ」


――――


 冬が明け春も過ぎる時期。不自由なく歩き回れるようになり、二語文程度なら話せるくらいになった頃。

 スケさんは俺を連れて単独行動することが多くなった。コミュニティから距離をとり、少し離れた河川敷に新たな拠点を作ったのである。

 咎めるものは居ない。『兄さん』にも容認されているらしい。

 完全に分離したわけではなく、たまに集会に顔を出しては楽しげにお喋りをするし、皆俺の頭を撫でてはにこにこ笑う。飴を渡してくる者もいた。俺はただ「ありがとござます」と返すだけでよい。そういう風に教えられたのだ。


「いいか、おれの言う通りにしたから貰えたんだ。

 だからこれはおれの手柄だからな」


――――


 梅雨が来た。

 視界も物音も雨に掻き消され、あらゆる気配が遮断される。

 まして深夜の河川敷に訪れる者などいない。


「じゃあ服脱げ」


 俺はその言葉に従う。

 特に怪しむことはない。いつもの日課、ただの水浴びだ。

 うんしょとTシャツを脱ぎ、草の上に放り、転げながらズボンも脱ぎ、放り、下着も脱ぎ、放る。同時に靴も脱ぎ捨てる。未熟な柔肌が、湿った空気のもとに露になった。

 その間にスケさんは、バケツで川の水を汲んできた。

 それでタオルを濡らして俺の体をごしごし拭い始める。


「水浴びなんだ。ただの水浴びだからな。

 だから仕方ないよな」


 そんなの分かってる。分かりきった一人言を何度も聞かされる。なんでそんな風に繰り返すのか、幼い俺には分からない。

 タオルを持った手に力が籠っていく。次第に乱暴になっていく。ごしごし、ごしごし、ごしごしごし。子供の肌は刺激に弱い。痛いし、擦りむけそうだ。だがいつものことなので我慢した。

 余程に激しく拭いたせいか本人も息が上がっていた。

 鼻先でハアハアと荒い呼吸。もう慣れたが、正直、息が臭かった。

 例えるなら腐った生ゴミのような。


「ふう……。指も使って、隅々まで洗わないとな」


 そう言ってタオルを置いた。

 濡らした指を俺の胯座へ差し入れる。あっちこっちを弄りつつ、垢を擦り、好き勝手に這わせていく。一度手を漱いだ後、今度は唾液で指を湿らせ差し入れる。

 骨張った指が、ぬるん、と会陰の方へ滑り込んだ。


ここ(・・)も綺麗にしないと……な」


――――


 代わり映えのしない物乞いの日々が続いた。

 彼等と会って四回目の梅雨の時期。即ち俺が大体五歳のとき。


「ただの水浴びだ……」


 もう、何度聞かされたことか。

 梅雨がくるたび飽き飽きするほど『水浴び』を行った。

 指で、舌で、特に汚れやすい場所は念入りに弄られる。水だけでなく唾液や何やらの体液・・を塗りつけて、ぬるりぬるりと擦られることもある。ちょっと痛い。でも変な感じ。もっとしたい。変な感じ……。子供の語彙では何とも表現しようのない感覚だったが、俺はそれが、癖になっていた・・・・・・・

 頭がぼーっとして半分夢でも見ているような気分。暗く、深く、このまま泥沼のように、どこまでも沈んでいけそうな気がした。


 しかし残酷なことに、夢の半ばで引っ張りあげられてしまった。


  ゴスン


 鈍い音がしてスケさんが倒れる。

 頭を押さえ、苦痛に喘いでいる。


「君は、君は、何てことを……!」


 その男は雨で全身ずぶ濡れだった。

 その男は般若のごとき形相だった。

 その男はコンクリート片を握ってスケさんを見下ろしていた。


「君は……君はッ……!」

「ぐぅっ……。お、おれが教育したんだ。これくらい……」

「黙れ」

「おい……お前……見てないで『パパ』を助けろ」

「黙れ!」


 男は再びそれを振り下ろす。何度も何度も。砕ける音や潰れる音が雨に消え入る。俺は裸のまま、ただそれを傍観する。

 飛沫が顔についたので腕でぬぐった。


 誰だこの男は? 何をこんなに怒っている?


 スケさんはもう動かない。

 男はこちらを一瞥した後、遺体を引き摺って何処かへ去っていった。


――――


 翌朝。

 相変わらずの雨だし、一人では何も出来ない。仕方ないので傘を持ち、食べ物を貰いにコミュニティを訪ねた。ここに来るのは久々だが、何やら慌ただしい雰囲気だ。まあ、さほど興味はない。そんなことより今日の食料をば。

 分配係は……あの老婆かな。

 多分ホームレス四天王のウメさんだ。


「ごはん。ください」

「おんやぁ、君一人かいね?」

「ん」

「スケは……いや、それより『兄さん』の方かね。どこ行ったか見てねぇか?」

「しらない」


 誰に何を聞かれても「知らない」とだけ答えればよいと、スケさんに教わっていた。それに大人たちの事情には興味がない。


「ごはん。ください」

「ほいほい。……もし『兄さん』を見つけたら教えとくれな?」

「ん」


 パンを受け取り、いつもの河川敷に戻る。

 地面は雨でべちゃべちゃだが、橋下にはまだ昨日の血痕がある。パンを齧りながら、血の染みた泥をいじくってみた。

 別に何も起こらない。

 ただ血の染みた泥があるだけだった。


――――


 何日経っても『兄さん』は帰ってこないらしい。

 そのせいなのか、コミュニティの統制はみるみるうちに崩れていく。物資を独り占めする者。資金を横領してギャンブルに溶かすもの。嫌がらせ。暴力。離散。あるいは派閥の構築。警察沙汰を起こすものもちらほら。遂にはコミュニティ自体形を失った。

 俺はと言えば警察に保護された。

 自分でも正確には分からないが、この時点で俺はまだ五歳程度。保護者もおらず汚い身なりでふらついていれば、当然そうなる。むしろそれまで誰も通報しなかったのが不思議というもの。


――――


 それから紆余曲折あり、孤児院に預けられた。

 その後は……はて、何をしていたか。

 まあ、部屋に閉じ籠りのらりくらりと暮らしたのだ。たっぷり十余年。この辺りの記憶は何故か混濁している。


――――


 (恐らく)十九才くらいになったころ、二月上旬。ふとした思い付きで、あのホームレス達が暮らしていた河川敷を訪れた。

 本当にただの偶然だ。

 殺人の現場・・・・・を目撃してしまった。

 血塗れの女。手斧を持った男。男は手斧を振り上げ、女の頭めがけ振り下ろす。かち割れた頭蓋から色々なものがこぼれ落ちた。いっそ清々しいとどめの一撃だった。尚も彼は止まらない。服を破き捨て、死体を辱しめ始めたのだ。


 俺は暫く魅入った。

 このとき、それが『子作り』の行為だという知識は既にあった。そして、あの『水浴び』が『子作り』を模した行為だということに、ここで漸く思い至った。


 夢中になっている彼の背後へ、徐に忍び寄る。

 視界の端に映るのは血で汚れた手斧。


「なあ、それ、楽しいのか?」


 数分後。

 俺は二人の死体を辱しめていた。


「楽しい……楽しい……」


 精神が高揚し、えも言えぬ幸福感に満たされる。なんだこれは。格闘に勝利し、相手を殺め、その上での完全な征服。欲望の解放。何より、初めての絶頂は鮮烈だった。


「ふう……」


 手斧を拾い上げ街へ向かった。


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