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改造怪物スイーパー  作者: いちご大佐
第2章 放火魔と怪物少女達、深まってゆく謎。
39/59

幕外之話 マルム・インマトゥラム

R15注意

 探偵の仕事というのは難儀なものだ。

 浮気調査、浮気調査、浮気調査、偶に探し人やペット捜索、浮気調査、浮気調査……正直、飽きた。始めの頃は、昼のドラマのような状況に遭遇したりして、内心面白くもあった。しかしわたしは、こんなことをやりたくて探偵になったのではない。

 推理小説の探偵達はもっと色んな事件に関わって、推理して、華々しく事件を解決。正義。そう、正義だ。わたしは『正義』になりたかったのだ。だが現実はどうだ。痴情の縺れという極めて小規模な事件、人を追ってはストーカーのようにこそこそ隠れ、頭より足を使って地道に解決。浮気を暴けばそれを報告し、怒りや悲しみに暮れる依頼人から報酬を頂きお仕事完了。誰も得をしてないし、達成感なんてない。真実を解き明かすのが正義だと信じてきたが、はて、これで正義と言えるのだろうか。探偵の中にはボディーガード系の依頼を得意とする所謂『武闘派』の者達もいるが、彼らの方がよっぽど正義らしいではないか。特殊な能力を持っているとは言え、貧弱で田舎者なわたしに彼らの真似は無理だ。



  ━━3.29 06:22 『メイド長の家』━━



 さて、昨日までの旅行で疲れが抜けないので今日は臨時休業だ。依頼もないし、こんな日くらい家でゆっくりさせてほしい。……自分の家、ではない。『メイド長』の家だ。

 ここで過ごし始めてもう二週間くらい経つ。居心地は、正直とてもいい。部屋は広いし、ご飯は美味しいし、メイド長が何かと世話を焼いてくれる。このままここにいるとダメ人間になりそうで怖い。

 ところでこの家で暮らしているのはわたしとメイド長の他に、林檎ちゃんという可愛い女の子がいる。この家でメイドの修行をしているらしい。健気なものだ。

 で、その林檎ちゃんだが……。


「だいじょーぶね、林檎ちゃん?」

「う゛っ、ぎ、気持(ぎぼ)ぢ悪いでずぅ」


 D市への旅行から帰った途端この有様だ。

 激しい貧血に吐き気や頭痛、寒気など。見ているのが辛いくらいの不調ぶり。まあ仕方のないこと。何せこの子はD市で、信じられないほど凄惨な体験をしてきたのだ。

 私はこの子がこの三日間何をしていたのか、殆ど知っている。元々『菅原リョウ』という少年を尾行していたのだが、紆余曲折ありうっかり本人と接触。仕方がないので林檎ちゃんに監視役をさせていた。その際小型のマイクを渡していたので二人の会話は大体録音してあるのだ。どうやらかなり危ないことをしていたようだが……まあ今そのことを責めるのは酷だろう。

 看病はメイド長が大方やってしまっているので特にすることはないが、見ているだけ、と言うのも気が引ける。


「あの……わたしに出来ることは何か、なかですか?」

「そうですね、ではこの汚れ物をコインランドリーで洗ってきて下さいますか」


 林檎ちゃんが脱いだ服を手渡される。洗濯機ならこの家にあるではないか、と言おうとして気付いた。あっ、これ戦力外通告だ。無能な人に気を遣って、簡単かつ長めに時間を潰せる『おつかい』を任せるパターンのやつ。うう、優しげな笑みが胸に刺さる……。



 ━━08:02 『コインランドリー』━━



 というわけでコインランドリーに来た。

 洗濯機のふたを開け、渡された分の汚れ物をぽいぽいっと入れる。ついでに自分の分も洗っちゃお。林檎ちゃんの服は大体黒いが、わたしの服も黒ばかりなので、まあ色移りの心配はない。

 お金を入れて後は待つだけ。置いてあった雑誌を適当に手に取り椅子に腰かける。

 ふと、先に来ていた人と目が合う。

 金髪に褐色の肌。珍しい組み合わせだがどちらも自前っぽい。何処の国の人だろう。大人っぽい雰囲気が漂い目鼻立ちもはっきりしてて美人さんだ

 会釈すると、にこっと微笑みで返してきた。


 二、三分はペラペラと雑誌をめくってみたのだが……思いの外つまらないな。他のも似たようなのしかない。棚に戻した。


「それ、面白くないわよねえ」


 さっきの美人さんに話しかけられた。


「そぎゃんですね。趣味ン悪かといいますか……」

「私もさっき見たのだけど、聡明ぶった感じが好きじゃないわ。まるで高校生の作文ね」

「はは、手厳しか」

「どうせ読むなら小学生の可愛らしい作文の方が良いわ」


 外国人的なルックスに反しやたら流暢な喋り方。綺麗なイントネーション。自分の芋っぽい喋り方が恥ずかしくなってくる。


「あの、失礼ばってん、外国の方ではなかですか?」

「こっちに来て四年ってところね。言葉は向こうに居たときに独学で勉強したわ」

「はーっ、たまがりました。何でこの国に?」

「お医者様を探しに来たっていうのが元々の目的だったのだけれど、居心地が良くて。ここでしか食べられないお料理もいっぱいあるわ。和食って素敵よね」


 目を輝かせながらそう語る。すっかりエンジョイしていらっしゃる様で。

 それにしても、医者? 医者ならどの国にでも居るだろうに。

 ……まあ重い話になる予感がビンビンするのでその辺はほじくらないでおこう。

 美人さんは気さくで、仕事の愚痴や互いの家族の話など、つい色々と話し込んでしまった。わたしの話は面白くないので置いておくとして、この人はシェアハウスのような場所で暮らしているらしい。それぞれで役目が決まっていて、彼女の役回りは家事全般。毎日三食、シェアメイトの方々に和食の腕を振るっているそうだ。またシェアメイトにはやんちゃな子供達もいて、彼らの成長を眺めるのが密かな楽しみだと語る。

 素敵な女性(ひと)だ。わたしなんてまだまだお子様だな。

 もっと話していたかったが、無機質な電子音がお別れの時間を告げる。


「あら、もう乾燥終わったみたい」

「すんまっせんでした、お話しに付き合ってもらって」

「いいのよ私が話しかけたのだし」


 次々に洗い物を取り込んでいく美人さん。やけに量が多い、何人分だろう。大人の男性の服に、子供服、ジャージ……ん? あのパーカー、どこかで見たような……。見覚えはあるのだが思い出せない。

 まあそのうち思い出すだろう。


「あ、そうそう。このしいたけ、袋詰めで詰めすぎちゃったから少しあげるわ」

「いやいやいや、よかです! 流石に申し訳なかですよ」

「そう。まあ無理にとは言わないわ。……ところで私は『しいたけステーキ』って呼んでるのだけど、フライパンで軽く焼いてちょっと醤油を垂らすだけですごく美味しいの」

「……やっぱし貰います」


 ついつい押しに負けてしまった。まあただの厚意のようだし、断るのも悪い気がする。決して『しいたけステーキ』の魅力に負けたわけではない。


「うふふ。何だか楽しかったわ、またいつか会いましょう」


 美人さんは帰っていった。


 ……何だか実家のママを思い出してしまった。ママはあんなに上品ではないし、美人でもない。作る料理はいつも茶色。お弁当なんか人に見られないようこそこそ食べたものだ。けれど、それでも時々あの茶色が恋しくなる。ちょうど、このきのこのような茶色だ。

 少しして、わたしが持ってきた分も乾燥が終わった。取り出したばかりの洗濯物はほかほかでいい匂いがする。

 洗濯物としいたけをもって帰路についた。



 ━━3.30 01:55━━



 その日の深夜、ふと目が覚める。

 今夜はやけに冷えるな。

 布団に顔まで包まるも、背中がぞくぞくして眼が冴えてしまう。嫌な寒さ。林檎ちゃんの病気が伝染ってしまったのだろうか。……ついでに少し、催してきた。でも真っ暗だし、朝まで我慢。

 もぞもぞ


「漏るる……」


 流石に、この歳でお漏らしは避けたい。意を決してベッドから起き、抜き足差し足で部屋から出る。暗いなー怖いなー。静かすぎて、床がきしむ音が余計に不気味だ。

 トイレには何事もなくたどり着いた。


「ふぅ……」


 ぶるり、と身震い一つすると、少しは寒気も和らいだ。何よりこの明かりがありがたい。いっそここで寝ちゃ駄目かな。

 駄目ですよね。

 ジャーッと水を流してトイレから出る。来るときは暗闇に目が慣れていたが、明かりを消せばもう何も見えない。転ばないように手探りで歩く。大丈夫、お化けなんて居ないってパパも言ってた。歌でも歌って気を紛らそう。


「あんたがったどっこさッ♪お化けなんて嘘さッ♪」


 いかん林檎ちゃんが起きてしまう。お口チャック。

 再び暗いのに慣れてきたところ、キイッ……と不気味な音が耳に入った。何事かと思って音の方を見ると、林檎ちゃんの部屋のドアが開いて明かりが漏れていた。もしかしてさっきの歌で起こしちゃったかな。しかし、誰も出てくる様子はない。

 歌と関係なく起きていたのか。体調も心配だし少し覗いていこう。

 なるだけ静かに歩いていき、ドアの隙間から部屋の中を覗きこむ。明りのついた部屋には、林檎ちゃんとメイド長がいた。黒いネグリジェに身を包んだメイド長が椅子に座り、その前にパジャマ姿の林檎ちゃんが立っている。何か話をしていたようだ。体調はもう良いのだろうか。

 こんな夜更けに一体何の話を……。邪魔しちゃ悪いと思いつつも、二人の会話に耳を傾けてしまった。


「林檎、服を脱ぎなさい」


 咄嗟にドアから飛び退いた。

 ……いやいや、流石に聞き間違えだろう。そう思い再び覗く。

 パジャマのボタンを外していく林檎ちゃんが見えた。

 聞き間違えじゃ、なかった。

 虐待? 脅し? どうしよう、止めるべきか。まごついている間に林檎ちゃんは丸裸になっていく。

 …いや、突入するにはまだ早い。今行ってもしらを切られるのがオチだ。最悪のパターンを考慮し、証拠は確実に押さえておかなければ。

 探偵眼鏡の仕込みカメラのスイッチをONにする。


「この三日、何方かの血を吸いましたか?」

「ハイ。神ガどうのと言う輩の一員の血ヲ吸いまシた」

「それは男性ですか女性ですか?」

「男性でス」

「ふむふむ。他には?」

「菅原サんの血も吸いまシた」


 メイド長は目の前の裸体を眺めながら話すだけで、手を触れたりはしていない。が、何やら林檎ちゃんの方の様子がおかしい。呂律が回っていないし、体が火照って目の焦点も合ってない気が。

 一体何が……?


「良いですか林檎。男性の血は汚れています」

「ハイ」

「特別に私の血を吸うことを許可します。

 これで口を漱ぎなさい」


 そう言ってメイド長は、ストッキングに包まれた脚を差し出した。

 え、まさか。血を? そこから?

 そのまさかだ。林檎ちゃんは跪き、その艶かしい脚を恭しく両手で持ち、足先を口に含んだ。黒いストッキングに、唾液と血液で染みができる。他のことなど目に入っていないように、上気した顔で足をしゃぶり続けた。吸血鬼だとは聞いていたけれど、本当に、吸血しているのか。

 やがて吸血が終わったようで、林檎ちゃんが足から口を離した。うすら赤い唾液が糸を引く。


「……それで、その首の傷は何ですか?」


 何事もなかったように話が再開される。

 首の傷……よく見えない角度だったが、メイド長が林檎ちゃんの顎をくいっと持ち上げると、確かに傷があった。しかも黒く変色して結構目立つ。あれは確か……


「輩の仲間ノ少女に、やらレました」

「少女……ふむ、神がなんとかと言いましたね。覚えておきましょう。ところでこの傷は何かで塞がれた跡がありますが、これは?」

「菅原さンの皮膚を移植しましタ」


 そうだ、マイクを通して音声だけ聞いていたが、首を抉られて……うっ、吐き気が。

 突然メイド長が立ち上がる。

 林檎ちゃんの裸体をあちこち弄り始めた。


「ほう。ほうほう。菅原さんの。道理で綺麗にくっついている。実に興味深い。しかしこれは危険ですね、彼の肉体は謎が多い。これでは林檎の血を吸えないではありませんか。

 正に禁断の果実。嗚呼、余計にそそられる」


 メイド長は林檎ちゃんの唇を奪い、ベッドに押し倒した。


「嗚呼林檎。可愛や林檎。かほりたつ私の果実。

 然し貴女は未だ青ひ。いまは味見だけに留めませう」


 あっ……いけない、そろそろ止めないと!


 ドアを開け放とうとしたとき……目が合った。

 妖しい微笑みを浮かべるメイド長と。

 まさか、始めから見られているのに気付いてた?

 見せつけていた?

 ふと目線を下に向けると、黒い煙がドライアイスの煙のように床を這っていた。何、これ。分からないけど、黒煙が足にまとわりつくと、さっきみたいに背中がぞくぞくしてすごく嫌な感じがする。これ以上ここに居たくない。どうやら煙の発生源はメイド長。彼女自身がうっすら黒煙をまとっている。


 私はそっとドアを閉じ、自分の部屋に戻った。

 ベッドに潜り、心臓がばくばくして眠れそうになかったので、気を紛らそうと美人さんに貰ったしいたけの匂いを嗅ぎながら寝た。



 ━━05:30━━



 明くる朝。

 概ねいつも通りの朝だった。五時半に起き、メイド長の作ったパン朝食を食べ、身だしなみを整え、事務所に向かう。

 事務所の椅子に座って最初に、わたしは昨日撮ったあのデータを削除した。全部、忘れよう。

 鞄からしいたけを取りだし、匂いを嗅ぐ。不思議とそれで気分が落ち着く。あの人は料理は上手いが和食は作らない。だからかな、きっと。

 わたしは一体何をやっているんだろう。


 パパ、ママ、とても家が恋しいです。でもまだ暫く帰れそうにはありません。ごめんなさい。



 ◇◇とあるネット掲示板◇◇



 スレッドタイトル

 【お前らが一番怖いと思う怪事件上げてけ】


 ・


 ・


 ・


 ぼろす:夕暮事案


  シモ:>ぼろす

     何それ初耳


 ぼろす:自分の子供を洗脳してた女の事案

     そいつに育てられた子供は思考とか行動が異常で

     社会でまともに生活できる人間じゃなかったっていう


  シモ:異常って?


 ぼろす:わけもなく自分の目を抉ったり善意で人を殺そうとしたり


一期一会:それ知ってる。

     しかも洗脳されたのって4人くらいいたんじゃなかったっけ?

     そのひと何考えてたんだろう。犯罪者の頭の中って地味に興味深いよね。


魑魅魍魎:夕暮は犯罪じゃないやで

     狂って自殺した子供は居たけど直接何かしたわけじゃないから

     事件としては扱えなかった

     洗脳してた「夕暮尼式」って女は心理学者

     実験動物がわりに使ってたんやないの


  犬子:人の名前だったのね。てか尼式はなんて読むの?


魑魅魍魎:にしき、やで

     うーんこのDQNネーム

     やっぱ親も頭おかしかったんかな


 サンバ:実験の為にポンポン生んでたのか。こわっ


  シモ:夕暮とその子供はどうなったん?


 ぼろす:何十年も前の事件だから多分もう婆さんになってる

     子供は確か精神病院に収容されたんじゃなかったかな

     実質隔離


魑魅魍魎:ちな、夕暮はガチのレズビアンだったらしい

     んで偶然か何なのか子供は全員女の子

     ぐう闇深い


 タニシ:男は孕ませる機械・・・


もん太郎:そもそもそれ洗脳って言えるのだろうか

     洗脳ってのは既存の価値観を無理矢理漂白して上書きすることで

     元々空白の価値観にただ書き込んでいくだけならただの「教育」なんじゃ?


 ラモス:そんな倫理に反するやり方を教育扱いしていいわけねーだろ馬鹿か


もん太郎:「倫理に反する」というのは我々一般人からの偏った見方

     彼女は恐らく我々とかけ離れた怪物じみた価値観をもっている

     自分と違う価値観を勝手に自分の尺度で推し量るのは乱暴だ


 ラモス:怪物じみた価値観(笑)

     最近覚えたのかな~?


  徳川:俺、少しわかるかもしれない。

     上手く言えないけど夕暮はその「価値観」に挑戦したかったんじゃないかな。

     人間社会で異端な分子は排斥されるものだし孤独だったのかもしれない。

     それに人体実験は倫理屋さんのせいで表沙汰にできないけど

     もっと堂々とやれるようになれば心理学だけじゃなく

     科学のあらゆる分野が飛躍的に発達すると思う。


 ラモス:はいはい人と違う自分カッケー(笑)



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