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改造怪物スイーパー  作者: いちご大佐
第2章 放火魔と怪物少女達、深まってゆく謎。
38/59

第29話 自殺願望のルーツ

菅原リョウの健康状態:

左目欠損、約97%修復完了

チューンアップを受けヒト(女性)の遺伝子を取込み中

タコ・ネコの遺伝子を取り込み済

 ━━3/29 15:41 C市『地下基地』━━




 『娘の遺言を解読して欲しい』

 そう言って依頼人が差し出したのは、謎の記号が行をなす紙の束だった。枚数は7枚。白い紙面に並ぶその記号は、アルファベットのように様々な形状・大きさ・配置が存在しながらも一定の規則性を感じさせる。依頼人の女性はあまり詳しくは語らなかったが、曰く、これは一年前に自殺した娘が遺したもの。解読の目処が立たないまま今に至る、とのことだ。

 ニトーさんはこの依頼を受諾した。依頼人は終始喋り辛そうにしていたが、これと言っておかしな様子はなかったように思う。


「で、そのニトーはどこに行った?」

「何かついでにやることがあるそうで」


 『仕事』を終えた後、俺は一人で基地に戻ってきた。今は首尾をリーダーに報告しているところだ。


「でも驚きましたよ、何であの店なんですか」

「私が選んだわけではないので知らん。しかし、お前としても知り合いの居る店なら都合がいいだろう。

 ほらあの……D市で一緒に居た、情緒不安定な吸血鬼の娘だ」


 ああ、林檎ちゃんのことか。


「知ってたんですね」

「いや、あの娘は初見だったが、あの店の関係者なのは容易に想像がつく。第一、ただの一般人を裏の仕事に巻き込むものか」

「成る程」


 下水道の件だな。林檎ちゃんは俺の知り合いで、かつ素性も明らか。そうでなければあのときの我儘は却下されていたのだろう。というか、今回のように面談場所を借りたのは初めてではないのだろうし、いずれこうなったんじゃないかと何となく思う。危ないこと好き(リスクテイカー)らしいしな。


 ニトーさんは夕方になって帰ってきた。帰るなり部屋に籠って、夕飯の時間になっても出てこないので、俺が部屋まで持っていくことになった。

 御盆を右手に抱え、左手でドアをノック。

 ……返事はない。


「入りますよ」


 明かりもつけず、パソコンのモニターの前で一心不乱にペンを走らせるニトーさんがそこにいた。


「……飯ならそこに置いとけ」


 ああ、遺書を解読しているところか。集中しているんだな。

 どうやら頭脳労働はニトーさんの役目らしい。


「それにしても一年も粘るなんて、よっぽど娘思いなんですかね。解けないならさっさと諦めればいいのに」


 気分転換に会話でも、と気を利かせたつもりだったが、舌打ちされた。邪魔をしてしまったと遅れて気付く。いけないいけない。

 しかし返答はしてくれた。


「馬鹿か。子供のことでこんな連中を頼るのは大抵ろくな親じゃないんだお。ほれこれを見ろ」


 何やらパソコンのモニターを見せてきた。映っているのは、どうやら音楽系のコンクールのホームページだ。ページを少しスクロール。すると、ふと最優秀者の名前に目が留まる。見覚えのある名前だと思ったら依頼人の娘と一致していた。


「娘の名前で検索かけたら、ビンゴ。結構有名なコンクールで、高額の賞金が出てるお」

「へえ、凄いじゃないっすか」

「凄いとかはどうでもいいんだお。次に、娘が遺したとかいうこの紙束。一年前のものにしちゃやけに新しい。こりゃコピー紙だお。恐らく同時に他のところにも解読を頼んでる。うちらの依頼料金だって安くないのに」


 ふむふむ……。


「それで?」

「つまり、あの女の目的は娘の金、娘がコンクールで勝ち取った多額の賞金に違いないってこと」

「その遺書に、暗証番号とかが書いてあると?」

「少なくともあの女はそう思ってるだろうお。娘の死が銀行側にバレれば口座は凍結、貯金は相続財産扱いになって……ぶつぶつ……相続税でそれだけ引かれるってことは、もしかしたらもっと多額の……ぶつぶつ」


 それは、どうなんだろう。流石にうがった見方をし過ぎではないか?

 娘の為ならいくら金を使ってもいい、と思っているのかもしれないじゃないか。親というのは子供のことを自分より大切に思うものだと、いつかテレビで言っていたぞ。

 普通なら、普通なら。

 ……親の居ない俺が言えたことではないか。


「用が済んだならさっさと出てけお」


 おっと、俺が居ても邪魔なだけか。今回の依頼はニトーさんが一人で片付けそうだし。

 結局「失礼しました」だけ言って部屋を出た。


 にしても、自殺か。

 なぜ人は自分を殺すのだろう。生きるのが辛いから、それは理解できる。でも、だからって、死ぬことはないじゃないか。『死』以外に逃げ場がなかったのか。

 いや、どうせ俺に死にたい奴の気持ちなんてわからない。逆に考えよう。俺は何故生きる?

 これなら言える。ただ、生まれてきたから、それだけだ。元々『生』に執着はない。生きる為に生きている。もし目の前に『死』が現れたなら、案外ふらりと逝ってしまうのかもな。

 ん、そう言えば。メガネさんの教え子が自殺したとかいうのが三年前だったか。ほんの数年の間に二人。知らなかった。自分の命を投げ捨てる人間は、こんなにも身近に居るものか。

 広間にてそんなことを考えていると、キシダさんがやってきた。


「よう、メンテナンスの時間だ」


 そうだった。D市の件もあり、三日に一度の経過観察メンテナンスをすっぽかしていたのだ。まあ、けがはほぼ完治しているので困ることはないはずだ。と思っていたのだが……。

 『手術室』に移動するやいなや、何故か真っ先に手術台に寝かされた。


「じゃ、今から簡単な手術をする」


 は?


「聞いてないっす」

「眼の手術だぞ」

「知らないっす。てか、何で?」


 一度くりぬかれた俺の左目には、現在眼帯がしてある。とは言っても、この体は大体の怪我が自然治癒するので、手術など必要ないはずだ。現に眼球はほぼ元通りの大きさまで修復している。『詰め物』ももう使っていない。


「眼球自体は元通りだが上手く動かせないだろう。違うか?」

「え、あっ」


 試しに眼を上下左右に動かそうとすると、左眼は全く動いている感覚がなかった。いや、恐らく実際に動いていないのだろう。


「何で?」

「外眼筋……眼球を動かす筋肉がくっついてないからだ」

「そこは自然治癒しないんですか」

「完全に切断されたものが、両端からそれぞれ修復していくんだ。そう都合よくくっつかねぇさ」

「あー、何となくわかりました」


 つまり今は、両端から再生した筋肉が手持ち無沙汰にぶらぶらしている状態、と。成る程。

 じゃあ手術というのは……。


「てなわけで、今から外眼筋をぐいっと引っ張り出して縫い合わせる」

「麻酔は」

「要らんだろ」

「せめて部分麻酔は御願いします」


 しかたねーな、と不服らしいキシダさん。何故麻酔なしでやりたがるのか。

 どうやらドクターも手術を手伝うらしい。逆に心配だ。というか存在感薄すぎて同じ部屋に居るのに気が付かなかったぞ。

 ……ともあれ手術開始。

 まず瞼を接着している接着剤を丁寧に剥がしていく。完全に剥がれると、ゆっくりと瞼が開き、左目に光を感じた。おお、まだ霞んでよく見えないが、視覚もちゃんと回復しているようだ。久々の光は何だかやけに眩しい。

 と、急に二人が手を止めた。


「どうかしました?」


 目がしばしばするのでさっさと済ませてほしいんだが。

 しかし返事はない。しばしの沈黙の後、二人で目を見合わせ、また手を動かし始めた。何だか知らないが、俺の眼に何かあったのではと少し心配になった。

 今度は開けた瞼を閉じられないように、妙な金具で固定。そこに目薬を二三滴。どうやら目薬タイプの麻酔だったようで、すうっと感覚が消え去った。部分麻酔というのは中々変な感覚だ。体の一部が気体になったような、そんな感じ。そのあとは、ぐいっと引っ張られたり、ぐりっと抉られたり、ただ手術台の上でモノ扱いされてるだけ。体感時間で三十分経とうか、というくらいで手術は終わった。

 再び瞼を接着され、眼帯をつける。


「完治までどれくらいかね、ドクター」

「ふひっ……」

「……三日もすれば眼帯はとっていいそうだ。それまでは、寝ぼけて擦ったりしないように眼帯はつけたまま寝ろ。オーケー?」

「おーけっす」


 ふう、なんか疲れた。今日はもう寝るかな


「まあ待て、経過観察メンテナンスはまだ終わってねえ。ついでだし雑談でもしようや」

「俺は話すことないっすよ」

「オレが話してぇの。ドクターも話してぇよなぁ?」

「ふひっ!?」

「話したいってさ」

「ドクター嫌がってますが……まあいいです」


 仕方ないので雑談に付き合ってやることにした。

 キシダさんは、双眼ルーペで俺の指を見ながら話し始める。


「リーダーから聞いたぜ。『VAMPiREヴァムパイア』に新人が入ったんだってなぁ」

「意外ですね、キシダさんもそういうの気になりますか」

「いやぁ、あそこの店長とはちょいと知り合いでな。研究に協力してもらったこともあるんだ」

「研究?」

「色々とな」


 研究というのは『生体サイボーグ』のことだろうか。考えてみれば『吸血鬼』の特性と似通っている節がなくもない。回復力とか、肉体強化とか。いや、もしかしたら純粋に学者としての協力ということか。メイド長なら何でもできそうな気がする。


「そうかそうか、アイツまたふやした(・・・・)のか。ホント趣味悪ぃなぁ」

「……? 何の話ですか?」

「ああ、こっちの話な。それはさておき、やっぱ一科学者として気になるわけよ。例えば、吸血鬼にサイボーグの血を与えたらどうなるのかなー、とか。あー気になるなぁー。

 知り合いなんだよな、その新人。ちょーっと血ぃ吸われてきてくれね?」


 ……どうしたものか。血を与えるどころか、林檎ちゃんには俺の皮膚の一部を移植している。移植と言っても切って貼っただけのお粗末なものだが。言うべきか、言わざるべきか。迷ったが、何だかキシダさんの喋り方が不愉快だったので黙っておくことにした。これ以上話を広げられても面白くないし。


「気が向いたら、で」

「けっ、ケチくせぇな」


 酷い言われようだ。

 それからは十分ほど特に会話も無く、経過観察は終わった。

 今日はもう寝る。



 ━━3/30 12:05━━




 次の日、午前中の日課を済ませ広間に戻ると、ヒメちゃんが一人でカードのようなものを弄って遊んでいた。カードにはポップな絵柄で炎やら雷やらが描いてある。これは恐らく、リーダーの言っていた『タロット』とかいうやつだな。俺の知ってるタロットにそんな絵柄はないけど。まだ昼食はできてないようだし、一寸見せてもらおうかな。

 向かいの席に座るとヒメちゃんは顔をほころばせた。


「あのねあのね、ヒメね、占いができるの!」


 俺が聞くより先に喋り始めた。


「このかーどで、見ると、分かるの。おにーちゃんの運勢、占ったげる!」

「へえ、じゃあ今日の運勢をみてくれるか」

「分かった!」


 ヒメちゃんは十枚のカードを全部裏にして、テーブルの上にばらけさせる。

 その中から目を瞑って一枚取り上げ表にする。

 出たカードには『死神』が描いてあった。


「このカードは何だ?」

「んっとね……分かんない!」


 なんだそりゃ、本人が分かってないのか。

 まあしかし察しはつく。死神が表すものと言えば『死』だろう。そしてこの占いの肝は、恐らく、ヒメちゃんの能力『ハズレを引き続ける運命』にある。俺の今日の運勢は『死』。そしてこれは絶対に外れる。つまり『俺は今日何があっても死なない』という結果になるわけだ。

 しかし、幾つか疑問が湧いた。

 例えば選択肢が全て『アタリ』なら?

 全カードを引き終わるまで繰り返させたらどうなる?

 そもそも何が『ハズレ』になるのか?

 ……少し試してみよう。


「なあ、あと九枚くらい引いてくれるか?」

「いいよー」


 ヒメちゃんは今引いたカードを山札に戻してから、シャッフルし始めた。成る程、選択肢を全て潰すわけにはいかないらしい。

 そして、二枚目を引いた。結果は一枚目と同じ『死神』だ。

 さらに繰り返す。

 三枚目、『死神』。

 四枚目、『死神』。

 五枚目、『死神』。

 以下、十枚目まで全て『死神』。


「同じのばっかだね!」

「……成る程。有難うヒメちゃん」

「にひー。どいたしましてー!」


 ふーむ、全部死神とは、よほど俺は死なない人間らしい。流石は『不死』の能力……自覚は無いけど。

 安全運は最高みたいだし、昼食を食べたら一寸冒険にでも行ってみようかな。



 ━━15:39 『元・孤児院』━━



 ……で、やってきたのは『元・孤児院』正門前。俺が一寸前まで生活していた場所だが、件の火事のせいで今はもう見る影もない。

 このやたら急な『桜坂』をダッシュで登ってきたせいで、息切れだ。そうそう、ふと思い出したが、孤児院が出来る前にここに建っていたという学校……確か名前に「城」という文字が入っていたのだ。成る程、攻め辛そうな立地、まさに戦国の城っぽい。

 正門を乗り越え、ロータリーへ。

 前回来たときは敷地内を歩いて回っただけだし、今回はもっと隅々まで見て回ろう。可能ならば建物の中も一寸見ていきたい。単純な好奇心だ。

 この敷地内にある主な建物は五つ。『居住棟』『礼拝堂』『小・体育棟』『大・体育棟』『実験棟』だ。


「まずは居住棟ここだな」


 居住棟は収容されている児童や職員が普段生活する場所。食堂やコミュニケーションスペースもこの棟の一部だ。

 出入り口は鍵などかかっておらず、問題なく開閉した。だが中に入ってみるとやはり酷いもんだ。内壁は殆ど焼け落ち、床は溶け、何処に何があったのか見当がつかない。火の勢いも酷かったのだろうが、何せ門の外があの坂だ、消防車の到着も遅れたに違いない。煤が舞っていて息苦しいし、ここには何も無さそうだ。次に行こう。


「体育館はどっちも無傷だな。燃えたのは居住棟だけか」


 大小の体育館。ここは昼休みなんかに解放されていて自由に使うことが出来たようだが、俺はあまり使ったことがない。小・体育館を先に見ようとしたが、鍵が掛かっており中には入れなかった。窓も全て閉まっているのであきらめ、大・体育館へ。此方は普通に入れた。一応靴は脱ぐ。


「ボールが出しっぱなしだ……戻しておこう」


 バスケットボールが転がっていたので、ボール入れに放りこんでおいた。

 しかし広い空間に一人、というのも悪くない。意味も回ってみたり。興に乗って靴下スライディング。そして靴下が埃で汚れてしまい我に返る。……目星いものは特に無い。冷水器が置いてあったので帰り際にレバーを踏んでみたが、当然のように何も出ない。水も電気も通っていないらしい。お陰でトイレから下水の臭いが上がってきて最悪な臭いだ。

 お次は礼拝堂。この孤児院は十字教系の人が設立したもので、こういう建物もあるのだ。施設で暮らす人間は毎朝九時にここに集い、朝の礼拝を行い、一日を始める。俺自身は別に十字教の信者ではないが、何時でも開いているし、静かで居心地がいいので度々ここで時間を潰していた。


「って、閉まってるじゃねえか」


 残念。仕方ない。

 最後に実験棟……だが、あそこには行きたくないな。トラウマがあるのだ。思い出しただけで胃がむかむかしてくる。ここらでもう帰ろうか……。

 そう思いつつ、ふと実験棟の屋根を見上げた。

 ソレ(・・)が目に入ってしまった。


「何だアレ……」


 屋根の上に何かが居た。

 少々距離が遠いがあれは、ゴリラ、いや巨大な鳥……? 『何か』と言う他に言い表しようのない何か。ソレは呑気に大きなあくびをしていたが、俺に気付くなり妙な踊を踊りながら羽を広げる。

 そして屋根の端から飛び降り、羽ばたきながら此方へ向かってきた。


「何か知らんがヤバそうだ」


 バサァッ、ズン……。鈍い音とともに、ソレは俺の目のまえに着地した。猿のような頭部、猛禽のような足、狸のような尻尾、ゴリラのような胴体に歌舞伎の隈取りみたいな模様、腕の代わりに生えているのは異様に大きな翼。何より、デカい。2.5mはある。

 そのちぐはぐな形態は、やはり俺の知っている動物ではない。そうか、こいつは『害獣』か……!


「スンスン、スンゥ……スンゥ……」

「うっ」


 害獣はあらゆる角度から俺を眺めながら、匂いを嗅いでくる。急に動くと襲われそうだ。熊に出会ったときは、慌てず、騒がず、ゆっくり後ろに下がる。明らかに熊ではないが。

 やがて害獣は、おもむろに首を引いて姿勢を正した。やり過ごせたかな……?


「ほきょっ、ほキョキョ、キョキョキョキョキョキョキョキョキョキョキョキョキョキョキョ

 キョアアアアオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」

「!?」


 やり過ごせなかったか!

 だが大丈夫。今日の俺の安全運は最高だ。

 こんなケダモノ、迎え撃って……


 ドグンッ……ドサッ。


「……あ、あれ?」


 気が付いたら地面に倒れていた。

 害獣はただ俺を見下ろすだけで、何かしたようには見えない。


「何だ畜生。一発ぶん殴って……」

「ほきょキョオオオオオオオオオオオオオオオオン!!!!」


 ドグンッ……ドサッ。


「……はっ!?」


 まただ。気が付いたらアスファルトに頬擦りしていた。一体何が起こったんだ。

 害獣は、倒れた俺をぎょろぎょろ観察してくる。きっと起き上がっても同じことの繰り返しだ。このままどこかに行ってくれと願いながら、一先ず死んだふり。状況整理。

 此奴が鳴いたとき、どうやら一瞬意識が飛んでいるらしい。だが今の感覚、意識が飛ぶ瞬間……心臓が止まった気がする。つまり、俺は一回死んだ(・・・・・)……? いや、そんなわけはない。なんせ今日の俺の運勢は

 『死なない』。

 ……それって言いかえれば『死ぬ以外のことは何でもありえる』ってことではないか?

 害獣はおもむろに、俺の肩を踏みつけてきた。死んだのか確かめているのか。猛禽のような足の鋭い爪が、ぐいぐいと食い込んでくる。嫌な汗がだくだくと流れだしてきた。例えば俺の能力『不死』のせいで、激痛に耐えながら生きたまま体を食い荒らされる、とか。例えば首の骨をへし折られて、体が動かないまま何十日もここに放置される、とか。段々恐怖が湧いてきた。久々に感じる、新鮮な恐怖。

 ブスリ。

 遂に爪は服を貫き、深々と突き刺さった。


「痛ッ……!」

「ほきょっ!?」


 害獣は俺が生きていることに驚き、跳び退く。その隙に急いで立ち上がった。

 しかし不味い。どうすればあの鳴き声攻撃を回避できる。離れればいいのか、声を聞かなければいいのか……分からん。口を塞ぐしかない!


 奴と目を合わせた瞬間、景色がスローモーションになった。

 脳と身体をフル稼働。

 3mほど後方にある花壇のブロックが外れかけているのを発見。

 走り、それを掴み取る。

 奴が口を開くのが見えた。

 もう鳴いてしまう。

 両手でブロックを抱え、跳ぶ。


「間に合えええええええええ!!!」


 ボゴン!!


「ほげょっ」


 顔面にブロックを叩き込んだ。骨が砕ける感覚が伝わってくる。害獣はよたよたと千鳥足を踏んだ後、仰向けに倒れた。暫くぴくぴく痙攣していたが、動かなくなるや、害獣の体から黒い煙が出始めた。死んだらしい。


「はあぁー……」


 安堵。しゃがみ込む。

 今更気付いたが、手が震えていた。足も。怖かったのだ。だが、震えはすぐに止まった。大丈夫、肩以外は怪我してないし、ちゃんと生きてる。……さて、実験棟はもう見なくていい。帰ろう。

 立ち上がった瞬間、バサバサという音が聞こえてきた。

 嫌な予感。

 後方にあった体育館の屋根の上を見る。


「マジかよ……」


 今のと同じような害獣が三匹、屋根の上であくびしていた。さっきまで居なかったのに。今発生したのか? 取り敢えず見つからないように、実験棟の陰に隠れた。どうする、三匹の目を掻い潜ってここから逃げれるか。正門までは距離が遠い。裏門は距離こそ近いが、奴らが居る体育館の傍を通らなければならない。まぐれで一匹殺したが、流石にもうやりたくない。どうする。


 ……ふと、何処からか甘いにおいが漂ってきた。


「ん、この匂い……金木犀?」


 間違いなく金木犀の匂い。しかし今は春だ。確か金木犀は秋の花。ということは芳香剤か何かが近くにあるのか。それはそれでおかしいな、ここ暫く孤児院には人は居ないはず。実験棟に至っては抑々事件の前から使われてなかったし。

 しかし匂いの元は近くにありそうだ。

 この建物の中からか?

 入りたくはない、しかし、匂いは気になる。胃のむかつきを押し殺して、入口の前に立った。鍵は……掛かっていないようだ。意を決して……


 ドアのガラスに人影が写った。

 俺の、後ろ。


 ……バキィッ!!


「ぁが」


 あ   何か


   砕け      痛


 ・


 ・


 ・



 ━━4/2 16:22 『メイド長の館』━━



 鈍くて激しい頭痛、を感じながら、目が覚めた。

 寝起きで体は動かない。天井を眺めながら、ゆっくり頭が回り始める。

 この天井。ああ、メイド長の家か。昨日は何してたんだっけ。何でここに来たんだっけ。頭が痛い。右手で頭を触る。何かビニールっぽい質感のものが被せてある。ゴミかな。酷く怠くて重いからだを、布団から起こそうとする。ん、何かが布団に引っかかって起きられない。何だ。

 右手でその引っかかっているモノを布団から引き抜いた。

 これは……


「俺、の腕……?」


 左腕だった。

 腕がもげたのかと思った。焦って投げ捨てようとしたら、体が引っ張られて、ベッドから転げ落ちた。

 訳が分からないまま、右手でぺたぺたと左肩や二の腕辺りを触る。

 腕は、確かに繋がっている。

 更にぺたぺた、右手(・・)で全身を触った。

 左手、左頬、左脚、左脇腹、撫でたりつねったり……。

 何も感じなかった。

 徐々に自分の状態が把握できてくる。同時に、絶望的な感情が胸に押し寄せてくる。


 ああ、なんてこった……。


左側(・・)が、動かない……」


 ただただ、怖かった。



※キャラデータ※

名前:ヒメ

性別:女性

年齢:7歳くらい

肩書:『孤児』

   『スイーパーメンバー』

   『ハズレ姫』

能力:『ハズレを引き続ける運命』

備考:幼くしてスイーパーに入団、メンバー達の癒し。キョウコとミサキのことを両親のように慕っている。能力を利用し『ヒメちゃん専用タロット占い』ができる。しかし、能力はあまり自覚していない。

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