第28話 記憶世界のアンノウン
菅原リョウの健康状態:
両手欠損後ほぼ完治
左目欠損、約93%修復完了
チューンアップを受けヒト(女性)の遺伝子を取込み中
タコ・ネコの遺伝子を取り込み完了
……体が上手く動かない。
真っ暗だ、ここはどこだ。
次第に暗闇に目が慣れていく。どうやら胸から下が埋もれているらしい。土より柔らかくさらさらしていて青白い……これは、灰だな。青白い灰だ。夜らしいが灰が空気中にも舞っていて空が見えない。ポツリ、ポツリ、顔に水が落ちてきた。雨だ。灰が雨を吸って粘りを増し、段々体が沈んでいく。徐々に沈んでいきながら、俺はもがくでもなくぼーっと考える。何でこんなところにいるんだっけ。
昨日は確か、電車に乗って、どこかから帰ってきて、それからキャルメロさんの美味しい夕食を食べた。その後は珍しくニトーさんとちょっと喋ってから布団に入った。ああそうそう、こういうこと、前にもあったなぁ。
顔まで沈んで息が苦しくなりながら悟る。
そうだ、これは夢だ。
『正解。これは夢だ』
男とも女ともつかぬ声が聞こえ、世界が砕けた。
さっきまでの景色とは打って変わって真っ白の何もない空間になった。手足が自由に動くのを確認。
『やあ、また会ったね』
この声、前に夢で聞いたのと同じだな。相変わらず声の主は見えないし、声自体が全方位から響いてくるので相手に実体があるのかも疑わしい。
で、何でまたこんな夢を見ているのか。
この白い空間に居ると、何だか頭がぐらつくような感じがする。いい気分ではない。
『それは悪かった。まあなんだ、少しお喋りがしたくなったのさ』
お喋りったってここは俺の夢なんだろう。
夢の分際で俺の睡眠時間を奪うとは。
『少し違うけど……まあいいや。
ところで「夢」とは即ち「記憶の世界」。つまりここは君の記憶の中なんだけど』
へぇ、記憶の中……此処がか?
真っ白で何も無いじゃないか。
『そう、そこが不思議なのさ。
この場所は記憶の表層部分。普通は「好きなもの」や「最近の出来事」で埋め尽くされて、今のその人の頭の中を表現してるものだ。しかし君の場合は見てのとおり。すっからかん。
記憶喪失ではないとすれば……』
なんだよ。もったいぶらずにさっさと言え。
『そうだなぁ。
さっき少し記憶を覗かせてもらったけど、どうやら旅行に行ってたようだね。
何でもいいから一つ思い出してみてよ』
少し気になるワードが聞こえたが、まあどうでもいいや。どうせ夢だし。
うーん、向こうで一番印象に残っていること。そうだ、あれだな。
あるものをふと頭に思い浮かべる、すると……
目の前に茶色いほかほかの物体が現れた。
『……なにこれ、うんこ?』
うんこじゃねえし。『ねりもの焼き』だし。
見た目を上手くイメージできなかったせいか不格好になってしまったが、匂いは俺の記憶通り香ばしくて食欲をそそる。成る程、ここは記憶の表層だとか言ったな。思い浮かべたものが目の前に現れるのか。
しかし不格好なねりもの焼きは段々形が崩れて、最後には消滅してしまった。
ああ、消える前にもう一度食べたかった。
……まあ見た目完全にうんこだったし、やっぱいいや。
『じゃあ次。次に印象に残ってるのは?』
うーん……アレかなぁ。
次に現れたのは、淡く輝くドレスだ。
やはり形は複雑すぎてよく思い出せないが、レースが沢山ついていて綺麗だったのを覚えている。
『なるほど。随分曖昧な形だけど、これはウェディング・ドレスだね。綺麗だ』
心なしか見とれているような声だ。そんなにドレスが好きか。
もしかしてお前、女なのか?
『……どうでもいいだろう。美しいものは美しいのさ。
じゃあ次。次で最後だ』
最後は……。
あの暗闇の中で見た光景がふと頭を過る。と同時に、ドチャリ、と湿った音がしてソレが現れた。汚くて、変な臭いがして、赤く汚れた服を着てる。首から上は胴体と離れた場所に出現した。真っ白だった地面が赤い液体に塗れていく。
『へぇ』
現れたのは『人間の死体』だった。依頼の抹殺対象だったとかいう幻覚使いの能力者。接触するまでもなく、よくわからない連中に既に殺されてしまっていたが。
まあこうして夢の中に出てくるのも、無理はない。実際に生の死体を見たのは初めてなのだ。そこそこ強く印象に残っている。
『いやいや、おかしいでしょ。食べ物、ドレス、と来て三番目でコレって。普通「初めて見た惨殺死体」なんて言ったら二日三日は頭から離れないんじゃないかな』
そうかぁ?
『どうせ君「もっと近くで見たかったなぁ」程度にしか思ってないんじゃないの?』
まあそうだな、遠くてよく見えなかったし。それ以上の感想は特にない。
転がった頭部を持ち上げてよく観察しようとしたら、霞のように呆気なく消えてしまった。周囲は再び、何もない真っ白な空間に戻る。
で、結局お前は何が言いたい?
『やっぱり思った通りだったってこと。
君の心は死にかけだ』
何だよ急に。嫌味か?
『思ったことを言ったまでさ。だって旅行に行って帰ってきて昨日の今日。いや一日も経ってない。その時は楽しかったのかもしれないけど、思い出になるでもなく一晩で全部抜け落ちてる。死体を見ても大した感想も無いと来た』
ごちゃごちゃうるせぇなぁ。
『三日も一緒に居たはずの「林檎ちゃん」とかいう娘は? 君の記憶には顔すら残っていないじゃないか』
ああうるせぇ。
『君さぁ、生きてて楽しい?』
うるせぇって言ってんだろうが!
苛立ちに任せて何もない空間を殴った。コンクリートが軋むような音が鳴り、空間にヒビが入る。
そうだ、ここは俺の夢の中だからな。ある程度俺の思い通りになるんだ。その気になればこの不愉快な声も掻き消せるだろうかな。
『危ない危ない。やっぱり此処に長居すると危険だな。そろそろ出て行くとするよ』
おい待てよ。逃げる気か。
『……全く、気を抜くと何処かに吸い込まれそうになる……』
待—―――――――。
━━━━
今朝の朝食も美味しかった。キャルメロさんの作る食事はいつも美味しい。味噌汁、ごはん、焼き魚、煮物……代わり映えしないようなレパートリーだが、毎回微妙に味付けが変えてあり、飽きが来そうにない。濃い味だったり、甘めだったり、出汁を変えてあったり。美味しいだけでなく、食事の間のとりとめもない会話だって楽しいものだ。だから、食事はいつも楽しみだ。
体を動かすのも好きだ。今日も四日ぶりに道場に通って、死にそうになるまで武術を学んだ。学んだと言っても基本的な体の動かし方をやるばかりで、まだ技のような技は習っていないが。それでも指導して下さる吸血鬼メイドの皆様は、武術に関しても遥かに格上。積極的に学ぼうと思えば、学べることは極めて多い。毎度毎度良い汗を流し、新しいことを発見し、武術の腕も段々上がっていく。ある種の達成感を味わえる。だから、この道場に通うのは楽しみだ。
楽しい。ちゃんと楽しい。その筈だ。
でも何だろう。楽しみが終わってしまったら、何でもなかったみたいに心が静かになる。初めから楽しみなんて無かったみたいに、『記憶』には残っても、『心』には……。
「菅原ァ、何をぼーっとしてる!」
「あっはい!」
道場長に怒鳴られた。説教かと思ったが、どうやら純粋に「何をしているんだ?」という質問だったようだ。今日の稽古はたった今終わったところで、多少ぼーっとしていようが怒られることはない。この人は元々声がでかいのだ。
「いやぁ、今朝変な夢を見たのを一寸思い出してました」
「どんな夢だ?」
「えーっと、見知らぬ誰かと会話する夢です。夢なんですが自由に動けて、思い浮かべたものが目の前に出てきて……」
「ああ、そういうの偶にあるよなぁ! なんて言うんだっけ?」
どうやらそういう現象に名前がついているらしいが、俺は知らない。道場長は、丁度着替えが済んだメイド長の方に質問を投げかけた。メイド長なら知っているのだろうか。
「明晰夢のことですね」
「そうそう、メイセキムだ。菅原が今日見たんだってさ!」
「それはそれは」
何だか二人で勝手に盛り上がり始めたので俺は会話から離脱。道場の隅っこで私服に着替える。この道場は更衣室が一つしかない。そっちは吸血鬼の皆様(何故か全員女性)に使わせ、俺はこうして隅っこの方で着替えるのが習慣だ。
着替えが終わり帰る段になって、稽古中に気になっていたことをメイド長に質問した。
「そういえば今日は林檎ちゃん来てないですよね?」
確認するような言い方なのは、俺が気付いていないだけ、というパターンもあり得るからだ。稽古に来るのは基本『喫茶 VAMPiRE』の吸血鬼メイド数人だけだが、そのメンバーすらまともに覚えていない自覚がある。流石に林檎ちゃんほど元気のいい人、居たら気付くと思うがね。
「少々貧血気味のようで。今日のバイトも恐らくお休みするかと」
「そうですか。旅行で無理しすぎましたかね……?」
貧血……恐らく下水道での一件のせいだろう。
「ああ、お気になさらず。林檎から話は伺いましたが、旅行自体は刺激的で楽しかったと言っておりました。リスクテイカーとでも言いますか、あの子、結構危なっかしいことを好む側面があるようで」
そう言ってメイド長はふふ、と微笑んだ。何か面白いことでもあるのだろうか。
ともあれ、二日も休めば道場にも出れるようで安心だ。
基地に帰る。時刻はちょうどお昼どき。さあさあ今日のお昼ご飯は……と期待しながら広間に入ると、二トーさんがリュックを背負い外出の準備をしていた。思わず広間の入り口で固まってしまった。
「何だお、その珍獣でも見つけたような目は。引き篭もりが日の光浴びちゃ悪いかお」
「死ぬんですか?」
「おまいは一体何を言ってるんだ。普通に外出するだけだお。見てわからんのかお?」
「ただ事じゃないのは見てわかります」
「おまい……」
普段から自分の部屋に引き篭ってインターネットばかりして、偶に部屋から出てみんなでゲームする、それがこの人の生活スタイル。この数週間で一度も外出するところなど見たことがない。散歩ってわけでもなさそうだし、そのリュックには何が入っているんだ。山にでも登るのか。
色々不審がっていると、奥からリーダーがやってきた。俺と二トーさんを交互に見て腕を組み、うむと頷いて口を開く。
「そうだな、リョウも連れて行け」
「マンドクセ」
「そう言うな。リョウも昼食はまだのようだし、ついでに食ってくるといい」
何だ外食に行くのか。いや、今の言い方だと食事はメインではないようだが。
ふとキッチンスペースの方にいるキャルメロさんと目が合った。
「俺はキャルメロさんの料理が食べたいです」
「ふふ、嬉しいわぁ。でも朝の分で食材が切れちゃって。もうすぐキョウコちゃん達が買い出しから戻ってくると思うけど、それからだとどうしても遅くなっちゃうの。ごめんなさいね」
仕方ない。俺は一旦ベッドルームに行き、枕元に置いてある財布をポケットに突っ込んだ。何処に行くかは知らないが、昼食を食べに行くのなら財布は必要だろう。ふとベッドの脇にタグ付きの鍵が落ちているのに気付いた。拾い上げて見るとタグには『13』と書いてある。ああ俺のロッカーの鍵か。怪我のせいで指が使えなかった間放置していたのだ。どうせ入れてあるのは拳銃と、大して重要ではない小物類くらい。問題はないだろう。まあ、後で拳銃の手入れはしておくかな。錆びているかもしれない。
……と、そんなこんなで二トーさんと一緒に向かったのはとある『喫茶店』。
徒歩約20分、到着したその店の名は……
「『VAMPiRE』……」
「ちょっと変わったメイドカフェだお。メイドは可愛いし料理もイケるし、控え目に言って最高」
来る途中よく知っている道のりだったので予感はしていたが。まあなんだ、納得した。やっぱりこういうの好きなんだな。
「御帰りなさいませ御主人様!」
木製の入口ドアを開けると、先ず赤眼で黒髪ポニーテールのメイドさんが挨拶してきた。今朝とはまた違った雰囲気を放つ、正真正銘メイドスタイルのメイド長だ。普段から隙の様なものが一切見えないが、仕事モードの彼女は一層洗練されて、最早一種の芸術品に思えてしまう。
そこで二トーさんが「今日もよろしく頼むお」とメイド長に言う。それを承けてメイド長は俺たちを店の隅のほうの席に案内した。四人掛けの席だ。お品書きを受け取り着席。二トーさんは恋する乙女っぽいポーズで頬杖をつきメイド達を眺め始める。
「ロングスカートってところがよく分かってるお」
「何でですか?」
「何でっておまい、媚び過ぎない清楚なデザインが童貞心を掴むというか、裾から覗く細い足首にチラリズム的なロマンを感じるというか……」
「そうじゃなくて、何でこの店に来たんですか? ただメイドを眺めに来た訳ではないですよね」
「おまい、何も分からずここまでついてきたのかお……」
二トーさんは少し大げさに肩を竦めた。
そんなこと言われたって何も説明されなかったし仕方なかろう。と言葉で抗議するでもなく首を傾げてみせると、溜息一つつき説明を始める。
「『仕事』だお。二十分後くらいに依頼人が来る。取り合えず依頼の内容を直接聞いて、受けるかどうか判断するんだお」
「今までそんなのなかったですよね?」
「『お得意様』の場合はメール一本で依頼申し込み出来るんだお。でも今回は一般からの依頼だから、一度顔を合わせて、信用に足りる人物かどうかお互いに判断する必要があるんだお。マンドクセーけど間違っても警察沙汰にはしちゃいけないから」
曰く、どうやら過去に何度も危ないことがあったらしい。無理難題を押し付けられ、断ったら裁判を起こすだの言い出されたこと。依頼内容の確認を怠った結果、犯罪の片棒を担がされそうになったこと。料金を払わずに踏み倒されそうになったこともしばしば……。
ここでしっかり見極めを行わないと、後で面倒なんだそうな。
「おまいさんは今日は黙って話を聞いてるだけでいいから。いずれ仕事内容はちゃんと覚えてもらうお」
「はい」
「あっ、あと出来るだけ素顔は覚えられない方がいいから、帽子か何かもってるなら被ってちょ」
「ニトーさんはいいんですか?」
「おいらは仕事以外で外に出ないからいいんだお」
「成る程」
依頼希望者が来るまでまだ時間があるため、一先ず腹ごしらえだ。先程受け取ったお品書きを開き、種々あるメニューに目を通していく。やはり昼ご飯はがっつり食べたい。肉か……いや、スパゲッティもいいな。いやしかし、スパゲッティはつい早食いしてしまうからあまり腹には溜まらないよなぁ。それとなく他の客が食べているものを見回すと、スパゲッティグラタンが目にとまった。成る程、あれなら量もしっかりとれそうだ。アレにしよう。丁度ニトーさんも決まったようで、メイドさんを呼んで注文を取ってもらった。
五分経ったか経たないか、そのくらいの時間ぼーっと過ごしていると、もう料理が運ばれてきた。相変わらず魔法みたいな早さだ。
「こちら『濃厚チーズのスパゲッティグラタン』、『カシスドリンク』、『苺のオープンサンド』と付け合わせのシロップでございます。グラタンの器がお熱くなっております故、お気を付け下さい」
目の前に置かれたのは、焼き立てでまだグツグツいっているグラタン皿。焼き目をフォークで突いてみると、サクっと崩れてとろとろのチーズが纏わりついてきた。今すぐ口いっぱいに頬張りたいが、熱々なのでちょっと待った方がよさそうだ。
ところでニトーさんはえらく洒落たものを頼んだな。ミントの乗った赤紫色のドリンク。これがカシスドリンクだな。そして、トーストの上にクリームや輪切りの苺が乗っているこのスイーツ。オープンサンドというのか。挟んでないのにサンドとは、こはいかに。ニトーさんはこれにシロップを垂らし、ナイフとフォークで一口分器用に口に運んだ。鼻づまりなのかふがふがと鼻息を鳴らしつつ、綺麗に重ねられた具材を食べ零すことなく咀嚼していく。
「甘そうですね」
「あげないお」
「別にいいです。今日はこっちの気分なので」
正直一口欲しいと思ったが俺にはグラタンがある。我慢。甘いものはまた今度、だ。
そろそろいい具合になったかな。
「いただきます」
適当な場所にフォークを突き立て、くるくる。チーズとホワイトソースを絡めながらツヤのあるスパゲッティが姿を見せる。思いの外大きな塊で巻き取ってしまい、大口を開けてそれを口に詰め込んだ。
「ふあっ熱ぁ!」
「おま、何やってんだお」
予想外に熱くて少し吹き出してしまった。すぐにメイドさんが来て、差し出された水で口内を冷やす。テーブルの上を手際よく拭き取るメイドさんに謝罪。
「お気になさらず。今後注文の際にお申し付け下されば、丁度良い加減でお持ち致します」
そうか、融通が利くんだな。
とにもかくにも「お気になさらず」と言われたので気にせず食事を続けることにした。
舌を火傷したままだと味が分からないから、治癒力を操作してすぐに治した。今度は火傷しないように、ふーふー、だ。恐る恐る口に入れると、今度は吹き出すほどではない。
……うん、美味しい。歯切れのよい麺とねっとり濃厚なチーズ、ホワイトソース……。玉ねぎの存外しっかりした甘みが、良いアクセントになっている。
「そういや今日はバイトのあの子が見当たらないお」
「林檎ちゃんのことですか。貧血って言ってましたよ」
「……おまい何でそんなこと知ってるんだお」
ああ、俺が通っている道場のことを知らないのか。
経緯をあれこれ説明するのも億劫だ。適当に返事してお茶を濁した。スパグラ美味しい。
そして御馳走様でした。
二人とも料理を平らげ器を片付けてもらった、その直後に依頼人と思しき女性が来た。メイド長の案内で俺たちのテーブルに相席する。こういうところに来るのは慣れていないようで、あからさまに挙動不審だ。
ニトーさんは何やらメイド長にアイコンタクトをする。それを承けてメイド長が指示を出し、厨房の方からグラスと薄桃色の液体が入ったボトルを持ったメイドさんが現れた。
グラスを置き、依頼人の目の前でボトルの中身が注がれる。
「特製のローズドリンクでございます」
「えっ、私何も……」
「サービスですお。話をする前に、一先ずこれを飲んで気分を落ち着けてくださいお」
そう言われて、依頼人はまずドリンクの匂いを嗅いだ。変なものが入っていないか確認しているのだろうか。まあ嗅いだところで何もあるまい。しいて言うなら、とても芳しい薔薇の香りがするだろう。此方にもふわりと香ってきた。それからちびちびとそれを飲んで、美味しかったのか、結局グラス一杯すぐに空になった。
「あっ、ごちそうさまでした。大変おいしかったです」
「喜んで頂けたようで。ここの料理はどれも一級品なんですお」
「あっ、そうなんですか。変わった格好の人ばかりだし、みんな眼が赤いし、少し怖かったけど……たまに来ようかな……」
「うんうん。……ではそろそろ本題の方へ入ってもよろしいですかお?」
「あっ、はい。そうですね」
おっと、こっちもお仕事モードかな。俺は一先ず話を聞いていればよいとのことだが。
少しの間のあと、依頼人はカバンから紙の束を取り出して、テーブルの上にソレを差し出す。
そして切り出した。
「むっ、娘の『遺書』を、解読してほしいんです」
※キャラデータ※
名前:道場長
性別:女性
年齢:40~50(見た目年齢)
肩書:『武術道場の長』『武術の達人』『吸血鬼』
能力:『吸血鬼』
備考:『喫茶VAMPiRE』で働く吸血鬼たちが修練の為に通う道場、その長。本人も吸血鬼だが、若さを保っている他の者と違って、彼女だけはそこそこ歳を取って見える。溌剌とした性格で声がデカい。リョウのことを気に入っている。