第27話 地下迷宮のボスラッシュⅡ
※本日2度目の更新
※田中氏のフルネームが著名人と丸被りしていたので『田中善汚助』と改名しました。既存話も改稿時に修正します。
菅原リョウの健康状態:
両手欠損後ほぼ完治
左目欠損、約93%修復完了
チューンアップを受けヒト(女性)の遺伝子を取込み中
タコ・ネコの遺伝子を取り込み完了
━━15:20━━
「ヘイヘイ、ボーイアンドガール! これがこの国で言う『セイシュン』ってやつかい!?」
「次から次へと……」
また変なのが現れた。今度は筋骨隆々の外国人だ。
そういえば前も変な外国人と絡んだな。
「オ? オオオウ???
ヘイブラザー、スガワラリョウじゃないか! こんなところで会うとは奇遇だな!」
「知り合いですか?」
「あ、もしかしてあの時の……えーっと、プロボクサーの」
「マシュー・ザ・ウィナー!」
「覚えにくい名前だ。キノコだかソーセージだかはっきりしろよな」
なんか苛ついたので一寸挑発してみたり。
「HAHAHA 中々達者なジョークだ。コメディアンになれるぜ」
ウケた。嬉しい。
マシューはフレンドリーに笑いながら続ける。
「だが一つ忠告だ。……目上の者は敬うもんだぜモンキーボーイ」
!!
「シッ!」
「だらァッ!!」
マシューが目にも止まらぬ速さで踏み込み、大砲の如き右ストレートを放つ。頬骨あたりをパンチが掠めるが、何とか反応し咄嗟に前に出て直撃は避け、そこから肘鉄砲を繰り出した。
肘鉄は鳩尾にヒットするも、近づきすぎて威力に欠け、更に鍛え抜かれた肉体に阻まれて大したダメージは与えられなかった。
「ホウ、前よりいい反応だな」
「それはどうも」
「提案だ。勝負しないか。三分以内で俺を倒せたら……」
「断る。ただしアンタは何かムカつくから倒す。勝ち負けなんぞ知らん」
「HA! この国のクソガキ共はもっと礼儀ってもんを勉強しろ。
戯れで言ってやってんだ。空気読め、空気を。
クソモンキーが二人がかりでかかってきてもオレには敵わネェーよ!!」
あーそうかい。生憎空気読むのは苦手なんでな。
「……あの、もういいですかぁ?
丁度全身に血が回って、なんだかムラムラが抑えられないんですぅ。あはぁ。
軽く殺してもいいでしょうか」
「おう、やっちゃおうぜ」
殺すのはまずいけど手加減して勝てる相手じゃない。どんな汚い手を使っても殺す、くらいでちょうどいい。さっきとは打って変わってやけに血色がいいのが気になるが。
「全力でイキますよ。菅原さんはそっちから視ていてくださいぃ」
じゃあ、お言葉に甘えて俺は観戦だ。
ぴょんと下水の川を飛び越え対岸に行く。
「HA ガールが相手かよ。律儀に一体一じゃなくても……ッ!?」
「ガアアアアアアァァァ!!!!」
ミリミリミリッとテープをはがすような音が響く。傷が開いたかと少し焦ったがこれは『吸血鬼の力』を解放する音だ。道場でも何回か聞いた。足の力を解放すると足が黒変し、腕の力を解放すると腕が黒変するらしい。そしていま力を解放した林檎ちゃんは全身が黒変している。黒い瘴気を放つ林檎ちゃんは前に見たが、この能力を使うのは初めて見た。吸血でパワーアップしたのか。爪も伸びて瞳は紅く発光し、まるで怪物だ。
「クソの溜まった地獄に叩き落としてやるDEATH!!」
「HAHAHAHA!!! コイツは傑作!!!」
プロボクサーvs吸血鬼、異色の対決が始まった。
最初に仕掛けたのは林檎ちゃん。技名『流血爪』を声高らかに叫びながら恐ろしく早い手刀を放つ。マシューはそれを冷静に躱しカウンターの右フック。ナイフの如く鋭いフックが顔面を打ち抜いた! だがそれにも怯まず『流血双爪』を放つ林檎ちゃん。斬撃の嵐にマシューたじろぐ! いいぞ林檎ちゃん! ここで必殺『奪命』! ああ避けられた!
マシューのアッパーが下腹部に炸裂、林檎ちゃん苦悶の表情!
……と、白熱してきたところで申し訳ないが。
「触手」
完全に林檎ちゃんに集中していたようなので、対岸から触手を伸ばしマシューの左腕を絡め取った。
「ホワッツ!? 何だこれ!!?」
「だから触手だって」
「キモいぞ!!」
「引っ張るな。ちぎれる」
「力比べでオレに勝てるつもりか!」
「だから、競うつもりないから。ほれ」
「ファアッック!?」
もう一本触手を伸ばして右腕も絡め取った。これでマシューは完全に俺の方を向き、後ろを振り返れない状態となる。
折角だしアレ試してみるか。
『猫の遺伝子』を操作する実験だ。実験は成功し、巻きつく触手の内側に『猫の鉤爪(但し熊の爪くらいデカイ)』が複数生成された。触手をキツく縛り上げるほどに、マシューの腕に爪が食い込んでいく。引き離そうと必死に抵抗されるがそう簡単には外れない。そこまで力の強い触手ではないが、巻きつけることで最大限に力を発揮できるのだ。鉤爪もしっかり食い込んでるしな。
さてさて。
「Gaaaaaash...」
「じゃ、存分に吸い尽くしてやれ」
「ハアァイ♥」
林檎ちゃんがマシューのガラ空きの背中に食らいついた。当然抵抗されるが今の林檎ちゃんはリミッターが外れている。ちょっとやそっと暴れたぐらいじゃ引き離せない。
牙を突き立てた瞬間、ドシュウウウウウウウウ、と凄い量の黒煙が吹き出す。みるみるマシューの顔が干からびていった。
「Fuccc...fuuucccckinyellowmonkeyyyyyyyyyyyyyyy!!!!!!!!!!」
マシュー、何か叫びながら気絶。触手に引っ張られて下水へドボン。うへぇ。
流れていく無様なボクサーを見送りながら、対岸へ飛び移る。
能力を解除した林檎ちゃんが、何やらしきりに自分の鳩尾を殴っていた。何やってるのか聞こうとしたら、突然大量の吐血。いや、これ全部マシューの血か。
「あー……汚い血を飲んでしまいました」
「スッキリしたか。リーダーが心配だし早く戻ろう」
━━15:33━━
駆け足で戻る。
謎の少女と接触したところまで戻ったが、リーダーがいない。
何かあったのか?
足を速めながら更に戻る。
最初にあの謎三人組がいたところまで戻ってきた。
そこにはリーダー、謎少女、下水塗れの男、目隠しされ鉄骨メッタ刺しのオブジェになった三名、そしてエニグマがいた。
リーダーが拳銃を抜いている。銃口の先には謎少女。
一先ずエニグマを抱きかかえて、銃を構えたまま動かないリーダーに話しかける。
「なんすかこの状況」
「おうリョウ。今丁度、あの子をここまで押し戻してきたとこだ。
標的の死亡は確認したのだが。アレを見ろ」
顎で人間オブジェの方を差す。何ともスプラッタな光景……いや、どうなってるんだアレ?
首を刎ねられてる奴は明らかに死んでいるとして、しかし他二名は、多数の鉄骨で体を貫かれながら、血の一滴も流さずピンピンしている。
「『物体を透過する能力』というところか。多分あの男の能力によるものだ。
彼らを無傷で開放できるのもお前だけ。そうだろう?」
「くっ。ご明察。」
「成る程……ん、透過?」
もしかして……。
「あっ、菅原さんあの人! あの人です!」
「……そこの目隠しされてるお前、田中善汚助か?」
「ち、ちみ! そりはワチだ! 誰かは知らんが早くワチを助けたまえ!!」
ああ、やっぱりこいつらに誘拐されてたのか。
で、もうひとりは……。んん、知らない人だな。
「その生きている二人を解放しろ。素直に聞けば見逃してやる」
「……断る。崇高なる理想のため。この能力者共は処刑する。」
「ならば私がお前たちを殺す」
「ハッ。出来るわけがない。こんなところで銃器を使えばガス爆発で全員死ぬぞ。」
「ではやってみようか」
え?
パンッ!
乾いた破裂音。
火を吹く拳銃。
男の背後にあった鉄格子から火花が散り、跳弾が男の足元へ突き刺さった。
正確にはそこにいたネズミに。
ガス爆発こそ起こらなかったものの、ネズミの肉片が飛び散り、場を静寂が支配した。
「……さて、後何発撃てば爆発するかな。まあ一番最初に爆発するのはお前の脳味噌だろうが。
言っておくが私の射撃は百発百中だ。少しでも下手な動きを見せればパーンだ。
何ならお前の能力で音速を超える鉛弾も透過できるか、試してやろうか」
「ハッタリだ。トリックに決まっている……!。」
「いや、先ずそっちの女子から楽にしてやろうか」
「や。やめろ。」
「怖いよママぁ……」
え、ハッタリだよね?
ホントは撃ってないんだよね?
しかし、これだけ脅しても解放する気配がない。
やっぱ殺しちゃうのかな。
爆発とか、しないよね?
リーダーは完全にポーカーフェイスを決め込んでいる。
誰も動かないままじりじりと時間だけ過ぎていく。
……唐突に腕の中のエニグマが暴れだした
するりと腕から滑り降り「ふんす」と鼻息を一つつく。緊迫したところに割り込んでいこうとしたので慌てて連れ戻そうとするも、またするりと逃げられる。
何を考えてるんだエニグマ。
少し腹が立って無理矢理引っ張り戻そうとして、体が硬直した。
あの感覚だ。死の危険を感じた時の、あの時間が止まる感覚。動かない。動けない。
俺は何故かたかが一匹の黒猫に対して恐怖を感じていた。
黒猫は一度こちらを振り返る。そして人間を鼻で嗤う。
止まった時間の中で黒猫が告げる。
『にゃ―――v√ ̄ ̄ ̄\%\%L^v^v^V√√√√ ̄ ̄ ̄ ̄v――――――━━━━@』
「ッッッ!?」
えも言えぬ不快感。体が痺れ一瞬立っていられなくなった。時間は再び動き出したが、他の人間は何も感じていないらしい。だがそんなのは些細なことだ。直後起こったことに比べれば取るに足らない。
メッタ刺しになっていた首なし死体が、もがき出したのだ。
エニグマの『言葉』に呼応するように。
「ひえっ!?」
「なん。なんだ。何が起こっている。」
「ママぁ……」
その場の誰もが驚愕する中、死体は力ずくで鉄骨を引き抜きボロ雑巾のようになりながらも立ち上がった。そして少女を殴り飛ばし、地面に押し倒してまた何度も何度も顔面を殴り続ける。どちらのものとも分からない鮮血があたりに飛び散る。
「いぎゃっ、ひぎぃっ!」
「や。めろ。やめろ。やめてくれ……。」
男が少女のところへ駆け寄ろうとするのを、リーダーが制止する。
「分かった。要求通り二人を解放する。だからシズカだけは赦してくれ……!。」
首なし死体はぴたりと殴るのをやめた。エニグマが操っているのか、或いは死体に意思があるのかは分からないが、どうやら言葉が通じているらしい。シズカと呼ばれた少女は恐怖で失神した。
リーダーは冷静に男に指示を出す。
余計な動きはするな。速やかに解放しろ。目隠しを解きこちらへ歩かせろ。
よし、お前たちは暫くその場を動くな。何、マシュー? そんなヤツは知らん。
男は素直に指示に従い二人を無事開放。
俺たち五人と一匹は手頃な出口を探して走った。
ふと、進む先に光が差す。聞き覚えのある声が下水道内にこだまする。
『林檎っちゃん、菅原さん、こっちばい! はよはよ!』
おっ、この声は探偵さんだ。
マンホールを開けて待っててくれたのか。よく場所がわかったな。すごく助かった。
……何故か俺たちを押しのけ、田中氏が真っ先に脱出。まあ、緊急事態だし、パニックを起こしていたのかな。それに続いて林檎ちゃん、俺、知らない人、リーダーの順で残り四人も脱出完了。外では探偵さんが車を持ってきて待機していたようだ。
「はよはよ~。うひゃー血塗れ。タオル有るけん使ってよかよ。上着も羽織っとくたい」
「有難うございますぅ」
「ささ、皆はよ車に乗って」
「ワチもか!? ワチにこんな狭い車に乗れと言うか!? 猫も乗るのか!?」
うん、何だこの人。ぶん殴るぞ。
助手席に林檎ちゃん、後部座席に俺とエニグマと田中氏が座る。知らない人はお礼をひとつ言ったあと、そそくさと瞬間移動でどこかへ消えた。
「私はまだやることがあるからここで失礼する。
……ああ、これをやろう。キシダ特製の消臭スプレーだ」
リーダーともここでお別れ。消臭スプレーは凄い効き目だった。
それから一度ホテルまで送ってもらい、着替え、シャワーを済ませチェックアウト。車で駅まで送ってもらって、探偵さんともここでお別れ。エニグマは俺のスカスカのリュックに詰めて電車に乗った。
「まて、何故ワチがまたC市に戻らにゃならんのだ?」
「またあのヘンテコな奴らに誘拐されてもいいのか? 今度はもう助けないぞ」
━━17:34 D市→C市『帰りの電車』━━
ああ、中々楽しい観光だったな。
帰りながらそんな会話をしようと思っていたが、電車に乗ってからというもの林檎ちゃんは一言も喋らない。ただいからせた目で田中氏を睨みつけている。あるいは監視しているのか。まあもしかしたら此奴が放火の犯人なのかもしれないのだ。無理もない。だがC市に近づくにつれて緊張の糸が緩んできたようで、いつの間にか眠りこけてしまったようだ。
俺は暇つぶしに、対面に座って田中氏の似顔絵をメモ帳に書いていた。ハゲかけた頭頂部と鼻の横のイボが特長だ。三回くらい描き直して漸く満足のいくものが描けた。
……それにしても、さっきのアレは何だったのか。エニグマがやったのか。
ただの猫ではないとは思っていたが……。
『C市中央~~~、C市中央~~~』
おっと、降りる駅だな。林檎ちゃんをゆさゆさ揺すって起こす。
おーい、起きろー。
……中々起きないな。
ジリリリリリリリリリリリリリ
ん、なんだか外が騒がしい。
ジリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリリ
んん?
リリリリリリリリリリリリリリリリ……
『うわマジヤベー』
『え? え? 燃えてる?』
『皆さん離れて! 煙を吸わないようにハンカチなどで……』
『煙草か。これだから喫煙者は……』
『ちょっ、あっちも燃えてないか?』
『テロ?』
『テロではないだろ』
複数のゴミ箱から火が出ている。結構な勢いで。
何だ、ゴミ箱が燃えてるだけか。
「ん、ふあ、なんの騒ぎですか?」
「火事だな。それより降りる駅だぞ」
「火事?」
「田中さんも、ここで降り……」
あれ、田中氏が居ない。
逃げられた……?
~帰り道での会話~
「林檎ちゃんさ、喋り方かなり変わるよね」
「はい?」
「地獄に落とすDEATH」
「やめてください」
「血吸うとムラムラするの?」
「 や め て く だ さ い 」
※一般人が下水道に入ると死にます。自殺志願者以外は入らないようにしましょう。