第26話 地下迷宮のボスラッシュⅠ
※本日2回更新予定
菅原リョウの健康状態:
両手欠損後ほぼ完治
左目欠損、約93%修復完了
チューンアップを受けネコ・ヒト(女性)の遺伝子を取込み中
タコの遺伝子を取り込み完了
━━14:22 D市『下水道』━━
下水道は相変わらず暗い。偶にゴキブリやネズミがちょろちょろ走り回る程度のことで必要以上に反応してしまう。注意しすぎるということはないが、担ぎ込まれた標的との接触を逃してしまう可能性もあるので、最大限に警戒しつつ極力急ぎ足。閉塞した空間のため、酸素や下水からの毒ガスにも気を使わなければならない。歩けど歩けど変化のない、じめじめで暗澹とした風景。会話はない。一秒毎に精神的に消耗していくのを感じる。
実際それほどでもないだろうが、歩き始めて結構な時間が経ったように思う。前方を行くリーダーが足を止めた。ジェスチャーで『止まれ』『喋るな』『あれを見ろ』と言ってくる。見れば、何故か進む先が薄明るくなっていた。自然光とは違う、橙色の灯り。次の曲がり角の向こうだ。
足音を消しつつゆっくり進む。曲がり角に突き当たると、俺達を少し下がらせリーダーが様子を伺った。伺う、というか端末のカメラ機能を使い、腕だけ伸ばして消音で写真を撮った。まずリーダーがその写真を確認し、戻ってきて次にそれを俺たちが見る。
写っていたのは異様な光景だ。
鉄格子で行き止まりの少し広めの区画。そこに六人、と言っていいのか。ランプを置いて三人の人間が仁王立ちし、三人の人間が正座した状態で、目隠しをされ、何本もの鉄棒やら木材やらで体を貫かれている。そして正座しているうちの一人は首がなかった。よく見たら脇に頭のようなものが転がっている。
林檎ちゃんはこの衝撃的な光景を見て「うっ…」と小さく嗚咽をもらす。
リーダーが端末のメモ帳機能で文字を打ち込み、俺たちに見せる。
『恐らく首を刎ねられているのが今回の標的
標的の死亡を確認すれば一応依頼は達成ということになるが奴らが邪魔
逃げられる心配はなさそうなので暫く遠目から様子を伺う』
念の為再び写真を撮り見失わない程度に下がる。
二回目に撮った写真を見てリーダーが眉間に皺を寄せた。
見る。そこに映っているのは五人。
仁王立ちしていた奴が、一人消えている。
背中にぞくっと悪寒が走る。危機察知。
後ろだ。
━━14:44━━
「物音がしたので。何かと思えば。頭の黒い鼠か。」
「ッ!!」
背後の暗闇から現れたのは、仰々しい喋り方をする長身の男。
回り込まれた……!
でもどうやって? 回り込める道なんて無かったはずだ……。
「あ、能力者か」
「鼠に教える義理はない。が。まあその通りだ。
そこらの能力者と一緒にされるのは心外だが。」
「何をやっていた!」
「詮索無用。見られた以上仕方ない。全ては崇高なる我が神のため。鼠は死ね。」
あ、不味い。頭のおかしい奴らだこれ。
話し合いは通じなそうだ。仕方ない。
先手必勝スーパー全力サイボーグパーンチ!!
「馬鹿め。」
「んおあっ!?」
避けられてもないし外れたわけでもない。だが拳は空を切った。すり抜けたのだ
全力の空振りですっ転ぶ。拳だけでなく体もすり抜けて。
「我は人を超えたのだ。下々の連中には触れることもできないのである。」
「なら好都合だ」
「ぬうっっっ!?。」
リーダーが超高出力のライトで目眩ましをした。
俺も起き上がり、蹲った男を突き飛ばしその場を離脱。
なんだ、触れるじゃん。
「ちょ。待て。……のあっ!?!?。」
逃げる途中でドボーンと水の音が聞こえた。落ちたのか……。
まあひとまず安心、と一瞬思ったが俺たち以外の足音が近づいてくる。奴らは三人いたんだった。
一先ず逃げる。しかし逃げれど逃げれど追いかけてくる。というか危険であまり全力で走れないので段々足音が近くなる。ここは閉塞した空間。下手に下流の方へ行けばさっきみたいな行き止まりの場所にたどり着くだけ。上流に逃げても恐らく同じ。マンホールを開けて外に逃げる余裕はない。いずれ追いつかれる。
足を止め、迎え撃つ体制に入った。
瞬く間に足音が近づいてくる。
そして遂に追っ手が姿を現した。意外なことに、林檎ちゃんと変わらないくらいの少女だ。
止まる様子がない。走ったままこっちに突っ込んでくる……!
リーダーがまたもや目眩ませを行おうとする。が、少女が横薙ぎに右手を振るうとライトが真っ二つに切断されてしまった。まるで抜刀で竹を切るみたいにすぱっと。何の抵抗もないみたいに。
この子も能力者。というかアレ、金属製だったよな?
リーダーは冷静に、手元に残った部分を少女の側頭めがけて叩きつけた。
「ぎッ!!」
ライトの切断面から部品がバラバラと撒き散らされる。
続いて下段蹴りで体勢を崩して腰辺りを思い切り蹴りつけた。下水に落ちるかと思ったが少女は思いの外タフで、なんとか踏みとどまる。だが額が切れたようで、血がさらさらと流れている。半ばで切断されたとはいえ金属の棒で頭を殴ったのだ。骨にヒビが入ってもおかしくない。
林檎ちゃんがリーダーに駆け寄った。
「ちょっとリーダーさん。いくら何でも、やりすぎじゃないですかぁ」
「馬鹿言え。下手すれば殺されていた」
そう言いながら地面に落ちたライトの外装の残骸を指差す。恐ろしく綺麗な切断面……いや、何か妙だ。手元に残った方の残骸は20cmくらい、そして落ちた方の残骸は10cmもない。元は40cmはあったはず。そう、どう見ても足りないのだ。
『物体を消し飛ばす能力』ってところか。
リーダーの顔が冷や汗で濡れている。
得体が知れない……。
少女は額に触れて流血を確認すると、爪を噛みながら何やら呻き始めた。
「うう……痛いよ、痛いよママぁ
痛い…ねえ痛いよ……ママぁぁ。マぁマああああぁぁぁ!!!」
爪噛みをやめた途端、そのか細い手がドス黒く染まった。閉塞した空間に風が吹き始める。
成る程、あれに触れると消し飛ばされるのか。
「君、今すぐソレを収めるんだ。酸欠で君まで死ぬぞ!」
「うあああああアアアアアア!!!!!」
両手を振り回しながら突っ込んでくる。まるで駄々っ子だ。
「うあああああ!!!」
「ってうわっ、こっち来んなアブねぇ!」
「わああああああああ!!!!わああああああああ!!!!!!」
「お、落ち着いてくださいぃ!」
「あああああ!!!!」
「くっ、手に負えない! ここは私が何とかするからお前ら一旦下がれ!」
退避! 林檎ちゃんとその場を出来る限り離れる。
走りながら自分の体を確認した。所々避けきれずに皮膚を削り取られたが致命傷というほどの傷はない。だが、打撲とも切り傷とも違う『削り取られる』というのはなんとも気分が悪いな。血が中々止まらない。服にも少し穴があいてしまった。
と、俺と走っていた林檎ちゃんとの距離が段々離れていく。
息が上がって苦しそうで、終いには足を止めてしまった。
━━14:55━━
どうした、と声を掛けようとして振り返り、ライトを向けて、絶句。
首から下、服が全体真っ赤に染まっていた。
その場に倒れこむ林檎ちゃん。
駆け寄って流血している首を見ると、親指一本分ほど肉が削ぎ落とされていた。
ドッ、ドッ、脈打つたびに首の傷口から血が飛び出す。
脂汗に塗れた顔がみるみる青くなっていく。
「おいおい大丈夫か」
「はっ、はっ、はっ、血がっ、はっ」
「吸血鬼だろ、何か役に立つ能力とかないのかよ」
「さっきから、やって、るんですがっ、傷が塞がりませんっ」
確かに流血部分を見ると、一度流れ出た血液が意思を持ったように傷口に戻っていったりしている。だがほんの僅かだ。傷口が開いたままでは出血は止まらない。一先ず手で押さえて傷の断面を無理矢理くっつけてみたが、離せばまた開いてしまう。何とかしてくっつけないと……。
「くっつければ出血は止められるのか?」
「はっ、はっ、多分」
どうやって、どうやってくっつける? 何か道具とか無いか。林檎ちゃんのリュックを漁ってみたがごちゃごちゃしていて何が何だか分からない。使えそうなものは見当たらない。俺は大して何も持ってきていないし。
ポケットに入ってるのは財布とサングラスと……接着剤があるな。
キシダさんからもらった『人体に優しい接着剤』とのことだが、果たしてこれで傷を塞いでいいのか。仮にくっついても、思い切り抉られてるしちょっと動けばすぐ剥がれる。普通こういう怪我には皮膚移植というのをやるもんだろう。医療ドラマで見たぞ。
皮膚は……あるな。ここに。
……。
ガリッ、ガリッ、ブシッ
メリメリメリメリ…………ブチンッ
ベチャッ。
「傷、塞いだぞ」
「ナニコレ……」
「触るな。まだノリが乾いてない」
「ハッ?」
因みに使ったのは俺の左手甲の皮だ。食いちぎった。
出血はなんとか収まったし、一件落着だな。
━━15:03━━
「ひゅーっ、ひゅーっ……まあ、その、有難う、ございました……?」
「何で疑問系なんだ」
「いや、はい……あの図々しいお願いですが、はひゅーっ」
「ん」
「貧血でくらくらするので、少し吸血しても宜しいでしょうか、ひゅっ」
「いいぞ。何処から吸うんだ?」
「じゃあ、腕から」
「どぞ」
「……頂きます」
忘れかけてたが林檎ちゃんは吸血鬼なのだ。やっぱり吸血とかするんだな。
俺の腕に牙を突き立てる林檎ちゃん。鋭利な牙はそのまま突き刺さり、血液が溢れ出す。その溢れ出した血液を、先ほどのように操って吸い取っていく。まるで掃除機でも当てられてるみたいにすごい速さで吸われていく。あと口の中が生暖かくてちょっと気持ちいい。
「うえ゛え゛っ、マズッ」
「吐くなよ。全部飲め」
「スミマセン」
まあ美味しくはないよな。
そのまま血を吸わせ続けると、何か吸ってるところから黒煙が出始めた。ああ、そういえば吸血鬼に血を吸われると自分も吸血鬼になるとか、映画ではよくあるよな。もしかして……。
急に目眩がし始め、流石にヤバいと思ったのでそこでやめさせた。
「ふーっ……」
吸った血が全身に回るまでもう少し動けないようなので、その場に座り込んで一寸お喋りした。お喋りといっても、主にさっき俺がやらかしたことについてだ。林檎ちゃんのおもらしをイジるという、デリカシーを欠いた行為についての言い訳だ。
俺は素直に話した。人の気持ちがよく分からないということ。分からないなりに周りの人間に合わせて生活してきたこと。さっきのは俺なりの気遣いだったこと。ついでに顔が見分け辛いことも。
「……っていう、『設定』ですかぁ?」
「えっ」
「いや、スミマセン。さっきのことはもういいんです。命助けてもらいましたし。
まあそういう人って結構多いですし、気にしすぎじゃないですか。個性ですよ個性」
「個性ってそういうもんか?」
「あ、モチロン『そういう病気』があるのは知ってますよ。でも病気だからどうとか、病気じゃないならどうとか、そんなイミのない枠組みで物事を語るのってツマラナイから、気にしないようにしてるんです。ただ人それぞれ違いがあって、それぞれの個性に適した付き合い方があるだけ。って思ってます」
「ふーん」
そういう見方もあるのか。新鮮だな。
「じゃあ俺はどうすればいい?」
「うーん……それはちょっと分かりません。でもいいんじゃないですかぁ?
例えば今回みたいに言葉で人を傷つけたとして、その後ちゃんとこんなふうに話せなければ、どうせその人とは長く続かないですよ。傷つけ合ってもちゃんと仲直りして、また一緒に居れるような人と付き合えばいいと思います。
一番大事なのは、ヘタでも努力を投げ出さないことじゃないですか。まあ、中学三年間上手くクラスにとけ込めなかったワタシが言えることでもありませんがねぇ。えへへ」
林檎ちゃんも大変なんだな。
仲直り出来る人ねぇ。
ふとポケットにサングラスが入っているのを思い出した。
これを渡して仲直りしろ、と言われたんだったな。渡すなら今かと思い「俺と仲直りしてください」と言いながら差し出す。林檎ちゃんは何故かきょとんとした顔をしたあと、笑いながら「はい」と言って快く受け取ってくれた。
よし。やっと仲直りできた。
27話へ続く。