第24話 不法侵入はデンジャラス
※本日2回更新予定
※既存話を一度全て改稿する予定で主人公のキャラが少し変わっております
菅原リョウの健康状態:
両手欠損後ほぼ完治
左目欠損、約93%修復完了
チューンアップを受けネコ・ヒト(女性)の遺伝子を取込み中
タコの遺伝子を取り込み完了
━━3.28 11:22 D市━━
『明るい左の目で闇を見上げよ
見慣れぬ光を目にするだろう
然れど忘るな闇を行く者
其の灯は人を惑わせる』
『シリウスの星が地に堕ちて
汝の懐を焦がし居座る
何時も忘るな境界に生く者
汝は汝で彼は彼也』
『星の集いし墓場から
フォマルハウトの輝き失せる
決して忘るな光追う者
其の目に光を焼き付けよ』
『光薄れたデネボラが
闇より汝を待ち侘びる
汝忘るな訪ねる者よ
尋ねる所は何時も闇なり』
……昨日の占い師が書いたものだ。朝の日課が一段落してから何度も読み通していた。これは『詩』か? 最初の四行はつまり『左目が治ったら夜空を見上げろ』ということだろうか。そっと左目を覆う眼帯に指を触れた。一度抉られた眼球は神経の根元から再生していき、段々大きくなって、元の大きさまで戻りつつある。自分のことながら中々に狂った再生力だな。この両手だって一度手首から切り離したのに、僅か数週間でもう指が生え、爪が生え始めている。そろそろ箸だって持てそうだ。
指がしっかり動くのを確認して、再び詩に目を戻した。見たこともない片仮名名詞が目を惹く。『シリウス』は何処かで聞いたことのある響きだが……占いってやつはどうしてこうも抽象的なのか。未来が予知できるのなら、具体的な内容を言ってくれれば楽なのに。
ふかふかベッドに腰掛け一人で唸っていると、ぐいっとベッドが揺れて少し体が沈んだ。背中側に転びそうになって仰け反ると、後ろから覗き込もうとする誰かの顔と俺の顔が触れ合いそうな程接近する。間近に迫るは、白肌で頬の薄ら紅い女の子の顔。誰かと言えばまあ林檎ちゃん以外いないが。避ける様子もなく、メモ帳に書かれた詩に紅い目を光らせている。
「おおっ、カッコイイポエムですねぇ。この良く分からなさが逆にカッコイイです」
「そうなのか? 内容が何一つ分からないんじゃ占いの意味が無いんだが」
林檎ちゃんはメモ帳を取り上げ、それをいろんな方向から眺め、透かしたり紙の匂いを嗅いだりし始めた。だが何も新しい発見は無かったらしく、曲げた人差指を唇にあてて、眉間にシワを寄せる。
「シリウスっていうのは星の名前ですよねぇ。じゃあこの『フォマルハウト』と『デネボラ』もそうなのでしょうか」
「ああ、そういえばあの占い師、星の暗示がどうとか言ってたな」
「じゃあじゃあ、それぞれの『星』が『誰か』を暗示してるとして……」
ほほう、それで?
「えーっと、……っ」
唐突に言葉を詰まらせた。ゆっくり目を逸らし、自分の手のひらに視線を逃がす林檎ちゃん。
「ん、どうした?」
「いや、スミマセン、今のは多分間違いですねぇ。多分もっと深い意味が込められてるんでしょう?」
「ふーん……結構それっぽいと思ったんだが」
林檎ちゃんはそそくさと立ち上がり窓際で携帯端末を弄り始めた。もう別のものに関心が移ったようだ。まあ占いの内容は頭の片隅にでも置いておくとしよう。
ゴロンとベッドに寝転がり、メモ帳をペラペラと捲る。書いてあるのはこの占いと、俺が描いた林檎ちゃんの似顔絵、林檎ちゃんが描いた俺の似顔絵。後はまだ白紙だ。思いつきでこんなものを買ったが、折角だし存分に活用していきたい。昨日の様に誰かの似顔絵を描いたり、はたまたその日の感動した出来事や、或いはふと頭に浮かぶ画期的なアイディアを書き連ねるのもいい。そいつらを後から見返して『こんなこともあったな』『こんな人達とも過ごしたな』と少しは感傷に浸れる日々が、送れるといいのだが。
間も無くファミレスで昼食を頂いた後、その場で午後の予定を話し合った。
そしてその予定に従い、バスに乗って目的地周辺に向かう。行き先は昨日も訪ねた『田中氏宅』だ。
当初の予定では今日がD市滞在の最終日。何もなければ最後に一寸遊んでから帰る。もし田中氏に接触することが出来れば、例の事件に関する情報を聞き出せるだけ聞き出す。もし彼が事件の犯人だと判明した場合、どうするか。警察に突き出すか……いや、それは難しい。俺は出来る限り警察と関わってはいけないと言われているし、林檎ちゃんは『犯人は殺す』みたいなスタンスだ。流石に殺すのは不味いよなぁ。依頼としての殺しなら死体の処理は何とかなるそうだが。
……抑も俺達は、事件の真相を突き止めて、それからどうしたいんだ? ふと林檎ちゃんの横顔を見る。昨日買ったサングラスを掛けている。その紅い眼は前だけを見て、迷っている様子はない。一体何を見据えているのか。この子は事が終わったら、どうなるつもりなのか?
悶々として結論は出ないまま田中氏宅に到着。
前回同様、軽い変装をして周囲の状況を伺う。閑散とした庭の様子に変化は無い。郵便ポストの中身は減っても増えてもない。ここまでは不審な点はない。外門から外玄関に足を踏み入れる。
そしてインターホンを鳴らし……
鳴ら……ないな。
インターホンが鳴らない。何度押しても。
二人で顔を見合わせ頷き合う。
昨日の今日でインターホンが壊れたとは考え難い。電源が切られているか、ブレーカーが切ってあるかと考えるのが妥当。つまり、少なくとも昨日から今日の間に誰かが家の中で活動していたということだ。
少し強めにドアをノック。
「田中さーん、田中さん居ますかー!?」
……反応無し。
ドアレバーをそっと指でなぞると、昨日より多めの塵が指に付着した。D市のような活火山周辺の地域では、空気中を火山灰が舞っているので、一日物を放置するだけでも結構な量の塵が纏わり付くらしい。この塵の量から察するに、恐らく昨日から誰もドアレバーを触っていない。
「これ多分居留守だろ」
「どうします?」
考えあぐね、裏庭側に回る。
窓があった。カーテンが半開きになっていて部屋の中が少し伺えたが、人の気配はない。これが居留守だとしたら余程後ろめたいことがあるとしか思えないな。
……よーし、やるか。
「ちょちょちょ、何するつもりですか菅原さん!」
「窓割って、強盗」
「そこまで派手にやったら警察に捕まってオシマイですって」
「じゃあどうする? 帰る?」
「それは癪……仕方ないですねぇ。今日だけ悪い子になりましょう。今日だけですよ?」
お、乗り気か。
「よし」
「『よし』じゃないですよ! やるなら穏便に、ですぅ」
「なんだ、一寸ワクワクしてたのに」
「……菅原さんって、意外と頭ヤバいですねぇ……」
「自覚はある」
そんな会話をしつつ、速やかに作業をする。まず林檎ちゃんの『吸血鬼の爪』を使い、窓ガラスに三角形の傷を付ける。大きさは手のひらくらい。時間がかかりそうだと思ったが、想像以上に鋭利かつ丈夫な爪で、ものの十秒ほどで深い傷が刻まれた。そして俺は肉体にある『タコの遺伝子』を操作、左手のひらに『タコの吸盤』を生成。その吸盤を三角形の部分に貼り付けて……押す!
バコッ!
「いいね」
「何がですか……」
白昼堂々だが、伸ばしっぱなしの生垣のお陰で周囲からの視線は警戒しなくていい。刳り貫いた三角形の穴から手を突っ込んで窓の鍵を開け、靴は脱いでリュック入れる。この三角形のガラスは御土産に持って帰ろう。
嬉し恥ずかし人生初の不法侵入だ。おじゃましまーす。
サッと窓とカーテンを閉める。
さあ、警察を呼ばれる前に全てを済ませなければ!
二人で手分けして各部屋を見て回る。あっちの部屋、こっちの部屋、クローゼットの中も、人が隠れてそうなところは隈無く探す。急げ。急げ。どの部屋も閑散としており、二分とかからず大方見回せた。が、やはり人の気配はない……!
「本当に誰もいない……何か目星いものは無かったか!?」
「歯ブラシは一本、玄関に男物の革靴とスニーカーが一組ずつ。見た感じ一人暮らしみたいです。
あと、予想通りブレーカーが落とされて、チェーンロックもされてて、所々にちょっと前まで人がいた形跡があるんですが……」
おかしい。チェーンロックが掛けてあるなら、普通に考えて誰かが家にいるはずだよな。隠し部屋か、屋根裏……ああ焦ってきた。
「仕方ない、一旦出るぞ!」
同じ窓から退出。周囲を警戒しつつ田中宅から少し距離を取った。
大した距離ではないが走って退避したのと、緊張で心臓が締め付けられたので、息切れして体が新鮮な空気を求める。すーはーと深呼吸して気持ちを落ち着けた。
一体どういうことなんだ。家は密室、誰かが外に出た形跡もない、隠し部屋は(少なくとも探した限りは)見当たらなかった、じゃあ考えられる可能性は……何かイレギュラーな要素が? 例えば、そう、田中氏が『能力者』か、或いは『能力者』が介入したか。だとすればどんな能力か。妥当な線でいくと『透明人間になる』とか『瞬間移動する』とか……あ、この市には瞬間移動の能力者がいたじゃないか。一昨日のひったくり男、目視する範囲ならどこでも移動できるようだった。窓は閉まっていたが、カーテンが半開きになっていたから侵入は恐らく可能。しかし、犯人と既に接触しているなんて少し話が美味すぎる。大体イレギュラーを考え始めたらキリがないじゃないか……。
……ふと、背筋がゾクッとする感覚がした。
後ろの方から風に乗って、ふわり、黒い煤のようなものが飛んでくる。
「ん」
「あっ、黒猫ですねぇ。あんなところに居ましたっけ?」
振り向けば、マンホールの上にちょこんと、黒猫が佇んでいた。そう、紛う事なき黒猫。それはいい。
艶のある毛並みに、聡明さを感じる眼光、赤い首輪……。
「エニグマ……?」
「ふんす」
そんなはずはない。黒猫はC市に居るはずだ。そう思いつつ首輪を見ると確かに『エニグマ』の刻印がしてあった。
「ははっ。もう、わけわかんねぇ」
「知ってる猫ちゃんですか?」
「うん。お前なんでこんなところに居るんだよ」
「ふんすふんす」
「このマンホールがどうかしたのか?」
「ふんす」
「ワタシ、猫と会話する人初めて見ました……」
林檎ちゃんが少し俺から距離をとったが、オカシイのは俺じゃない、エニグマだ。多分。
……と、マンホールをよく見ると蓋の淵が僅かに潰れており、こじ開けたような跡があった。
「ここに入れと?」
「ふんす」
「……だそうだ。行こうか」
「ええ、流石に……冗談ですよね?」
「行かないのか。じゃあ俺一人で行くぞ?」
「えっ」
「空き巣やっといて今更だけど」
「……」
「林檎ちゃんは普通の女の子だもんな。無理してついてこなくていい」
「ハイハイ行きますよ。行けばいいんでしょぉ」
結局来るのか、無理しなくてもいいのに。
俺なりに気を遣ったんだがあまり効果的ではなかったかな?
二人で協力してマンホールの蓋を持ち上ると、むわっ、と嫌な臭いが上がってきた。ゴキブリが二、三匹カサカサ上がってきたのをエニグマが追い回している。林檎ちゃんが小さく悲鳴を上げたが、中はもっとキツイだろうな。因みに俺はゴキブリは怖くないし嗅覚を遮断できるので臭いも平気だ。
「冒険っぽくてワクワクするな」
「それどころじゃないです……空き巣したり猫と喋ったり、今日はホントに色々ありますねぇ」
「ふんす」
「あ、猫ちゃんも来るんですね」
というわけで、二人プラス一匹で下水道の中に入った。
……へぇ、中はこうなっていたのか。面白い。
中央に下水の川が流れており、その両脇に人が何とかすれ違える程度の幅の通路がある。ただ、電灯などはないので暗い。うっかりしていると足を滑らせてこの汚水の川に落っこちそうだ。
と、林檎ちゃんがリュックをごそごそ、何やら取り出した。卵くらいの大きさだが、どうやら小型のライトだ。
「こんなこともあろうかと持ってきましたぁ。
……ホントは肝試しでもするかなぁ、と、思ったんですがねぇ。えへへ」
ああ、外泊といえば肝試しが定番か、そこまで気が回らなかった。申し訳ないが有り難い。
そういえば来る時から林檎ちゃんのリュックはパンパンだった。他にも色々用意してきたんだろうな。もしまたこういうことがあるなら、もう少し楽しむ努力をしよう。
キャラ紹介は省略。
改稿時に書き足すかも。