第22話 独占主義のクオリアⅠ
※前後編。本日中に2回更新の予定。
菅原リョウの健康状態:
両手欠損、第一関節あたりまで修復完了
左目欠損、約90%修復完了
チューンアップを受けネコ・ヒト(女性)の遺伝子を取込み中
タコの遺伝子を取り込み完了
見知らぬ町に立っていた。
住人達は忙しく仕事をするなり仲間と遊ぶなり、いたって普通の生活をしている。まるで人間の様に。
『住人』とは言ったが、人間に混ざって、明らかに人間でない形をした者達が平然と振舞っていた。胴体に四肢と頭部が付いているところは人間と変わらないが、その姿は何とも言い難く、強いて言うなら『怪物』のそれだ。そんなのが混ざっているのに誰も気付かない。不安になり、逃げるように路地裏に入る。そこで見たのは、表にいるような珍妙な姿の怪物らが、人を嬲り、殺し、喰い……そんなことが当然のように行われている、悍ましい光景だった。そんな悍ましい怪物らの中の一匹が、俺に気づいて言った。『仲間ガ来タゾ』と。歓迎でもするつもりか、その場にいた怪物共が集まってくる。当然、俺は人間だと言って否定した。
奴等は笑う。
すぐに奴等に取り囲まれ、腕を引かれ、姿見の前に引っ張られ。そして言われた。
『御前様、此レガ人間ノ姿ダト思フノデスカ』
鏡面に映る『俺』の姿。右半身は確かに人間のものだ。しかし、左半身は……。
違う、俺は違うぞ。俺は平気で人を殺したり、笑いながら死体で遊んだり、そんなことしない。
『ヤロウト思ヘバ出来ルダラウ』
『他人ノ不幸ヲ平気デ眺メテヰル癖ニ』
『人間ノ見分ケスラツカナイデセウ。御前様ニトッテ人間等、畜生ト大シテ変ハリマスマイ』
『何故ソコマデ人間ニ拘ルノカ』
『楽シイゼ。サッサト認メテ此方ニ来イヨ』
違う。違う。俺は。
「『違フ。己レハ人間ダ』」
━━ 3.27 D市 6:55━━
びくっと体が跳ねて目が覚めた。目が覚めた、と自覚するまで少し時間がかかったが。……ああ、また変な夢を見たな。気分が悪い、頭が少しぼーっとする。ここは、何時もの地下基地の狭い部屋じゃない……あれ、ここどこだっけ。そうだD市に来てたんだった、じわじわ状況を把握、昨日は楽しかったなー。……ふと振り払って隣のベッドを見ると、既に林檎ちゃんが朝の身支度を整えて携帯端末を操作している。目覚ましが鳴った様子はないが、早起きは習慣になっているのか。流石メイド長の家でメイドの訓練をしているだけはある。おはようと挨拶するとにこりと微笑み、お早う御座いますぅ、と返してきた。洗面台に行き歯を磨き、さっと顔を洗う。さっぱりした気分になり、林檎ちゃんに左目の接着剤と眼帯を付け直してもらうと、今朝の悪夢の内容など殆ど忘れてしまった。
「よしっ」
と、いうわけで『観光』二日目。朝食用に買っておいたコンビニおにぎりを頬張りながら、本日の予定を二人で話し合う。
今日は昨日行かなかった場所を回ってみるつもりだ。林檎ちゃんが赤い携帯端末の地図機能を操作して、周囲にある観光名所を検索し目星いところにマーキング。徒歩で行くには少し遠めの場所までマーキングしていくと、丁度本来の目的である『田中良平』氏の自宅の辺りまで観光場所が散らばっていた。
「この『銅像公園』、『招福神社』、『火山資料館』を経由して『田中家』に行くと片道15キロくらいだな」
「徒歩で行くには遠めですねぇ……あ、ちょっと待ってください。昨日のあの人からメールが来てましたぁ」
「あの人って、あの黒縁眼鏡さんのことか?」
「そうですそうです。えーっとぉ、『レンタカーを借りたので一緒に観光どうですか?』とのことですが」
黒縁さんからのお誘いか。
昨日も食事に誘われたが断ったしなぁ、厚意でのお誘いみたいだし、あまり断るのも良くないか。
「丁度いいじゃないか、と言うかタイミング良すぎて少し怖いくらいだ。何処からか見られてるんじゃないか」
「え、ええ~そうですか? えへへー」
「そんなわけないか。はっはっは」
冗談のつもりだったが、少し林檎ちゃんの顔が青くなった気がする。笑えない冗談だったかな?
まあそれはさておき、今日の予定は大体決まった。昼までゆっくり過ごして、十三時頃、近場の『銅像公園』で黒縁さんと待ち合わせ。そこから三人で自動車に乗り『招福神社』と『火山資料館』を巡る。帰りがけに、一寸寄りたいところがあるとか適当な事を言って、車をその辺の駐車場に停めてもらい、二人で『田中家』を伺うという参段だ。……と、ここまで来て何だが、もしかしたら事件の手掛かりなんて何も無いんじゃないかと俺は内心思っている。焼失した施設跡に偶々財布が落ちていただけで、田中氏が生きている保証はないし、生きていても家に帰っているとも限らない。と言うか施設から田中氏の家までは遠いが、諸々入った財布を落としているので交通機関は使えない筈だ。これを考慮するととてもD市に手がかりがあるとは考え辛い。強いて言えば『田中氏は泊まり込みで働いており事件当時も施設に居た筈』、そして『既に警察が調べ尽くした筈の場所に財布が落ちていた』という二点が気掛かりだったわけだが。少しでも可能性があるなら調べる価値はあるし、折角の観光気分に水を差したくないので言わないが。
コンビニおにぎりに噛みつき無粋な言葉を飲み込んだ。新鮮な海苔がバリッと小気味良い音をたてる。うん美味しい。偶にはこういうのもアリだな。
昼までは、道場長の言いつけ通り日課の基礎体力トレーニングをして、シャワーを浴びて、テレビで地方番組を観て、とやっていたらすぐに時間が過ぎていった。昼食はファミリーレストランで頂いた。林檎ちゃんは飲食店でバイトしている身として、店員の所作が気になって仕方ないようで、常にそわそわ。あの人は愛想が良いとか、あの人はお盆の運び方が危なっかしい、きっと新人だ、とか。しかし注文したハンバーグが運ばれてくると関心は其方に行き、大層美味しそうに食べていた。訓練されたであろう上品な食べ方に時折年相応の幼さが垣間見えて、見てて少し面白い。俺が注文したオムライスもいい具合にとろとろで美味。他にも気になるメニューが幾つかあったので、このファミレスは覚えておこう。
━━12:42 D市『銅像公園』━━
約束の時間より少し早いが、銅像公園に到着。D市に縁ある偉人達の銅像や、見るからに芸術っぽいオブジェが広場に設置してある公園だ。
「おおー、カッコイイ銅像がいっぱいありますよ!」
「教科書に載ってるのも有るっぽいな。適当に見ながら時間まで待つか」
林檎ちゃんは日傘替わりに使っていた折り畳み傘を畳んで、カメラに持ち替えて撮影に走って行った。十体近くあるのを一つずつ撮っていくつもりのようだ。俺はマイペースで見ていく。初めは深く考えずに何となく眺めていたが、どれもこれも、腹の底にずっしり来るような迫力がある素晴らしい出来だ。何処の誰が造ったとも知れぬ作品だが、こんなものを野晒しで置いていいのだろうか。博物館に寄贈されていたり、民家からひょっこり出てきたり、こんなふうに野晒しだったり、美術品の扱いというのは不思議だ。落書きなんかする人がいそうなもんだが。ふと周りを見渡すと結構人が居る。春休みの時期だからか、昼間だが学生の姿も見えるな。
林檎ちゃんはどこだろうか。林檎ちゃん、ショートヘアで、紅い瞳の女の子……あれ?
しまった……顔が分からない。これだけ人がいると、俺は顔の見分けがつけられないのだ。似たような髪型の女の子は何人もいるし、瞳の色なんて近くで見ないと分からないし、林檎ちゃんがさっきまでどんな格好をしていたのか思い出せない。あの子か、いやあの子、あっちか……ああ、全員『同じ顔』にしか見えない、参ったな。俺はふと小さな不安に駆られた。そういえば何か、朝、嫌な夢を見たような。夢の中で何かを言われたような……。
「どうかしましたか? 何だか怖い顔ですよぉ」
「うおっ、後ろに居たのか。てっきり迷子になっちゃったかと」
「迷子だなんて、ワタシもうすぐ十六歳ですよぉー」
「ははっ、そうじゃないけど、そうだよな。心配するほどのことじゃなかった」
「?」
よかった、安心した。顔が分からなくなったって林檎ちゃんは俺を置いていったりする人じゃないよな。デニムパンツと白丁シャツの上に黒のパーカーを着ている。瞳が紅い。確かに林檎ちゃんだ。
確認してから、二人で最後に残しておいた広場中央の作品の前へ来た。これだけ他と扱いが違う。他より一回り大きな像で、それを取り囲むように半径ニメートル位の人工池、その更に外側に有刺鉄線付きの鉄柵。厳重だ。折れた柱の傍らで蹲る老人の姿が題材、フェンスに貼られたその作品の主題は……。
「『生の涯て』か」
「何だか壮大なテーマですねぇ」
レンズをフェンスの隙間からねじ込むようにして色んな角度から撮影した。もう少し近くで見たいが、柵と池に阻まれてこれ以上は近寄れない。中央で蹲るその老人の表情はどうしても覗けなかった。もしかすると、この柵まで含めて『生の涯て』という一つの作品なのかもな。
鑑賞に満足してベンチで休んでいると「すんまっせーん、遅れました!」と焦った様子でOLスタイルの黒縁さんが現れた。
この人は地味な容姿だが、独特な訛りがあるから分かり易いな。
黒縁さんの運転する軽自動車に揺られながら次の目的地、『招福神社』を目指す。道中、何やら黒縁さんが延々独り言を喋り続けているが、基本的に何を言っているのか分からないし聞き取るつもりもない。あのビルでけぇ、みたいなしょうもない事を言っているのは何となく分かった。それより少し気になることがあったので、独り言が止んだタイミングで何となく質問してみる。
「何故スーツなんですか」
「うぇっ? まあ仕事っちゅーか、違うとるような?」
「結局何のお仕事でしたっけ」
「あー……あ、当ててみんしゃい!」
そう来たか。うーん、普通にどこかの会社で働くOLじゃないのか、いや『OL』は職種じゃないような。抑も『会社』ってなんだよ。何かオフィスっぽい場所でパソコンをタカタカやってるみたいな、漠然としたイメージくらいしかないな。抑もパソコンで何をやっているんだ。……俺ってやっぱり世間知らずだよなぁ。っと、それはどうでもいい。黒縁眼鏡……何かのアニメでそんな感じの黒縁眼鏡をかけた蝶ネクタイの少年がいたような。俺の見るようなアニメは限られてるし、何だっけなー。
「分かった、探偵だ!」
「うぇっばばば!?」
どうやったらそんな声が出るんだよ。というか図星か? 隣の林檎ちゃんを見ると「あちゃー」みたいな顔をしている。知っていたのか。知ってたなら何故教えてくれなかったんだ。もしかして話しちゃいけないことだった?
何か申し訳ないし話をずらそう。
「えーっと、探偵って実在する職業なんすね」
「やはは……。アニメみちゃーに謎解きはせんとよ?」
「じゃあ何するんですか?」
「浮気の調査とか、尋ね人とか、まあー主に『調べる』が仕事ったいね。事件の解決なんかは刑事さんの仕事ばい」
何か思ったのと違う。アニメの探偵みたいに推理で事件を解決するのに少し憧れていたんだが。
たった一つの真実をさくっとまるっとお見通しして犯人を崖の上に追い詰めるのはフィクションの中の話だったか。
「まあスイーパーみたいなもんか……」
「すりっぱー?」
「いえ、こっちの話っす」
いかんいかん。今度はこっちの秘密をうっかりバラすところだった。スイーパーは所謂『汚れ仕事』を請け負うことも多いっぽいからな。安易に公言してはいけないのだ。
「……お」
ふと車窓から外を眺めると、見事に咲いた桜並木の景色が流れていた。
ここはC市よりも暖かいし開花も早いようだが、そうか、もうそんな時期か。
それから探偵トーク(当然フィクションの方の)に花が咲いたりして雑談していると、『招福神社』前に到着した。五十段くらいの石段の上にある神社だ。参拝者用の駐車場があったので車はそこに停車した。
━━13:38 D市『招福神社』━━
境内には桜の木が植えられており、薄紅色に色づいた花、満開だ。舞い散る花弁が春風を撫でている。
この神社はどちらかというと観光客向けの神社らしい。縁結びだったり、合格祈願だったり、多種多様な『招福』を求めて各地から参拝客が来るという。今も俺達以外にちらほら人が居る。これまた学生っぽい人が目立つ。受験のお礼参りというやつかな。
神社って正直何をすればいいのか分からないけど、まずはお賽銭だろう。狛犬やら御神木っぽいものは取り敢えず眺めるだけでスルーして、三人で賽銭箱の前に立つ。財布から小銭を引っ張り出して、賽銭箱に放り込み、鈴を鳴らす……でいいのかな。んで柏手パンパン目を瞑り祈祷。何を祈るか考えてなかった、スイーパーのメンバーと仲良くできるように、とでも祈っておくか。…………。薄目を開けて他の二人を確認、まだ祈祷中だ。これっていつまで祈れば良いんだろう。まだ祈る? もうちょいか、ちらっちらっ……チキンレースでもやってる気分だ。っと、二人が再び柏手を打った。俺も遅れ慌ててパンパン。お辞儀をして賽銭箱の前から退いた。
「何祈ったの?」
「秘密ですぅー」
「人に言うたら御利益の薄るる気がすったいね」
そんなもんか。
お賽銭は済んだので、おみくじを引いて(おみくじの内容は秘密だ)、お守り等を買ったりして、満開の桜の前で記念撮影。三人とも満足して『招福神社』を後にした。
今まで花見だなんて風流なことには興味もなかったけど、悪いものでもない気がする。今年は無理そうだが或いは来年、どこかいい場所で花見をしたい。その時にはメンバーとの距離も縮まっていると良いな。
23話に続く。