第1話 改造手術と入団儀式
※2016/03/03 改稿済み
菅原リョウの健康状態:麻酔による昏睡→覚醒
━━???━━
眩しい……。
肌寒い……。
布団、が無い。服、も無い。
目覚めで目が霞んで、周囲の状況がよく分からない。
昨日は何をしてたっけ。何で裸で寝ているんだっけ。ああ、まだ酷く眠い。頭の奥がじんじんする。
もう一眠り……。
ペチッペチッ
「起きろ菅原リョウ」
「んん~……」
ペチペチペチペチペチペチペチ
……。
スパーーーーン!!
「どはぅえっ!?」
「起きたな菅原リョウ」
何だよ全く、人が折角気持ちよく眠ってたのに……。
手を貸してもらいながら体を起こす。寝ぼけ眼を擦り状況確認。やけに明るい照明だ、蜂の巣みたいな変な形をしている。ベッドの上にいるようだがやけにすべすべした肌触りだ。ベッドの脇には怪しい器具の並んだ台。そんなに広くない部屋に居るのは俺と、三人の男達。そして俺、全裸。
「はいお水どうぞ」
「あ、どうも」
三人のうち一人の小汚いおっさんが水を手渡してくる。手が痺れてまだコップを握れないので飲ませてもらった。どうもご親切に。
……と、じわじわ昨日起こったことが頭の中に蘇ってくる。丁度こんな感じの汚いおっさんに捕まりそうになって、逃げたら変なロン毛に撃たれたんだった。撃たれた、と思ったが傷跡なんかは残ってないみたいだ。勘違いか。
変なロン毛……そうそう、今俺をビンタで起こした奴みたいに、スーツを着てて艶のある黒髪で……。
「って、おいそこのロン毛スーツマン」
「私か」
「お前しかいないだろ。あとおっさん。昨日はよくもやってくれたな」
「ふえぇ?」
「ふえぇじゃねぇ。説明しろ説明」
何だこのおっさん。ふざけてるのか。
ここ、変な部屋。変なおっさんと変なロン毛。あと白衣着た変な男。俺、全裸。
どう考えても普通じゃない。
おっさんが納得したようにぽんと手を叩き説明し始めた。
「ああ、まず君ね、丸二週間寝てた」
「二週間?」
「うん。て言うか眠らせてた。麻酔で」
「……何で?」
今度はロン毛スーツマンが偉そうに前に出てきて喋り始める。
「順を追って説明する。先ずお前の身柄を拘束させてもらった」
「え、え、何で? てかあんたら何、警察?」
「警察……というよりはヤクザか」
「や、ヤクザですか」
ええぇ、ヤクザ? 俺なんか悪いことしたっけ。っていうか大分失礼な物言いをしてしまった気がする。どうしよう怒らせちゃったかな。小指取られる?
落ち着け。こんな時は深呼吸だ。ひっひっふー、ひっひっふー……
混乱しているとおっさんが補足説明をしてきた。
「ヤクザじゃなくてスイーパーだよスイーパー。便利屋とも言うね。依頼を受けて仕事をするなんでも屋さんみたいな」
「てことは、これもお仕事っすか?」
「そういうこと」
なるほど。じゃあ孤児院から依頼されて俺を捕まえに来たのだろうか。それにしたって2週間も拘束される覚えはないが。
「次に、お前には人体実験のモルモットになってもらったのだ。
二週間眠らせてる間に色々と弄らせてもらった。爪の先から脳味噌まで、それはもうイロイロとな。故にお前は今全裸」
「はぁ……人体実験?」
「ああ勘違いされては困るが、これはドクターの個人的趣味だ。そこの白衣の奴」
さっきから部屋の隅にいる、全然喋らない白衣の男を指差す。視線が向いた瞬間急におどおどし始めた。
白髪まじりで口が半開きの胡散臭い奴。
とりあえず挨拶してみよう。
「えーっと、ドクターさん。こんにちは」
「うぇひっ!?!?」
「……こんにちはぁぁ」
「ふひぃぃぃぃ」
「こ、ん、に、ち、は!」
「ふごっ、ふごっ、ふごごっ」
「済まない、ドクターは激しく人見知りなんだ。あまり苛めないでやってくれ」
変な奴。
こんな奴に俺の体を色々と……。寒気がする。
第一、ドクターと言ったがこんな奴に手術なんてできるのか。むしろ血を見たら倒れるタイプって感じだぞ。
でもそうか、言われてみたらこの部屋、医療ドラマで見た手術室みたいだ。謎のモニターとか、足を引っ掛けそうなコードの束とか、この照明もそんな雰囲気出てるし、俺の寝てたベッドは手術台。所々に赤黒いシミが出来てる。
ここでロン毛がさらっと髪をかき分けながらさらっと凄いことを言い出した。
「ちなみに実験というのは人体サイボーグ化の実験だ。
お前は今日から改造手術を受けた改造人間。やったな」
サイボーグ……。
サイボーグかぁ……。
「……ビームは出ますか?」
「出ないぞ。サイボーグといっても生きた細胞で作られた生体サイボーグだ」
「人間と変わらないじゃないっすか」
「まあ今は実感ないだろうが、違いはその内分かるそうだ。そういうもんだとドクターは言っている」
「ふごっ」
サイボーグなんて空想の産物だと思ってたし、まして自分がソレになるとは。その上、生体サイボーグ。そういうのもあるんだな。人生何が起こるか分からないもんだなぁ。しかし本当に実感がない。手術痕なんか全然見当たらないし。
……待てよ、全身弄ったと言ったな。
爪先から脳味噌まで弄ったと言った。
もしかしたら。
俺は期待を込めて周囲を見渡した。周囲に居る三人の男達の『顔』を見た。じーっと。目、口、鼻、皺、不精ヒゲ、そういったものが見える。……でも、やっぱり何も変わってないな。どれだけ顔を見つめても『顔』とかいうものは見えてこない。昔からこうだった。俺から見る世界は、どうやら酷く歪んだものらしい。
まあ、こんなもんか。期待して損した。
ロン毛はこほんと咳払いを一つし、話を再開。
「……で、とりあえずお前は今日からうちのメンバーな」
「は? 何で?」
「お前に拒否権はない。いいな?」
「あ、はい」
ひでぇ。見知らぬスイーパーに身柄を拘束された挙句仲間になれと。
「あー…いろいろ話さなきゃいかんことは山積みだが、とりあえずお前は風呂浴びて来い。近くに銭湯があるから」
風呂?なぜ風呂?
そっか、2週間も寝てたらしいし当然だな。自分でも体が臭いし痒いし、かなり不快だ。
「でも俺逃げるかもしれませんよ?」
「逃げてもどうせ行くとこないだろ。ここにいたほうがむしろ安全だと思うが」
「それってどういう……」
「それも後でゆっくり話す。銭湯まではこのオッサンが案内するから一緒に浴びて来い。じゃ、あとはオッサン頼むぞ」
「ほいほーい。はいこれ君の服と荷物ね」
「あ、どうも」
俺が孤児院から持ってきた荷物と面接用に買ったスーツを手渡され、とりあえずおっさんと銭湯に行くことになった。
「ついでにドクターも浴びてきたらどうだ?」
「ぶごッ!!!」
「遠慮するそうだ」
━━3.1 13:45 『スイーパーの基地』━━
どうやらここはスイーパー達が生活する基地らしい。
手術室のような部屋から出ると細い通路があり、その両側の壁に3つずつ合計6枚の扉があった。おっさんによればこれは居住用の部屋とのことだ。
他にも仲間がいてここで寝泊まりしてるという。俺も今日からここで寝泊まりすることになるのか。
廊下を抜けると今度はパーティに使うような、丸いテーブルがいくつか置いてある広間に出た。団欒スペースだろうか。
見知らぬ二人組が、丸テーブルを挟んでトランプ遊びに興じている。おっさんが彼らに話しかける。
「僕ら、ちょっとお風呂行ってくるよ」
「イッテラ!」「そっちのは新入り君ですかい?」
「そそ」
「あ、ども。新入り? の菅原リョウです。よろしくお願いします」
「ヨロシクー」「よろ~」
適当に挨拶したが、いつの間にか新入りということで通っているようだ。
実際行くあてもないので案外ありがたいかも知れない。
しかしこの集団、何かしら犯罪に手を染めてそうだしなぁ。
広間を出て階段を登る。そこで初めて、今まで居た場所が地下だったと気づいた。道理で窓の一つもないわけだ。
そして階段を上った先の扉を開けて外に出ると、目の前に見覚えのある景色が広がっていた。
「あれ、ここって」
商店街だ。孤児院からそう遠くない距離なので、俺も此処には何度か来たことがある。
此処にはメインストリートのアーケードを中心に、『何々通り』と名前のついた通りがいくつか集まっている。
因みに周辺の住民はここら一帯をまとめて『街』と呼ぶ。別に個別名称でも何でもないのだが、『街』と言ったらここを指すので個別名称みたいなものだろう。
頭上の看板には『銀座通り』と書いてある。
「うちの地下基地は、もともとつぶれた飲食店だったんだけどね。ちょっと拡張工事して寝泊りできる程度のスペースを作ったんだ。」
こんな近場にこんなよくわからん基地があったのか。
おっさんと話しながら歩を進める。
話によればこの集団は、リーダーを中心に色々とワケアリの人物が集まって自然と出来たものなんだそうな。
依頼主から依頼を受け、その報酬をみんなで山分けして細々と暮らしているらしい。
ただその依頼の内容というのが問題だ。
おっさんは当然のようにさらりと言う。
「依頼の内容はね、ペットの捜索から標的の抹殺まで色々やるよ」
生ぬるいおっさんの言葉の中に、ヒヤリと冷たいものを感じた。
なんだか鳥肌が立つような感じがしてそれ以上は何も聞けなかった。
それからしばらく歩き続けると、煙突のようなものが見えてきた。
アレが銭湯の煙突、と言っても煙は出てない。オブジェとして保存されているだけなのだろう。科学技術が目まぐるしく発展していくこの時代だが、街づくりだかなんだかで、煉瓦造りの建物や公衆電話といったレトロなものがこの街には多数残されているのだ。特に公衆電話は、この街以外にはもう存在しないらしい。
まだ日が高い。時計は持っていないが午後2時といったところか。基地から歩いて約十分、銭湯に到着。
「着いた着いた。基地にはお風呂ないから、ここの場所は覚えておいてね」
「うっす」
昼間だからか他に客はおらずほぼ貸切状態だ。
おっさんが受付に二人分の金を払い、更衣室で服を脱いでさっさと風呂に入ろうとしたところで思いとどまる。
2週間寝てたんだっけ。ってことはこのままお湯に浸かったらお湯が汚くなるな。
そうじゃなくても体を洗って湯に浸かるのは最低限のマナーらしい。銭湯は初めてだが前にテレビで見た。
まずは体をしっかり洗おう。
うっわ、なんじゃこりゃ。
ちょっと体をこすっただけで大量の垢が出てくる。擦れど擦れど垢が絶えない。
2週間分の垢か、それとも生体サイボーグとやらになった弊害か。
「背中流そうか?」
「お願いします」
他人に背中を流されるのは初めてだが悪い気分じゃないな。痒いところに手が届き、体が綺麗になっていくのを感じる。
体を清めたところで湯船に浸かり会話を再開。
ふはー、あったかいお湯が身に染みる。
「僕もね、もともと浮浪者だったの。橋の下で釣りしてたら成り行きでリーダーに拾われたんだ」
「へえ、リーダーってもしかしてあの黒いロン毛の人?」
「そうそう。スーツ着てたあの人。僕がリーダーに会ったときは、他のメンバーはいなかったんだけど、なんか依頼をこなすうちに段々増えてきてね。君もそのうちの一人ってわけ」
「そういやメンバーって何人いるんですか?」
「十一人。君が入れば十二人だね」
完全に俺が入団する流れだが、何も言うまい。
それにしても、十二人か。意外と多い。スイーパーというよりちょっとした会社みたいだな。
と、おっさんがじろじろと俺の体を見てくる。何だ?
「君結構筋肉あるね、鍛えてるの?」
そう言われてふと気づいた。俺こんなに筋肉ついてたっけ。
これもサイボーグになった影響か、と結論づけた。
それから湯船の中でしばらく雑談をした。
おっさんの話は面白いといえば面白いが、最近のアニメはあーだこーだと言い出したあたりからよくわからなくなってきた。そういえば最初に会った時にもちらっとアニメがどうだのと言っていた気がするな。どうやらアニメ好きみたいだ。生憎俺はアニメはあまり見ないし漫画も持ってない。テレビはよく見るがそういったコアなものは見ない。深夜アニメなどという単語もここで初めて聞いた。夜更かしの経験は殆どないし。
ひとしきり喋ったら風呂から上がって、コーヒー牛乳を飲んだ。これもおっさんの奢りである。
おっさんやけに優しいな。というか……
「あの、なんと呼べばいいんですかね、その」
「僕のことかい?僕は『オッサン』でいいよ。うちには名前も明かしたくない人もいるからニックネームで呼び合ってるんだ」
ということらしい。おっさんでいいのかよ。
おっさんとの裸の付き合いを終えて、体を冷やさぬように気を付けながら、メンバーの待つ地下基地へと帰った。
━━『地下基地』━━
広間に入ると、何やらメンバーが集まって会議のようなことをしていた。
リーダー、ここを出るときに挨拶した二人、まだ顔を合わせてない女性が三人、合計六人がそれぞれ丸テーブルに着席している。
待ってましたとばかりにリーダーが声をかけてくる。
「皆、こいつが新入りの……リョウでいいか?」
「うっす」
空いてる席に着くと、金髪褐色の女性が水を持ってきてくれた。見た感じ金髪は自毛らしい。外国人かな? メンバーは俺以外に十一人と言っていたから、この場にいないドクターをメンバーに数えても、まだ顔を合わせていないのが三人いるのか。
一先ず一口水を飲んで口の中を潤す。飲みなれた味。普通の水道水。この街は地下水源に恵まれていて水道水が美味しいのだ。
「本来なら今からリョウにこの団体について説明するべきなんだろうが、タイミングがいいのか悪いのか、『依頼』が入った。実際に依頼をこなしてもらえば大体わかると思う」
依頼と聞いて、先ほどのおっさんの言葉がフラッシュバックした。
ペットの搜索でも標的の抹殺でも何でもする……。
「今回の依頼は野犬駆除だ。
最近ここらで野犬の被害が多発しているらしい。依頼内容としては第一に、被害の予防としてそれらを捕獲あるいは駆除すること。比較的楽な仕事だ」
何だ、案外平和的じゃないか。
「だが話は少々込み入っている。
純粋な獣害なら野犬を捕獲すればいいだけだが、被害者は決まって野犬に襲われている隙に荷物をひったくられている。
で、少し前に全く同じ手口で少年院にぶち込まれた中坊が居てな、つい最近出所したそうだが。奴が出所した途端にコレだ」
「はあ」
つまり何が言いたいのだろうか。まるでひったくりのために犬が動いているような言い方だな。
その中坊は天才的なドッグトレーナーか何かか?
「奴は学校の友人に『自分は能力者だ』と宣っていたらしい」
能力者。そう、この世界には人知を超えたあらゆる特殊能力を使いこなす『能力者』というのがいる……らしい。
テレビでも度々能力者というのが出てくるがオカルト特集と大差ない。
流石にただの妄言だと思うんだが。
「能力者て。そんなの実在するんですか」
「お前も能力者だろう」
衝撃の事実。
え、そうなの? 能力者ってそんなホイホイ転がってるもんなの?
それに俺能力者じゃなくてサイボーグだし。そもそもまだサイボーグっぽいこと一つもしてないんですけど。
言いたいことは色々あるが水と一緒に飲み込む。
と、テーブルに置いたコップから何やらカタカタと音がし始めた。覗き込むと、半分ほど残っていた水からぽこぽこと気泡が湧いている。まるで沸騰してるみたいに。何だこれ、炭酸水か? ……泡が段々激しくなってくる。あ、ちょ、なにこれ吹き出しそ……
ドバシャッ!!
「ぶわっ!?」
コップの中にあった水が突如盛大に吹き飛んだ。主に俺の顔面がびしょびしょになる。っていうか結構痛かったぞ。コップも割れてるし軽い『爆発』って感じだった。一体何が起きたんだ。
メンバー達の視線が集まる中、リーダーは何故か女性陣の方を睨んでいた。
「おいキョウコ」
「何か」
「……まあいい。コップは片付けとけよ」
もしかして、今のはその女の子がやったのか?
手品とかじゃなさそうだ。だとすると、今のが『特殊能力』というやつなのだろう。能力を使ってまで嫌がらせを受ける覚えはないが。
リーダーはまた咳払いをして話を本筋に戻す。
「……で、能力を使った犯罪は証拠も残らない。警察では処理しかねる。
故に危険とみなされた能力者は、我々の様な裏の人間の手により即行無力化。場合によってはその場で始末すべし
それが対悪質能力者の暗黙のルールだ」
始末。
緊張で鳥肌が立つ。
冷汗が吹き出る。
指先がしびれ側頭部の皮膚がひきつるのを感じる。
漸く実感が湧いてきた。サイボーグだの、能力者だの、そんな夢みたいなことに目が眩んで何処か他人事に感じていた『裏の世界に足を踏み入れた』という事実。
「そういえばまだ入団の意思をちゃんと聞いていなかったな。
半ば強制的な流れになってしまったが、やれそうか?」
ほんの少し考えた。いや、考えるほどのこともなかった。
……ああ、ワクワクするよなぁ、こういうのって。
断る理由は、見当たらなかった。
~舞台設定~
日本によく似た別世界。文明の発展度合いとしては2065年辺りの近未来を想定している。但しリョウの住む『C市』では『街づくり』と称して歴史的資料の保存が行われ、レトロな雰囲気が端々に漂っている。物語中に『公衆電話』が度々登場するが、C市の外では公衆電話は多くが撤去されており殆ど残っていない。
因みにC市のモデルは熊本県。物語中に登場する『市』は規模的には現実の『都道府県』にあたり、C市以外の市も大体モデルとなっている県が存在する。