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改造怪物スイーパー  作者: いちご大佐
第2章 放火魔と怪物少女達、深まってゆく謎。
27/59

第19話 強者勝抜のヤンキーバトルⅡ

前回の続き。

 ━━3.24 1:04 『丘の上の高台』━━



 ヤンキーに名前を呼ばれて、後ろから背の高い男がぬっと顔を出した。

 白っぽい肌、色の薄い髪、彫りの深い顔、隆々とした肉体。キャルメロさんとは違ったタイプの『外国人』だ。

 案外フレンドリーな感じで自己紹介してくる。


「ヘイボーイ、オレは海の向こうでボクサーをやっている。人呼んで『マシュー・ザ・ウィナー』だ。ヨロシクな!」

「どうも。菅原リョウ、十九歳です」


 自分でウィナーとか言ってるよこの人。もしかしてそういう名前なのか?

 握手を求められたので手を差し出す。

 お互いに強く握るのが外国流の挨拶らしいが、今指が第二関節辺りまでしか無いので当然一方的に握られるだけだ。マシューとかいうボクサーの手は、かなり大きくゴツゴツしており、握力も強い。


「仕事終わりで散歩してたらこのヤングボーイ達にスカウトされてな。強い奴と戦えるって! 今日はツイてるぜ」


 なんだそりゃ。

 此奴らもよくそんなの連れてこれたもんだ。


「ホントは待ち伏せでサクッと倒してもらいたかったんだが、マシューさんがどーしても正々堂々勝負したいって言うからな。命拾いしたと思えよ!」

「はいはい……」

「で、これからマシューさんと勝負して貰うが、万が一お前が勝ったらオレ達はもう来ないと約束する。いいか、くれぐれも正々堂々だからな!」

「わーかったって」


 正々堂々か。そういう馬鹿正直なのも嫌いじゃない。

 しかし、確かにこの男にゲリラ攻撃なんて仕掛けられたらひとたまりもないな。

 改めて相手の顔をしっかり見る。彫りの深い典型的な外国人顔。骨は叩くと太くなると聞いたことがあるが、もしかするとこのゴツゴツした顔が歴戦の証なのかもしれない。

 強そうだ。

 勝てるか?

 こんなのに勝てたなら、大層気持ちがいいだろうな。

 マシューが懐から砂時計を取り出した。


「早速だが勝負の内容を説明する。正々堂々といったが、オマエは蹴っても武器を使ってもいい。オレは拳だけで十分だ。この砂時計が落ちきるまで三分間、オマエがKOされずに立っていられたならオマエの勝ち、オレの負けだ。それでいいか?」

「はい」

「手加減は要るか?」

「要りません」

「クックッ……話が早い、エクセレントなボーイだ。そこのグラス、始めの合図を頼むぜ」


 マシューが砂時計をメガネさんに放り投げる。

 メガネさんは頷き、砂時計を高く掲げた。

 両者、位置に着く。

 周りが緊張に包まれる。

 ここから先言葉はいらない。

 必要なのは、相手をねじ伏せる純粋な『力』だ。


「レディー……ファイッ!!」


 砂時計がひっくり返された。


 マシューが突っ込んでくる。

 さっきの説明を聞く限り、俺はひたすら避けるか耐えるかをすればいい。だが、そう簡単にも行かなそうだ。

 相手は目にも止まらぬ小刻みな足運びで、俺の懐に入り込んでくる。振り解こうにも、しつこく目の前に回り込んでくる。

 ここは軽い当身で……。


 スパンッッ!


「がっ……!」


 一瞬視界が暗転した。

 何が起こった。

 何故俺は空を見ている?

 いつの間に倒れてしまったんだ?


「……ファイブ、フォー、スリー、トゥー…」

「……はっ!? まだだ、まだやれる!」

「早く起きな。今のは軽いジャブだ」


 ジャブを食らったのか、全く見えなかった。これがプロの実力……面白い、相手にとって不足はない。

 急いで起き上がり、再び対峙した。

 やはり避けるだけじゃダメだ、倒すつもりでいかないと負けてしまう。

 相手の動きをよく見る。小刻みに、右に、左に、リズミカルに動く相手と、シンクロするように動く。そのリズムが一瞬崩れるとき、即ち、パンチが来るとき。……ここだ!

 マシューの鋭い直線的なジャブ、それを予測して右腕で受け流し、懐に潜り込んで顔面めがけて肘鉄砲を打った。

 だが、届かない。此方の動きも読まれている。

 大きく隙が出来た脇腹に、ナイフの如く鋭い右フックを叩き込まれる。激痛。耐える。倒れるフリをしつつ地面に手を突き足払いを仕掛けた。強めに蹴ったつもりなのに、まるで電柱でも蹴ったようにびくともしない。また起き上がり、手刀を、膝蹴りを、タックルを、出来うる全ての攻撃を仕掛けた。だが、その全て、遊ばれているように尽く避けられる。触手は実戦向きじゃないし……。最後の悪あがき、小石を蹴り上げ一瞬ひるませて距離をとる。そこから、稽古で幾度も喰らった『踏み込み掌打』を放った。

 ブロックの上からだが、漸く重い一撃を与えられた。マシューが二歩ほど下がる。

 しかし残念ながら、俺に出来るのはこれで精一杯だ。こいつを倒すのは今の俺には無理。


「フゥー、イナザワ(・・・・)以来のいい勝負だったぜボーイ。

 しかし残念だが、そろそろ時間だ」


 聞き違いか、今『稲沢』と言ったか?

 それを問うことは叶わなかった。

 マシューが再び俺の懐に飛び込む。

 そしてやってくる、瞬きする暇もない程の、地獄のラッシュ。

 一つ一つが意識を刈り取りにかかる、絶望的なまでのパンチの嵐。


 左右左右左左左右右左右左右左……


 お、うおおあ、耐えろ、あと数十秒耐えれば俺の……!

 無理。

 砂時計の砂が落ち切るよりも早く、俺の意識が途切れた。



 ━━3:33━━



 ベンチの上で目が覚めた。空にはまだ星が瞬いている。

 ……俺は負けたのか。

 周りを見ると既にヤンキー達は帰ったあとで、ゴミ掃除も済ませてあった。


「やっと起きた。ナイスファイトだったよ」


 メガネさんか。

 自分から首を突っ込んで何だけど、結局この人何もやってないよな。まあ、俺も対して役に立てずに負けちゃったけどさ。

 ふとメガネさんの手を見ると、白い野花の束を持っていた。


「なんすかそれ」

「ああ、これ? いやー、ホントは花屋でちゃんとした花束を買いたかったんだけどさぁ」

「そうじゃなくて。もしかして今回のことと何か関係でも?」

「うん、まあそんな感じかな。じゃあ折角だし、ちょっと喋ろうか」


 その顔には冗談めかした笑い顔が貼り付けてあった。

 俺には分かる。その笑顔はきっと作り物だ。

 メガネさんはその表情を固めたまま高台の柵の方を振り返って、金網の柵に手を掛けた。

 崖のように切り立った眼下には、溜息が出るような夜景が広がっている。

 俺に背を向けたまま喋りだした。


「……丁度三年前の明日こと。ここからとある女の子が飛び降りた」


 表情は分からないが、喋りのトーンや力の抜けた背中から、あまり楽しい話ではないことが伺える。

 今回の依頼が関係あるのか分からないが、何だか重い話が始まる予感。

 俺は黙って続きを促した。


「スイーパーになる前は教師をやっていてね、飛び降りたのは俺の『生徒』だ。

 学校で生徒たちの信頼を勝ち取るために俺は『建前』と『綺麗事』っていう甘い蜜を並べて、いつも『本音』とは真逆の自分を演じてきた。結果として多くの信頼を獲得した。『模範とすべき素晴らしい教師だ』なんて言われてね。その結果がこの通り。綺麗事で煙に巻いてばかりで、一番肝心なときに無能。生徒一人救えやしない。

 で、責任から逃れるために仕事辞めて、戸籍も抹消して無戸籍堕ちロストナンバーってわけ。カッコ悪いだろ?」


 ……正直いきなりそんな話をされてもなぁ。反応に困る。

 でも話を聞く限り俺には、メガネさんがそんなに悪い人には思えない。生徒が何を望んでいるか、それを的確に理解していないと、ただ建前や綺麗事を並べるだけじゃ信頼は勝ち取れないだろう。それは俺には絶対に真似できないことだ。

 それに結局その花は一体何だと言うんだ?


「ああ、つまりその花は、アレですか。お供え物みたいなもんですか」

「まあそういうこと。本当は遺族の方々に、詫びの言葉と一緒にちゃんとした花束を渡すべきなんだろうけどね」


 成る程なぁ。

 依頼とは関係なく元々ここに来るつもりだったのか、もしくは依頼の内容を聞いて何も出来ずにはいられなかったのか、それは分からないが話の大筋は見えた。メガネさんにとってここは因縁のある場所なんだな。

 しかし何がそこまでさせたのか。そういう過去があるとはいえ、依頼ごときで暴走族なんぞに自分から関わっていく必要性なんてなかろうに。



 ━━3.25 1:02 『高台』━━



 依頼七日目。

 昨日の勝負に負けてしまった以上、まだ依頼は終わらない。完全に暴走族を駆逐しきるまで引き下がれない。

 しかし今日は妨害もなく、高台に着いても奴らは来ていなかった。今日は一体どんな手で来るのかと、一寸楽しみにしていたのだが。


「内心楽しみにしてたっしょ」

「いえ、別に?」


 下手な口笛を吹いて適当にごまかした。

 ゴミも散ってないしまだ来てないのは確かなようだ。柵の下には昨日の野花束が置いてある。

 ベンチに着いて夜景を眺めていると、漸く暴走族がバイクを吹かす音が上がってきた。

 今日も懲りずにお出ましか。やれやれ。

 現れたヤンキー暴走族共は、今日も皆一様に白いコンビニ袋を……いや持ってるのは先頭の一人だけか。

 しかもアレコンビニ袋じゃないな。


 アレは……花束?


 到着早々皆バイクを止めて、群れの中から一人の気弱そうなヤンキーが此方に来た。

 俺、は素通りしてメガネさんに面と向かう。


「バイク仲間の皆には事情を話しておきました」

「成る程。やっぱり今回の依頼者は君か」

「はい。でもまさか『先生』が来るとは。オレも予想外でしたよ」


 ……どいうことだ?

 俺は完全に置いてけぼり。

 仕方ないから黙って話を聞く。

 俺の知らない事情を暫く二人で言い合っていたが、途中から気弱ヤンキーに熱が入り始め、捲し立てるように一人で喋り始めた。


「先生は一体何処で何やってたんですか。てっきり責任とって切腹でもしたのかと思ってましたよ。

 何でオレらの仲間殺したアンタが正義ヅラしてスイーパーなんかやってんすか?

 今更ヘラヘラ顔でやって来やがって。オイなんとか言えよ先公、何か言えっツってんだよ!」


 始めは気弱そうだった彼は段々険しい顔になっていき、最後には感情的に怒鳴ってばかりになっていた。

 泣き叫び暴れだした彼を、仲間たちが押さえつける。

 彼の代わりに落ち着いた感じのヤンキーが話し始めた。


「事情はコイツから聞きましたけど、アイツの先生なんですってね。なんか迷惑かけちまったみたいで。スンマセンした。

 少ないっすが、これ、今回分の報酬です。バイク仲間全員から少しずつ出してもらいました。明日からはもう来ませんので。

 あとこれは、仲間たちの連絡先っす。奇縁っつーか、こうして会ったのも何かの縁だと思うので、困ったことがあったらオレらが助けになれたらと」


 封筒と一緒に手渡された紙切れには、十数人分の連絡先が書いてあった。何だかよく分からないが、此奴ら結構いい奴らなのかな。

 彼らはそれから、柵の前に大きな花束を置いて、皆で合掌してから帰っていった。再び静かになった高台に、肌寒い風が吹く。彼らが置いてった花束の横で風に揺れる、昨日置いた野花束は、既に萎れかけている。俺とメガネさんはしばし無言でベンチに腰掛けていたが、やがてメガネさんが事の顛末を話し始めた。

 曰くあの暴走族は、ここで飛び降りた女生徒のバイク仲間。彼女が飛び降りた日からもうすぐ三年になるということで、毎晩仲間全員で集まってドンチャン騒ぎをしていたのだそう。彼らとしては、死んだ彼女が寂しくないようにという『粋な計らい』のつもりだったのだろうが、そんな中、さっき気弱そうな奴、即ち彼女のクラスメイトが「こんなことしてゴミを散らしても彼女は喜ばない」みたいな否定的な感情を持つ。彼は気弱ゆえに仲間たちに強く言うことができない。そんな折に『スイーパー』の噂を聞いて、お灸を据えてやろうと藁をも掴む思いで依頼した。そしてメガネさんは、彼女がバイク仲間とつるんでいたことを知っており、タイミングからして今回の件は彼ら絡みだろうと直感して依頼遂行を申し出た、という流れだ。

 メガネさんはまた暫く無言になったあと、何か思いついたように喋り始めた。


「そうだ、君に一つ頼みごとをしていいかな」

「何ですか?」

「俺のベッドの枕元にロッカーの鍵が置いてある。んで、ロッカーには大事なものが入れてある。

 もしも俺が死んだとき、それ適当に処分しといてくれないかな」

「唐突ですね。まさか件の女生徒の後追いでもするつもりですか?」

「いやいや、『もしも』のときの話さ。ずっと誰に頼むか悩んでて。

 別に頼むのは誰でも良かったんだけど、せっかく事情を君に話したことだしね」


 何かそういう話すると本当に死んじゃうみたいで嫌だな。

 まあ断るのは悪いので、一応口約束しておいた。

 『大事なもの』か。ロッカーってあの倉庫に置いてあるやつのことだよな。確か俺のロッカーは13番だっけ?

 最近開けてないけど拳銃くらいしか入れてないな。他の皆も何かしら大事なものを入れているのだろうか。


「ああ、もしもそのときが来てしまったら、ついでにキョウコとミサキのことも頼むよ。

 俺の最後の教え子達なんだ」


 それも口約束に加えといた。



 ━━



 基地に帰って、朝食を食べたあと報酬の山分けをした。これで俺の手持ちは紙幣五枚、よし、十分。

 他人のことも気になるが、今は自分のことをなんとかしないとな。

 一先ずは目の前のこと、孤児院の件の真相を確かめることだ。


 俺はこれから『大事なもの』を探すような生き方をしたい。

 施設にいた頃のような、何も疑わず寿命を浪費するだけの人生は、きっと虚しい。


※キャラデータ※

名前:マシュー・ザ・ウィナー

性別:男性

年齢:30代半ば

肩書:プロボクサー

   『無敗のマシュー』

    『神の遣い』の一員

能力:『???』

備考:外国人プロボクサー。あまり表舞台には立たないが試合に出るときは負けなしである。その裏で、『神の遣い』という胡散臭い集まりの一員として活動している。

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