幕外之話 エゴ・バイオレンス
ミサキ、キョウコ、ふたりの過去に軽く触れつつ関係性を掘り下げていく話。
短いですが少し過激な描写があるので暴力、同性愛などが苦手な人は注意。
━━ミサキ視点━━
男なんて嫌いだ、みんな死ねばいいと思う。
猿みたいに勝手に欲情して、やりたい放題やったあとは知らんぷり。アタシが何を言っても聞く耳すら持たない。女のことをただの肉の塊ぐらいにしか思っちゃいないんだ。人間は中身が大事だ、なんて口ばっかりの嘘っぱち。普段は善人ぶった顔をして喋るくせに、頭の中じゃ自分の欲望をぶつけられるヤツを見定めてる。中身なんてこれっぽっちも見ちゃいない。その証拠に、やりたい放題やったあとは、人のことをゴミを見る目で見てきやがる。だから男はみんな嫌いだ。
男のゴツゴツした指や、ヒゲの生えた顔、クッサそうな息を吐き出す汚い唇、見るだけで吐き気がしてくる。
あの場所から逃げてきて、誰にも頼れないままここに行き着いた。変なヤツばっかりだけど、話が通じる分、外のヤツらより少しはまともだ。まあ頭の中じゃ何考えてるのか分からないし、男はみんな信用できない。信用できそうなのはキャルメロとかいう褐色金髪の外人女と、キョウコとかいうアタシと同じくらいの女子だ。ああ、あと妹分のヒメちゃんってのもいる。三人ともアタシの話をよく聞いてくれる。いいヤツらだ。
でもキョウコはよく眼鏡をかけた変な男に絵を描かされている。嫌々やっているようには見えないけど、アイツは大人しいから言いなりにされているのかも知れない。裏じゃ何をされているのか分からない。そう思ったらもうどうしようもなく腹が立って、我慢できなくなって周りのものに当たり散らしちまう。自分でもガキみたいでみっともないと思う。でも、どうしてもあの時のことを思い出しちまって頭ん中がぐちゃぐちゃになるんだ。仕方ないだろ。これでも少しずつ我慢できるようになってきてるんだ。
でもやっぱり、本当にどうしようもなくなることがある。
無性に何かぶっ壊さなきゃ気が済まなくなる。
でも物に当たっても余計虚しいだけで、かと言って、悔しいが男には腕力じゃ叶わない。
キャルメロはいいやつだから殴れない。
キョウコも……。
でもある日キョウコが言った。
『我慢できなくなったら、私が全部受け止めてあげる』
申し訳ないと思った。
思いながらも、体は止まらなかった。
ベッドの上に押し倒し、その綺麗な顔や体を何回もぶん殴って、アザだらけにして。
ここに来て、そういうことをもう何回やったか。
キョウコは文句も言わずアタシのことを全部受け止めてくれる。
いつもは敬語のクセに、これをやるときは、毎回素の喋り方で喋ってくれるんだ。
キョウコが素を出してくれるから、アタシも我慢しなくていいんだ、って気持ちになれる。
ぶつけて、ぶつけて、服なんかも脱ぎ捨てて、頭の中が真っ白になるまで二人でぐちゃぐちゃになって。
そしたら少しは気が晴れる。
これじゃいけないと思っても、もうアタシはキョウコなしじゃ生きていけないんだ。
━━キョウコ視点━━
私はいつだって、ちっぽけな『点』でしかなかった。
幼少期。家にいるとき、親の機嫌を損ねぬように極力自分という人間を押し殺した。部屋の隅で身を縮め、一言も喋らず、ただ床を眺めてボーッと過ごす。水、調味料、生ゴミ、そういったものを食べ空腹を凌ぐ。幼い時からそんな生活だったから、学校でも自己主張なんてしない、やり方も分からない。義務教育の内は仕方なく学校に通ったのだけれど、教材費や給食費なんかを滞納し続けて、先生からも嫌そうな目で見られる。とにかく毎日身を縮めて、誰の目にも入らない『点』を演じ続けた。しかしある日私は厄介な事実に気がついてしまう。私はどうやら、世間で言う『能力者』という存在らしい。
自覚した初めの頃はこの能力に期待したけど、精神的に不安定になると暴発して、周りの人に怪我をさせてしまう。そんな危ない能力、何より親にバレたらどうなるかわからない。毎日不安に押しつぶされそうで、遂に私は皆の前から完全に姿を消した。
髪を切り伊達の眼鏡を掛けて変装し、Q市から遥々ここまでやって来た。この妙な集団に出会い私の人生は一変、なんてことはなく、ただ自分が如何に取るに足らない存在であるか再確認させられただけだった。メンバーは皆何かしら特殊で私の能力なんて無用の長物、没個性でしかない。優しくしてくれるのも腫れ物として扱われているから。きっとそう。ただ唯一、絵の描き方を教わっている時だけは特別な気分に浸れる。今まで自己表現なんてしたことなかったから私はまるで、街中を裸で歩くように、イケナイことをしている風に錯覚してしまうのだ。味わったことのない位に甘美な錯覚。
でもある日、そんなのよりもっと甘美で過激なことを教えてくれる女の子が現れた。彼女は私とは正反対で、抑えきれない自我を正直に周りにぶつけている。
『きっと誰か受け止めてあげる人が必要なんだ』
まあそんなの結局建前でしかなくて、本心は自分勝手な承認欲からのこと。一度自己表現する快感を味わってしまったから、自分の中で押し殺していた物が、再び息をし始めたのだ。自分という人間に焦点を当ててほしい。点でしかない私を、せめて『特別な一点』にしてほしい。
生まれて初めて自分から頼みごとをした。少し怖かったけど、蹴られたり殴られたりは慣れっこだ。怪我をしても優秀な医者に治してもらえる。大丈夫。遠慮なんてしてほしくない。思うがままにぶつけてほしい。彼女の全てが欲しい。だから彼女の前では自分から全て曝け出すことにした。
お互いの裸に向き合って、時には泣き顔なんか見せ合って、壊れそうなほどに縺れ合う。
乱暴者だと思われてる彼女だけど、私には分かる。本当は誰より優しくて『愛』が溢れているのだ。こんなふうに二人で体を重ねるとき、彼女は暴れだしそうになるのを必死に自制して、最初に私の眼鏡に手を伸ばす。手を震わせながらも丁寧に眼鏡を取り、左、右、と耳掛けを畳んで、枕元にそっと置いてくれるのだ。愛なんて誰からも受け取ったことはないけれど、毎回そんな儀式から始まる彼女の暴力は、今まで経験したものとは全く違う、愛に溢れた暴力だ。心の裂け目を容赦なく押し広げて、隙間を愛で満たしてくれるのだ。今回だって、きっとそう。
今彼女は、私が怪我をしたから医者を呼びに行っている。
暫くかかりそうで、代わりに世話好きのキャルメロさんが看てくれている。
「特に怪我が酷いところはどこかしら?」
「肋骨が、ちょっと折れてる、みたいです」
嗚呼、凄く痛い。
でも痛みで息が苦しいほどに『満たされている』という気分になる。
彼女はちっぽけな点でしかなかった私の世界を、引き伸ばし、押し広げ、確かに形あるものにしてくれた。
そしてその中を、暴力という名の愛で満たしてくれる。
今の私は誰が見ても、目も当てられないくらいに歪んでいるんだろう。
でもこれでいい。
きっと、これから何年生きたってミサキの代わりは一生見つからない。