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改造怪物スイーパー  作者: いちご大佐
第2章 放火魔と怪物少女達、深まってゆく謎。
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幕外之話 シークレットディザイア

メイド長メインの話。

時系列的にはリョウくんがメイド長の家から基地に帰った後。

『林檎の知り合いの菅原さんに、今日一日我が家で過ごして頂いた。男性を家に入れるのは中々新鮮。また、彼には両手が無く、けが人の世話としても良い経験になった。驚いたことに、彼はあの闇医者達の患者だという。前回喫茶店に来た時より腕の怪我が治ってきていないか? と思ったのは気のせいではなかったらしい。武術訓練で見せた異形も、つまりはそういうことなのだろう。出来る限り彼らとは関わりたくないのだがこれが運命の悪戯と言うものか。……』


 デスクライトが机上のみを照らす、薄暗い部屋の中、サラサラと文字を書き綴る音。

 日記を書いているのだ。

 彼女は『喫茶VAMPiRE(ヴァムパイア)』のオーナー。仕事仲間からは尊敬と羨望の念を込めて『メイド長』と呼ばれている。眉目秀麗にして容姿端麗、礼儀作法、身のこなし、何を見ても人より劣る箇所が無い。まさに『完璧』。喫茶店のオーナーとして申し分のない器である。

 鉛筆を動かす度に黒くツヤのあるポニーテールが小さく揺れる。

 ふと、部屋の外に気配を感じて、書き途中の日記をそっと閉じる。例え心を許した同居人であっても、見せられないものの一つはあるだろう。転がる鉛筆が乾いた音を鳴らした。

 遅れて扉がノックされる。どうぞ、と入室を促した。


「メイド長~、ちょっとお話がぁ」


 同居人の『三津浦林檎』だ。ほんの二、三週間前から彼女の喫茶店でバイトを始めた少女。歳は十五。中学を卒業したばかりの多感な時期である。

 入室してすぐには本題に入らず、机上の分厚い日記帳と、転がった鉛筆を見て首を傾げた。


「日記……。鉛筆で書いているんですかぁ?」

「今時の子達は使わないのでしょうか」

「小学生の時から、周りはみんなシャープペンを使ってましたねぇ。鉛筆って何かと不便じゃないですか。メイド長なりになにか思い入れでもあるんですか?」


 メイド長は机上の鉛筆を見て、少し考えた。

 強いられているわけでもないのに、なぜ自分は鉛筆などを使っているのか。シャープペンを使えば細い線を書き続けられるし、削ったりキャップをつけたりという手間もない。今時アナログな鉛筆を選ぶ理由はない、にも関わらず、何故だか彼女の手は鉛筆を選ぶのだ。


「何故鉛筆を使うのか。強いて言うなら『愛しさ』を感じるからでしょうか」

「愛しさ?」

「定期的に手入れをしないと先が丸くなって文字が書けなくなる。また、芯が折れてもその度削らなくてはいけない。故に使うときは常に『折れないように、折れないように』と慎重になる。全体が短くなったなら、どうやって使おうかと試行錯誤する。シャープペンに比べて脆いし、圧倒的に手間がかかりますね。だから自然と、物を大事にする習慣が芽生えるのです。そこにはある種の『愛しさ』があるように思えませんか?」

「う~ん……? 分かるような、分からないような」


 哲学的な沈黙が部屋に満ちる。

 一方が顎に手を当てうんうん唸る。もう一方は自分の思いが上手く伝わらずもどかしさを感じる。

 価値観は人それぞれなんだな、と林檎は無理やり納得した。

 鉛筆の話題はそこで諦めて本題に入る。


「まあ、それはさておきですね。実は、そのぉ、ちょっとD市の方まで行きたいなぁ、と。思っているんですけど。えっとぉ、お小遣いを。ですね」

「成程承知しました。しかし今は駄目です」

「えぇ……」

「来週、この一月分の御給料を出します。その日までお待ち頂けますか」


 給料と聞いて林檎は頬を紅潮させた。

 働いた分の見返り。自分というものが誰かに認められた証でもある。初給料。私もついに、と少女心が小躍りした。

 溢れ出しそうな嬉しさを押し留めて、礼を言って出て行く林檎。

 その様子を眺めて頬を緩めるメイド長。

 扉が閉まると部屋がまた静かになった。


『林檎がD市に行きたいと言った。理由は言わなかったが恐らく例の事件に関することだろう。直向きな姿勢は喜ばしいことだが、まだあの子は脆い。ふとした拍子に壊れてしまいそうだ。また、そんな危なっかしさが、堪らなく愛しい』



 ━━翌日



 喫茶店の閉店時間が過ぎ、従業員(メイド)達はメイド服を脱いで、それぞれ帰路に着く。一人、また一人と出て行って、最後にメイド長が残った。毎日最後まで残って隅々まで掃除をする。床も、テーブルも、装飾品も、一人でだ。特別理由はないが、それが毎日の決まりごとである。今日もきちんと全て済ませて、店を出た。戸締りも抜かりない。

 アスファルト舗装された夜道を一人歩く。

 一見無防備な背中だが、彼女を襲う暴漢は皆返り討ちに合うことだろう。彼女は抑も普通の人間ではない。生き血を啜り自分の力に変える、所謂『吸血鬼』。並の人間では相手にならない身体能力を有しているのだ。因みに喫茶店のメイド達もその能力によって、全員吸血鬼化されている。

 今宵、そんな事実を知ってか知らずか。

 その背中を尾ける人物が一人。

 ぎりぎり見失わない距離を保ちつつ夜道で気配を消し切っている辺り、尾行に関しては素人ではないらしい。

 メイド長は当然のように気付いているのだが。


 撒くか。気付かない振りでやり過ごすか。

 いや、少し煽ってみよう。

 相手は害意があるかも知れないが、そんな事は意に介さない。強者故の余裕。或いは自身を顧みないリスキーな戯れ。


 碁盤の目状の地形。曲がり角を右へ。

 十数メートル直進し、尾行者が自分の姿を確認したら、次の曲がり角を左へ。

 また直進し、同じように左へ。直進、左へ。最後にもう一度左へ。メイド長はそこで待ち伏せる。

 尾行者は彼女をしっかりマークして三回左に曲がる。

 結果として、両者がその場で鉢合わせすることとなった。


「何か御用でしょうか?」

「わばっ!」


 曲がり角から現れた尾行者は、待ち伏せに驚きびくりと跳び退いた。メイド長は彼女(・・)の姿を無言で観察する。黒縁の地味なメガネをかけ、僅かにカールした黒髪。どことなく素朴な印象を与える女性だ。大きめのカバンを肩に掛け、OLが着るようなスーツの胸ポケットにはシャープペンが頭を出している。

 前に会った時とわずかに格好が変わっているが、このOL風の女には見覚えがあった。

 菅原リョウが路上で倒れていたとき偶然通りかかった人物だ。


「ああどちら様かと思えば。先日の」

「ひ、人違いじゃなかですかね。あ、急いどりますので、ちょっと通して下さい……」

「急いでいる人が、同じ場所を二度も通ったりしますかねぇ。その訛りにも聞き覚えがありますし。やっぱり貴女で間違いありませんよ」

「しまっ……あ、いや、その」


 道を四回曲がれば同じ場所に戻る。当然のことだが、追跡に集中しており気づいていなかったらしい。さらに焦って上手く誤魔化すことまで頭が回らなかったようだ。

 どうしようもなくなって、三歩後ずさりして、素早く踵を返した。

 が、駆け出そうとする女の肩をメイド長がすかさず掴む。

 前に回り込み、ひと睨み。吸血鬼の紅い瞳が、見た者に鈍重なプレッシャーを与える。

 女がたじろぐ。

 威圧しつつ、じりじりと躙り寄り、石壁の塀に追い込んだ。壁にどんと手を突き逃げ場を奪う。蛙前の蛇の如く、全身舐め回すように観察した。


「な、なんね」

「んんー……メガネとペンは仕込みカメラ。その半開きのカバンにもビデオカメラが入ってますね」


 更に服の上から体を触る。ボディチェックだ。

 胸の膨らんでいるあたりを執拗に撫で回した。


「ふむふむ。内ポケットにはボイスレコーダー。用意周到ですね」

「な、なな、何ばすっと! セクハラ! いい加減怒るばい!!」


 混乱しつつ激昂する女。だがお構いなしに詮索が続けられる。

 全身に仕込んだ周到な装備。そこからこの女の正体を察する。


「ははん。さては探偵ですか?」


 見下ろすような態度で、にやにやとその美麗な顔を歪ませながら言った。挑発。相手の真意を見極める為だ。威圧は十分。セクハラめいた精神攻撃も効いている。図星なら簡単にボロを出してしまうだろう。

 顔を背けようとするのを、顎を掴んで無理やり自分の方へ引き付ける。

 執拗に、過ぎるほど執拗に。

 思惑通りに女、否。女探偵が、キレた。


「ふ、フガーーーッ!」


 唐突に空気が変わった。

 猫の威嚇のように全身の毛を逆立たせ、目を大きく見開く女探偵。その目に見られた途端、メイド長の体が硬直(・・)した。

 全く動けない。手も足も、表情の一つさえ変えられない。息は出来るし筋肉が動く感覚はあるのだが、皮膚の上から漆塗りでもしたかのように、その場に固定(・・)されてしまったのだ。恐怖で足がすくんだわけではなく、ただ動けない。

 目の前で、女探偵が壁際からするりと脱出し逃げていく。逃げる最中壁に手を触れたまま後ずさりし、電柱に背中をぶつけつつもメイド長から決して目を離さない。その間メイド長は動けないままであり当然首が回らないので、かろうじて動く目玉を動かし、視界の端で逃げていく様子を見ていた。

 次の曲がり角に差し当たったところで女の姿が消える。ダッシュで遠くまで走り去る音が聞こえてきた。

 漸く場に固定されていた体が自由になった。

 ため息一つ吐いて体が動く事を確かめる。


「これはこれは……」


 すぐには探偵の後を追わず、曲がり角の先を見つめながら冷静に状況整理。今のは『能力』か、と思い至るのにそう時間は掛からない。能力持ちの探偵。そんなものに追跡される心当たりは、無いこともない。

 最近の出来事を振り返る。

 十中八九菅原に関係することだ。最初に彼奴と接触したのは菅原を家に連れ帰った夜である。その次の朝に、仲間の吸血鬼から「家の前に不審者が居る」と通告を受けていた。追跡もその時から始まったと考えるのが自然だ。


(元々菅原さんを追跡していたのでしょう。孤児院関係ですかね)


 口の端を歪めてゆらりと歩き出す。向かう先は決まっている。探偵の後を追うのだ。導かれるようにゆらゆら歩いていった。



 ━━━━



 女探偵は走って逃げたせいで息切れしており、足を止めて休んでいた。運動直後の動悸と遅れてじわじわやってくる緊張感で、体に力が入らない。足ががくがく震えている。

 息が整ってきたところで不意に、コツ、コツ……とアスファルトを踏み鳴らす音が耳に届く。

 恐る恐る、今しがた自分が走ってきた方を振り返った。

 夜道の闇に二点の紅い光。爛々と光る双眸はまさに『捕食者』のものである。


「なんで……!」

「私達、赤い糸で結ばれているのですよ。ほら」


 メイド長は悪戯な微笑を浮かべ、ちょこんと小指を立てて見せる。そのしなかな指先からは文字通り極細の『赤い糸』が伸びており、その行先を目で追うと、探偵の着ているスーツの左肩辺りにくっついていた。この赤い糸は吸血鬼の能力で作り出したものである。探偵は忌々しげな表情で、その糸を自分の肩から引き抜いた。

 落ちた糸をくるくると指に巻きつけながら相手の方を見るメイド長。

 探偵の警戒心は依然張り詰めている。

 自分の『能力』を持ってしても、探偵は無意識に自分が狩られる側だと認めてしまう。


「一つ、ビジネスの話をしましょう」


 相手の口から出た意外な言葉に、探偵は困惑する。

 問い詰めるでもなく、責め立てるでもなく、ビジネス。

 何故そこでビジネス?

 言葉の意味がピンと来ない。

 探偵の頭の中でビジネスという単語がぐるぐる回って、もつれて崩れた。

 お構いなしにメイド長が提案する。


「貴女、『吸血鬼』になってみたいと思いませんか? 怪我も、病気も、老いさえも、恐れるものは何一つ無くなりますよ。ほんの少し陽光に弱くなりますがね。フフッ」


 予想の斜め上とはまさにこのこと。

 当然探偵は、この提案を拒絶。


「ば、馬鹿にしとるとね。そんなことして何になると……!」

「貴女は非常に良い素材(・・)です。類希な才能を持っている……」


 静かに、それでいて凄みのある声で語りかける。


「こ、来んで!」

「大丈夫ですって。ほら、ね?」


 その雰囲気に気圧された探偵は、否定も反論も出来ずただ押し黙った。

 メイド長がそっと歩み寄り、肩に手を置きつつ後ろに回り込む。

 背の高いメイド長がその両腕で、小柄な探偵の身体を包み込んだ。

 探偵は全く意図の掴めない抱擁に気味が悪くなりつつも、抵抗できず、されるがままだ。

 頭一つ分程の身長差。後ろから肩に顎を乗せるような体勢で、耳元に艶のある唇が寄せられる。

 そこから紡がれたのは切なく愛しげな台詞。


「……何より、嗚呼。大変可愛らしい……」


 全く想定していなかった言葉。

 ぞわぞわっ、と総毛立つ。

 この女、異常だ。先ほどのセクハラとは明らかに違う、早く逃げねば。

 そう思ったが時すでに遅し。数十本の赤糸が探偵のやわな女体を縛っていた。細く丈夫な糸がスーツや素肌に食い込んでいく。更に抱きつく腕にも力が篭る。背後から伸びた右腕が胴体を抱き、左手が探偵の口を塞いでいる。

 能力で相手を固めるには、直接対象を目視しなければならない。後ろに回りこまれてはそれは叶わないし、このまま固めたところで自分も逃げられない。口を塞がれているせいで助けも呼べない。

 メイド長は恍惚とした表情を浮かべ耳元で囁き続ける。


「その顔、その背格好、その仕草一つ一つ。埋没させるには勿体無いほど愛らしい」

「ンンン~~ッ!」

「何も怖がることはありませんよ。私に身を委ねて」

「ムググ……」

「さあ……」


 魔性の言葉を囁く度に探偵の抵抗がだんだん弱くなって、終には全く無くなった。無駄だと悟ったのか、目を潤ませ、子鹿のように足を震わせ、失禁でもしそうな雰囲気だ。メイド長はその様子に捻れた『愛しさ』を感じ、いよいよ堪らなくなって、目の前の滑らかな首筋をつうっと舌でなぞった。胸の奥から沸立つ倒錯した欲望。つう、ぴちゃり、ぴちゃり、と僧帽筋からうなじにかけてを唾液で濡らしていった。探偵は精神的苦痛でいよいよ足腰が立たなくなるが、全身をしっかり抱きとめたまま構わず舐め続ける。

 首筋が唾液塗れになったところで漸く舐めるのを止める。

 息継ぎをするように顔を上げると、粘っこい液体が唇から糸を引いた。

 周辺に人気はなく燈色の電灯のみが夜道の二人を照らしていた。


 メイド長は仕上げとばかりに『吸血鬼の牙』を剥く。

 首筋に鋭利な二本の牙があてがわれる。


「ンー! ンンー!!」


 それだけは、と思い出したように探偵がもがき始めた。助けを呼ぼうとするも口を塞がれているので声は出せない。時間帯も遅いので周囲に人もいない。

 抵抗虚しく牙が柔肌に穴を開けた。

 吸血。突き刺さったところから黒煙が上がり『吸血鬼』が身体を侵食していく。

 自分の身体(ナカ)異物(・・)が駆け巡るのを感じながら、探偵は意識を失った。



 ━━━━



「で、何なんですかこの状況」


 メイド長の家の一室。

 林檎とメイド長が二人でベッドの上を凝視している。

 ふかふかのベッドの上には生きた女性の裸体。一糸まとわぬ姿で探偵が寝かされていた。


「我々のことを嗅ぎまわっていたようなんですが……何なんでしょうね」

「いやホント何なんですか……」


 服を着ていないのは持ち物を隈なく調べるためである。……というのは実は半分建前なのだが。仕込みカメラやボイスレコーダーは一つ残らず没収してある。

 メイド長は目の前に横たわる女体をまじまじと観察する。

 頭のてっぺんからつま先まで、余すところなく。


(吸血鬼化、失敗? 失敗したら肉体が霧散するはずなんですが。能力は一人一つまで、というお決まりのパターンですか)


 ふと横を見ると、林檎も目の前の裸体に見入っていた。同性といえど他人のハダカなどなかなか見るものではないし、思春期なので無理はないが。メイド長の視線に気付いて顔を赤らめながら照れ隠しする。


「そ、それで、この人どうするんですかぁ?」


 どうする。

 携帯端末や探偵装備は没収したから、これ以上することは無いが、このまま開放しても面倒なことになるのは目に見えている。


「少々失礼なことも致しましたし、お詫びに暫くゆっくりして頂きましょう」


 満面の笑みでそう言った。

 その笑顔の裏に含んだものを勝手に想像して顔を引きつらせる林檎。


 少し自分の身が心配になってきた林檎であった。


まとめ:メイド長は女好き

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